第233話 ヤツが来た! ~天然度最凶の刺客~

 ケビンが2学年に進学した頃、とある場所では家族会議が開かれていた。休日を利用して学院に通っている子供たちも顔を出し、家族総出の会議である。


「皆、集まったようだな」


 この会議を取り仕切るのは家長でもある一家の大黒柱だ。


「お父さん、話があるなら早くして。私、準備に忙しいんだから」


 会議のことなど興味のない1人の女性がそう言い放ち、『この会議はお前のせいだろ!』と言いそうになってしまったのをぐっと堪えて呑み込んだ。


「会議の議題は言うまでもなく、クリスの件だ」


「ん? 私?」


「先月クリスが学院を卒業した。本来であれば実にめでたいことではあるが、皆も察しての通りクリスは出国しようとしている」


 そこまで告げた当主はこの場にいる者たちの顔を見わたす。1人を除いて皆一様に呆れた顔である。


「ケビン様は構わないと仰っていたが、このまま行かせたのでは無礼を働いてしまう恐れがある」


「私、無礼なんてしないよ」


 話し合いの渦中となっているクリスは心外だとばかりに言い返す。


「よってどの相手であっても、ある程度通じる方法を取ろうと思う」


「その方法とは何ですの?」


「どの相手にも通じるのですか?」


「あなた、もしや……」


「あぁ……“お土産を渡してご機嫌を取ろう大作戦”だ!」


「「!!」」


 この大作戦はよく使われている手であり、クリスがオイタした場合に「ご迷惑をお掛けしてすみません」と、相手方へ菓子折を持って挨拶に行く時の手段である。


「これで落ちなかった相手はいない、成功率100%の作戦である!」


「「(ゴクッ……)確かに……」」


「よって、クリス!」


「どうしたの? お父さん」


 クリスのための会議だというのに、本人は全く危機感を持たず平常運転であった。


「ケビン様へ会いに行くのであれば、お土産を必ず渡すのだ! これは家長命令である!」


「わかったよ、お父さん。お土産を渡せばいいんだね」


「そうだ! お前の持てる全てを使って成功させるのだ! 失敗は許されないぞ!」


「頑張るのよ、クリス!」


「任せて! 私の全てを渡して成功させるよ!」


「お姉様、頑張って下さいまし!」


「頑張ってね、姉さん!」


 家族全員で熱く燃えたぎっているが、当主は自分の過ちに気づいていない。ここにいる他の者もそうである。


 僅かなズレが生じていることに……


 それが後に更なる波紋を作り出してしまうことに……



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ケビンが平穏な日常を送っている中、今日はマジカル商会の商品を3人で納品するために商業ギルドへ向かっていた。


「ケビン君、今日はどっちを納品するの?」


「んー……ランタンはこの前ある程度納めたからねぇ……魔導ライトにしようかな?」


「あぁ、あれね。冒険者たちがこぞって取り合いしているみたいよ」


「画期的」


 ケビンがランタンの次に作り出したのは、現代で言う“懐中電灯”である。ランタンが周囲を照らす物であるのに対して、魔導ライトは光を収束させた物で思いのほか売れるのではないかという考えに行きついた結果だ。


 その試みは見事にハマり、冒険者たちの間で空前のブームを巻き起こしていた。


 ダンジョンや洞窟内に入る冒険者たちにとっては、遠くを照らせる魔導ライトがとても役に立っていたのである。


 しかしながらデメリットもあり、魔物にすぐ見つかってしまうということだ。


 だが、ランタンを使っていた時のように不意にエンカウントするよりも、遠くを照らせることによって何の魔物かがわかるし、心構えもできて遥かにマシだという意見が多かった。


 魔物によっては目にライトを当てて、簡易的な目潰し作戦にも使われているとか。


 そうしたこともあり、魔導ライトは品切れ状態が続き納品してもすぐに売り捌けてしまうのだ。


 それでもその商品を手にすることができるのは、Cランク以上の安定した収入を確保している者たちだけだった。


 Dランク冒険者も頑張れば手に入れることも可能だが、何分、リーズナブルな価格設定であるために、新人冒険者や大した収入が得られない冒険者には手の出せない代物となっている。


