第247話 タミア再び

 ターナボッタとの件が終わったケビン一行は、ミナーヴァ魔導王国にあるニーナの両親が住む街へと向かうために交易都市を出発した。


 その街は魔導王国の王都から西に位置しており、交易都市を出てから一旦北上して、途中にある保養地タミアを経由しながら向かうこととなる。


 特に急ぐ必要のないケビンたちはのんびりと乗合馬車を乗り継ぎしつつ、まずは保養地タミアを目指すことにした。


 2ヶ月後、寒空の下でケビンたちは保養地タミアに到着する。


「ここも久しぶりね」


「懐かしい」


「温泉!」


「とりあえず宿屋を先に確保しようか?」


 ケビンたちは寝床を確保すべく、以前使っていた宿屋へと足を運ぶのであった。


「ケビン君、大部屋!」


「いや、さすがにそれはないよ。夢見亭とは違うんだし」


 ケビンがティナと話している間に、ニーナがサクサクと受付に部屋の希望を伝える。


「2人部屋を3部屋」


「かしこまりました」


「ちょ、ニーナ! どういうつもり?」


「大部屋はない。日替わり交代が妥当」


「全員で代わるわるケビン君の部屋を訪れるってわけね」


「……あの、私も入っているのでしょうか?」


「入ってる。ルルもケビン君と寝ていた。ニコルやライラも寝たことある。プリシラの場合はケビン君が『襲われそうで怖い』って敬遠していた」


「あぁ……プリシラのことは想像できます。ケビン様のお世話をすることが至上の喜びと常々言っていますから」


「え……? 何それ、怖い……」


 ララの発したプリシラの暴露話にケビンは戦慄を覚える。


「プリシラはメイドの中のメイドですから。使用人として誰かのお世話をすることが凄く好きなんです。私も使用人になった頃はよくお世話をされていました」


「面倒見がいいと言えば聞こえはいいんだろうけど……」


 思いがけないところで発覚したプリシラの本質に、ケビンは今度何かお世話されたら優しく対応しようと考えるのであった。


「おーんーせーんー!」


 温泉が待ちきれないといったクリスに他の者は苦笑いを浮かべながらそれぞれの部屋へと荷物を置きに行くと、夕食までは自由行動として思い思いに過ごしていた。


 その日の夕方、ケビンたちが食堂へ下りると見知った顔の者たちが食事を摂っていたのでケビンが声をかけに行く。


「お久しぶりです、みなさん」


「ん? ケビン……か?」


「はい」


「デカくなったな! 当時は抱っこされる子供だったのに」


「それは言わないで下さいよ」


 そこで食卓を囲っていたのは、ケビンが以前お世話になったガルフたちであった。


「ケビン、久しぶりだね」


「お久しぶりです、ケビンさん」


 ガルフに続いて声を出したのはロイドとサイラスである。そして、初めて見る顔の人が2人、ガルフたちと同じ食卓に座っていた。


「今日ついたのか?」


「はい。ガルフさんたちは?」


「俺たちもこの前来たばかりだ。やっぱり寒い時期は温泉に限るよな」


「ガルフの場合はどうせいつもの様にやる気がなくなっただけでしょ」


「無気力病」


「相変わらずお前らは辛辣だな。ところで後ろの人たちは仲間か?」


「そういえば、紹介がまだでしたね。俺の婚約者のクリスさんと実家で使用人をしているララです」


「初めまして」


