第249話 ティナはやっぱりティナである
リグリアで久しぶりの里帰りを果たしたニーナに、心ゆくまで家族と過ごせるように配慮したケビンはその街に1ヶ月ほど滞在した。
そして、リグリアでしばらく過ごしたケビンたちは、次の目的地である南に広がる大森林に向けて旅立つ。
途中までは乗合馬車で向かえるのだが、終着地点の小さな町からは徒歩になる予定である。
大森林に1番近い村には乗合馬車が通ってないのだ。何故なら自前で馬車を持っているのと、そもそもそこへ目指そうという客がほとんどいないせいである。
そういうこともあり、小さな町からは歩いて村を経由して大森林に入らなければならない。
大森林に近い村は不用意に森へ近づく者に注意を促したり、奴隷狩りに来た者たちを追い払うための自警団組織が存在している。
そのこともあり、大森林に住むエルフとは仲が良くて交易などをしながら町へ売りに行ったりして自活している。
「ケビン君、この先の村はエルフを守ってる村だから、円滑に話を進めるためにも私が対応するわね」
「へぇーエルフを守ってるんだ。それならティナさんが適任だね」
「私にかかれば穏便に話が済むから、大舟に乗ったつもりでいてね!」
「頼もしい限りだよ」
そしてケビンたちがその村へと到着すると、早速村の入口に立っている男に呼び止められるのであった。
「お前たち、何の用でこの村に来た?」
「里帰りよ」
ティナはこの村のことを当然知っていたため、こうなることを予測していたので、率先してその男への対応を買って出ていたのだ。
「里帰りだと? この村の出身じゃないだろ。下手な嘘はやめておけ、捕縛するぞ」
「見てわからないの? 私はエルフよ。この先の森に里帰りするのよ。だから問題ないわ」
「後ろの者たちに操られているということもあるだろ?」
「はぁぁ……頭が固いわね。森から出る人には執着しないくせに」
「当たり前だろ。森から出てくるのは森に住んでいるエルフだけだ。それに後ろの奴らはエルフではないだろ」
「まぁ、別にこの村に立ち寄らなくても森には入れるから、入れてくれないならそのまま帰るわ」
「何だと!?」
男は懐から笛を取り出すと、それを口につけて息を吹き込んだ。
するとどうなるかというと、当然の如くわらわらと人が集まってくるのである。
「こいつらは無断で森に入ろうとしている奴らだ! そこのエルフは操られている可能性がある!」
その状況にケビンは呆れた視線をティナに向けて話しかける。
「ティナさん、穏便に話が済むんじゃないの?」
「……」
「これってどう見ても悪者扱いだよね?」
「……」
「大舟は? これ泥舟じゃない?」
「……ッ! 頭の固いあの男が悪いのよ! だいたいエルフが里帰りをしようとしているのに、それを止めるなんて信じられないわ! 頭がおかしいんじゃないの!」
ケビンの鋭い指摘に耐えられなくなったティナは、責任転嫁で男が全ての元凶だと逆ギレするのである。
そして、それを聞いた男とティナの醜い言い争いが勃発するのであった。
「何だと! こいつは洗脳されて性格がねじ曲がっているぞ! こんな性格の奴はエルフではない! みんな、洗脳魔法に気をつけろ!」
「性格がねじ曲がってるって何よ! あんたは頭がねじ曲がってるわよ!」
「はぁぁ……」
まさにティナと男の一触即発の状況でケビンがため息をこぼすと、村の奥から1人のエルフが歩いて来た。
「愛しい声がすると思ったら、やっぱりティナじゃない!」
「姉さん!」
こちらに歩いてきていたのは、どことは言わないが一部平坦な所以外がティナに似ているエルフであった。
「いきなり帰ってきてどうしたのよ?」
「こいつが私をエルフじゃないって言うのよ! 馬鹿よ、こいつは!」
ティナの発言に対し男はこめかみをピクピクとさせて、怒りを我慢しているようだった。
「どこからどう見てもエルフよね? 何か変わった? 身長かしら? 少し伸びてるような気もするけど……」
森を出た時よりも成長したティナの胸に関して、姉が決して追求しないのは察して欲しい……
「こいつが私みたいなのはエルフの性格じゃないって言うのよ! 挙句には洗脳されてるって言われたわ!」
「……」
ティナの言葉に少し黙り込んだティナの姉は、納得がいったのか大声で笑いだした。
