第229話 魔導具祭

 ケビンがランタン作りに追い込まれてから早2ヶ月後、今日も今日とてランタン作りに精を出していた。噂を聞きつけた女性冒険者たちが商業ギルドを通して発注してきたのだ。


 女性間のネットワークとはかくも恐ろしきものなのか……


 この時ほどケビンも女性冒険者特有の悩みに対する執念というものに、戦慄を覚えずにはいられなかった。


 しかし、悩みの内容が内容なので「受け付けません」とは言えずに、見もしない困っている女性冒険者たちのためにランタンを作り続けている。


「ねぇ、ケビン君……」


 取り憑かれたかの如くランタンを作り続けているケビンに、ティナが声をかけた。


「何? 今はランタンを1個でも多く作らないといけないんだよ。大した用事じゃないなら後にして」


「大したことでもないのは確かだけど、【創造】を使ったら? あれだけの数を作り続けているんだから、もうランタンは練習台にならないんじゃない?」


「ッ! ……なん……だと……」


「【創造】ならあっという間でしょ?」


「ティナが冴えてる!?」


「ちょっと、ニーナ!」


「ティナさん、愛してる!」


 ここにきてティナのたまに冴える頭脳が、本人すら見落としていた手抜き製作の方法を提示して、思わずケビンは作業の手を休めてティナに抱きついた。


「ちょ、ケビン君……嬉しいけど恥ずかしいよ……」


 あまりないケビンからのアプローチに、ティナは嬉しく感じながらも頬を染めて恥ずかしがっていた。


 いつもならティナから抱きつくのだが逆パターンは新鮮であるため、心構えができていなかったようだ。


「恥ずかしがるティナさん、可愛いよ」


「ッ! ……」


 ケビンが恥ずかしがるティナにそっと口づけをすると、ビクッと反応するもそのままティナはケビンに身を委ねた。


「いいなぁ……」


 ティナが貰ったご褒美を端から眺めながら、ニーナは独り言ちるのであった。


 それからケビンは材料を買い置きしていた分だけ【無限収納】から出して【創造】でランタンをサクサク作ると、作り終えた先からティナたちがポーチへとどんどん入れ込んでいく。


 ざっと千個ほど作り出したケビンはティナたちと商業ギルドへ赴き、受付係へ発注分のランタンの納品を行う。


 そこから商業ギルドが各支部へ振り分けていき、女性冒険者たちへ売却する仕組みになっている。


 売却料金は仲介を行っている商業ギルドから支払われるのだが、仲介手数料が掛かる分は全て注文をした本人払いとなるため、ケビンは丸々儲けを出した形になる。


 これが逆に販売を委託した場合は、その時点では購入者が現れていないために委託した商人が仲介手数料を支払う仕組みとなる。


 つまり発注が出た後に納品するという方法が、商人としては1番儲けを出せる形となるのである。


 だが、在り来りな商品であれば他の商人が納品することもあるため、必ずしも自分だけの儲けとなるわけではない。


 今回はケビンが作った調光型ランタンの発注であったために、他の商人が納品することなどできる筈もなく、ケビンの独壇場と化して独占販売という形となった。


 こうしてケビンはティナの妙案によって、ずっと続いていたランタン地獄から抜け出せたのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 明くる日、久々に晴れ晴れとした気分でケビンが学院に登校すると、朝の示達事項で担任のラッセルから秋の恒例行事の説明が行われた。


「あぁぁ……お前たちは初めてだろうが、来月に魔導具祭が開催される」


「先生、魔導具祭って何ですか?」


 いつもの如く、気になることは質問せずにはいられない生徒が声を上げる。この生徒の名はモッシン・ナルキーニという。


「はぁぁ……それを今から説明するんだ。少しは先生の話を最後まで聞いてから質問しろよ」


「す、すみません……」


 話の腰を折られたことで、ラッセルの気怠げな態度は加速していく。


「あぁぁ……魔導具祭は、学年を問わず自分の作り出した魔導具を公開するコンテスト形式のお祭りだ。もちろん、魔導具関係の授業を受けていないやつには関係ない。観客って立場に収まるだけだ」


「……」


 モッシンは何か聞きたいことでもあるのか、ウズウズしているようではあるが、先程注意を受けたばかりなので質問を我慢しているようだ。


「1番本腰を入れて頑張ってくるのは4年生だ。4年間の集大成をここで発表するわけだからな。上手くいけば入賞して陛下からの覚えも良くなるだろうし、就職先にも困らないエリート街道まっしぐらだ。羨ましいことこの上ないな」


 エリート街道という言葉に一部の生徒たちは瞳をキラキラとさせていた。やはりエリートを目指してこの学院に来ているのだろう。


「あぁぁ……とは言っても、これは4年生の独壇場だ。1年生であるお前たちが入賞することはない。まぁ、お眼鏡に叶えばスポンサーがつくだろうが、これもまた運頼みだな。1年生ということで精々新人賞でも取れるように願っとくんだな」


