第242話 ケビンとサーシャと両親と

 ある日のこと、ケビンはティナから受け取った伝言で、サーシャに顔を見せるため王都の冒険者ギルドへと足を運んだ。


「こんにちは、サーシャさん。久しぶりだね」


「久しぶり、ケビン君」


「変わりない?」


「変わりないわよ。ケビン君は?」


「ボチボチかな」


 ケビンとサーシャの関係は公然の仲となっているため、周りの者たちが聞き耳を立てて2人の様子を窺っている。


 独身男性たちはケビンの手練手管を観察して狙っている女性に使うため。独身女性たちは恋バナに飢えているのでネタの収集に努めるため。


 奇しくも男女の一体感がここに生まれていた。我関せずを通しているのは、既に所帯を持っている者たちだ。


 そのような中でも2人の会話は続いており、ケビンはサーシャにプライベートな質問をする。


「ねぇ、サーシャさん」


「何? ケビン君」


「ご両親って何処に住んでるの?」


「王都内にいるわよ」


「そうなんだ。一人暮らししていたから、てっきり別の街に住んでいるかと思ってたよ」


「実家にいるとね、『早く結婚しろ』ってうるさかったのよ。それが嫌で一人暮らしをするようになったの」


「へぇー」


「どうしてそんなことを聞いたの?」


「ご両親へ挨拶に伺おうかと思ってね」


「ッ!」


 ケビンがそう口にするとサーシャは驚き、周りの女性たちは「キャーッ」と騒ぎ出すのであった。


「……本気?」


「本気だよ。サーシャさんとはあまり会えていないから、指輪があるといっても不安に感じていたでしょ? だから、ご両親へ挨拶して覚悟を見せようかなぁと思ってね。結婚を前提にお付き合いしていますって」


 サーシャは口元を押さえて瞳からぽろぽろと涙を流している。実際、不安ではあったのだ。仕事をしている関係で行動を共にすることもできず、ましてや冒険者になるほどの腕前もない。


 いつも一緒に行動できているティナやニーナに嫉妬すらしていた。そして、『どうして私には戦う力がないのだろう』と劣等感も抱いていた。


「グスッ……嬉しい……」


 ようやく紡ぎだせた言葉はたった一言。サーシャの気持ちをケビンに伝えるにはそれだけで充分であった。


「それじゃあ、今日の仕事終わりにでも一緒に行こうか?」


「……ッ……うん」


「夕方頃迎えに行くよ」


「部屋で待ってて」


「わかった」


 ケビンはサーシャへ伝えることが終わるとギルドを後にする。ケビンが立ち去ったギルドでは、受付嬢たちが一斉にサーシャへ駆け寄って賛辞の言葉を送るのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夕刻、ケビンはタキシードに着替えてサーシャの自宅へと向かう。サーシャはまだ仕事が終わっておらず不在であったため、そのまま部屋に上がり待つことにした。


 やがて仕事を終えたサーシャが帰宅してくると、ケビンに服を選ばせて目の前で脱ぎ始める。


「サーシャさん、下着姿が見えちゃうよ」


「だってケビン君は見たいんでしょ?」


「……見たい……けど……」


「そういう正直なところも好きよ。旦那様になる人なんだから遠慮することないわよ」


「理性が……」


「こういうのとか、どう?」


 サーシャは服を着る前にケビンの正面に立つと、前かがみになりながら胸を寄せつけてケビンに見せつける。


「うっ……サーシャさん……我慢できなくなるから早く服を着て」


「うふふっ、旦那様はエッチね」


 それからサーシャは楽しそうに服を着替え終わると、仕上がりをケビンに見てもらう。


「変じゃないかな?」


「大丈夫、綺麗だよ」


「よかった。じゃあ、行きましょ」


 外へ出た2人は手を繋いで歩き出すが、サーシャの実家は以外にも近くにありそれほど歩くことはなかった。


 やがてついたサーシャの実家に足を踏み入れる。


「ただいまぁー」


 出迎えに来たのはサーシャの母親であった。ケビンの姿を見て目が点となっている。


「……どちら様?」


「私の婚約者のケビン君だよ」


「あ、あなた! あなたぁぁっ!」


 サーシャの母親は必死に夫を呼びながら、そのまま奥へと走り去ってしまった。


「さ、上がって」


「お邪魔します」


 何事もなかったかのようにサーシャが口にしてケビンを誘導すると、ケビンはそれに倣ってサーシャについて行く。


 リビングへ到着すると興奮して必死に事情を説明している母親と、とりあえず落ち着かせようとする父親の姿があった。


「お父さん、ただいま」


「おう、おか――」


 ケビンの姿を見た父親が言葉半ばに止まってしまった。完全にフリーズしたようだ。


「あなた! あなた!」


 母親はそんな父親を激しく揺さぶって正気に戻そうとしている。やがて正気に戻った父親が言葉をこぼす。


「……あ、ああ、大丈夫だ。娘が男を連れてきた夢を見ていたようだ」


「あなた、現実ですよ! 夢じゃありません!」


「……」


「お父さんもお母さんも落ち着いてよ。私が恥ずかしいじゃない」


 両親が急展開についていけずドタバタはあったものの、とりあえず落ち着くことができて、今、テーブルを挟んでケビンの対面に座っている。ちなみにサーシャは当然の如くケビンの隣だ。


