第228話 楽しく感じていた時期が私にもありました……

 あれからしばらく経ち、ケビンの生活はいつもの日常へと戻っていた。親善試合での報酬だった単位もかなり獲得したが、今のところ落としそうな科目はないので使わずに残しておくことにしている。


 学院では後期の授業が始まり、実技も少しずつ増えてきてケビンは一際やる気に満ちている。


 そんなケビンが今現在ハマっていることは、簡単な魔導具の製作である。


 しかも作っているのは初歩の初歩、ランタンなのだ。これは家庭で日常的に使われていたり、冒険者なんかは野営で使ったりと幅広く活用されているメジャーな商品。


 簡単であり至ってシンプル。しかも、完成度が良ければお店に売ったりもできる。練習もできてお金にもなる一石二鳥の夢のような魔導具。


 ケビンは自宅に帰るとひたすら作成に没頭したり、授業の空き時間にも作成するなどもっぱら変人扱い更新中であった。


 しかし、その努力の甲斐あってケビン印のランタンは、どこの店に持って行っても買い取ってくれる一級品となっていた。


 学生が小遣い稼ぎに魔導具を作り出すのは有名であり、ライバルが多数いるために中々買い取ってくれる店がなく、ケビンも最初の頃は苦労した。


 だが、回数を重ねるごとに完成度が高くなって、それからは形に拘るようになったり耐水性や耐久度まで拘りだして、多種多様なランタンを生み続けている。


 その結果、一部顧客からはオーダーが入るほどの人気ぶりである。オーダーが入ると普通は学業優先で受け付けない生徒が多数なのだが、ケビンは楽しくなって快く受け付けていた。


 その対応の甲斐もありケビン印のランタンが一級品となって、本人の知らぬうちに有名ブランドまで上り詰めたのだ。


 仮にランタン限定でアンケートを取ったなら、きっと顧客満足度ナンバー1となっていただろう。


「うーん……」


「どうしたの?」


 1人作業机で悩んでいるケビンにニーナが声をかけた。ニーナは基本的にケビンが作業中の時には邪魔をしないように声をかけることはないが、先程から唸ってばかりだったので堪らず声をかけたのだった。


 ちなみにティナは作業中だろうと関係なくケビンに声をかけて、度々ニーナに咎められるのである。


「いやね、新しいランタンのアイデアが思いつかなくて」


「結構色々と作ったよね」


「そうなんだよねぇ……作り過ぎてアイデアが枯渇しちゃった」


「まだ満足いかない?」

 

「まだ何かありそうな気はするんだよね。ちなみにニーナさんはランタンを使った時に困ったことってなかった?」


「私が使うときは冒険者としてだったから……」


 ケビンはニーナが考え込んでいる最中、焦らせるようなことはせずに辛抱強く待っていると、ニーナが突然声を上げた。


「……あっ!」


「な、何!? 何か思いついた?」


 ケビンは逸る気持ちを抑えてニーナに尋ねる。


「男の人には関係ないんだけど、女性の冒険者って結構いるよね?」


「そうだね」


「男性とパーティーを組むと野営とかした時に、テント内でつけた明かりのせいで着替えとかが見えちゃうことがあるの」


「なっ!? ニーナさん、着替え覗かれたの!? そいつ、殺してくる!」


 ケビンは独占欲からか大事な人の着替えを覗いた見もしない男に対して憎しみの炎を燃やすのであったが、ニーナの続く言葉によりただの早とちりであったことに気づいて恥ずかしくなる。


 そんな早とちりをしたケビンをニーナは嬉しく感じ、微笑みをこぼすのであった。


「ふふっ、私はないよ。そういう話を女性冒険者から聞いたことがあるだけ。それに、テント越しだから丸見えじゃなくて影で見えるような感じだよ。あと幕の色だったり安いテントとかだったらハッキリ輪郭とか見えるかも」


