第232話 ミッション ポッシブル?
未だ表彰されていない生徒たちが一縷の望みをかけて、金賞の発表を今か今かと待ち構えていた。
「今年の栄えある金賞をその手にしたのは……」
一際激しくなったドラムロール的な音が鳴り響き、多数のスポットライトが会場内をこれでもかと言うほどに行き来する。
「目がチカチカする……」
「確かにな……金賞だから力が入ってるんだろ」
はた迷惑な演出に2人が辟易していると、スポットライトがようやく1人の生徒のところに集まった。
「……へ?」
「栄えある金賞を受賞したのは3年生、ターナボッタ君です! おめでとうございます!」
「先輩、受賞しましたね……」
「うそ……だろ……」
「なお、金賞は審査員長から直々に授与されます。【魔導王】ことエムリス陛下です!」
右側の舞台袖から国王が姿を現すと、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「先輩、早く行かないと」
「む……無理だ……」
「陛下が待ってますよ」
ケビンはターナボッタを無理矢理立たせると、背中を押して歩かせるのであった。
背中を押されたターナボッタはつんのめりながらも、コケることはなく緊張した面持ちでステージ上へと足を進める。
やがてステージへ上がったターナボッタに国王が声をかける。
「貴君の作り出した魔導具は、魔法を使えぬ者からすれば夢のような代物である。今はまだ武器に付与させる段階で留まっているが、これからの発展に大いに期待している。おめでとう」
ターナボッタは顔面蒼白になりながらも、震える手でトロフィーを落とすことなく受け取る。
「あ……あ……ありがとうございます!」
会場は一際大きな拍手に包み込まれて、受賞した者、できなかった者も等しくターナボッタを賞賛していた。
やがてターナボッタがステージから下りて元の席へ歩き出すと、国王も舞台袖へと戻り始めて表彰式は終わりの挨拶となる。
「これをもちまして……」
進行役が終わりの挨拶を始めると、左側の舞台袖から別の職員が慌ただしく出てきて何やらコソコソと話し始めた。
「――てなって」
「え? そうなの?」
「だから続きよろしく」
「わかったわ」
進行役が何やら紙を手渡されて再び教壇につくと口を開いた。
「えぇー、今回は他にも賞があったようで、引き続き受賞者の発表をしたいと思います。受賞できなかった生徒たちにもチャンスですよ」
突然のことに生徒たちもガヤガヤとしだしているが、進行役は渡された紙を開いて驚きに包まれ、後ろに控えていた職員に問いただしていた。
「ちょっと! これ本当なの!?」
「わからないわよ! 私だって今聞いたばかりなんだし、中身なんて確認していないわよ!」
「どうするのよ、これ……」
「そのまま発表するしかないでしょ!」
最早マイクが入りっぱなしであることなど頭にないのか、コソコソ話が完全に筒抜けになっていた。
やがて意を決した進行役は教壇に立ち、表彰を再開するのであった。
「……コホン。では、発表します。特別審査員賞……もといスカーレット賞は1年生のケビン君です!」
「「「………」」」
進行役が受賞者の発表をしたにも関わらず、会場の生徒たちはポカーンとして静まり返っていた。
「なぁ、後輩……」
「何ですか? 先輩」
「呼ばれてんぞ」
「そうみたいですねぇ」
「行かないのか?」
「この空気の中で?」
「俺の時は無理矢理行かしたよな?」
「陛下を待たせたら不敬ですよ? それに栄えある金賞じゃないですか。俺のは訳のわからない賞ですよ?」
「特別審査員賞だろ」
「進行役がもといスカーレット賞って言ったじゃないですか。訳がわからないからみんな呆気に取られてるんじゃないですか?」
「それもそうか……」
「何事もなかったようにして流してしまうのが1番ですよ」
「それって許されるのか? 仮にも特別審査員賞だろ?」
「“もとい”が入った時点でその賞じゃなくなりましたよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
ケビンとターナボッタがボソボソと話していると、進行役からお声がかかる。
