第241話 天然ちゃんは今日も行く!
クリスの実家に挨拶が済んで間もない頃、クリスはケビンがフラフラ出かけているので手持ち無沙汰になっていた。
「暇だなぁ……ケビン君と遊びたいなぁ……」
主のいないベッドでゴロゴロと転がっては、独り言ちていた。ケビンがいないので、せめて匂いだけでもとベッドで過ごしていたのだった。
「そうだ!」
クリスは何かを思いついたようで早速行動に移すべく、後ろ髪を引かれながらもケビンのベッドから這い出すのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お義兄さーん」
私はケビン君のお義兄さんであるカインさんに声をかける。カインさんはいつも鍛錬をしてて居場所の特定がしやすいのよね。
おやおや? その手に持っているのはケビン君があげた剣だね。ケビン君が作ったからかなりの業物だよね? どのくらいか試してみよ!
「クリスさんか……やっぱり年上の人にお義兄さんって呼ばれるのは違和感しかねぇな」
「あーそびましょー」
「?」
「あーそびましょー」
お義兄さんが首を傾げるのでもう1度同じことを伝える。大事なことなので2度伝えるの。
「ケビンはどうしたんだ?」
「ケビン君なら出かけたよ」
「クリスさんを放っておいて?」
「みんな置いていかれてるよ」
「ということは、別の女のところか」
「楽しそうよね!」
そう、ケビン君には女の子がいっぱいいるのよね。この国にもお隣の国にもいて、ハーレムまっしぐら。何故か年上ばかりに好かれてるけど、みんな年下好きなのかな……それはつまり私と一緒ってことね!
「……ところで何して遊ぶんだ?」
「戦おうよ!」
「……え?」
「戦おうよ!」
「訓練ってこと?」
「違うよぉ、ガチバトルだよ」
ふふふっ、見せてもらうよ、ケビン君が作り出したその剣の性能とやらを。
「さすがにそれは……ケビンの嫁さんを傷つけるわけにはいかねぇよ。母さんに何されるかわかったもんじゃないし、ケビンにも何かされそうだ」
「大丈夫! 楽しいから!」
「相変わらずぶっ飛んだ回答だな」
そして私はポーチから槍を取り出す。このポーチはケビン君が私のために作ってくれた優れものなのだ。私の要望に応えて可愛く作ってくれてる。
私が槍を構えると、お義兄さんは苦笑いを浮かべつつも相手をしてくれるみたい。
「手加減すればなんとかなるかな?」
おやおや? 私に勝つ気でいるみたいだね。伊達でSクラスの優等生で高嶺の花と言われていないのよ。
ふふん、その傲り高ぶった鼻っ柱をへし折ってあげよ。
「いっくよぉ」
「いつでもいいぞ」
余裕をかましているお義兄さんへ一気に間合いを詰める。そして繰り出すのは突きだ。連突をこれでもかと言うほどお義兄さんへお見舞する。
「ほい、ほい、ほい――」
「なっ!?」
「まだまだいくよぉ、自由なる風よ 疾風の力よ 我に速さを《ウインドアクセル》」
「ちょ……」
更にスピードを上げた私の突きは、お義兄さんをどんどん追い詰めていく。
ふふん、私を甘く見た報いなのだ。とことん追い詰めちゃうよ。
「しゃらくせぇ!」
お義兄さんが本気になったようで、体の動きにキレが増す。突きの対処に追われていたのに、私の槍を弾き返した。
お義兄さんがインファイトに持ち込むべく間合いを詰めようとするが、私は槍のリーチを活かしてそれを防いでいく。
「ちっ、こなくそ!」
お義兄さんが中々間合いを詰められず、顔に焦りが出ている。
「お義兄さん、焦っちゃダメだよ。動きが緩慢になってるよ。ほら、ほら、ほらぁ」
「まだまだぁ!」
「おっ、動きが良くなった!? でもまだまだだね。万物を隠す闇黒よ 底知れぬ闇よ 我が敵に束縛を《ダークネススワンプ》」
私が唱え終わるとお義兄さんの足元に闇が広がる。そこから伸びゆく闇にお義兄さんの足が囚われ沈み込む。
「なっ!?」
「隙あり!」
私は大きく払いをして、お義兄さんの剣はその手から離れて宙を舞う。
「ふふん、私の勝ち!」
「うそ……だろ……」
お義兄さんが唖然としている中、魔法を解除して体を自由にするとお義兄さんはその場で座り込んだ。
「あらあらあら、2人で遊んでいるの? 楽しそうね」
そこへ来たのはケビン君のお義母さんだった。いつもほんわかしてていい香りがするとっても優しいお義母さん。
「お義兄さんに遊んでもらったの」
「ふふっ、カインは義妹にも優しいのね」
「とっても優しいよ!」
「それで……カインは義妹だから手加減をしたのかしら?」
「(ギクッ!)あ……当たり前じゃないか。女性相手に本気を出すわけないだろ」
「そうよね、本気を出したのに負けたなんて言わないわよね?」
「そ、その通りだよ……」
お義母さんがお義兄さんに話しているけど、お義兄さんの動揺が凄い……どうしたんだろ?
