第251話 動き出した帝国

 ケビンがティナの両親への挨拶が終わりひと段落すると、ゼノスの意向で他の者たちも一緒に過ごせるようにと、集落に1軒家を建ててケビンへ贈る話が決定した。


 あの細腕でどのようにして建てるのか気になったケビンはその建築作業を見学していたら、ゼノスは魔法を駆使しながら淡々と造り上げていく。


 数日後、何もなかった場所に見事な1軒家ができあがっていたのだ。


「見事な物ですね」


「なに、俺にはこれしかできないからな」


「それでも見事ですよ」


 こうしてケビンはエルフの集落で別荘を手に入れたことになる。


 ケビンはそれから会議を開いて、家の中の調度品類はララを筆頭に揃えていくように決めると、みんなで手分けして買い物をしていくのだった。


 1日もかけずに終わらせた買い物の量は結構なものになったが、マジックポーチをそれぞれに持たせてあるので、大して苦にもならず準備を終える。


 そして、エルフの集落に転移すると別荘の中に入って、インテリアの配置を済ませていくのである。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ケビンがエルフの集落で過ごしている頃、なりを潜めていた帝国がついに動き出した。


「時は来た、我がカゴン帝国による蹂躙の始まりだ。アリシテアやミナーヴァの腑抜けた奴らに目にものを見せてやれ。我が覇道を邪魔するものは例え虫だろうが蹴散らしてしまえ!」


 会議室に集まった将軍たちにそう言い放ったのは、先代皇帝が崩御してからその跡を継いだ第1皇子であった現皇帝チューウェイト・カゴンだった。


 実力至上主義である彼らは、チューウェイトが跡を継ぐことに何ら不満はない。その理由としては、ある時を境に弱かったチューウェイトが次第に頭角を現して、誰も武力で立ち向かえなくなるほど実力差が明白になってしまったからだ。


 実のところ先代皇帝は1年前には既にこの世を去っていた。それから直ぐに箝口令を敷き崩御したことをひた隠しにしたのが、当時から1番強かったチューウェイトである。


 チューウェイトはこの1年間で兵力を増強し、略奪を餌に帝国所属の荒くれ冒険者を集めては万全の体制を整えていたのだった。


 時間をかけて少しずつ兵士たちを移動させては集結させて、違和感のないように地下に潜らせていた。


 その兵士たちは砦の地下を掘り進めて居住スペースを作り上げると、不自然にならない人数を陸上へ配置して、交代で準備を着々と進めていく。


 そして帝国所属の荒くれ冒険者たちへは国境近隣の町や村に拠点を構えさせて、その時が来るまで待機させていた。


 そして時は満ちた。地下に潜伏させていた兵士たちを地上に出す時が来たのだ。


 各国国境沿いからそれぞれ1番近い砦の地下から、数多の兵士が地上へ姿を現すと隊列を速やかに組んでいく。


 行われるのは2正面同時侵攻作戦である。


 戦術的には兵力を分散するなど相手の思うつぼであるが、戦略としては気の緩んだ2国に対してありえない戦術を持ってして、2国間の連携を遮るための混乱を引き起こし、圧倒的な兵力を持って短期決戦に臨んだ作戦であった。


 結果としてこの作戦は成功する。


 各砦から現れたのは5千の兵士であり、それに対して2国が国境沿いにそれぞれ配置していたのは、辺境伯の兵士と国営直轄地の兵士を合わせた1千であった。


 例え1正面侵攻作戦を取っていたとしても、帝国兵1万に対して2国合わせて2千である。2国が勝てる見込みなどない。


 元は2国も徐々に兵士を集結させて5千ほどの数を配置させていたが、金と糧食の問題が出てきたために、半年ほど前に1千に縮小していたのだった。


 そのことは当然帝国側の情報部隊によって調べられ、本国へ知らされてしまうことになり、作戦を決める上での情報として取り入れられるのだった。


 2国が兵士を引き上げている中で、帝国は逆に兵士を送り込んでいたのだ。


 やがて、2正面同時侵攻作戦の開始が決行されると、帝国兵はそれぞれの国へ進軍を開始する。


 そして、荒くれ冒険者たちは兵士の後を追うように、国境付近へと向かうのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 表向きは1年以上何も動きを見せなかった帝国に対して、2国の緊張状態が長く続くはずもなく、国境沿いで陣を張っているそれぞれの国の兵士は、今日ものんびりとした日常を送っていた。