「あのぉ、1年生のケビン君はいませんか? ステージ上へお越しください」
予定にない受賞だったためドラムロール的な音もなければスポットライトもない。
進行役は薄暗闇の中にいるであろうケビンを、キョロキョロと見渡しては捜しているのだった。
「捜されてるぞ」
「このままいけば受賞者不在として流れるはずです」
「そう上手くいくか?」
周りの生徒たちはケビンがいることをわかっているが、本人に動く気配がないためにチラチラと視線を寄越すだけに留まっていた。
「えぇー……いないようですね……金賞が終わって帰っちゃったのでしょうか? 仕方ないですね。締まらないようですが、これにて表彰式を終わりたいと思います」
ケビンの思惑通りにことが運んだと思っていた矢先、闖入者が突然声を上げる。
「お待ちなさい!」
ステージ上に姿を現したのは他でもないこの国の第1王女であった。赤い髪のストレートロングに紅の瞳が特徴で、淡い青色のドレスに身を包んだ少女だ。
「お、王女殿下!?」
進行役が発した言葉に会場内もざわめきに包み込まれる。
「受賞者はこの中にいます。……それは貴方です!」
まるで打ち合わせたかのように、王女の指さした先にスポットライトが照らされる。
「……」
ケビンは唖然としていた。いきなり乱入してきた者にもだが、せっかく流されると思っていたスカーレット賞なるものを、受け取らなければならなくなってしまうことに。
「さぁ、ステージ上へお越しくださいませ」
「……」
「後輩よ、逃げ道がなくなったようだぞ」
「……」
先程の仕返しとばかりにターナボッタはケビンを無理矢理立たせると、その背中を押して歩かせるのであった。
「先輩……恨みますよ……」
「潔く諦めろ」
ケビンがステージへ上がると、待ってましたと言わんばかりに王女が前へ立つ。
「スカーレット賞の受賞おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
「表彰楯はありません」
「……は?」
「えっと……その……あのですね……」
突拍子のなく理解不能を天元突破するような王女の言葉に、ケビンの混乱は加速していく。
「??」
「スカーレット賞は……わ、わた……私自身でしゅ!」
「ちょぉぉっと待ったぁぁぁぁ!」
どこからともなく叫び声が聞こえると、舞台袖から今度は国王が乱入してくる。
「スカーレット! お父さんはそんな話聞いてないぞ!」
「言ってませんもの」
「許さん! 断じて許さんぞ!」
ステージ上では国王と王女の押し問答が繰り広げられ、てんやわんやの大騒ぎと化している。
会場の生徒たちはおろか近くにいるケビンや進行役まで止める気配はなく、ただ呆然とその光景を目の当たりにしている。
そのような中で、この国で2人を止められる存在がそこに姿を現した。
「エムリス!」
「スカーレット!」
「「はい!」」
もう既に条件反射となっているのか、先程までの言い合いをピタリとやめて、直立不動で見本であるかのような返事をする。
そこに姿を現したのは、この国の第1王妃であるミラと第2王妃であるモニカだった。いきなりそろい踏みした国のトップに、進行役は嫌な汗をタラタラと流すしか行動できない。
ケビンは更なる乱入者を目にして、ドレス姿であったことや国王を名指しで呼んでいたことから王妃であることは容易に想像できたが、訳のわからない賞がただの厄介事の賞になり変わったことを痛く実感した。
「やけに行事ごとへの参加をゴネずにすんなり受けていたと思っていたら……こういうことですか」
「い……いや……モニカ……」
「スカーレットが主犯ですね?」
「お……お母様……これには海よりも深い理由が……」
この場の主導権を握った第2王妃は国王と王女に詰め寄っているが、手持ち無沙汰の第1王妃はケビンに近づいていた。
「ごめんなさいね、うちの人たちが」
「いえ……もう帰っていいですかね?」
ケビンは面倒くさいと思ったのか帰る気満々で第1王妃に尋ねたが、それに答えを返したのは王女であった。
「ダメです! 私を受け取っていません!」
「……賞は辞退します」
「よくぞ言った!」