 それも偏に品薄で価格が高騰している上に作り手はケビン1人だけなので、とてもじゃないが生産が追いついていなかったのが原因だ。


 ケビンは飽くまでも魔導具製作の練習という信念を持っており、学業を疎かにしてまで商会をメインにするつもりはなかったために起きた、品薄・品切れ状態である。


 価格としては商業ギルドを通しているため法外な値段になることはないが、元々がランタンよりも高めの金額設定をしているために、高騰するとおいそれと手を出せなくなってしまう。


 ケビンとしては値段を抑えてもいいと思うのだが、他の商品との兼ね合いがあるらしく、市場が荒れるということで商業ギルドが価格を吊り上げたのだった。


 そこら辺はケビンにとって未知の領域であり、市場調査など行っていないため商業ギルドにお任せする形となっている。


 やがて、商品を納品したケビンたちは自宅へと帰るべく帰路についたが、吃驚する出来事が起こることなど、この時のケビンたちはまだ知らない。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ただいまー」


 自宅に辿りついたケビンを待機していたプリシラが出迎える。


「ケビン様、お客様がお見えになっております」


「「「客?」」」


 ケビンたちは客が来ていることに首を傾げる。スカーレットであればそのまま「スカーレット様がお見えになっております」となるからだ。


 ケビンたちは訝しりながらもリビングへと足を運んだ。一般的な家屋で応接室などないため、客がいるならリビングだと結論づけたに過ぎない。


 やがてリビングのドアを開けたケビンに1人の女性が目に映った。


「ん? クリスさん?」


 その言葉に反応してクリスが振り向くと、予想が当たって当人だということにケビンは安堵するが、安堵したのも束の間、次は吃驚することになる。


「ケビン君!」


 走り寄ってきたクリスはそのままケビンに抱きついた。


「うぉっ!」


 そこまでならケビンも周りの者も大して驚きはしないのだが、そこから驚愕の展開が待ち受けていた。


「ん!? んー!」


 クリスは何を思ったのかケビンの顔を両手で包むと、そのままキスしてしまったのだ。これにはさすがのケビンも目を見開いて、驚きに身を包み込まれてしまう。


「「あーっ!」」


 当然、ケビンを慕う2人の女性はクリスの所業に驚いて声を上げてしまうのであるが、プリシラは冷静に観察していた。


「……ぷはぁ」


 やがてクリスの長い口づけが終わると、ようやくケビンは解放されたが、解放されたのは口だけで再び抱きついたクリスはケビンを離さない。


「……クリスさん?」


「なーに?」


「何でいきなりキスしたの?」


「私のファーストキスだよ」


「いや、そうじゃなくて、した理由だよ」


「ケビン君へのお土産だよ。家族会議で決まったの。お土産を必ず渡すことって」


「それ、絶対に思い違いをしてるよね?」


「してないよぉ。私の持てる全てでお土産を渡すってお父さんが言ってたもの」


「それってどう考えてもクリスさんの持てる力の全てを使って、良いお土産を探し出したら買ってきて渡すってことでしょ?」


「えぇーそんなに長いこと言ってなかったよ」


「ちなみにクリスさんの中でどういう認識だったの?」


「私の全てをケビン君にあげるの。だからお土産は私で、ファーストキスをあげたのよ」


「はぁぁ……その後はどうなるの?」


「その後? 後は婚約して結婚するの。私の全てを捧げるから」


「やっぱりそうなるのか……」


 ケビンは予想通りの言葉を返してくるクリスに、ガックリと肩を落とすのであった。


「ちょっと、ケビン君!」


 一連の流れを見ていたティナが代表して声を上げた。


「何? もう一気に疲れたんだけど……」


「うぅ……疲れてるのは見ててわかるけど……クリスさん? だっけ? その人どうするの?」


「どうもこうもないよ」


「どういうこと?」


「責任取って婚約するしかないよ」


「責任だけで婚約するの?」


「それだけってわけでもないけど、貴族令嬢に手を出したと言うよりも出されたんだけど、そのまま放り出すわけにもいかないだろ?」


「そうなの?」


「結構貴族ってお手つきの女性を嫌う傾向があるんだよ。お手つきだったってわかった途端、婚約破棄とかもするし」


「でも、キスだけだよ?」


「それでもだよ。そういう女性は正室に入れず妾として遊ばれて終わるんだよ。全部が全部そうじゃなくて、中にはお手つきでも愛してくれる人はいるだろうけど、ごく少数派だね。都合よく見つかる可能性が低い」


