第240話 足跡デート

 普段着で学院内をとぼとぼ歩いているケビンの姿に、チラホラと生徒たちの視線が集まる。


 制服姿でない人が歩いているのが珍しいのだろう。遠巻きに見てはヒソヒソと話している様子が窺える。


 やがて高等部の校舎に辿りついたケビンは、1年Sクラスを目指して歩きだす。


 すれ違う生徒たちはさすがに同年代とあってケビンのことを知っている者もおり、珍しいものを見たといった感じの表情を浮かべている。


 そうした中で1年Sクラスの教室に辿りつくと、帰り支度をしているアリスの姿がケビンの視界に入った。


「アリス、迎えにきたよ」


「ッ! ケビン様!」


 アリスの顔は驚きに満ち溢れ目を見開いていた。決闘以来に見るケビンの姿に生徒たちもざわめく。


「高等部の制服姿もいいものだね。可愛いよ」


「そ、そんな……ケビン様……」


 アリスの顔は真っ赤に染まり頬に手を添えて、イヤイヤと体を捻らせては照れている。


「おいで、今日はこのままデートだよ」


「はい!」


 アリスがケビンの元へ駆け寄ると、ケビンは手荷物を受け取り【無限収納】の中へとしまい、空いたその手を握るのであった。


「うふふ……」


「嬉しそうだね?」


「はい、ケビン様に会えたのですから嬉しいに決まっています」


「それじゃあ、行こうか?」


「はい」


 ケビンはアリスと手を繋いだままその場を後にすると、アリスを羨む女子生徒たちがその様子を見守っていた。


「はぁぁ……ケビン様って落ち着いていて紳士よねぇ」


「それにお強いし……未だに負けたことがないらしいですわよ」


「お近づきになりたい……」


「ムリムリ、ケビン様の周りは美少女揃いなんだから。この学院でケビン様を射止められたのは、今のところアリス様と卒業生のクリス先輩だけよ。他にも冒険者の女性が2人とギルドの受付嬢が1人」