「アハハハハッ! あなたが跳ねっ返りなのが原因だったわけね! そりゃそうよ、森のみんなはほとんど大人しい性格だもの。そんな人たちを見てるから洗脳されてるって思われたのよ」
「姉さんも私が悪いって言うの!」
「ティナは悪くないわよ。私の可愛い妹だもの。悪いのは“エルフとはこうだ“と勝手に決めつけたここの人間よ」
そうしてティナの姉は男に顔を向けると鋭い視線で射抜いた。
「あなた、私の可愛い妹を悪く言わないでくれるかしら? 消すわよ?」
「ッ!」
先程まで抱いていた怒りはどこへやら……男は視線で射抜かれて冷や汗をタラタラ流しながら足はガクガク震えている。
「次はないわ、いいわね?」
ティナの姉がそれだけ言うとティナの方を向き、その時には元の穏やかな表情に戻っていた。
男はティナの姉の視線が外れた瞬間、腰を抜かしてその場でへたり込んでしまう。恐らく殺気の乗った威圧を放たれたに違いない。
「それにしてもティナ、何しに帰ってきたの? 冒険者に飽きちゃったの?」
「違うわよ姉さん。婚約者を連れてきたのよ」
ピシッと鳴りそうな勢いでティナの姉の顔が凍りつく。
「……婚約者? つまり……男?」
「そうよ。女の人と婚約するわけないじゃない」
「そう、男ね……後ろにいる人かしら?」
「ケビン君って言うのよ」
ティナはご機嫌で紹介するが、ティナの姉は凍りついたままの表情で威圧を漏らしながらケビンに近づく。
「あんたがティナの婚約者?」
「はい、そうですが……貴女は?」
「私は世界一可愛いティナの姉であるルージュよ」
「そうですか。初めまして、世界一可愛いティナさんの姉であるルージュさん」
およそ今までの流れからケビンはある1つの仮定を立てた。間違いなくルージュは極度のシスコンであると。
「あら、貴方わかってるのね」
ケビンがティナのことを世界一可愛いと言ったことで、少しだけルージュの機嫌が上昇して“あんた”から“貴方”へ格上げされる。
ティナはティナでケビンの置かれている状況など理解できずに、“世界一可愛い”と言われたことでだらしなく口元をニヤニヤとさせるのであった。
「それで……貴方は何しにここへ来たの?」
「ご両親へのご挨拶です」
またまたピシッとその表情が凍りつく。
「そう……挨拶……挨拶をするのね……」
「姉さん、いつまでもケビン君と喋ってないで家に帰ろうよ」
ティナの発言によって凍りついた表情は一瞬でにこやかな表情へと
移り変わり、ティナへ振り向くのである。
「そうね。ティナが久しぶりに帰ってきたんだもの、早く家に帰らないとね」
「それじゃあ、ケビン君行くわよ」
ティナがケビンの手を引いて歩きだすと、すれ違いざまにルージュの顔が般若に変わっていたことを、ケビンは気づかないふりをしてやり過ごすのであった。
他の者たちはケビンとルージュの間に流れる不穏な空気を察して、一言も喋らずに黙々と後をついて行く。
やがて森の中の拓けた土地にあるエルフの集落に到着すると、好奇な視線でケビンたちは出迎えられた。
「ケビン君、ここが私の家よ」
ケビンは目の前でどっしりと構えるログハウスに、少しだけガッカリとした気持ちになる。
先入観から森に住むエルフなのだから木の上に家があったりして、みんなそこで暮らしているのだと勝手な期待で胸を膨らませていたのだ。
「……見事なお家だね」
「お父さんが作ったんだって。なんでもお母さんを口説くために凄いところを見せたかったらしいわよ」
「……」
女性を口説くために家を1軒造ってしまうその情熱に、ケビンは尊敬の念を抱くとともに、まだ見ぬティナの父親を漢だと感じてしまっていた。
「さ、中に入ろ」
ティナはケビンの手を握ったまま家の中へと入って行くが、ケビンは後ろからひしひしと感じている視線とプレッシャーを、手を握られてからずっとやり過ごしているのだった。
ティナ以外が感じ取っている奇妙な雰囲気の中で、何も気づいていないティナが帰宅の言葉を口にする。
「帰ったよー」
ティナたちを出迎えたのは、これまたティナに似たエルフであった。一部についてはちゃんとあるのでルージュほどではない。
「あら、ティナじゃない。どうしたの? 男の人なんか連れて。お友だちかしら?」
「違うわよ、お母さん。私の婚約者よ」
「ッ!」
またしてもピシッと凍りつく。今度は表情ではなくその場の見えない空気がだ。ちなみにケビンの後ろにいる人物は表情が凍りついている。
