第245話 その手に掴むは混乱と鉄球

 ケビンたちはギルドを後にすると、ゾロゾロとドワンの店近くにある路地裏までやって来た。


「では、先輩」


「何だ? 後輩よ。もう俺がこれ以上驚くことはないぞ」


「それは良かったです。今からすることは口外禁止ですので、秘密にしておいて下さい」


「任せておけ。口外しないと約束する」


「それでは、行きます」


「どこ――」


 ケビンは転移魔法を使うと、【K’sダンジョン 本店】のマスタールームへと移動した。


「――に……あれ? ここどこだ?」


「ダンジョンのマスタールームですよ」


「ん?」


「ダンジョン都市にあるダンジョンの、最下層を超えた先の部屋です」


「……」


 未だ理解が追いつかないのか、狐につままれた表情を浮かべてターナボッタは立ち尽くしていたが、ケビンは気にせずに作業を開始する。


「コア、久しぶり」


〈お久しぶりです。マスター〉


「現在の進行状況はどうなっている?」


〈本店・2号店ともに最深到達階層は85階層で、【鮮血の傭兵団ブラッドファイターズ】が記録しています〉


「4年も経つのに全く攻略が終わってないな……何故だ?」


〈あまりにも冒険者たちがサクサク進んでは攻略してしまい、このままではすぐに終わってしまうと判断して難易度の変更を行いました。マスターの設定した難易度は冒険者たちへの安全マージンがあり過ぎて、比較的簡単・安全に攻略できるダンジョンだったので将来的に客足が激減してしまいそうでした〉


「そんなに簡単だったか? 結構難しくしたつもりだったんだがな」


〈すぐに補給へと戻れる5階層ごとの転移魔法陣が難易度を下げています。あとはセーフティゾーンが各階層にあるため、休息しやすく疲れが溜まりにくくなっていることも起因します。冒険者たちの中にはそこで寝泊まりする者もいるぐらいです〉


「イージー過ぎたってことか。それらは撤去したのか?」


〈いえ、できるだけマスターの意志を尊重したまま変更を行いましたので、それらは残してあります〉


「じゃあ、トラップの変更や魔物を強くしたのか?」


〈はい。トラップは致死性のないものをいやらしい配置に変更して、魔物は種類をそのままでステータスを強くして、特殊攻撃や連携をするなどの亜種を量産しました〉


「つまり、予想だにしないトラップがあったり、魔物は人間みたいに考えて行動するわけか……」


〈それにより魔物の強さが上がるにつれて攻略スピードが落ち、【鮮血の傭兵団】はレアボスがドロップするレア武具を団員たちへ装備させようとして、手に入れるために各ボス部屋の周回を延々としています〉


「装備を買って整えた方が早いだろ……何考えてんだ?」


〈ダンジョン内で記録されている会話には、団長が『戦闘を繰り返すことによって俺たちの強さも上がり、その内レア装備も手に入る……まさに一石二鳥だ』と、言っていました〉