賞を辞退したら褒められるという人生初の体験をしたケビンだったが、第2王妃の言葉が国王たちに突き刺さる。
「エムリス、黙りなさい! スカーレット、貴女もです!」
「「はい!」」
「何の喜劇だよ……」
「ふふっ、これを見ていると楽しいでしょう? エムリスが私たちに怒られるのは昔からなのよ」
「幼馴染ですか?」
「そうよ。3人でよく一緒に遊んだわね。その度にエムリスがヤンチャしてモニカに怒られてたわ」
「その時の王妃殿下は?」
「私は怒られているエムリスを揶揄う役目よ」
「陛下は不憫だったんですね」
「わかってくれるのか!?」
「エムリス! 話はまだ終わってませんよ!」
「うっ……」
第2王妃は未だに2人を説教中で、ケビンと第1王妃の会話は進む。
「そもそも衆人環視の中で、陛下の威厳を損なうようなことをしても良いのですか?」
「この国の名物みたいなものよ。王城の中ではしょっちゅうしているわよ」
「……」
「近寄り難い国王よりも、親近感のわく国王の方が民からの人気も集まるわ。国王も普通の人であると理解しやすくなるから」
「策士ですね」
ようやく説教が済んだのか、ションボリとした国王と王女の姿がそこにはあったが、そんなことお構いなしに、第1王妃と第2王妃が佇まいを正すとカーテシーをする。
「では改めまして、ミナーヴァ魔導王国国王が妃、第1王妃のミラ・フォン・ミナーヴァですわ」
「同じく第2王妃のモニカ・フォン・ミナーヴァと申します」
「私のような若輩者にはもったいないご挨拶を痛み入ります。私はアリシテア王国貴族が一席、エレフセリア伯爵家当主のケビン・エレフセリアと申します。以後、お見知りおきを」
突然の王妃2人による挨拶に、ケビンはたじろぐことなく見事対応して見せたのだった。
「エムリス」
「……俺はこの国を統べているエムリス・フォン・ミナーヴァだ。娘はお前にやらんぞ!」
「エムリス!」
「うっ……」
「スカーレット」
「はい、私は国王が第6子、第1王女のスカーレット・フォン・ミナーヴァと申します。旦那様におかれましては――」
「スカーレット!」
「ひっ!」
世にも奇妙な挨拶がステージ上で繰り広げられ、微妙な空気に会場は包み込まれていた。
「ごめんなさいね、行動力ばかり育ってしまって一体誰に似たのかしら?」
モニカがやれやれといった感じで愚痴をこぼすと、エムリスがそっぽを向いてボソッと呟く。
「……お前だろうが……」
その言葉を当然聞き逃すはずもなく、モニカが言い放った。
「……エムリス……戻ったら正座よ」
「なっ!?」
エムリスは絶望の顔色を浮かべて立ち尽くすのであった。
「話が全然進まないわね」
「エムリスがいるといつもこうだわ」
ミラとモニカから散々な言われようだが、真実なのだろう。エムリスはバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いていた。
「ところでケビン君、スカーレット賞だけどさすがに1国の王女を差し出す訳にもいかないのよ」
「いえ、その賞は辞退しますのでお構いなく」
「だから、お友だちからってことでいいかしら?」
「あの、辞退しますので」
「お友だちからよ」
「辞退……」
「お・と・も・だ・ち」
「……」
ケビンは辞退すると言っているのに、話を全然聞かないミラに唖然としていた。
「第1王妃殿下は、よく“人の話を聞かない”と言われませんか?」
「そんなことを言うのはエムリスくらいよ」
「第2王妃殿下は如何にお考えで? 母君なのですよね?」
「私も賛成ですよ。このまま放って置いても王城を抜け出しかねないですから。実際、魔導具祭では抜け出しているのですから。その点、行き先がわかって安全な場所なら心配しなくて済むのです」
「王女殿下なる人物が王城を出て街中にいたのでは、安全とは言えないのでは?」
「スカーレットの行き先はケビン君の所よ」
「私の所でも安全が保障されるものでもないのですが」
何とか断ろうとケビンも思考を巡らせてはいるが、相手は話を聞かない人とその人に話を合わせる人だ。
この国の王を手のひらで転がしている手練手管は並ではない。その手腕をケビンも実感することになる。
