第244話 その手に掴むは幸運と悲観

 挨拶巡りの旅を始めたケビンは、まずはクリスとララの装備を整えるためにドワンの元へ訪れるのであった。


「ドワンさーん! こんにちはー!」


 店の奥から出てきたドワンの後から、もう1人の人影が視界に入る。


「よう、後輩」


「あ、先輩。ご無沙汰です。ドワンさんもご無沙汰しております」


 店の奥から出てきたのはドワンとターナボッタであった。


「久しぶりだな、ケビン」


「どうして先輩が奥から?」


「あぁ、ちょうどドワンさんと魔導具の調整をしていてな」


「あぁ、それで……そういえば先輩は、功績が認められて子爵になったんですよね? 家名は何ですか?」


「ウィーガンだ。それに爵位も正しくは名誉子爵だからターナボッタ・ウィーガン名誉子爵だな。ところでそういうお前はどうなんだ? 俺で爵位が貰えたんだから、当然貰ってんだろ?」


「俺の場合は国に縛り付けるために、押し付けられた感が半端ないですけどね。爵位は侯爵ですよ」


「ッ!? マジかよ……大貴族じゃねぇか……」


「俺としては要らない爵位ですね。アリシテア王国のがあるし」


「侯爵を要らないって……お前くらいだぞ、そんなことを言うのは」


「本当のことだから仕方ないですよ」


 ターナボッタとの会話が途切れたことで、ドワンがケビンに話しかけた。


「今日の用事は何だ?」


「今日は新装備を作ってもらおうかと。ララ、おいで」


「はい」


 ケビンの呼びかけに応えて、ララが前へと出てくる。


「ん? 前に連れてきた者とは違うな……似てはいるが……」


「えっ!? ドワンさん、違う人物だってわかるんですか!?」


 ケビンは未だに見分け方がわからないので、見ただけで別人と判断してしまうドワンに驚愕した。


「今までどれだけの人を見てきたと思ってるんだ。人の区別くらいつかないとこの仕事はやっていけんぞ」


「す……凄い……」


「で、嬢ちゃんは前に来た者と違って近接タイプではないな」


「そ……そこまで……」


 ケビンはドワンの慧眼に驚いてばかりだった。そんなケビンを他所に淡々と話は続いていく。


「どんな物が欲しいんだ?」


「私は回復支援がメインになりますので、遠距離の装備が希望になります」


「弓はエルフの嬢ちゃんが使っているしな……無難にロッドか杖にしておくか?」


「できれば自分でも戦える武器が欲しいのですが……」


「うん? 今までは何を使っていたんだ?」


「打撃ができる武器を」


「それならモーニングスターにするか……打撃武器が扱えていたのなら使いこなせるだろ」


「はい」


「ララが撲殺天使に……」


「ケビン様……」


 ララの耳は都合よく“天使”の部分しか拾わず、頬を染めて照れるのであった。


「防具は耐久力を上げたローブでいいだろう。直接戦闘はあまりないだろうしな」


「お願いします」


 ララの装備が決まったところで、次のメンバーをケビンが呼ぶ。


「クリスさん」


「はーい!」


 ケビンに呼ばれて元気よく後ろからクリスが姿を見せた。


「次はその嬢ちゃんか……」


「私は槍がメインになります。防具は動きやすい物がいいです」


「槍は突き特化か? それとも払いもこなせるようにするか?」


「払い斬りができるようにお願いします」


「わかった、それならハルバードをベースにしよう」


「それと魔法も扱うので補助機能をつけて頂ければありがたいです」


「それも承知した」


 2人の新装備の話が終わるとケビンはティナたちに声をかけた。


「ティナさんたちの装備はメンテナンスとか大丈夫?」


「あまり戦うことがなかったしなぁ……」


「私は希望する」


「あっ、それなら私も」


「じゃあ、全員分のメンテナンスもお願いします」


「了解だ」


 ケビンは3人分のメンテナンスも頼み終えると、ターナボッタと世間話をするのであった。ドワンは細かい調整のために、クリスやララと打ち合わせをしている。


「先輩、魔導具は順調ですか?」


「あぁ、順調だ。だが、どうしても魔力効率を上げれなくてな。上げようとすれば野暮ったい形になって機能性が失われるし……そういうお前は卒業の時に何の魔導具を提出したんだ? ランタンってことはないよな?」