「……馬鹿か?」


 ケビンの言葉にニーナがボソッと呟く。


「【脳筋のマッスルヘッド傭兵団ファイターズ】」


「マ……マッスル……ヘッド……ぷっ……はははははっ! ちょっ……ふっ……ニーナ……ふふっ……笑わせ……ぷぷぷっ……ないで……ぷっははははは!」


 ニーナの呟いた言葉がツボにハマったのか、ティナは腹を抱えて大笑いしているのだった。


「もしくは【鮮血ブラッドの脳筋団マッスルヘッダーズ】」


「ふひっ! ふひひひひっ! し……死ぬ……お腹痛い……ぷぷっ……もうムリィ……ふっ……ふふっ……はははははっ!」


「ティナは幸せだね!」


 笑い続けているティナにクリスが感想をこぼしていると、立ち尽くしていたターナボッタがティナの大笑いで再起動した。


「なぁ、後輩よ……」


「何ですか? 先輩」


「……どういうことだよこれはぁぁぁぁっ!」


 結局理解が追いついていなかったターナボッタは、ケビンに向かって叫ぶことしかできなかったのであった。


「何でダンジョンなんかにいる!? どこのダンジョン都市だ!? さっきまで交易都市にいただろ! それに誰かの声がしたぞ! 幽霊がいるのか!?」


「落ちついて下さいよ、先輩。1つずつ説明しますので」


「はぁ……はぁ……はぁ……わかった、説明しろ」


「まず、ここはアリシテア王国のダンジョン都市、ウシュウキュの街です。ここには転移魔法でやって来ました。知らない声がするのはそこにあるコアが喋っているからです」


「無理だ……理解が追いつかねぇ……」


「わからないことは諦めましょう」


「それが1番良さそうだな……」


 ターナボッタは自分の理解の範疇を超えたケビンの説明に、諦めるという選択肢を取って納得するのである。


「ということで、ここで先輩には修行してもらいます」


「ダンジョン攻略をするのか?」


「それは考えていませんでしたが、したいですか?」


「少しは興味がある。ここでしか手に入らない素材とかあるんだろ?」


「ありますね」


「魔導具に使ったり、ドワンさんへのお土産になる」


「では、訓練内容を変更して、先輩にはダンジョンを最初から攻略してもらいます」


「ありがとな」


 ターナボッタは思わぬところでダンジョン攻略ができることとなり、期待に胸を膨らませるが、そんなターナボッタにティナが心配して声をかける。


「ターナボッタ君、止めておいた方がいいよ」


「俺が弱いからですか?」


「違うわよ。貴方の強さは親善試合で見てるもの」


「では、何故?」


「ケビン君って攻略になるとスパルタだよ」


「……へ?」


「私とニーナともう1人の3人で、当時は70階層までを短期間で攻略させたから。命に危険がない限り絶対に手を出さないのよ」


「……なぁ、後輩よ……」


「何ですか? 先輩」


「攻略は次の機会にしようか? とりあえずはランク上げが優先だよな?」


「ドワンさんへのお土産、いっぱい手に入るから良かったですね」


「……」


 ダンジョンが攻略できるというターナボッタのウキウキとした気分はどこへやら……


 今ではその面影はなく何かを諦めてしまったかのような、そんな表情を浮かべてこれから始まるであろうスパルタに思いを馳せるのであった。


「俺はそこまで鬼じゃないから大丈夫ですよ」


「……経験者が物語っているんだが……」


「ティナさんたちの時も適度にサポートはしてましたから」


「……本当か? 信じていいのか?」


「大船に乗ったつもりでいてください」


「……」


 淡々と語るケビンに一抹の不安を感じながら、ターナボッタは無理やり納得するのである。


「それじゃあ、ダンジョン攻略へシフト変更になったからパーティーを組もう。さすがに先輩1人だけでは無理があるから」


「おぉ、さすが後輩! 俺は信じていたぞ!」


 ターナボッタは1人で放り出されないことに感激して、調子よくケビンに言葉をかけるのであった。


「前衛は先輩とクリスさん、中衛にティナさん、後衛にニーナさんとララでいこう」


「ケビン君、クリスとララは武器が出来上がってないよ?」


「以前使ってたものをそのまま使ってもらう」


「後輩は後ろからついてくるのか?」


「いや、俺はここでコアと観察してますよ」


「え? 死にそうになったらどうするんだ?」


「ティナさんたちがいるから深層に入るまでは死ぬことはまずないですね。しかも今回はパーティー始まって以来の回復支援専門がいますから、怪我したところで問題ないですよ」


「怪我を負うことが前提なのか? 不安しかないぞ……」


 こうして、ターナボッタのダンジョン攻略が幕を上げた。ケビンを残した他のメンバーはダンジョンの外へと出てから攻略を始めるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ターナボッタのダンジョン攻略が始まって2週間。彼は今日もダンジョンの中を走り回る。


「どうなってんだよっ! このダンジョンはぁぁぁぁっ!」


「知らないわよ! ダンジョンを管理してるのはケビン君かコアなんだから!」


「楽しいねー」


 彼らは今、クリスがうっかり(確信犯)作動させたトラップから逃げている最中であった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時は遡り、本日もダンジョン攻略に勤しむため、ターナボッタは張り切っていた。