「どうしてそんなに詳しいんですの?」


「新聞部だからよ」


「新聞部恐るべしですわ……」


 教室内でそんなことが話されているとは露知らず、やがて校舎から外へ出てきた2人が歩いているとケビンにアリスが問いかける。


「今日はどちらへ向かわれるのですか?」


「まずはアリスの願いを叶える」


「私の願いですか……?」


 ケビンは繋いでた手を離すとアリスをお姫様抱っこする。


「ケ、ケビン様!」


 衆人環視の中で行われた突然のお姫様抱っこにアリスはアワアワとしているが、ケビンは澄まし顔でその場から空へ浮かび上がる。


「あわわ……」


 アリスは突然のことで慌てているがケビンの首筋に両手を回すと、ギュッと抱きつくのであった。


 地上にいる生徒たちは空へと浮かび上がる2人を見て、口を開けたまま呆然としていた。


「す……すげぇ……」


「ありえねぇ……」


「はぁぁ……アリス様が羨ましい……」


「私も飛びたい……」


 ある程度の高さまで浮かび上がったケビンがアリスに声をかける。


「どうかな? これからゆっくりと空の旅をしながら、アリスの願った冒険をしていくつもりだ」


「す……素敵です……ケビン様……」


「俺の足跡を辿るコースにするから、まずは冒険者ギルドを見に行こうか?」


「はい!」


 ケビンはゆっくりと移動し始めて、学院の敷地内から王都の冒険者ギルドへと飛び立った。


 それから冒険者ギルドを上空から眺めて当時の話をしては、王都から飛び出して森へと向かう。


「この森で討伐クエストをこなしてたんだよ。記憶のない時の俺はとにかく冒険がしたくて、ギルドカードができたらクエストを受ける前に外へ飛び出したんだ」


「危なくなかったのですか?」


「まぁ、そこは何とかなったみたいだよ。魔法が使えてたからね」


「凄いです」


「大量の魔物に魔法の実験台になってもらってね、それを解体場に持ち込んだらビックリされてしまったよ」


「当時は8歳ぐらいですから大人の方もビックリしますよ」


「ははっ、そりゃそうだよね。それからも色々なクエストを受けてはギルドの職員を驚かせていたね」


「ケビン様らしいです」


 それからも森で討伐した魔物や当時の状況を説明して、ケビンは森を後にするとタミアへ向かって飛び立つのであった。


 やがてタミアが見えてくると上空から街を見下ろす。


「ここで温泉に浸かったりしてしばらく過ごしたんだ」


「賑わっていますね」


「ここはティナさんやニーナさんと初めて会った街だよ」


「ここでお2人に出会われたのですね」


「初めて会った時はティナさんが『母親になる』って言ってね、中々に面白い夕食になったみたいだ」


「母親ですか?」


「生まれてからの記憶がなくて1人で生活していたからね、同情して母親になるつもりだったらしい。今では母親じゃなくて婚約者になってるけど」


「ふふっ、幸せそうですもの」


 そこからケビンはタミアの上空から平原へと移動すると、そこでの思い出を語りだす。


「ほら、見える? あれが通称バカ牛って言われてるグレートブルだよ」


「バカ牛なのですか?」


「気性が荒くて目についたら見境なく襲いかかるし、相手が自分よりも強くても襲いかかるんだよ。それでたまに勝つこともあるらしいけど」


「強者に挑むなんて勇敢なのですね」


「ははっ、アリスにかかったらバカ牛も勇敢な牛に早変わりだな」


 ケビンは笑いながら次の目的地へと移動を開始したのだった。


「タミアから旅立った時は野営をしながら次の街を目指したんだ」


「お1人でですか?」


「いや、ティナさんたちが所属していたガルフさんのパーティーとだよ。バランスの取れたパーティーでね、戦闘とかも役割がちゃんと決まってた」


「パーティーに入られたのですか?」


「そうだね、ティナさんたちが俺に依存しだしていたから、1人で旅立つと絶対についてきそうでね、ガルフさんと相談してパーティーに入れてもらうことにしたんだよ」


「その時からお2人はケビン様に付きっきりだったのですね」


「そうだね。旅の準備の時も俺と一緒に寝るために、4人用のテントをニーナさんがプレゼントしてくれてね、野営の時は3人でそのテントを使っていたんだ」


「テントですか……使ってみたいです……」


「それじゃあ、今日は野営をしようか? 旅の醍醐味だしね」


「いいのですか!?」


「あぁ、マリーさんが朝帰りでもいいって言ってたから。それにまだデートは終わってないよ」


 ケビンは人気のない手頃な広場を見つけるとそこへ降り立った。


「さて、野営の準備だ」


「ワクワクします」


 ケビンは【無限収納】から久しぶりにテントを取り出すと、アリスと2人で協力しながら張っていくのだった。


 それから昔のように竈を作り出しては薪の準備をして、【無限収納】に入っていた材料で料理を作り始めた。


「ケビン様はお料理ができるのですか?」


「簡単なものならね。宮廷料理みたいな豪華なものは作れないから期待しないでね」


「作っていただけるだけで幸せです」


「俺としてはアリスの手料理も食べてみたいけどね」


「わかりました! 高等部卒業までにお料理を覚えます!」


「期待して待ってるよ」


 やがて料理を作り終えたケビンは、アリスと2人で横に並び焚き火を前にして夕食を摂るのであった。


「不思議です……いつもなら王城でお父様たちとお食事を摂っているはずですのに」


「今日は冒険だからね、街のお店じゃなくて野営をして正解だったよ。いつもとは違う体験ができただろ?」


「はい……これが冒険者の旅なのですね」


「まぁ、まだ一部だけどね。本来なら戦闘とかもしなきゃいけないし、野営中は見張りの仕事とかもあるからね」


「今日の見張りはどうするのですか?」


「俺が結界を張るから気にしなくていいよ。誰も中に入って来れないから」


「ケビン様は本当に凄いです」


 それから楽しくお喋りしながら夕食を終えるのであった。後片付けを終えるとアリスがケビンに問いかける。


「ケビン様」


「何?」


「冒険者の方はお風呂とかどうされているのですか?」


「普通の冒険者たちが野営をする時はみんな我慢だね。濡れタオルとかで体を拭いて終わらせるんだよ」


「冒険者も大変なのですね」


「まぁ、普通はね。でも、俺はお風呂に入るよ。気分的に落ち着かなくなるから」


「近くの街まで飛ばれるのですか?」


「いいや。外でもお風呂に入れるように作ったんだよ」


「外にお風呂があるのですか!? 見てみたいです!」


 興奮するアリスの要望に応えて、ケビンは【無限収納】からバスルームを広場に設置すると、手を引いて中を案内した。


「す……凄いです! 王城のお風呂より綺麗です!」


「それはないだろ」


「いいえ、いつも使っている浴場はこんなに白くありません!」


「あぁ、それは白を基調にしてあるからね。何となく清潔感が出るだろ?」


「はい! これ程のものを見たのは初めてです!」


「喜んでもらえて何よりだよ」


 何を思ったのかアリスが急にモジモジし始めて、ケビンを見つめてくる。


「あ……あの……ケビン様……」


「ん? どうしたの?」


「……使ってみてもいいですか?」


「あぁ、全然いいよ。俺も使うつもりだったし」


 更にモジモジするアリスは頬を染めながらケビンを見つめる。


「そ……それで……」


「ん?」


「できればケビン様と……ご一緒……したくて……」


「俺と!?」


 ここでトドメとばかりにアリスはうるうるした瞳で、ケビンを上目遣いに見つめてきた。


「……ダメ……ですか?」


(何だ!? この捨てられそうな仔犬みたいな瞳は!? くっ……抗えない……)