「お母さん、耳がおかしくなったのかしら? ティナ、もう1度言ってくれる?」
「もう、ちゃんと聞いててよ。婚約者よ、こ・ん・や・く・しゃ!」
「ッ! あなたっ! あなたぁぁぁぁっ!」
ティナの発言した内容に母親は処理をしきれず助けを求めるため、父親をこの場に召喚する。
「何だ? 騒々しい……」
奥から現れたのはスマートな体格の男性であった。とても家を1軒造りあげたとは到底思えない。
「お父さん、ただいま」
「おう、ティナか――」
そして、この場に現れた父親も凍りつく。ティナに手を繋がれて傍に立っているケビンが視界に入ったせいだ。
もう、あまりにも凍りつきすぎて、永久凍土と化してしまいそうな雰囲気である。
「お父さん紹介するわね、私の婚約者のケビン君よ」
「……婚約者……?」
「そうよ」
「……」
どうやら父親はフリーズしてしまったようだ。母親の願い虚しく助けは助けとならず、奇しくも母親同様に助けを求める側になってしまう。
「ふぅ……ティナさん、これは出直した方がよさそうだね」
「どうして?」
「明らかに今の状況を理解するのに頭の処理が追いついてないよ」
「そんなに難しいこと? ケビン君を連れてきて紹介しただけよ」
「何年も家に戻ってこない娘がいきなり男を連れてきて、婚約者だって紹介されたら誰でも驚くよ」
「出直すにしてもここに宿屋はないわよ。家で寝泊まりするつもりだったし」
「まぁ、大きさ的にはみんなで入れるんだろうけど、他に何かないの? 借家とか空き家とか?」
「そういうのってあまりないわね。無駄な物は壊しちゃうから」
「仕方ない。ここにはいつでも来られるから夢見亭に帰ろうか?」
「仕方ないわね。スムーズに話が進むと思ってたのに予想外だわ」
ケビンとティナが会話をしていると、ルージュが割り込みティナに話しかける。
「ティナ、帰るの?」
「だって、話になりそうにないから」
「そこの人たちだけ村に返せばいいじゃない」
「嫌よ! ケビン君と離れたくないし、今日は私が一緒に寝る日だし」
ティナがポロッとこぼした内容にルージュはプルプルと震えだす。
「……一緒に寝る日? 今日は……? 私が……? 私が……」
ティナの言葉を反芻しながらルージュはある仮説に辿りつく。ティナと寝るだけなら“私が”という言葉を態々つける必要がないことを。
それはティナの他にも寝る女性がいることを、暗に示唆しているのだと気づいてしまう。
不穏な空気をいち早く察したケビンは、面倒くさいことになる前にこの場から立ち去るため、コソコソと素早くティナを連れ出してはその後に続いてくる他の者たちも来たところで、なりふり構わず周りに遮断の結界を張った。
そして、みんなを引き連れて森に差し迫ったところでそれは起きた。
「ケビィィィィン! どこに消えたぁぁぁぁっ!」
怒声とともに勢いよく外へ飛び出したルージュは物凄い形相でケビンを探していたが、そのケビンはみんなと木の陰からそれを眺めていた。
「うわぁ……めちゃくちゃ怒ってる……」
「ティナの姉さん恐い……」
「あれはヤバイねぇ……」
「ティナさんのご家族でなければ不敬すぎて消しているところです。全く……ケビン様に対して威圧するなど烏滸がましいにも程があります。無礼ですよ、無礼。度重なる無礼で無礼のオンパレードです」
ケビンやニーナ、クリスはルージュを見て感想を述べていたが、ララは今までの鬱憤が溜まっていたのか、一気に吐き出しているようであった。
そのような中で、1人落ち込み元気のない者がいた。言わずと知れたティナである。
「ケビン君……ごめんね……」
「ティナさん……」
「みんな喜んでくれると思ってたの……祝福してくれると思ってたのに……」
「みんないきなりのことでビックリしただけだよ」
「ごめんね……ごめんね……」
ケビンはすすり泣くティナをそっと抱きしめて、背中をさすりながら落ち着かせるのであった。
しばらくして落ち着いたティナとみんなを引き連れて、ケビンは夢見亭へと転移した。
その日の夜は落ち込んでしまったティナを安心させるために、優しく包み込んで眠りにつかせると、ケビンはどうしたものかと考えながら自身も眠りにつくのであった。
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