「よかったわ、あれだけ鍛錬を積んでいるのに女の子に負けたんじゃ、お母さんが特別メニューを作らなきゃいけなかったから」
ん? お義母さんの特別メニューって何だろう? きっと凄い楽しいに違いない! お義兄さんに薦めないと!
「だ、だ、大丈夫だよ! 自分で――」
「良かったね、特別メニューをしてくれるって。楽しそうだね!」
「……え?」
「あらあら、クリスさんはそう思うの?」
「きっと楽しいよ! お義母さんが作る特別メニューだから」
「クリスさんはいい子ね」
「えへへ」
「カイン? クリスさんが薦めてくれているから特別メニューをやりましょう。お母さんが色々と考えて作ってあげるわ」
「やったね、お義兄さん!」
「終わった……」
お義兄さんはどこか遠くの空を見上げて黄昏ていた。何か悩みでもあるのだろうか?
お義母さんとお義兄さんにお別れをして、別の目的地へと私は歩き出した。
まだまだ時間はあるし、次はどこへ遊びに行こう?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
敷地内を歩いていたら使用人の1人を見つけた。彼女はどうやら洗濯物を干しているようだ。
「ララ、手伝うよ」
私が声をかけるもララはキョトンとしている。どうしたのかな?
「どうしたの?」
「あの……」
「私が勝手に手伝うだけだから怒られないよ?」
「そうではなく……先程、“ララ”と……」
「ん? ララはララじゃないの?」
「わかるのですか?」
「何が?」
「私がララだと……」
「ん? どこからどう見てもララだよね? もしかしてララのそっくりさん?」
おかしなことを言うものだ。ララはどう見てもララなのに。一体どうしたのだろう?
「いえ、私は私ですが、ルルとよく間違われるので」
「どうして?」
「似てませんか?」
「ルルはルルだし、ララはララだよね? 間違いようがないよ?」
「ふふふっ」
「?」
「では、この洗濯物をお願いします」
「任せて!」
私はララとお喋りしながら洗濯物を干していった。話の途中でどうしてララだとわかるのか質問されたけど、わかるからわかるとしか言いようがなかった。
ララはララでルルはルルなの。
そして私はララと過ごした後、また散策を開始することにする。次は誰と遊ぼうかな?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家の中に入って行くとティナたちを見つけた。来た当初はお義兄さんやお義姉さんに気兼ねして部屋から出てこなかったのよね。
お義兄さんとはまだぎこちないけど、お義姉さんとは打ち解けたみたいで、よくケビン君についてお喋りしているのを見かけたりする。
「ねぇねぇ、ティナ」
「どうしたの?」
「遊ぼうよ」
「……はぁぁ……あなたはお気楽でいいわね」
「じゃあ……ニーナ、遊ぼうよ」
「私はティナの次?」
「本読んでて忙しそうだし」
私がそう言うと、ニーナは本を閉じると視線を向けてきた。
「何する?」
「納品に行こう!」
「商業ギルド?」
「王都に行こう!」
「わかった」
私とニーナが出かける準備をすると、置いていかれるのが嫌なのかティナも準備していた。
「行ってきまーす」
元気よく家を出た私たちは、のんびりと王都までの道のりを歩いて行く。ティナは楽をするために馬車を使おうとしていたが、冒険者としての自覚が落ちてきていると思う。
冒険者なら基本は魔物と戦いながらの歩きだよね。
「これ、王都につく頃にはお昼になってるわよ?」
「ご飯食べよ」
「早めに歩く」
王都へ向かう道中は魔物をズッパズッパと倒していき、ポーチに収納して冒険者ギルドへのお土産にする。
やがて王都に辿りつくと、商業ギルドへ行く前に3人でお昼ご飯を食べることにした。
「どこにしようかしら?」
「デザート食べよ」
「どこでもいい」
お昼ご飯は私の意見が通り、デザートのあるお店となった。そこでお昼ご飯を食べて休憩したあとは、商業ギルドへと依頼の確認に向かう。
「今日は何を納品するの?」