「その節はケビン様がお世話になりました」


 ケビンからの紹介で2人がそれぞれ会釈すると、ガルフがニヤニヤとした表情を浮かべる。


「ティナたちはケビンを結局落とせなかったのか?」


「失礼ね! 私たちも婚約者よ!」


「節穴」


 ガルフからの揶揄いに、ティナたちはその指に光るリングをまざまざと見せつけた。


「3人も婚約者がいるのか!? まぁ、お前なら魔物を狩りまくって金に困ることはないだろうな」


「正確には6人よ!」


「あと3人いる」


「6人!?」


 ガルフは婚約者である数が倍であることを知らされて驚愕すると、ケビンに視線を向ける。


「ケビン……年上キラーは顕在ってことか?」


「いえ、同年代が1人いますよ。今は学院の高等部に通っています」


「そのうち同年キラーと年下キラーも追加だな。そうなると総合して女性キラーか?」


「やめてくださいよ! 年上キラーはガルフさんのせいで称号についてたんですから!」


 ケビンはガルフのせいでついた年上キラーの称号のこともあり、これ以上増やされてたまるかと必死で抗議する。


「ははっ! 称号についたのか。それならニーナあたりが頻繁に言った天然ジゴロもついてるだろ?」


「遺憾! 言い出しっぺはガルフ」


 ガルフはケビンの気も知らないで、まさに他人事といった感じではやし立ててくる。


「まぁ、そうですけど……で、そちらの方々は?」


「あぁ、こっちも紹介しないとな。聞いて驚け、俺の嫁さんだ!」


「「嘘っ!?」」


 ティナとニーナはガルフに嫁ができたという事実に驚愕して目を見開くが、ケビンは冷静に受け止めて祝いの言葉をかけた。


「ご結婚おめでとうございます」


「おぅ、ありがとな。ほれ、自己紹介だ」


「私はガルフの妻でルナリーと言います。回復専門のCランク冒険者です」


「考え直して! 他にもいい男はいるから!」


「もったいない!」


 ガルフには不釣り合いなほど落ち着いた雰囲気の綺麗な女性に、ティナたちは必死で説得するのである。


「失礼なやつらめ。次はサイラスの番だな」


「いやはや恥ずかしいものですね」


「もう! 恥ずかしがってどうするのよ。私はロランダっていうBランク冒険者のシーフでサイラスの妻よ」


「サイラスさんもご結婚おめでとうございます」


「ありがとう」


 ここまでくれば流れというもので、ティナは澄まし顔のロイドに尋ねるのだった。


「で、ロイドは何してるの?」


「何がだい?」


「嫁は?」


「いないよ」


「はぁぁ……」


「魔導具バカ」


 ティナの呆れたため息にニーナの指摘が続いたところで、ガルフがいつまでも立っているケビンに声をかけた。


「いつまでも立ち話するのもアレだろ? テーブルを引っ付けて一緒に飯でも食うぞ」


 テーブルを引っ付けて席についたケビンたちは、適当に食事を頼んで会話を再開することにした。


「ところでロイドさん」


「何だい?」


「マジカル商会の製品は手に入れましたか? 魔導具好きのロイドさんなら見逃さないと思うのですが」


「あぁ、あれね。普通のランタンは手に入れることができたんだけど、調光型ランタン以降の商品は競争率が激しくてね。定住しているわけでもないから商業ギルドに頼れなくて中々手に入らないんだよ」


