第250話 待ち構えるラスボス
翌日、両親への挨拶を再チャレンジするために、ケビンはティナとともにエルフの森へと転移していた。
今日は本格的な挨拶をするために他の者たちを連れていかず、夢見亭でのお留守番としている。
その理由として、ニーナはルージュに恐怖を感じ行きたがらず、クリスは特にすることもなくて暇だからと待機を希望して、ララはルージュに対して鬱憤が溜まりそうだったのだ。
そして再び家の中に入ると、予想通り最初の難関であり最後の難関でもあるルージュがまず現れた。いきなりのラスボス登場である。
「ケビーン? 昨日はよくも逃げてくれたわねぇ」
「こんにちは、ルージュさん」
「最後に言い残すことはあるかしら?」
「昨日はルージュさんの取った行動のせいで、ティナさんが悲しみに打ちひしがれ大泣きしました」
「……」
ピシッと凍りつかずに、見事な進化を遂げて石化を果たしたルージュがそこにいた。
「よし、これでしばらく邪魔は入らない。ティナさん、ご両親の所へ行こう」
ケビンが昨日の晩と今日ここに来るまでで考えだした作戦がこれであった。
あれだけのシスコンぶりなら、自分の取った行動のせいで可愛い妹が大泣きしたと聞かせれば、受ける精神ダメージが多大なはずだと予想したのだ。
その予想は見事的中して、ルージュは石像と化してしまったのである。
その後、リビングへ向かったケビンとティナはくつろいでいた両親と相見える。
「昨日は大した説明もできずに姿を消してしまい申し訳ありませんでした。本日は改めて説明に参った次第です」
長閑に過ごしていた両親はケビンの登場で再び凍りつく。だが、ここで怯んでは昨日の二の舞いになるため、ケビンは次の行動に移る。
話の最中でルージュが復活した時のために、自分たちと両親を取り囲む結界を施した。ルージュに邪魔されないためだ。
更に結界内に心の安定を図るために付与効果をつけて、話し合いの下準備を終えると、再び両親に向け話しかける。
「ご気分は如何でしょうか? 心が安らいでいればよろしいのですが」
「何だか落ち着く感じですね」
「あ……ああ」
「それでは改めて自己紹介を。私はアリシテア王国所属のエレフセリア侯爵家当主、ケビン・エレフセリアと申します。本日はご息女様と婚約しましたことをご報告に参りました」
「やっぱり昨日のは夢ではないのね」
「あのティナが婚約か……」
昨日とは違いケビンの結界内にいるせいか、両親は落ち着いて話を聞いている。
「あなた、私たちも未来の息子に自己紹介をしましょう」
「そうだな……俺の名はゼノスだ。昨日は何のもてなしもできずに申し訳なかった」
「私はティナの母親でミーシャと言います。昨日は驚いただけで祝福していないわけではないから安心してくださいね」
「良かったぁ……やっと紹介できたわ」
「昨日はごめんなさいね、ティナ。でもね、あなたも悪いのよ? 何年も連絡のなかった娘がいきなり婚約者を連れてくるから、親からしてみれば驚くのも無理のないことなのよ?」
「そうだぞ。手紙くらい寄越せばいいだろ」
両親との自己紹介を無事に終えれたことにティナは安堵して、ホッとした表情を浮かべる。昨日の出来事が相当堪えていたのだろう。その表情は晴れ晴れとしていた。
「ところで貴方は先程の名乗りを聞く限り侯爵家であるようですが、ティナとの馴れ初めは?」
ミーシャから問われたケビンはティナとの馴れ初めを語り始めた。初めて出会った時の頃から現在に至るまで。
途中途中でミーシャが質問をしては、それにその都度答えながら話を続けるが、両親の前で語られる自分のことが恥ずかしいのか、ティナは顔を赤らめながら言い訳をしたりして反論していた。
和やかなムードが漂う中で話は続けられ、ティナの両親とケビンが打ち解けてきた頃、その場の雰囲気をぶち壊すラスボスが現れた。
「ケビーン! 見つけたわよ」
自身による石化から復活したルージュがこの場に乗り込んで近づこうとするが、部屋から少し入ったところでケビンの結界に阻まれて近づくことができない。
「ちょっと、何よこれ! 何でここから先に行けないのよ」
ケビンの結界は無色透明でそこにあることがわからないため、見えない何かにぶつかりつつもルージュは行ける場所がないか探り、その先へ進もうとしている。
傍から見ればパントマイムをしている光景にしか見えないため、ラスボスが道化師に成り下がった瞬間であった。
「ルージュさん、復活したのですか。思いのほか時間がかかりましたね」
「何でティナの傍に行けないのよ……」
「それはティナさんを泣かせた罰です。何をしようとも無駄ですよ」