 まだ浅層であるためか、ターナボッタのダンジョン攻略はつまずくことなく進んでいた。


 それ故に、危機感もなくサクサクと攻略を進めていたのだった。ターナボッタは余裕からか気持ちは先へと進み、そのことを口にする。


「このまま行けば中層まであっという間ですね」


「そうね、ケビン君が設計したのをコアが弄ってたけど、浅層は難易度を変えていないみたい」


「初心者に優しい設計」


「暇だよぉ」


 ティナたちにとってあまりにも難易度が低いためか、苦労することなく下層へと突き進む。


 やがて、中層にまで至るとようやく敵の強さに変化が生じてきた。


「クリス! あまり先走らないで! ターナボッタ君の訓練にならないわ」


「えぇー」


「クリス、ケビン君が見てる」


「うぅ……」


 さすがのクリスもケビンの名前を出されては、ティナの指示に従わざるを得なかった。


 そのような中でも、ターナボッタは自分にできる役割を果たしていた。できる限り敵を引きつけ、後衛にヘイトが向かないような立ち回りを見せている。


 そして戦闘が終わると、当然先走ったクリスのせいで反省会を開くこととなる。


「ふぅ……もう、クリス! 遊びたいのはわかるけど連携を崩したらダメよ」


「だって……ターナボッタ君、遅いんだもん」


「くっ……」


「しょうがないでしょ。研究ばかりしてて体力がないから鍛え上げきれていないのよ」


「うっ……」


「ケビン君は魔導具に没頭してても鍛錬はしてたよ。遊んでくれることがあったもん」


「え……」


「ケビン君はダラダラしているようで、こっそり努力するタイプなの。ターナボッタ君は研究が全てで、先を見ない行き当たりばったりなのよ」


「先輩なのにダメダメだねぇ」


「ぐはっ……」


「ティナ、クリス」


「「なに?」」


「ターナボッタ君のライフがゼロ」


 ニーナの指さす方向には、両手を地面について打ちひしがれているターナボッタの姿があった。


「「あ……」」


「ターナボッタさん、まだまだこれからですよ」


 ララが優しく声をかけるも、ターナボッタには効果が薄いようだ。図星をいくつもその身に受け、ちょっとやそっとじゃ傷口が塞がりそうにない。


「ま、まぁ、これから頑張ればいいのよ。そのための訓練なんだし」


「まだまだ若いからいけるよ」


 ティナとクリスがフォローを入れるが、あまり気休めにもならずフラフラとターナボッタは立ち上がる。


「さぁ、先に進みましょう」


 そう口にしたターナボッタが壁に手をついた瞬間、ガコンッとその部分がへこむ。


「「「あ……」」」


「……」


「え……?」


 恐る恐るターナボッタが自分の手先を見ると、壁の一部分が奥へとへこんでいて、それが何を意味するのかはさすがのターナボッタでも理解していた。


 やがて、地響きのような音が耳に届き始めて、天井からはパラパラと粉塵が降ってくる。


「何か聞こえるわね」


「嫌な予感」


「何だろうね」


「あちらからですね」


 ララが指をさした通路にティナが魔導ライトを向けると、奥の方から大きな鉄球が転がってきていた。


「「……」」


「凄い転がってるね」


「止まりそうにないです」


 その光景にティナとニーナは言葉を失い、クリスは呑気に感想を述べて、ララは冷静に分析している。


「あれ……ヤバイんじゃ……」


 トラップを発動させたターナボッタがボソッと呟くと、正気に戻ったティナが大声を上げる。


「何やってんのよ、あんたはぁぁぁぁっ!」


「ティナ、逃げる」


「走るわよ、みんなはぐれないようにね! 特にターナボッタ! あんたは死ぬ気で走りなさい!」


「は、はいっ!」


 ティナの怒涛の剣幕に押されて、ターナボッタはピシッと直立不動で返事を返すのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――マスタールーム