 こうしてラッセルの気怠げな説明は終わり教室を出て行った。モッシンは聞きたいことを全部言われでもしたのだろうか、後半はウズウズもなくなり静かになっていた。


「なぁ、ケビン君」


 ケビンは呼びかけられたことで、そちらに顔を向ける。


「君はランタンを出すのかい? ここのところずっとそればかり作っていただろう?」


 話しかけてきたのはニヤニヤとした表情を浮かべた中年の男性だ。ケビンとしては初めて話しかけてきた男性に戸惑いを感じていた。


「……そうですね、それしか作っていませんから」


「できれば出さないで欲しいんだけどねぇ。君は親善試合で単位を稼いだのだろう? 君のランタンは巷でも有名だからね、同じ1年生を応援すると思って引いてくれないかい?」


「それを貴方に言われる筋合いはないのですが。貴方の作品が俺の作るランタンで困るような物なのであれば、最初から当選なんて無理だと思いますよ?」


「くっ!」


「同じランタンを作るならまだしも、違うのでしょう?」


「当たり前だ! あんなクソみたいな子供の玩具をこの私が作るわけないだろう!」


「それなら俺が出しても問題ないはずです」


「何だと!」


「貴方は先程『あんなクソみたいな子供の玩具』と仰ったではないですか。まさか、ご自身の作品が“クソみたいな子供の玩具”に負けるから出さないで欲しいと伝えに来られたのですか? 違いますよねぇ? そんな物に負けるはずないですよねぇ? ご自身でそう仰ったのですから。それとも、クソみたいな子供の玩具に負けてしまう魔導具しか作り出せないのですか? それならそれで、同情という視点から一考の余地はありますけど?」


「~~ッ!」


「もう用は済んだでしょう? 視界から消えて下さいませんか?」


「くっ、覚えてろ!」


「忘れるまでは覚えておきますよ」


 ケビンが中年男性の言葉から揚げ足を取ると、真っ赤な顔をして中年男性はその場から去っていく。


 そのやり取りを見ていた他の生徒たちは、クスクスと中年男性を笑って話のネタにしているのだった。


 衆人環視の中で子供に軽くあしらわれた羞恥心からか、中年男性は居た堪れなくなり教室内には残らずに去っていくのであった。


 そして更に月日が経ち、待ちに待った魔導具祭が開催された。


 ケビンが提出したのは安定のランタンである。むしろそれしか作ってなかったからであった。


 仮にもし、【創造】を使って魔導具を作ったなら他の人には真似できない素晴らしい物ができあがっていただろうが、ケビンの性格がそれを許さなかった。


 そんな簡単な方法でコンテストに勝っても意味はないし、そもそも学びに来た意味すらなくなる。


 故にケビンが提出したのは他でもないランタンなのだ。今回は今販売しているシンプルな外見のものではなく、外形は炎を象ったものにアレンジした調光型ランタンである。


 外形にこだわったのは、ケビンの中でランタンのイメージが火を使うものだったからだ。


 お金のある人たちは魔導具のランタンを購入するが、そうでない人たちも少なからず存在している。そういった人たちは決まって火を使っているのだ。


 こういった経緯は、魔導具の横に設置されたプレートに記載されていて、プレートには作品名と製作者、その魔導具の説明文等が確認できるようになっている。


 この方法が取られているのは、魔導具を試用した場合に事故が起こらないようにと、予めどういった物でどのようにして使うのかが明記されているからだ。


 この魔導具祭の期間中は授業等もなく、ケビンは展示されているのを確認したらその場を後にして家へと帰るのであった。


「ただいまー」


「おかえりなさいませ、ケビン様」


 家に帰ったケビンを出迎えたのはプリシラである。


「本日はもう学院での用事は済まれたのですか?」


「魔導具祭だからね、展示されているのを確認したら終わりだよ」


 ケビンはそう言うとリビングへと足を運んだ。


「あれ? ティナさんたちは?」


「お2人は商業ギルドへと足を運んでおります。新規発注分の納品ですね」


「そっか。それならプリシラと2人きりか……」


 ケビンの言葉に僅かほどだがプリシラの肩がビクッと反応する。


「……それでは私は仕事に戻りますので、何か御用がおありの時はお申しつけ下さい」


「じゃあ、お茶を2人分頼むよ。一緒にお茶をしよう」


「ッ!」


「たまには2人でのんびりするのも悪くない。どうかな?」


「た、直ちに!」


 それからのプリシラの行動は早かった。準備してたのではないかというほど、あっという間にお茶を持ってきてはカップに注いで、ケビンが隣に呼び寄せるとそこへ座り、束の間のひとときを満喫して微笑みを絶やさなかった。


「……至福です」


「それは良かった。誘った甲斐もあるってもんだ」


 それから2人はティナたちが帰ってきて騒ぎ出すまでは、2人だけの時間を有意義に過ごすのであった。

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