「ややこしいのね」


「ややこしいのはクリスさんだね。ショタコンからの年下路線への変更だから、確実に歳の離れた人じゃないと結婚しない。学院で探せば確実にいるのに俺に拘ってるし」


 ティナと会話していたケビンの言葉にクリスが反応して、その理由を述べるのだった。


「だって一目惚れだもん。ケビン君以外考えられない」


「俺以外にも小さい子がいたでしょ」


「確かにいたけど行きつく先はやっぱりケビン君なの。それくらい好きになっちゃったの」


「俺は他にもいっぱい婚約者たちがいるんだよ? 我慢できる?」


「それだけケビン君に甲斐性があるんでしょ? 貴族の一夫多妻なんて普通よ」


「わかったよ。真面目な優等生で通ってるみたいだけど、俺の知ってるクリスさんはどこか放っておけないって部分があるし、元々嫌いな人ではなかったから俺としては問題ない」


「あっ……」


 ケビンはそう言うと素早くクリスの拘束から逃れて、【無限収納】から材料を出しては手馴れたもので素早く指輪を作り上げた。


 片膝を床につけるとクリスに視線を向ける。この間、僅か3秒の出来事。かなり手馴れているとも言える。


「ケビン・エレフセリアとして、ここにクリスと婚約を結ぶことを誓います」


 ケースを開くと中の指輪をクリスに見せて、続きの言葉を発した。


「クリス、受け取ってくれるかい?」


「……」


 ケビンの突然の言葉にクリスは言葉を失う。“さん”付けではなく初めて呼び捨てにされたこともそうだが、目の前には指輪があるのだ。


 ずっと好きで好きでたまらなかった相手からの婚約宣言。


 初めて会った時から随分と経ち、途中行方がわからなくなって久しぶりに目にしたと思っていたら記憶を失っていたことを知り悲しくなって、記憶を取り戻したら声をかけに来てくれた、あの時の高揚感。


 その日の夜は突然家にやって来るサプライズで驚かされて、学院に現れたと思ったら決闘することになってて、その時に貰ったネックレス。


 卒業後に会いに来ていきなりキスしたのに鬱陶しがらず、いつものように接してくれた不器用な優しい態度。


 色々な想いが頭の中を巡っていき自然と涙をこぼしてしまうクリス。答えはもう決まっているのに中々口にできない。


「クリス?」


 再び優しく呼ばれたその声に、クリスは居ても立っても居られずに思いの丈を吐露する。


「……グスッ……はい……ッ……私の全てを受け取って下さい」


「俺は独占欲が強いから1度手にしたら2度と離さないよ?」


「……2度と離れたくないよぉ……もうあんな思いはしたくない」


「わかった」


 ケビンはクリスの左手を手に取ると、薬指に指輪を通した。


「これでクリスは俺のものだ。誰にも渡さない」


「……ケビン君、大好き!」


 クリスは最高の笑みを浮かべてケビンに抱きつくのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 とある日のとある家庭のテーブルでは、夕食を一緒に摂るために家族が集まっていた。


「クリスは無事に辿りついただろうか」


「心配ねぇ」


「Sクラスの優等生でしたから、そこら辺の冒険者より強いと思いますわ」


「真面目な時の姉さんは強いですから」


「無礼を働いていなければよいが……」


「心配ねぇ」


「さすがのお姉様も無礼は働かないでしょう」


「抱きついたりはするだろうけど」


「「「「はぁぁ……」」」」


 やはり今までの経験上、安心して報告を待つことができず、皆の頭の中は無礼を働いてしまうクリスの映像しか思い浮かばないのである。


 しかも本人は無礼とは思わずに、ニコニコとした笑顔を浮かべている光景だ。


「やはり心配だ」


「心配ねぇ」


「心配ですの」


「心配ですね」


「「「「はぁぁ……」」」」


 この家族たちは知らない。クリスが天然を炸裂させて、勘違いなお土産を渡してしまったことを。


 しかもそれが受け入れられてしまったことも。


 後に知ることになるだろう。クリスが渡してしまったお土産の内容やその後に起きた出来事を。


 今はまだ安息した日々が送れていることを祝福するしかない。胃がキリキリ痛み出すのは、まだ後の話である。

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