「軍事利用できる魔導具ですね。魔力を流せば結界が張れるんですよ」


「ッ!? おまっ、それ絶対にヤバイやつだろ!?」


「大丈夫ですよ、試作品を提出しただけですので。適度に粗悪品ですよ。結界の維持には魔力が必要だし、攻撃されれば余計に魔力を消費しますから壊すのは簡単です」


「はぁぁ……とんでもない代物を提出したんだな……」


「あの国には試作品だけしかあげていないので、別に大したことにはならないですよ」


「……つまり、改良型が既にできてるのか?」


「それはアリシテア王国に5セット納品してますね」


「ッ! 戦争でも引き起こす気か!?」


「あれ? 知らないんですか? 帝国が戦争を起こそうとしてますよ」


「何だと!? 聞いてないぞ!」


「え? でも、先輩って冒険者になってますよね? 噂話とか聞かないんですか?」


「俺は冒険者って言っても一匹狼だしな。それに、魔導具の完成までは研究がメインだ」


「あぁ、それで……」


「とにかくいい情報が聞けた。戦争になったら国に戻らないとな」


「冒険者だから無視してればいいじゃないですか」


「冒険者の前に名誉とはいえ貴族だからな、一応の貢献はしておかないと。それに親も住んでるから守ってやらねぇと」


「漢ですね、先輩! 尊敬します!」


「そういうお前は無視するのか?」


「ミナーヴァは王城が危なくならない限り無視ですね、元々アリシテア王国所属ですので。俺も守りたい人たちが国にいますから」


「王城って……もう、そこまで攻め込まれたら終わってるだろ。国王たちを逃がすためか?」


「それは悩みどころですね。俺が助けたいのはレティです。婚約しましたので」


「婚約!? 友だちからそこまで発展したのか!?」


「どちらかと言うと2人の王妃の策略です。権謀術数渦巻く中枢部って感じで侯爵にされた挙句、王女と婚約しろって言われたんですよ」


「それでミナーヴァに対して冷たい上に、国王たちにも執着がないわけか……」


「まぁ、レティが悲しむから助けることには変わりないですけど」


「素直じゃないな、後輩よ」


「いえいえ、俺は素直ですよ、先輩」


 素直じゃないケビンをターナボッタは揶揄うのだが、ケビンも揶揄われているのはわかっているので、ムキにならず適度に返すのであった。


「ところで後輩よ」


「何ですか? 先輩」


「話は変わるが……装備が出来上がるまでは暇だよな?」


「そうですね」


「そこで頼みなんだが、ランク上げを手伝ってくれないか? 1人だとどうしても討伐に時間がかかるし、魔物によっては相性が最悪なんだ」


「ちなみに現在のランクは?」


「……D……だ……」


「えっ!?」


「言い訳をさせてくれ! 卒業してからは単位のことを気にしなくていいから研究に明け暮れてたんだ。むしろ、そればかりにかまけてたんだ!」


 ターナボッタが学院を卒業してから2年という月日が軽く経過していたが、研究に明け暮れるばかりで冒険者活動はそこそこにしかせず、生活ができる分だけ稼げばいいだろうとおろそかにしていたのだ。


 その結果、生活には困っていないが肝心の冒険者ランクは中々上がっておらず、割のいい上位クエストは当然受けれないので足踏み状態となっていた。


 そのような時に、たまたまドワンのところで魔導具の調整を行っていたら、たまたまお客として現れたのがケビンだったのだ。


 ターナボッタとしてはこのチャンスを逃してなるものかと、ケビンに何とか手伝ってもらうための説得であったのだ。


「はぁぁ……先輩ってそこまで研究バカだったんですね。初めて知りました」


「学院生の頃は単位を取らなくちゃいけなかったからな。学業を優先させていただけだ」


「ちなみに目標ランクは?」


「できればBくらいがいいなぁって思ってるんだが、お前のランクはどうなんだ? 目標と同じBくらいか?」


「俺はAですよ」


「エ、Aェッ!? 強い強いとは思っていたが、そこまでか……」


「……先輩って口は軽い方ですか?」


「いや、人のことをペラペラ喋ることはしないぞ。友だち失くすからな。まぁ、あまり友だちもいないが……」


 ケビンはターナボッタの友だちが少ないという情報にはあえてツッコまず、気にせずに話を進めることにした。ケビンも友だちがあまりいないゆえに気持ちがわかるのだ。


「秘密を守れるならAまで持っていきましょう」


「ッ! そんなことが可能なのか!?」


 ケビンからの夢のような申し出に、ターナボッタは期待の視線をケビンに向けてしまう。


「どのみち、ドワンさんの作業ものんびり待つつもりでしたし、出来上がるまでの期間がありますので秘密の特訓をしましょう」


「やっぱり持つべきものは頼れる後輩だな!」


「では、明日には装備のメンテナンスが終わりますので、明日から開始しましょう」


「よろしく頼む!」


 こうしてひょんなことから始まった、ターナボッタのランク上げ依頼をケビンは引き受けるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌朝、ドワンの店で待ち合わせをしたターナボッタと合流すると、ケビンはドワンからメンテナンスの終わった装備品を受け取り、冒険者ギルドへターナボッタとともに向かうのである。