「うーん……ランタンは最近伸び悩んでいるから省くとして、魔導ライトは品切れ状態が続いている。魔導ケトルはじわじわ伸びてきてるね。魔導クーラーボックスは行商人がターゲットだから後回しにして、ファミリー層向けの魔導水筒を伸ばしていこうか? これなら冒険者たちも手を出すだろうしハズレることはないしね。あとは、魔導ライトを少しだけ納品しよう」
「たまに見る本領発揮」
「いつもこうならいいんだけど」
商業ギルドで納品を終えた私たちは冒険者ギルドへ足を運ぶと、ティナたちは勝手知ったるやで2階へ上がっていくから、私もその後に続く。
「サーシャ、久しぶり」
「ティナじゃない、こっちに戻ってきてたの?」
「ケビン君がこの前学院を卒業したからね、みんなで実家に戻ったのよ」
「ケビン君戻ってきたんだぁ」
ティナが受付嬢と仲良く喋っていると、手持ち無沙汰になった私は受付嬢の薬指に光る物を目ざとく見つけてしまった。
あれはケビン君のリングに違いない。みんなと同じデザインだから見間違えるはずもない。
もしや、この人は……
「現地妻?」
ふと口にした言葉を聞いたみんなはキョトンとしてしまった。
「相変わらずね」
「斜め上」
「後ろの人は誰? 知り合いなの?」
「ケビン君の新しい婚約者よ。魔導王国まで追っかけてきたの」
「先の読めない行動派」
「クリスです。初めまして現地妻さん」
私の挨拶に現地妻さんは頬がピクついてる。笑顔が苦手なのかな?
「このギルドで受付嬢をしているサーシャです。初めまして追っかけさん」
サーシャは皮肉たっぷりにそう口にするも、クリスには効かない。何故なら相手はクリスだから。
「現地妻さんはサーシャっていうのね」
「くっ!」
「サーシャ諦めて。真面目じゃない時のクリスの相手をできるのは、ケビン君かサラ様くらいだから」
「……」
「クリス、現地妻は言葉が違う」
「え? 現地にいる妻じゃないの?」
「妻じゃない愛人に使う。サーシャは婚約者。つまり妻になる」
「そっか」
現地にいる妻だから現地妻って言ってたのに違ったみたい。学院じゃ習わない言葉って難しいのが多いなぁ。
「……はぁぁ……貴女たちも苦労してるのね」
「それはそれで楽しいこともあるわよ。周りを明るくするのに長けているから」
「で、今日は挨拶に来ただけ?」
「いいえ、クリスの冒険者登録と素材の買取よ」
「わかったわ」
それからサーシャが対応して、私の冒険者登録とクランの加入を終わらせると、素材の買取を済ませる。
ティナから私の強さや経歴を聞いたサーシャがギルドマスターに相談して、私のランクはFからではなくBからスタートとなったの。
何だか得した気分。持つべきものは頼れる仲間よね。
「それじゃあ、帰るわね」
「ケビン君に顔を見せてって伝えてちょうだい」
「わかったわ、伝えておく」
挨拶を済ませた私たちは家に向かってのんびりと帰るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――ってことがあったの」
私は家に戻って来たケビン君をベッドに連れ込み、後ろから抱っこして今日の出来事を話していく。
「カイン兄さんに勝つとは驚きだね」
「お義兄さんって、魔法を使いながら戦う相手には相性悪いよね」
「確かにね。純粋に剣の道に生きてきたから」
「どうにかしないと」
「そもそも、剣戟を交わしながら詠唱できるクリスさんが凄いんだけどね。そんなことできる人は然う然ういないから大丈夫だよ」
「そうかなぁ? 普通だよ」
「真面目にしてれば凄いんだけどねぇ……」
私は他にも色々と話をしながらケビン君の温もりを感じていた。こういう時のケビン君は大人しくされるがままでいてくれる。
鬱陶しがらずに聞いてくれるケビン君は、私にとっては最高の癒し。素敵な旦那様に出会えて幸せだよ。
「大好きだよ、ケビン君」
「いきなりどうしたの?」
「うふふっ、ナイショ」
こうして夕食までケビン君を堪能した私は、今日も幸せに包まれながら眠りにつくことができたのだった。
明日は何して遊ぼうかなぁ……
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