第248話 ニーナの実家へご挨拶
ニーナの実家を訪れようとしていたケビンは、年末にお邪魔するのもどうかと思い、暖かくなる春先までタミアでのんびり過ごしていた。
寒い時期に旅をしたくないというティナの要望も、過分にあったことは否めない。
そして季節はめぐり、3月になったところでケビンはタミアを出発するのである。
のらりくらりと乗合馬車を乗り継いでは国境を越えて、ケビンたちはとうとう魔導王国へと入国する。
そこからさらに日にちは経ち、ニーナの実家がある街【リグリア】に到着したのは4月のことであった。
この街は魔導王国の西に位置していてアリシテア王国と近いこともあってか、それなりに栄えている街である。
ケビンたちは早速高級宿の手配を済ませると、長旅の疲れを癒すべくお風呂へとそれぞれ向かった。
その日はのんびりと過ごして、翌日にニーナの実家へと訪れる予定となっている。
「はぁぁ……緊張する……」
「大丈夫だよ。お父さんもお母さんもケビン君をきっと気に入ってくれる」
明日のこともあるため今日は他の女性が気を使い、ニーナと同室になっているケビンは早くも緊張に包まれていたのだった。
「出会った頃はこんなことになるなんて思ってもみなかった」
「それは俺もだよ」
「私、幸せだよ。ケビン君と出会えて本当に良かった」
「そう言って貰えて嬉しいよ」
「ふふっ」
「どうしたの?」
「明日、ケビン君を連れて行ったら驚くだろうなぁって」
「そりゃあ驚くよ。久しく顔を見せていなかった娘がいきなり男を連れて戻ってくるんだから」
「楽しみだね」
その夜は翌日の緊張を少しでも和らげるために、ニーナを優しく包み込んで眠りにつくケビンであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
明くる日の昼頃、ニーナ先導のもとケビンはニーナの実家へと歩いて行く。一張羅を着込んだケビンは道行く人から視線を向けられるも、それを気にするほどの余裕はない。
ずっと一緒に居続けたニーナの両親に会うというのは、クリスやサーシャの時とは違う緊張感を齎していた。
やがて1軒の家先に到着すると、ニーナが言葉を口にする。
「ここが私の生まれた家だよ」
それは可もなく不可もなく極々一般的な家であった。ケビンは今1度深呼吸すると決意をして応える。
「行こうか」
その言葉を合図にニーナが玄関を開けて、家族に戻ってきたことを知らせるため、帰宅の言葉を口にした。
「ただいまぁ」
奥から現れたのはニーナにどこか似ている女性であった。
「あら、ニーナ。そちら様はどなた?」
「私の婚約者だよ」
「あらあら、まあまあ。お父さんに知らせないとだわ」
どの家庭でも同じなのか、母親というものはパタパタと早足で夫の元へ駆けつけて、ビッグニュースを知らせるようである。
「ケビン君、ついてきて」
「お邪魔します」
ニーナは母親の後を追うようにゆっくりと歩みを進めて、ケビンはその後ろをついて行く。
ケビンたちがリビングに入ると父親と母親が待ち構えていた。2人は準備万端のようで、いつの間にやらお茶まで用意済みだった。
「お父さん、お母さん。長い間留守にしてごめんね。今日は私の婚約者を連れてきたの。ケビン君……」
ケビンはニーナの挨拶が終わると1歩前へ踏み出して、ニーナの両親に向かって貴族礼をとった。
「私はアリシテア王国所属のエレフセリア侯爵家当主、ケビン・エレフセリアです。この度は急な訪問にも関わらず対応して頂きありがとうございます」
「「……」」
ケビンの名乗りを聞いた両親はポカーンと口を開いて呆然としていた。それを見たケビンは『まぁ、そうなるよな』と思い、自己完結するのである。
「やっぱり驚いたね」
ニーナはケビンの方を向くと、イタズラが成功したような子供の無邪気な笑顔を浮かべていた。
やがて再起動することに成功した両親は、物凄く緊張した面持ちでお茶を口にする。
そして無理やり落ち着こうと懸命に頑張っている中、おずおずとしながらもケビンに質問したのは母親であった。
「あ、あの……ニーナとはどういった馴れ初めで出会われたのですか? 冒険者なので貴族の方と関わりを持てるようには思えないのですが……」
「私も元々は冒険者なのです。貴族になったのはその後ですね。本職が冒険者で貴族は副業のようなものです」
「貴族が副業……」
「2人ともまずは自己紹介だよ。ケビン君しかまだ名乗ってないよ」
ニーナの言葉に両親は慌てて反応した。相手が貴族なのに自分たちは名乗りすらしていなかったことに気づいてしまい、わたわたとするのである。
「す、す、すみません! 俺……いえ私はニーナの父親になっていた、います、ニ、ニストという名前の男の親でして、母親と暮らして父親をしています!」
完全にテンパってしまった父親の自己紹介は何とも残念な結果に終わるが、ケビンは苦笑いを浮かべつつ対応した。
「落ち着かれて下さい。普段通りの喋り方で無理に取り繕う必要はありません。それで不敬だとは申しませんので」
「本当によろしいのですか?」
母親がケビンに問いかけると、ケビンはそれに答えた。
「構いません。いつも通りでお願いします」
「はぁぁ……良かったわ。貴族の方なんてお相手したことないんだもの。ニーナも意地悪よね、連れてきた男性が貴族の方なんて」
「お母さん、それよりも自己紹介だよ」
「そうそう、そうだったわね。私はニーナの母親でリシアというの。ケビンさん、ニーナはいい子にしているかしら?」
リシアはニストに比べて肝が据わっているのか、おっとりした感じで喋り出すと自己紹介を終えた。
「はい。出会った頃は私が8歳だったので、その頃から弟のように甘えさせてくれます」
「あらあら、ニーナは弟が欲しいっていつも言ってたものね。当時子供だったケビンさんを弟にして可愛がったのね。でも人様の子を勝手に弟にしたらダメじゃない」
「ちょっと、ケビン君にお母さん!」
ニーナは自分へ矛先が向いて恥ずかしくなったのか顔を赤らめていた。
「ふふっ、照れちゃって可愛いわね。そう思わない?」
「そうですね。2人でいる時とかは素のニーナさんが見れて可愛いんですよ」
「あらあら、いつもは違うの?」
「ニーナさんが言うには人見知りして上手く喋れないようで、口数が少ないのです。それが癖になっているようで素の喋り方とは全然違うんですよ」
「そこはお父さんに似てしまったのね。この人もさっきのでわかると思うけどあがり症で恥ずかしがり屋なのよ」
「恥ずかしがり屋なのがニストさんに似て、素の状態はリシアさんに似たのでしょうね」
それからもケビンとリシアのニーナ話は盛り上がり、ニーナは時折何かを口にするが恥ずかしくて終始俯いていた。
ニストは最後まで緊張が取れず、人見知り状態のニーナと同様で口数が少なく大して会話に混ざってこれなかったのだった。
しばらくニーナの実家で過ごしたケビンたちは、適度な時間になると挨拶を済ませて宿屋の自室へと戻るのであった。
「もう! ケビン君、お母さんと仲良くなりすぎだよ」
「ははっ、ニーナさんの話であそこまで盛り上がるとは思わなくてね」
「お姉ちゃん恥ずかしかったんだよ?」
「久々のお姉ちゃん発言だね。やっぱり可愛いよ」
「……バカ」
その日の晩は恥ずかしがるニーナを抱き寄せて、心地よく眠りにつくケビンであった。
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