「影かぁ……」


 女性特有の悩みにケビンは男の自分じゃ思いつかない被害だなと、感慨深く思考を巡らせるのである。


「だからね、着替えるためだけの必要最低限の明るさとかに変更できるようなランタンとかどうかな?」


「うん、それいいね! ありがとう、ニーナさん」


「役に立ててよかった」


 ケビンはニーナから聞いた女性冒険者の悩みと要望に新たな着想を得て、早速作業に取りかかった。


 ニーナは真剣な表情で魔導具の作製に取りかかるケビンの横顔をじっと眺めて、頬を赤らめながら同じ時間を過ごすのであった。


 やがて試作品1号が完成すると屋内にスペースを作り、ケビンはティナとニーナに頼むと部屋を真っ暗にして1人用テントの中で着替えてもらう。


 お互いに観察し合っていたら人によっては暗すぎたりもするらしく、明るさの再調整を行うと再度実験を行う。


 その結果、『決まった明るさで作るよりもその人に合った調整ができるように変更した方が何かと良いのでは』という結論に達し、少しずつだが形となっていく。


 やがて完成した調光型ランタンを実際に試してもらい、ティナとニーナは太鼓判を押すのであった。


「完成だー!」


「やったね!」


「おめでとう!」


「で、ケビン君」


「何?」


「それ、行きつけのお店で売るの?」


「そうだけど」


「ケビン君のランタンってブランド化してるし、いい機会だから商業ギルドに登録したら?」


「ブランド化?」


「知らなかったの? ケビン君のランタンって一部の間では高値で取引されてるわよ。そのうち偽物とかが出るからしっかりと商業ギルドに登録しといた方がいいわ。名前とか悪用されて大変な目に合うかも」


「え……そんなことになってるの? 店の人は何も言わなかったけど……」


「そりゃあ、何も伝えずに安く買い叩いて高く売った方が店の利益に繋がるじゃない」


「あぁ……子供だと思われて舐められてたわけね」


「それもあるけど、ケビン君が作るだけで満足してるからよ。ブランド化したのだって知ってると思ってたのに。ちゃんと自分の魔導具がどれだけ売れてるのか確認しないと」


「ティナさんは確認してたの?」


「だって、ケビン君って作ってばっかりで全然構ってくれないから暇なんだもん。それにケビン君が作った魔導具がちゃんと売れてるか気になるじゃない」


「ありがと。じゃあ、商業ギルドへ一緒に行こうか?」


「デートね!」


「ニーナさんも」


「うん!」


 商業ギルドへ到着すると順番待ちをして説明を受けたが、やたらと長くティナさんは完全に飽きましたと言わんばかりの反応になり、説明をしていた受付係は眉をピクピクと震えさせていた。


 商業ギルドは会員制となっており年会費がかかるようで、各ランクによって行使できる権利も違ってくる。


 ブロンズ会員は馬車を使った流通目的の行商人、もしくは路上や広場の空きスペースに露店を構えることができる。大体の商人はここに当てはまる。


 シルバー会員は土地を買って店舗を構えることができる。一般的な店等はここに当てはまる。


 ゴールド会員は店舗を増やして支店を作ることができる。ギルドに対して色々と融通が効くようになる。


 プラチナ会員はゴールド会員でなおかつ数多の商業取引を成立させるとなれる夢のVIP待遇となる。特に制限がなく商いに関しては何でもしていいとのこと。


 別に会員にならなくても商人として働くことはできるらしい。しかし、非会員のため商業ギルドを利用できなくなるという制約がある。


 簡単に言えば物品の仕入れや納品等はできないとのことだ。取扱い商品の不足や在庫は自分で責任を取れということだった。


「ご加入されますか?」


「ゴールド一択で」


「へ……? あ、あの……お客様、年会費が100万ゴールドとなりますが……」


 受付係はてっきり登録したとしてもブロンズ会員だろうと思っていた。例え店を構えるにしてもシルバー会員からだ。誰も利益の上がらないうちからゴールド会員を選ぶようなことはしない。