 ここではケビンがダンジョン内の様子をコアに映し出してもらい、リアルタイムでターナボッタたちの様子を眺めていた。


 テーブルとソファを出しては飲み物を口にしながらくつろぎ、気分は映画鑑賞である。


 手元にはダンジョンを直接いじるためにコアを抱きかかえて魔力を送りつつ、モニター操作をしながらリアルタイムでターナボッタへ試練を課している。


〈マスター、他の冒険者たちは大丈夫なのですか?〉


「あぁ、そうならないように一時的だが通路を塞いで鉢合わせしないようにしている」


〈壁に手を置いた瞬間にトラップを発動させるなんて、かなり手が込んでいますね〉


「そうしないとティナさんとかがトラップを見つけてしまうからね」


〈これは意味があるのですか?〉


「先輩の体力をつけるためだよ。卒業してから体が鈍っているからね。魔法剣士を目指しているのに鍛錬をサボるからこうなる」


〈基礎体力の向上ですか?〉


「ステータスでカバーできるとしても、何もしない人とする人では差が出てしまうからね」


〈ステータスでは測れない部分を鍛えるわけですね〉


 画面上では未だに鉄球から逃げ続けているメンバーの姿が映し出されていたのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ケビンの仕業とは露ほども知らず、ようやく鉄球から逃れられたメンバーたちが肩で息をしていた。


 ターナボッタは力尽きたのか地面で寝転がっている。


「迂闊にトラップを発動させるんじゃないわよ」


「ぜぇぜぇ……」


 何か言いたくても呼吸を整える方が優先で、ターナボッタは上手く口にできない。


「とりあえず、一旦休憩よ。今のうちに呼吸を整えておいて」


「久しぶりに全力で走った」


「楽しかったね」


「体が鈍っていたようです」


「……」


 それからもメンバーたちは魔物との戦闘を繰り広げながら、階層を着実に攻略していくのであった。


 そして次の日もそのまた次の日も、誰かしら鉄球のトラップを発動させてしまい、ひたすら走って逃げるということを繰り返していた。


「絶対何かがおかしい……」


「トラップがあるのは必然」


「いえ、元々あるなら私が気づかないはずないわ」


「コアはいやらしい配置にしたと言っていた」


「……探知できないトラップでしょうか?」


「そんなトラップは今まで聞いたこともないわ。そんなものがあったら危険すぎるわよ」


「今日はだれが引くのかなぁ?」


「今日も走るのか……」


 結局この日も鉄球に追われて、ダンジョン内を走り回ることになってしまったのである。


 明らかにおかしいトラップの発動を怪訝に思ったティナはケビンに問い詰めたが、「コアのしている事だからわからない」と返されてしまうのだった。実際はケビンが意図して行っているにも関わらず。


 そして話は2週間後へと戻る。


 パーティーが中層に至ってからは、走っていない日はないくらい走らされていた。


 そして今日、トラップを引く係は故意的にクリスが担う。ケビンは何となくで発動させていたが、トラップの発動場所・発動時期を密かに分析していたクリスは、ケビンも気づいていない癖を見抜いて見事それを引き当てるのだった。


――ガコンッ


「え……?」


「まさか……」


「ここでですか……」


「嘘だろ……」


――ゴロゴロゴロゴロ……


「どうなってんだよっ! このダンジョンはぁぁぁぁっ!」


「知らないわよ! ダンジョンを管理しているのはケビン君かコアなんだから!」


「楽しいねー」


 狙い通り発動することができたクリスは楽しく走り、それ以外の者は必死に走り続けている。


「クリス! あんた、わざとじゃないでしょうね!」


「わざとできるわけないじゃーん」


「正論」

 

「遊びのためならやりそうなのよ!」


「賛同」


「どっちにしても逃げ切ってからですよ」


「き……きつい……」


「ターナボッタ! 諦めたらペチャンコよ!」


 ティナたちが鉄球トラップから解放される日は果たして来るのだろうか?


 それはケビンのみぞ知ることである。

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