 ここアリシテア王国の国境沿いでものんびりとした日常を送っている中、風雲急を告げる知らせが届こうとしている。


 やがて何もすることのない日常の中で、斥候として動いていた兵士が慌ただしく天幕に入ると指揮官へ報告がなされる。


「報告します! 帝国軍が北の平原を南下中、その数およそ5千!」


 穏やかな日常が崩れ去った瞬間であった。


「何故今までわからなかったのだ! 斥候は何をしていたのだ!」


 急に日常から非日常へと移行したため、指揮官は混乱して指示を出すどころか報告に来た兵士に当たり散らしてしまう。


 だが、使えない指揮官には保険として使える者が配置されるのが常。副指揮官に当たる補佐役の者が指揮官に進言する。


「指揮官、今はそれよりもこの場をどう切り抜けるかが問題です。正面から当たったとしても負けるのは必然」


「では、どうすれば良いのだ?」


「まずは一部兵士を近隣の村や町へ向かわせて、国民の避難を優先すべきです。その際に対価を支払って置いていく食糧を買い取り、兵糧に組み込むのが妥当かと」


「よし、そのように手配しろ!」


「同時に王城や辺境伯殿へ早馬を走らせましょう」


「それも任せる!」


 それからも副指揮官は指揮官の代わりに頭を働かせては、近場の大きな冒険者ギルドへ兵をやり、ギルド間の魔導通信機にて王都支部への緊急通信を行わせたり、各ギルドに王国からの依頼として義勇兵を募るなどの指示を出した。


 ひとまずの指示が決まると本陣は慌ただしく動き出した。それから各隊長を集めて作戦会議が行われると、攻め入ることは諦めて撤退戦を視野に入れた迎撃戦を決行することになる。


 近くの領主たちにも早馬を走らせて援軍要請を行い、援軍が到着するまでの間、最終防衛ラインを決めて断続的に帝国兵を迎え撃つことにした。


 これが後にアリシテア王国で語られる【ウカドホツィの大敗戦】の始まりとなる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 国境沿いの斥候が南下する帝国兵を発見してから2日後、王城へ緊急の謁見が申し込まれた。


 内容が内容だけに最優先事項として処理が行われる。


 やがて謁見の間に現れたのは兵士ではなく、冒険者ギルド王都支部のギルドマスターであるカーバインだった。


 一介の冒険者に貴族のような礼節はないが、最低限しなければならないことは心得ているのか、カーバインは玉座の前で跪いた。


「緊急ゆえ、お主の行動に不敬はないものとする。臆せず子細を話すが良い」


「では、私は王都支部のギルドマスターであるカーバインと申します。先ほど魔導通信機にて緊急通信を受信しました。内容は2日前に国境沿い北部、帝国領平原にて5千の帝国兵が南下中。本陣は最終防衛ラインを設置して断続的に迎撃を行う。壊滅は必然。至急援軍を求む。以上のことが知らされた内容です」


 カーバインの言葉を聞いていた騎士たちはザワザワと騒ぎ出すが、国王は咎めることはせずに他にも情報がないかカーバインに問う。


「ふむ、それで全てか?」


「これとは別の通信にて、王国からの依頼として冒険者に義勇兵を募るものが出されています」


「現状としては良い判断だな。して、お主はどう動く?」


「この国の危機に兵士も冒険者も関係ありません。祖国を守るために義勇兵を集めます。一般人と違い冒険者には戦う力がある。しかし、自由を生業とし、家族を持つ者もいますので強制はできないことをお許しください。また帝国出身の者や帝国所属の冒険者は当てになりません。もしかすると火事場を狙った略奪が行われる可能性もあります」