 だが、それ以上の混乱となる言葉がケビンの口から齎される。


「50年分一括前払いで」


「……はひ?」


 ケビンの突拍子もない一言の連続に受付係はタジタジとなり、最終的には変な言葉を発して呆然とする。


「支払いはこれで」


 クレジットカードを格好よく出すCMの如く、ケビンはギルドカードを取り出して見せた。それを見た受付係は更にあわあわとしだすのである。


「エ……え……エ……? Aランクゥゥゥゥッ!?」


 その後天に召されようとしていた受付係を正気に戻して、ケビンは無事(?)に商業ギルドに登録したのだった。


 受け取った会員証は金色でギルドカードに酷似していた。取引が成立すると会員証の中に記録が残り、取引件数と取引内容、儲け額などが累積されていく。


 ギルドカードのようにお金を預け入れることもできるし、買い物に使うことも可能。当然、偽造することはできない。


 商会メンバーに他人を所属させるとサブ会員証が作られて、本人が取引しなくても記録にはちゃんと残るそうだ。


 一体どういう仕組みなのか聞いてみたら「神の御業です」と、わからないことは神様に丸投げしているようだ。


 とりあえず商会メンバーにはティナさんとニーナさん、同行することのある若手メイド隊の全員を登録した。


 ティナさんとニーナさんにはその場でサブ会員証を渡して、プリシラには帰ってから渡すことにする。あとの人は随時渡せばいいだろう。


 ひと段落したところで偽物対策の相談をすると、どうやらそれはよくあることらしい。対処策としてはロゴを独自の方法で刻み込むのがメジャーなやり方みたいだ。


 その後、家に帰ったら早速ロゴをどうするかの話し合いになった。


「どうするの?」


「ロゴを刻んだところで、それすらも複製されそうじゃない?」


「確かに」


「それならいっその事、俺にしかできない方法でロゴを刻もうか」


「具体的には?」


「【付与魔法】を使う」


「確認の方法は?」


「魔導具だから当然魔力を使うよね? その魔力に反応させてロゴを浮かび上がらせる」


「じゃあ、魔導具を使えば本物かどうか見分けがつくのね」


「簡単、安心」


 話がまとまったところで調光型ランタン1号に【付与魔法】を使う。終わったところでティナさんに使わせてみる。


「ちょっと使ってみて」


 ティナさんがランタンに魔力を流すと、調光ツマミの上部空中に“ティナ”の文字が浮かび上がった。


「あっ、私の名前!」


「問題なく作動したね」


「これ、ニーナがしたらニーナの名前になるの?」


「さすがにそこまではしないよ。確かめる人の名前とかバレバレになっちゃうでしょ? 知らない人に名前が知れ渡るって嫌じゃない?」


「そうね、知り合いならともかく知らない人はねぇ」


「あとは技術を盗まれる点だね」


「今までのはどうしてたの?」


「あれは誰でも真面目にやれば作れるやつだからどうでもいいよ。調光型ランタンは誰にでも作れる物じゃないから」


「【付与魔法】」


「それしかないか。分解不可能でもつけようかな」


「でも、そうしたら魔石の交換ができなくなるんじゃない?」


「魔石の交換は背部の蓋を開ければできるようにしてあるから問題ないよ。そこ以外を開けようとしても開かないから」


「壊そうとしたら?」


「んー……破壊不可能もつけとこうか」


「ロゴ忘れてる」


「あっ、そうだった……ロゴって何がいいんだろう?」


「ケビン君の作ったランタンはケビン印って言われてたよ」


「え? 何で?」


「店員さんが作った人のこと喋ったんじゃない?」


「はぁぁ……」


「ケビン印定着?」


「いや、それは断固阻止する。そして、ロゴは決めた!」


「「?」」


 思い立ったら即行動。早速1号の付与内容を書き換えて、更に表示させる文字を変更する。


「今度はニーナさんが試して」


「わかった」


 ニーナさんがランタンを使うと、ロゴがちゃんと浮かび上がってきた。よし、いい感じだ。


「ティナさん、読める?」


「なっ、馬鹿にしたでしょ! 大人なんだから文字くらいちゃんと読めるわよ! 見てなさいよ……」


「「……」」


「……」


「……ティナさん?」


「……読めない……グスッ」


 どうやらティナさんには英単語が読めないようだ。この世界の文字にも変更されていないっぽい。


 ダンジョンの名前はみんな読めてたのに不思議なこともあるもんだ。英単語になると読めないのだろうか?


「それはマジカルって読むんだよ」


「「マジカル?」」


「魔法のようなって意味。以前、ロイドさんが言ってたでしょ? 魔導具を使うと魔法を使ってるみたいだって」


「よくそんなこと覚えてたわね」


「忘れてた……」


「だから魔法のような魔導具ってことで、うちの商品のロゴは【Magical】に決めたいと思います」


「「おぉー」」


 ティナとニーナはパチパチとその場のノリで、ケビンの決意表明を讃えていたのであった。


 それからケビンは調光型ランタンの量産化を始めて、急遽作ったマジックポーチにどんどん詰め込んでは数を増やしていった。


 そしてある日、以前から贔屓にしていたお店が嫌になってしまったケビンは、調光型ランタンを商業ギルドに持ち込んで販売の許可を貰うと、質のいいランタンの平均的な適正価格を教えてもらった。


 その後は日頃から暇を持て余しているティナとニーナに販売員になるように言うと、マジックポーチを2個渡してランタン販売は丸投げした。お金はもう1つのマジックポーチに詰め込めばいいと伝える。


 丸投げされたティナたちは冒険者ギルドに赴き、女性冒険者をターゲットにして瞬く間に売りさばいていく。


 やはり需要はあっても供給がなかったので、女性冒険者たちはこぞって調光型ランタンを待ってましたと言わんばかりに、どんどん買っては口コミで広めていく。


 販売員が女性冒険者とあってか、同じ悩みを共有できる者として信用もされていたようだ。


 そして、ケビンは調光型ランタンのあまりの売れ行きに、学業と魔導具作製に追われる日々を送るのである。


 これが後に【魔導具工房マジカル】として、世界的に有名となる魔導具製作・販売店の最初の1歩となるのであるが、本人は全くその未来のことなど想像だにしていない。


 ただ……今は無心に近い状態となって、ランタンをひたすら作っていく作業を繰り返しているのであった。


「はぁぁ……夢に出てきそう……」

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