「お前の仕業かぁぁぁぁっ!」
ケビンの仕業とわかるや否や怒号を上げて怒り心頭になるルージュを他所に、結界内にいるため慌てる様子もなく心穏やかなミーシャがケビンに尋ねる。
「あれは結界なの?」
「見ただけで結界とわかるなんて、さすがエルフですね」
「消去法よ。それにしても光属性ではないのかしら? 目に見えない結界なんて聞いたことがないわ」
「空間魔法ですよ」
ケビンの答えにミーシャは驚きで目を見開いた。サラッと空間魔法が使えることを自白したケビンに対して、エルフ以外で魔法に長けた人物がいたことを。
「ケビンさんは高名な魔術師でいらっしゃるの?」
「いえ、極々普通の冒険者です」
「ふふっ、普通の冒険者が侯爵になんてならないわよ」
「これは1本取られましたね」
ルージュの喧騒をバックサウンドに和やかな会話は続いていくと、ゼノスがケビンに尋ねる。
「今日は泊まって行くのか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、ティナの旦那になる者だ。遠慮することはない」
「私は認めないわよ!」
ケビンとゼノスのやり取りを耳にしていたルージュは会話に割り込んで抗議をしてくるが、その様子にほとほと呆れ果てたミーシャはルージュに声をかける。
「いい加減にしなさい。ティナだっていつかは結婚して子供を作るのよ。ティナが認めた相手を温かく迎えるのが私たち家族の役割なのだから」
「ティナが結婚……子作り……」
ミーシャに優しく諭されるも、ルージュの中ではティナが結婚して子供を作るという言葉が効いたのか、絶望の顔色を浮かべている。
やがて意を決したルージュがケビンに視線を向けると、その覚悟を言葉にする。
「ケビン、私と決闘しなさい。貴方が勝てば認めてあげるわ」
「わかりました」
こうしてティナを巡るケビンとルージュの戦いの火蓋が切って落とされた。
ケビンとルージュは家から出ると集落の中央にある訓練場へと足を運んだ。周りにはティナの家族や騒ぎを聞きつけた集落の者たちが集まってきている。
ルージュのシスコンぶりは集落に知れ渡っているのか、「とうとうやっちまったか」と、予想ができていた現実に納得するとともに、対戦相手であるケビンの強さがどれ程のものなのか興味が尽きないようである。
中にはどちらが勝つかで賭けを行っている者たちまでいる始末。そこへこっそりティナが賭けに参加しているのは致し方がないことだろう。
「勝負はどちらかが戦闘不能になるか降参するまでよ」
「意地でも降参しなかったら?」
「中断して周りの人たちに勝敗を決めてもらうわ」
「わかりました」
「余裕ね、これでも私はこの集落で1番強い実力者なのよ?」
「そういうのってなんて言うか知ってますか?」
「何?」
「負けフラグって言うんですよ。態々今から戦う相手に自分の強さを伝える必要性がないでしょう?」
「くっ……死なない程度に殺してあげるから感謝しなさい」
「殺してる時点で死なない程度を超えてますよね? 矛盾してますよ?」
「ぐぬぬ……減らず口を」
前口上は終わりとばかりにルージュは剣を構えると、ケビンは特に何もせず自然体で立っていた。
「始めてもいいのか?」
「はい」
ケビンが構えていないので最終確認のためにゼノスが尋ねると、ケビンは肯定の意を伝えてそれを聞いたゼノスは開始の合図を出す。
「始め!」
ルージュがライトニングアローを唱えると、すかさず間合いを詰めてきてケビンに斬りかかるが、ケビンは特に動くこともせずにそのままその攻撃を受けた。
多数のライトニングアローが降り注ぎ土煙の舞う中でルージュが剣を振り下ろした直後、ガキンッと音だけが鳴り響く。
やがて土煙が晴れてケビンの姿が目視できるようになると、何もせずに佇んでいる光景が周囲の者たちの目に焼きついた。
ケビンが起こした行動はなんの捻りもなくただ結界を張って、その中で立っているだけに過ぎない。
ライトニングアローは当然無駄打ちに終わり、ルージュの剣は見えない壁で止まっている。
「終わりですか?」
ケビンからかけられた声でハッとしたルージュは、急いで間合いをとって仕切り直しをするようである。
それからルージュは遠距離から魔法攻撃を繰り返すが、どの魔法もケビンにダメージを与えることはおろか、結界を崩すことすらできなかった。
一方的な攻撃を澄まし顔で受け続けているケビンに、苛立ちを募らせたルージュが怒声を上げる。
「ちょっと、それ卑怯よ! 消しなさいよ!」
「これも俺の力の一部ですよ。自分の力を使っているのに卑怯と言われる筋合いはありませんね」