「お主が我が国民であったことに感謝する。団長よ、聞いておったな?」


「はっ!」


「即刻兵を招集した後、至急前線へ向かわせるのだ。更に義勇兵として参加する冒険者たちの中から、希望する者には城の備蓄から武器を与えよ。それで良いか? カーバインよ」


「多大なご配慮ありがとうございます。略奪を行う冒険者たちにはこの国所属の者に対処させ処罰し、冒険者の不始末は冒険者でケリをつけたいと思います」


「頼んだぞ」


 粗方の方針が決まり謁見が終わると城内は慌ただしくなり、そのような中でカーバインはギルドへと戻っていくのであった。


 やがてギルドへ戻ったカーバインは、冒険者たちへ義勇兵に参加する意思があるか確認を行うため、2階の見える位置からギルド内にいる冒険者たちへ演説を始める。


「静まれ!」


 カーバインが大声を上げたことによりギルド内は静寂に包まれる。


「帝国との戦争が始まったと通信機で知らせが届いた。このままだと前線は壊滅するらしい。そこで王国からのクエストで義勇兵を募集する。祖国を守るために立ち上がってくれる冒険者たちは受付で申請してくれ。希望すれば城から武器が貰える。これは強制じゃない。家族を優先させる者はそうしてくれて構わないし、一緒に避難したとしても誰も責めはしない」


「見くびるなよ、ギルドマスター! 祖国が大変って時に誰がしっぽ巻いて逃げ出すっていうんだ!」


「そうだ! そうだ!」


「俺は自由を愛するが、その前に祖国を愛している! 俺の自由は祖国あってのものだ。生きる国を失って自由なんかあるわけねぇ!」


「そうだ! そうだ!」


 冒険者たちの想いに目頭が熱くなるカーバインであったが、ぐっと堪えて続きを話し始める。


「お前らの気持ちはわかった。それと、この中に帝国出身のやつはいるか? 別にどうこうしようってわけじゃない。帝国出身なら祖国は帝国だ。身内との同士討ちはさせられねぇ」


 カーバインがそう言って辺りに視線を巡らせると、恐る恐るといった感じで手を挙げる者がいた。


「わ、私は帝国出身ですがこの国が好きです。この国が好きだからお金を貯めて両親を呼びました。だから、私にも参加させて下さい。この国や両親を守るために戦わせて下さい」


「俺も実は帝国出身だがあの国は嫌いだ。全てを武力で解決して殺伐としてやがる。その点、この国は穏やかで心地がいい。だから俺にも参加させてくれ。帝国出身で信用ならねぇってのはわかってる。でも、この国で骨を埋めるって決めてんだ。この国を守らせてくれ!」


 帝国出身であるにも関わらず、この国のために祖国へ剣を向ける覚悟を見せつける冒険者たちに、カーバインは瞳に雫を溜めてしまう。


「お前ら……」


「いい歳したオッサンが涙ぐんでんじゃねぇよ。俺たちの気持ちは決まってんだ、ギルドマスターなんだから最後にバシッと決めてくれや」


「あぁ……俺たちで祖国を守るぞ!」


「「「おぉぉっ!」」」


 こうして、ギルド内で冒険者たちが一致団結して、帝国から祖国を守るために立ち上がった。


 カーバインはその後、帝国所属である一部の冒険者たちが火事場を狙った略奪を行う恐れや、敵味方の見分けをつけるための目印として左手首に統一したバングルを装備させるため、ギルドの貯蓄を使って全員に支給するなどの準備を進める。


 目印のバングルは各ギルドにも徹底させて、帝国所属の冒険者と自国の冒険者の見分けがつくようにした。


 その頃、別の街では別の冒険者たちが会議を開いていた。


「久しぶりに俺たちの出番が来たみてぇだな」


「中々出番がなかったからな」


「平和が続いていたから仕方ない」


「俺っちたちにかかれば楽勝っしょ?」


「慢心するなよ」


「すぐに出発しますか?」


「あぁ、戦争の……幕開けだ!」


「「「「おぉぉっ!」」」」


 こうして、ここで会議を開いていた冒険者たちも、出番を求めて戦地へと赴くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る