「調光型ランタンは俺も欲しいな。うちには女性冒険者が2人もいるからロイドには頑張って欲しいところだ」


「それは良かった。結婚祝いの御祝儀とロイドさんにはお世話になったお礼で差し上げますよ」


「なっ!? まさか手に入れることができたのか!?」


「手に入れたと言うよりも、いつでも作り出せるって方が正解ですね」


「?」


「要するにマジカル商会は俺の商会ということです」


「「「「「!?」」」」」


「マジか!?」


「このことは秘密なので口外しないで下さいね。個人的に来られても面倒くさいので」


 ケビンはそれから調光型ランタンや魔導ライト、魔導ケトルや魔道水筒などをガルフたちに渡していく。


 ロイドは受け取った魔導具をまじまじと見つめながら感嘆の声を漏らす。


「凄いね……これ程のものを作り出すなんて……」


「魔導学院に留学していましたから」


「ケビン君って凄いのよ! 首席で卒業したんだから!」


 ティナが自分のことのようにケビンのことを自慢すると、ガルフは申し訳なさそうにケビンにお礼を伝える。


「すまないな。こんな高価なものを貰っちまって」


「いえいえ、俺にとって魔導具作りは趣味も入っていますので、大したことではないですよ」


 それからケビンたちは他愛のない話をしながら、運ばれてきた夕食を済ませていくのだった。


 翌朝、クエストでも受けるかと冒険者ギルドに向かったケビンたちはガルフたちと遭遇する。


「おはようございます」


「おぉ、ケビン。おはよう」


「ガルフさんたちもクエストですか?」


「そうだな。所帯を持った以上、嫁さんを養わなければならないしな。いつもみたいにダラダラはしてられないんだよ」


「それでは久しぶりなので一緒に討伐しませんか?」


「おっ、楽しそうだな」


「では、ガルフさんたちのパーティーを俺のクランに入れますけどいいですか?」


「クランを作ったのか!? そんなにパーティーがお前のところに集まってきたのか?」


「いえ、ダンジョン都市へ行った時にメンバーだけで作ったんですよ。今のところ俺のパーティーメンバーと学院の時にお世話になった先輩が1人所属しているだけです」


「へぇー少数精鋭と言ったところか」


 ケビンは会話をしながらガルフたちを引き連れて受付へ向かうと、ちょうど手空きの受付嬢に声をかけた。


「すみません。この方たちを俺のクランに登録して下さい」


「かしこまりました。ギルドカードを提出してください」


 ケビンがギルドカードを提出すると、受け取った受付嬢がカードに記載された内容を目にして驚きで目を見開いた。


「ウ、ウ、ウロボロスゥゥゥゥッ!」


 受付嬢の言葉に反応して周りの冒険者たちもガヤガヤと騒ぎ始める。


「お、おい、今【ウロボロス】って聞こえたぞ」


「あのSランククランか!?」


「マジかよ……初めて見た……」


 騒ぎだす冒険者を他所にガルフも驚きでケビンに問い詰める。


「ケビン! あの有名なSランククラン【ウロボロス】ってお前のクランなのか!?」


「“あの”が何を指しているかわかりませんが、【ウロボロス】は俺が作ったクランですよ」


「ダンジョンを4度制覇したんだろ!? 旗揚げから瞬く間にSランクへ上り詰めたって冒険者たちの間では有名な話だぞ!」


「そうなんですね」


「……あっさりしてるな……」


 ケビンの塩対応にガルフは相変わらずの様子に安堵しながらも、歳を取っても変わらないんだなと思っていた。


「ガルフさんたちのパーティー名は何ですか? 俺のパーティーは面倒だからそのまま【ウロボロス】にしていますけど」


「俺たちか? そういや何も名乗ってないな」


「……無気力病とその仲間たち」


「おい、ニーナ!」


 ニーナのネーミングセンスにガルフはすかさず反応すると、そこに相乗りしたティナがさらに追い打ちをかける。


「酔いどれ亭主とその仲間たち」


「ティナまで! 嫁さんの前で何てことを言うんだ!」


「「事実」」


 そのようなガルフとティナたちのやり取りに、奥さんであるルナリーはクスクスと上品に笑うのであった。


 その後、結局パーティー名は【希望の曙光グリームオブホープ】となり、意味を尋ねたケビンにガルフは「いつ何が起こるかわからない冒険者をしているため、常に明日を迎えることができるように」と答える。


 それを聞いたティナとニーナは「ガルフのくせにカッコつけすぎ!」「似合わない」と言っては、その場を大いに沸かせたのである。


 こうしてガルフたちのパーティー【希望の曙光】をクランに組み込んだケビンは、合同で依頼をこなすためにクエストを手当たり次第に受けていくのだった。


 その様子を見たティナたちはいつもの事なので何とも思っていなかったが、初めてケビンのクエストの受け方を見たサイラスやルナリー、ロランダは呆気に取られて呆然としていた。


 当然ギルドの受付嬢や周りの冒険者たちもその光景を見て、唖然としている人たちの一部になっていた。


 その日のクエストは全て達成してしまい、ガルフやロイドは強くなったティナとニーナの成長に驚いて、サイラスやルナリー、ロランダはケビンのパーティーの強さに驚いて、一緒に討伐するはずだったのがいつしか見学の位置についていたのであった。


 ケビンはせっかく一緒に討伐するのだからと、ガルフたちのパーティーに臨時で参加して、適度に遊んで楽しみながら同じ時を過ごしていた。


 こうしてケビンはタミアを出発するまでは、ガルフたちと合同でクエストをこなす日常を送るのであった。

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