第230話 ステルス インポッシブル
魔導具祭にお忍びでやって来た1人の少女がいた。何を隠そうこの国の王女である。
普通に見てくると言えば王妃に確実に怒られる上に捕縛されてしまうので、コソコソと出てきた次第である。
親善試合からケビンの圧倒的強さに惚れ込み、巧みな魔術を使用することから魔導具にも精通しているはずに違いないと、勝手に思い込んだ結果の行動だ。
学院の卒業生である彼女からしてみれば敷地内など自宅の庭同然で、勝手知ったるやと目的地までサクサクと進んでいく。
彼女の目的は1年生の部がある展示会場へ行くことだ。そこに行けばケビンに会えるかもしれないと、妄想を膨らませては歩みを進めていく。ケビンが既に自宅へ帰っているとも知らずに。
やがて辿りついた会場でわらわらしている人集りが目につくと、そこには炎を象った見事な造形物が展示されていた。
王女が展示物横のプレートに目を向けると、この展示物がランタンであることや製作者がケビンであることが確認できた。
好奇心から人集りの方へ来ただけなのに、思わぬ僥倖にありつけたことを王女は歓喜した。
そして、このような魔導具祭で初歩的なランタンを展示していることが珍しいからか、意外にも人集りができている上に人気があるのだと感じとった。
やはり自分が目をつけた人物は只者ではないのだと、改めて自身の慧眼に狂いはなかったと自画自賛した。
キョロキョロと辺りを見回してみても製作者であるケビンの姿を目にすることはなかったが、せっかくここまで来たのだからと説明文を読んで魔導具を試用してみる。
「……す……凄い……」
魔力を流し込むとロゴが空中に表示されてダイヤルを回すと細かに設定されているのか、一定の明るさごとの変化ではなく次第に移りゆく変化に戸惑いを隠せないでいた。
「お嬢さんもそう思いますか? 私もこれを実際に触ってみて未だに信じられませんよ」
突然話しかけられてビクッと反応してしまうが、どうやら次代を担う製作者でも捜しに来たのだろうか、身なりの良い中年男性が隣に佇んでいた。
「あぁ、驚かせてしまったようですね。この凄さを是非とも共有したくて話しかけただけですから気にしないでください」
「い、いえ……驚いたのは事実ですが、この魔導具が凄いことも事実ですから」
「そうですね。この製作者はきちんとニーズに応えているし、何よりも完成度が高い」
確かにその通りなのだろう。説明文にはこのランタンを作るきっかけとなった経緯なども書かれているため、女性冒険者特有の悩みに応えていると言っても過言ではない。
更には女性冒険者だけに留まらず、数多の場面で活躍できるであろうことは想像に難くない。
本人には会えなかったが、王女にとっては来てよかったという思いに至るのは至極当然の結果であった。
それから王女は他の魔導具も見たり触ったりしながら、今年の魔導具祭を満喫するのである。
やがて満足した王女はお忍びの最終試練である自室まで帰るという、“遠足は家に帰りつくまでが遠足”を実行するために、細心の注意を払いながら王城内へと足を踏み入れる。
門から出入りしたのでは確実に門兵に止められてしまう上に、国王や王妃に報告されてしまうことから、この日のために使用人が何かと使う裏口から出入りするのだ。
帰りもこの裏口を使い、何食わぬ顔して敷地内へと侵入することに成功する。そして、王城内へと足を踏み入れたのだった。
そこからは人の気配がする度に物陰に隠れてやり過ごし、とうとう目的地である自室へと辿りつくことに成功する。
「はぁぁ……ここまで来ればもう安心です。あとは着替えて何食わぬ顔していればバレません」
そのままクローゼットへと進み、ドレスに手をかけると不意に背後から声をかけられた。
「魔導具祭は楽しかったかしら?」
「えぇ! それはも――ッ!」
不意に本心を語ってしまった王女は、自身以外いるはずもない部屋に誰かがいたことに驚いてバッと後ろを振り返ってみれば、そこには瞳の笑っていない笑顔を浮かべた王妃が佇んでいた。
「ふふっ、どうしたの? あとは着替えて何食わぬ顔をするのでしょう? 早く着替えなさい」
「……あ、あの……お母様……」
「早く着替えなさい」
王女は冷や汗を浮かべながら、今までにないくらいのスピードで言い訳を考えようとするも、“大事なことなので2度言いました”と言わんばかりの迫力で王妃に着替えを薦められてしまう。
「……こ……これには……海よりも深い……事情がありまして……」
「着替えなさい」
次はないとばかりに3度目を言い放った王妃に、王女は絶望の顔色を浮かべて、震える手を動かしながら着替えを済ますのであった。
その後、王妃は絶望の顔色を浮かべた王女を連れて国王の元へ行くと、ことの次第を説明した。
王女は正座をさせられて王妃からしこたま怒られてしまい、止めようとした国王もとばっちりを受けて、王女の横で何故か正座をさせられて同じく怒られてしまうのだった。
「……鬼嫁……」
「あなた、聞こえてましてよ?」
ボソッと呟いた国王に王妃は返し、言わなければいいものを口は災いの元となりて、更に説教は続くのであった。
そこへやって来た第1王妃がその光景を見て事情を聞くと、近くの椅子に座りクスクスと笑って国王の怒られている姿を眺めるのであった。
「……助けてくれんのか?」
「たまにはしっかり怒られるのも一興でしょう?」
「解せぬ……俺の味方はお前だけだ、スカーレットよ」
「お父様、2人でこの荒波を乗り切りましょう!」
「まだ話は終わってないのですよ! わかっているのですか!」
「「はい!」」
それから小1時間は続いた説教もやがて終息すると、2人は足が痺れてしまい立つことができなくなって、足を崩すだけで精一杯となり呻き声をあげるのであるが、それに目をつけた無邪気な者がササッと近づいてくる。
「あ……足が……」
「お……お父様……」
「ツンツン」
「ぐあっ! やめろ、やめてくれ!」
いい玩具を得たとばかりに、第1王妃によって弄ばれてしまう国王の姿がそこにはあった。
ニコニコと微笑みを浮かべながら国王の足をツンツンする第1王妃は、さながら無邪気な女児にも見えるのである。
「お……鬼め……」
「あら? 反省の色が見えないわね。モニカ、貴女もやるのよ」
第2王妃ことモニカを援軍として呼びつけた第1王妃は、今度は2人で一緒にツンツンしだしたのである。
「ぎゃあぁぁぁぁ! 鬼ぃぃっ!」
「お、お父様ぁぁぁぁっ!」
「結構楽しいですわね、ミラ」
「そうでしょう? これに懲りたらエムリスも少しは反省するのよ?」
「そ、その前にぃぃ……それをやめろぉぉっ!」
この国王一家のじゃれ合いは城内では定番となっており、国王がいくら叫んで助けを呼んでも「またか……」といった感じで、家臣からは温かく見守られるのである。
しばらく王妃2人にひとしきり弄ばれた国王は、瞳に涙を浮かべながらスカーレットに慰めてもらっていた。
「お父様、大丈夫ですか?」
「うぅ……スカーレットはあんな女に育つなよ? あいつらは鬼だ」
「「エムリス?」」
「「ひっ!」」
そこには瞳の笑っていない笑顔を浮かべた2人の王妃がいたとか、いなかったとか……
こうして第1王女のお忍び大作戦は、思いもよらぬ国王の被害という形で幕を下ろすのであった。
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