「攻撃できないじゃない」
「先程から攻撃していたでしょう? もしやあれは攻撃にすら値しないおままごとだったのですか? なるほど……だから俺にも攻撃が通じなかったのですね」
「むきぃぃぃぃっ!」
ケビンの口上にルージュが苛立ちを顕にして地団駄を踏んでいると、その様子を眺めていたティナが誰に伝えるでもなく独り言ちる。
「ああなったケビン君はえげつないわ」
それを耳にしたゼノスはティナに問いかけた。
「そこまでか?」
「相手を徹底的に煽るのよ」
「ふむ、それは相対したくないな。怒りで周りが見えなくなりそうだ」
「まさにルージュがその状態ね。冷静さを欠いているようよ」
「完全にケビン君の掌の上だわ」
ティナたちの見つめる視線の先では、ルージュが無駄打ちになるとも関わらずどんどん魔法攻撃を仕掛けていた。
やがて魔力が底を尽きそうになったのか、今度は剣技にてケビンを倒そうとする。
それでもやはり攻撃を受けているのは見えない壁であるケビンの結界で、中に立っているケビンは痛痒にも感じない。
「ちょっと、それ消してよ……」
「どうしてですか?」
「お願いよ……私と戦ってよ……」
既に半分泣きが入っているルージュは、ケビンに結界を消すように懇願する。
「戦いたいのですか?」
「戦いたい……初めて会った強い人だもの……貴方の強さが知りたい……」
「ふぅ……わかりました。ここからはお相手しましょう」
泣きの入ったルージュの希望を叶えるべく、ケビンは結界を解くと【無限収納】から刀を取り出して装備した。
「では、どうぞ。ここからは俺自身がお相手します」
「……ありがと」
ルージュは間合いを詰めるとケビンに斬りかかるが、ケビンは刀でそれを防ぐ。ケビンから斬りかかるようなことはせずに受けに徹して、ルージュとの剣戟を繰り返していた。
剣戟が繰り返される中でルージュの脇が甘くなると、ケビンはそれを教えるために軽く刀を振るう。
その攻撃をヒヤッと感じながらルージュは対応に追われるが、持ち直すことができると再びケビンへ攻撃を仕掛ける。
「もう、決闘じゃなくなったね」
「これは稽古だな」
「ルージュ、楽しそうね」
「ケビン君も倒すと言うより悪い部分を教えてあげてるもの。羨ましいなぁ」
「ティナだって教えて貰ってるのでしょう?」
「私の場合は実地訓練が多いから。弓がメイン武器だし、ああやって剣の稽古は中々つけて貰えないのよ」
「でも、その腰につけているのは剣でしょう?」
「これは敵に近づかれると弓では何もできないから、対処法を身につけた方がいいってケビン君からのアドバイスで始めたものなの」
「的確な指導だな」
ティナたちが会話をしていると、視線の先では2人の戦いに決着がつこうとしていた。
剣戟を交わしているケビンとルージュだったが、次第にルージュの動きが悪くなって、稽古にならないところまで体力を消耗しているのだと感じ取ったケビンが声をかける。
「ここまでのようですね」
「……参りました」
肩で息をしていたルージュが負けを宣言すると、そのままアヒル座りでへたり込み呼吸を整えていた。
「勝者、ケビン!」
ようやく終わりを告げた決闘に観客たちが2人に惜しみない拍手を送る中、ケビンはルージュに回復魔法をかけて疲れを癒すと手を差し伸べてルージュがその手を掴むのを待ち、少し逡巡したルージュは頬を染めてそっぽを向くと、ケビンの手を掴みながら立ち上がるのだった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
そこへ賭け金を回収してやって来たティナがケビンに声をかけようとして、ルージュがしれっと手を繋いだままなのを目撃する。
「あぁーっ! 姉さんがケビン君と手ぇ繋いでるぅ」
ティナの言葉に反応したルージュはバッと手を離して、言い訳を考えるが中々いい案が思いつかない。
「ルージュさんは疲れてフラフラしてたからね、倒れないように手を繋いでいたんだよ」
「怪しい……」
「怪しいのはティナさんだよ。賭け事してなかった?」
「……何のことかな?」
「俺に賭けて儲けたんじゃない?」
ティナは鳴りもしない口笛を吹いてそっぽを向くのであったが、そこへやって来たゼノスとミーシャがケビンに声をかける。
「今日は家でゆっくりしていくといい」
「今日の夕飯は賑やかになるわね」
それからティナの実家に向けて戻ったケビンたちは、ルージュとも和解できたことにより楽しく夜を過ごすのであった。
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