「それじゃあ、自己紹介からね。お父さんからどうぞ」


「……あ、ああ。俺はこの家の主でサーシャの父親であるクラムスだ」


「次はお母さん」


「え、ええ。私はサーシャの母親のイルムです」


「じゃあ、ケビン君」


 ケビンは椅子から立ち上がると貴族礼をとった。


「私は、アリシテア王国貴族が一席、エレフセリア侯爵家当主のケビン・エレフセリアと申します。本日は急な訪問にも関わらずこの場を設けていただきありがとうございます」


「「……」」


「?」


 ケビンの挨拶が終わると、サーシャの両親は口を開いてポカーンとした表情になるが、一般市民である2人には貴族というものに免疫がないのも当然と言える。目の前の出来事は2人にとって非現実的なのだ。


 そのような中で、両親と違ってサーシャは気になる言葉に疑問を感じていた。


「ねぇ、ケビン君」


「何?」


「今、侯爵って言ったよね?」


「そうだけど?」


「伯爵じゃなかった?」


「数日前に国へ納めた魔導具が評価されてね、陞爵したんだよ」


「嘘っ!? 聞いてないよ!」


「言ってなかったしね」


「大貴族じゃない!」


「うーん……そんな感覚はないけどね。今まで通りだよ」


 ケビンが侯爵になった理由を説明している間も、サーシャの両親は現実世界から飛び立ったままであった。


 やがて、サーシャが両親を正気に戻して本題である話を進める。


「本日お伺いしたのはサーシャさんと婚約をして、結婚を前提にお付き合いさせていただいている、そのご報告です」


「「……こ、婚約……」」


「本当よ。ほら、指輪だって貰ってるんだから」


 サーシャは自慢げに左手の薬指に通してある指輪を両親に見せつけた。


「あなた……」


「あ、ああ。その歳で男も連れてこないし、一生独身だと諦めていたのに」


「その歳ってなによ! まだそこまで歳とってないわよ!」


「ケビン様、うちの娘は気が強いしワガママですけどよろしいのですか?」


「はい。そんなところも好きですので」


「ケビン君……」


「……娘をよろしくお願いします」


「お願いします」


 そう言ってサーシャの両親は頭を下げるのであった。それを見たケビンも頭を下げて言葉を返すのであった。


「こちらこそ、若輩者ですがよろしくお願いします」


「それじゃあ、挨拶も無事に終わったことだし、みんなで食事にしましょ」


 それからケビンはサーシャの家族と一緒に食事を楽しむのである。


「ケビン様に出せるような食事でなく申し訳ない」


 クラムスが恐縮していたので、ケビンは本心を伝える。


「豪華な食事より家庭料理の方が好きで、いつも家ではそれを食べているんですよ」


「そうなの? 貴族だから豪華な食事を食べてるかと思ってた」


「だからいつかサーシャさんの手料理を食べさせてね」


「任せて。料理は得意なの」


「楽しみにしておくよ」


 しばらく談笑しながら食事を摂り、終わりごろには両親の緊張も取れたようで、普通に会話できるようになっていた。


 やがて、ケビンはサーシャを連れて両親に挨拶をしてから、サーシャの実家を後にする。


 サーシャを自宅へ送り届けている最中、ケビンはサーシャに声をかけられる。


「ケビン君、今日はありがとう。とっても嬉しかったよ」


「俺もサーシャさんのご両親に挨拶ができてよかったよ」


 会話をしながら歩いて行きサーシャの自宅へと到着すると、玄関でサーシャに別れを告げる。


「それじゃあね、サーシャさん」


「ケビン君……」


 サーシャがケビンを見つめていると、ケビンはそれに応えてサーシャを抱き寄せて顔を近づけていく。


「ぁ……」


 やがてサーシャは静かに瞳を閉じて、2人の距離がゼロになるとお互いの唇が触れ合う。


「ん……」


 遠くに聞こえる街の音を耳にしながら2人の時間は過ぎていき、やがて唇が離れるとサーシャの瞳は潤んでいた。


「……」


「愛してるよ、サーシャ」


「……私も愛してる」


 再び唇が触れ合い2人だけの時間が過ぎると、唇が離れた時に名残惜しそうな表情を見せるサーシャにケビンが言葉をかける。


「また会いに来るよ」


「うん。待ってる」


 こうしてサーシャの自宅を後にしたケビンは、街中へと消えていくのであった。

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