「……親善試合」
「?」
「私はエムリスとスカーレットとともに見に行っていたのですよ」
「はあ……」
「貴方の強さは知っているつもりですよ。我が国でも完成していない【詠唱省略】を難なくやってのけ、挙句に空中浮遊。極めつけは未知の魔法による舞台の修復」
「たまたまですよ」
「たまたまで1対6の変則試合を勝ったのですか? 途中からは4人を同時に相手どっていましたよね? 視覚外にも関わらず、まるで見えているかのような同時攻撃、魔法による牽制」
「運が良かったのでしょう」
なおも食い下がるケビンにミラがトドメとばかりに言葉を告げる。
「もう諦めなさい。モニカはスカーレットの母親なのよ。こうと決めたら一直線よ」
モニカへの援護のつもりだったのだろうが、ここで良い情報を聞けたとばかりにケビンの反撃が始まった。
「つまり王女殿下の暴走気味な行動力は母親譲りということなのですね。周りを省みない部分も含めて」
「……」
モニカは思いがけぬ援護射撃で助かったと思いきや、スカーレットと同類扱いされてしまい言葉を失う。
「そして第1王妃殿下は楽しければ我が道をゆく策略家なのですね? 同じく周りを省みないで」
「……」
ケビンからの反撃にミラも言葉を失ってしまう。自分にまで矛先が向いてくるとは思わずに。
「やれやれ、困った王妃様たちですね。陛下も振り回されるはずですよ」
「おぉ!」
「す……凄い……」
エムリスがいくら口で反撃しようとも言い負かされ続けてきて、その勝てない相手であるミラたちを黙らせることに成功しているケビンに、エムリスとスカーレットは尊敬の眼差しを向けていた。
「さて、話は終わりましたし、帰らせていただきますね」
「あ、あの! ケビン様!」
立ち去ろうとするケビンにスカーレットが思わず声をかけた。
「何でしょうか?」
「今回の件はご迷惑をかけてすみませんでした」
「王族である貴女が軽々と頭を下げてはいけませんよ。周りに示しがつかなくなります」
「そ、それで……その……」
「何ですか?」
「改めて、私とお友だちになって下さい! お願いします!」
スカーレットは先程言われたにも関わらず頭を下げているが、ドレスを握りしめる手は僅かに震えており、断られるのも覚悟の上なのであろう。
そんなスカーレットを救ったのは、国王たち身内ではなく外野で見学していた者であった。
「なぁ、後輩……」
「こっちに来たんですか? 先輩」
ターナボッタは席に座っておらず、ステージ下までやってきていたのだった。その意図は計り知れないが。
「友だちくらい、なってもいいんじゃねぇか?」
「そうは言いましても、相手は王族ですよ?」
「そういうお前は貴族なんだろ? しかも伯爵家当主ときたもんだ」
「それはそうですが……」
「貴族なら王族と付き合いがあってもおかしくないぞ。むしろ権力に目の眩んだ奴は率先して繋がりを持とうとする」
「俺は権力なんかどうでもいいんですけど」
「だからこそだ。王族を権力なしで見てくれるやつは貴重なんだよ。大抵は下心ありで近づいてくるからな。純粋な友だちなんて作れる機会はほとんどない」
「うーん……」
「お前の媚びない性格は好感が持てる。たとえヤンチャされたとしても不思議と『こいつならいいか』って気持ちになれる。だから自信もって自国の王族にも薦められる。友だちになってやれ」
「お、お願いします!」
「わかりました。何かできるわけでもないですが、友だちになりましょう」
図らずもターナボッタの言葉により、ケビンはスカーレットと友だちになるのであった。
スカーレットは満面の笑みを浮かべてケビンと握手をし、それを見たエムリスは絶望の表情を浮かべて涙するのである。
結局言い負かされてしまったミラとモニカも、最終的には収まる所へ収まったので安堵している。
疑惑のスカーレット賞については、後日きちんと表彰楯を作って贈呈されることに決まった。
こうしてケビンにとっては初めての魔導具祭は、途中からグダグダな感じになってしまい、あやふやな感じで締めくくられるのであった。
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