 久しぶりに来た貿易都市の冒険者ギルドは、以前と変わらずの光景であった。


「先輩、とりあえずパーティーを組むので受付に行きましょう」


「おう、細かいことは任せた! 俺はソロだからやり方を知らないしな!」


 ケビンたちはゾロゾロと受付へ向かっていき、受付嬢へ話しかける。


「すみません」


「冒険者ギルドへようこそ」


「あっ!」


「あらっ!」


 受付を担当していたのは、以前Aランクに上がった時に処理してくれた小麦色肌をしているエルフの受付嬢であった。


「お久しぶりです。元気そうで何よりです」


「ケビン様もお元気そうで何よりです。それにだいぶ成長されましたね。もう、ティナさんたちの身長を超えているじゃありませんか」


「あれから5年は経ちますからね、成長してなかったら泣いていますよ」


「それはそれでいいものだと思いますよ? 当時は抱っこされていましたからね」


「恥ずかしいから言わないで下さいよ」


「うふふっ」


 ケビンが受付嬢と話していると、ターナボッタが後ろから声をかける。


「なぁ、後輩。知り合いだったのか?」


「そうですよ。5年ほど前にAランクへ上がった時、処理手続きをしてくれた方です」


「5年前!? お前、今何歳だ!?」


「14歳ですけど」


「ってことは、9歳でAランクか!?」


「いえ、正確には9歳になる2ヶ月前ですね」


「そんな細かいことはいいんだよ! どんだけ強いんだよ!」


 ターナボッタは明らかに子供である年齢の時に、ケビンがAランクへ上がったことに驚きを禁じ得ないでいた。


「まぁ、それはさておき」


「置いておけるかっ!」


「先輩をパーティー登録しないと。ギルドカードを出して下さい」


 ケビンはターナボッタのツッコミなど気にせずに、どんどん先へと話を進める。ターナボッタは腑に落ちないがギルドカードをケビンに渡した。


「俺のクランに先輩を登録して下さい」


「了解しました」


「なぁ、後輩よ」


「何ですか? 先輩」


「クランって何だ?」


 ケビンはそれからターナボッタへクランについての説明を行っていると、受付嬢から声をかけられる。


「終わりましたよ、ケビン様」


「ありがとうございます」


「それにしても、あの有名なSランククラン【ウロボロス】は、ケビン様のクランだったのですね」


「エ、Sランクゥゥッ!?」


 ケビンが答えるよりも先にターナボッタが反応してしまった。


「後輩! お前、どんだけだよ!?」


「こんだけですよ、先輩」


「それに説明を受けた時は、クランはパーティーの集まりって言ってたじゃねぇか。俺はパーティーじゃなくてソロだぞ」


「俺のクランは俺のパーティーしかいないから、普通にパーティー組むのと似たようなもんですよ。それにソロだから入れたらダメっていう決まりもないですから」


「アリなのか? それはアリなのか!?」


「リーダーの俺が決めたからアリですよ。それじゃあ、ララもクランに入れるから済ませておこうか?」


「はい」


「まさか……その人は既に冒険者か……?」


 ドワンのところで装備品を頼んでいたので、これから冒険者となるのだろうと思っていたターナボッタだったが、ケビンの言葉で違うのだとわかり続く言葉で撃沈するのである。


「Bランクですよ」


「……」


「ターナボッタさん、私はFランクからスタートですので同じですよ」


 ララから言われる気休めのフォローは、ターナボッタの心を癒すには不十分であった。


「それでも、俺より上ですよね……ハハ……」


「まぁ、ララは4ヶ月くらいでBランクになりましたからね。相当スパルタで上げてますから気にしたらダメですよ」


 ケビンもフォローのつもりで言ったのだが、ターナボッタにとっては全然フォローになっていなかった。


「……4ヶ月でBランク……」


 激しく落ち込むターナボッタを他所に、ケビンはララをクランに登録する手続きを行う。


「……俺は2年経ってもDランク……」


 ララの登録を済ませたケビンはギルドカードを本人へ返すと、ターナボッタに声をかける。


「さぁ、先輩」


「何だ? 後輩よ……俺は打ちひしがれてるんだ」


「ギルドでの用事も済みましたから次へ向かいましょう」


「……ハハ……もう、好きにしてくれ……」


 こうして、打ちひしがれてるターナボッタとともに、ケビンは次の目的地へと向かって歩き出すのであった。

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