「……わかった。一緒に入ろう」


「ありがとうございます! 初めての野営で初めてのお風呂をケビン様とご一緒したかったのです!」


「アリスと一緒にお風呂に入るのは初めてだね」


「……はい」


 魔法でお湯を張ったケビンはそのまま脱衣所へ移動すると、さっさと服を脱いでカゴの中へと放り込んだ。


 先に脱衣所にいたアリスは緊張からか中々手が進まず、もたついているようだった。


「アリス、手伝おうか?」


「……はい……ケビン様が脱がして下さい」


 ケビンはアリスの服に手をかけて、一枚一枚丁寧に脱がしていく。やがて下着だけとなったアリスの紅潮した体が顕となる。


「綺麗だよ」


「……恥ずかしいです」


 そして、下着に手をかけて生まれたままの姿を見たケビンは、理性が飛びそうになるのを必死に抑えた。


「アリスの体は美しいね」


「……ケビン様……」


「さぁ、お風呂に入ろうか?」


「……はい」


 アリスの手を引いて浴室に足を運ぶと、風呂椅子に座らせてからかけ湯をする。


「熱くない?」


「大丈夫です」


「洗ってあげるね」


「よろしいのですか?」


「あぁ、今日はアリスのための日だからね。まずは髪の毛からだよ」


 ケビンはアリスの頭にゆっくりとお湯をかけ流し、マッサージのように優しく丁寧に洗い上げていく。


「気持ちいいです」


「それは良かった。流すから目を瞑っててね」


 髪を洗い終えたケビンはゆっくりお湯をかけ流して、泡を洗い流していくとアリスに声をかけた。


「はい、髪の毛は終わったよ。次は体だね」


 ケビンは石鹸を手に取り泡立てると、優しくアリスの体を洗ってあげるのだった。


「ふふっ、ケビン様くすぐったいです」


「動いちゃダメ。我慢だよ」


「ふふふっ」


 やがて背中が終わり腕を洗い終えたケビンは、前の方へとその手を伸ばした。


「ぁ……ん……」


 黙々と洗い続けていくケビンの手に、アリスの体が反応する。


「ケ……ケビンさまぁ……」


「まだ終わってないからね」


 モジモジしだしたアリスの足を洗い終えると、ケビンの手は秘部へと到達する。


「ッ! んんっ……」


 ビクンッと反応したアリスにケビンが声をかける。


「もう少しで終わるよ」


「ケビンさまぁ……体が……なんだか熱いのです……おかしいのです……」


「その答えはもう少し大人になってからね。その時になったら教えてあげるよ」


「約束ですよぉ……」


「あぁ、約束だ」


 アリスの体を隅々まで洗ったケビンは、ゆっくりとお湯で泡を洗い流していく。


「はい、終わったよ。湯船に浸かって待っててね」


「……はい……お待ちしております」


 アリスがゆっくりと湯船に浸かるのを確認したら、ケビンは自分の体を洗いだした。


 アリスの時とは違い、自分の体なので雑に洗ってはお湯で流していく。自分の体を洗い終えたケビンはゆっくり湯船に浸かると、後ろからアリスを抱きかかえた。


「ふぅ……やっぱりお風呂は気持ちいいね」


「はい……幸せです」


「明日は交易都市に向かって飛んでいくからね」


「行商の要の都市ですね!」


「そうだよ。いっぱい商人がいて色んな店があるよ」


「早く見てみたいです!」


「それなら今日は夜更かしせずに早く寝ないとね」


「はい!」


 しばらく湯船でくつろいだ2人はお風呂から上がると、テントの中へと入っていくのだった。


 豪華なベッドではない質素な毛布に包まれて、アリスは初めての体験に大はしゃぎしていた。


「アリス、そろそろ寝るよ」


「はい……あの、ケビン様……」


「何?」


「一緒に寝てもいいですか?」


「いいよ」


 その日の夜はケビンの胸の中で、アリスは穏やかな寝息を立てて幸せそうな表情のまま眠りについたのであった。


 翌日の朝、軽めの朝食を終えた2人は再び空の旅へと出発する。


 交易都市についた時のアリスは眼下に広がる商人たちの多さに驚いて、王都とは違う人の分布に興奮していた。


「ここで俺は実家の母さんや父さん、使用人たちの記憶が戻ったんだよ」


「何があったのですか?」


「ここのギルドマスターや受付嬢の1人と揉めてね、闇ギルドに俺の討伐依頼が出されたんだ。それを耳にした母さんが怒ってね、殴り込みに来たって感じ」


「ッ!」


「で、ギルドマスターと受付嬢を誰かが処刑してるって噂を耳にした時に、ガルフさんたちが野次馬で見に行こうって話をして、向かった先のギルドで母さんの姿を見た時に記憶が戻ったんだよ」


「ケビン様を討伐するなんて許せません!」


「ははっ、母さんもそんな感じで怒ったんだろうね。そうだ! あそこの路地裏にあるお店って見える?」


 ケビンは路地裏の一部分を指さしてアリスに場所を教えると、アリスは指先の延長線上を確認して同じように指をさして答えた。


「あのこじんまりしている建物ですか?」


「そう、あそこは行きつけの鍛冶屋でね、ドワーフのドワンさんがやってるお店なんだよ。あそこで武器や防具を作ってもらったり、メンテナンスしてもらったりしてるんだ」


「ケビン様の刀ですね!」


「そうだよ。アリスが高等部を卒業したら、一緒に武器や防具を作ってもらいに行こうか?」


「はい! 約束ですよ!」


 それからケビンは交易都市を後にすると、ダンジョン都市へと向かって飛び立ったのだった。


「記憶を一部取り戻した俺は、母さんと一緒に一時的に帰宅したんだよ。そして、伯爵となってアリスと婚約した」


「はい、今でも覚えております。あの時の喜びは私の宝物の1つです」


「それで、その後は西にダンジョンがあるってわかったから、ダンジョン都市に旅立ったんだ」


 そんな話をしていると、遠くの方にダンジョン都市が見えてくる。


「ほら、夢見亭が見えてきた。アリスも行ったことがあるからわかるだろ?」


「はい、最上階は最高です!」


 やがてケビンは夢見亭の上空へとついて、ここでの思い出を語りだした。


「ここではダンジョンの攻略を頑張ってね、4回制覇したんだよ」


「4回もですか!?」


「あぁ、1回制覇したらダンジョンマスターになってね、ダンジョンを改造できるようになったから、改造後のダンジョンを再び制覇して、街中にあるのと街外にあるのとで2回ずつ攻略した」


「ダンジョンを改造できるのですか!?」


「そうだよ。これは秘密のことだから誰にも言ってはいけないよ。陛下とマリーさん、ヴィクトさんには教えてある。あとはその時にいたパーティーメンバーのティナさんとニーナさん、ルルは当然知っていて、それ以外だと母さんに教えたぐらいかな」


「わかりました。秘密にします」


「アリスと冒険できるようになったら、また別のダンジョンへ攻略に行くのもいいかもね」


「私もダンジョンを体験してみたいです!」


「手頃なダンジョンを探さないとだね」


「はい!」


「さて、残りは魔導王国なんだけどあそこはつまらないから省くね」


「つまらないのですか?」


「王妃2人の性格が最悪でね。レティが毒されてああならない様に早く迎えに行きたいんだけど、帝国が邪魔なんだよね」


「スカーレットさんに会いたいです」


「アリスとレティは仲良かったしね、本当に帝国は余計なことをしてくれるよ」


「戦争は嫌いです!」


「平和が1番だよ」


 こうしてアリスを連れた空の旅は終わりを迎え、王城へとケビンは飛び立つのであった。


 王城へつく頃にはちょうどお昼ご飯の時間となり、そのままご馳走になったケビンだが、マリーに「朝帰りを超えて昼帰りなんてケビン君もやるわね」と揶揄われてしまい、食卓に笑いを提供するのである。


 アリスは1泊2日の冒険にとても満足したようで、マリーへ嬉しそうに楽しく報告するので、ケビンもそれを見て安心したのであった。

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