第219話 サラとケビンと真相と

 親善試合が終了した翌日、ケビンは別宅でのんびりと過ごしていた。他の生徒や王族は既に王都を出発して国への帰路についている。


 ケビンがここまでのんびり過ごしているのは、『転移で帰ればすぐに着く』という考えの元にあり、サラもケビンの帰国に合わせて今は本宅に帰らず別宅で同じくのんびり過ごしていた。


 若手メイド隊に至っては、誰が本宅に戻り誰が別宅でお世話をするのかで大いに揉めていたが、プリシラが強権を振りかざし1枠をゲットすると残りの枠を巡って壮絶なバトルが繰り広げられていた。


「久々にのんびりするなぁ」


「ふふっ、お母さんもケビンとのんびりできて嬉しいわ」


 2人は久々の親子水入らずとなり、リビングのソファにてのんびりと過ごしていた。因みにティナは朝なので目覚めておらず、ニーナは部屋で魔術本とにらめっこしている。


「ねぇ、ケビン……」


「何?」


「お母さんの子に生まれてきて良かった?」


「いきなりどうしたの? ないとは思うけど誰かに虐められた?」


「虐められてないわよ。もし、虐められたらケビンは助けてくれる?」


「もちろん助けるよ。大事な母さんだから」


「ありがと。大好きよ、ケビン」


 サラは表面上は取り繕っているものの、内心はケビンの記憶について尋ねるべきかどうか迷っていた。ティナが語っていたケビンの闇について、どうしても気になっていたからだ。


 自分の育て方がどこか間違っていたのだろうか? 愛情いっぱい育てたがその愛情が良くなかったのだろうか? 自問自答を繰り返しても答えは見つからない。


 もし、尋ねてしまってケビンのことを傷つけてしまったらどうしようかと思うと、聞くに聞けず二の足を踏んでしまう。


「ねぇ、母さん。何か聞きたいことでもあるの?」


 サラは悩んでいることを言い当てられて心臓が飛び出るかと思った。対するケビンは、抱きつかれている腕からサラの鼓動を感じており、先程のやり取りから少しずつ早くなっているのを感じていた。


 そして、聞きたいことがあるのかという質問で一気に早くなったのを感じ取り、サラが悩んでいることを確信した。


「俺は何を聞かれても母さんを嫌うことはないよ」


「……ケビン……」


「何が聞きたいの?」


 ケビンからの後押しによって、サラは気になることを尋ねてみる決心をする。


「ケビンの記憶のことよ」


「俺の記憶?」


「試合中に酷い頭痛を起こしたでしょ? あの時にティナさんが教えてくれたの。以前にもあったって……」


「あぁ……」


 ティナさんが関わっている酷い頭痛といえばあの件しかないと思っていたら、予想通りそのことを母さんの口から聞くことになる。


「思い出してはいけない闇があるって聞いたの。お母さん、そんなになるまでケビンを追い詰めていたのかなって思うと、とても悲しかったの……」


 ケビンの腕に雫が落ちる。ふと見上げるとサラが涙をこぼしていた。初めて見る母親の涙に、ケビンは言い表しようのない気持ちに押しつぶされる。ここでようやく最初に聞かれた言葉の真意が理解できた。


「泣かないで、母さんは悪くないよ」


「……ッ……ケビンッ……」


 ポロポロと流れ落ちる涙とサラの変わりように、ケビンは秘密を打ち明けることを決心した。ここまで自分のことを想ってくれている母親に対して、秘密のままにはしておけなかった。


「母さん、今から俺の秘密を教えるね。これは誰にも話したことのない秘密。ティナさんたちにだって話していない俺という存在のこと」


 ケビンは気配探知で近場に人がいないことを確認したら、周りに遮音の結界を張って外に音が漏れないようにした。


「不安にさせてごめんね、今から話すのは突拍子もないことだから、信じられないかもしれないけど本当のことだから」


「……ケビンのことなら何でも信じるわ」


「ありがと。母さんは転生ってわかる? 生まれ変わりって意味なんだけど」


「生まれ変わりなら知ってるわ。あるかどうかはわからないけど」


「俺はね、転生して母さんの子供として生まれてきたんだよ」


「ケビンは転生してきたの?」


「そう。母さん、現役時代に自称異世界から来たって人と会ったでしょ?」


「もしかしてあの人がケビンだったの!?」


 まさかステータスの確認の仕方を頼んだ(物理的に)相手がケビンだと勘違いをしたサラは驚きで目を見開いたが、その様子にケビンは笑いを堪えきれなかった。


「ははっ、それは違うよ。時代は前後するだろうけど、俺は恐らくその人と同じ世界で生きてた人間だよ。その世界で死んで、こっちの世界に転生したんだ」


「ケビンは世界を行き来できるの?」


「それはできない……と思う。多分……」


 ケビンはそんなことできるわけないと否定しようとしたが、ソフィに会いに行くためにはこの世界から別の空間に行かなければならないため、少し自信なく返答したのだった。


「わからないの?」


「どうなんだろ? まだ会いに行くのに試してないから」


「誰かに会いに行くの?」


「実はね、俺をこの世界に転生させたのは女神様なんだ。教会で崇められているあの女神様」


「神様って本当にいたのね」


 サラ自身、神など想像上の人物であり宗教上で勝手に生み出されたものだと認識していたが、ケビンが言うなら存在しているのだと無条件で信じ込んだ。


「あんな像とは違って、実物はとびっきりの美人だよ。料理は上手いし、可愛いし、優しいし、非の打ち所がない人だよ」


「ご飯作ってもらったの?」


「転生する前にね。それと、その時にプロポーズしたら受けてもらえて結婚した。実はもう第1夫人は決まってるんだよね。名前はソフィーリアだよ」


「ッ! ケビンがお世話になったなら是非会ってみたいわ」


 ケビンから聞かされた既に結婚している相手が人間ではなく女神だということに驚きはするが、ケビンが結婚したがる程の人物なのだろうと是非会ってみたくなるサラであった。


「俺が成人したら遊びに来るって。でもその前に直接会いに行けるか試さないといけないんだよね。この姿でもう1度プロポーズしたいから」


「行けるような場所にいるの?」


「普通は行けないよ。転移でどうにかならないかなって思ってるんだけどね。間接的なら教会に行けば会えるけど、魂だけでしか行けないから時間制限があるんだよね」


「魂だけで大丈夫なの? 心配だわ」


 魂だけで存在できるのかはサラにはわからなかったが、愛するケビンがそのような状態で行動していることの方が重要であったため心配が胸に積もる。


「大丈夫だよ。一番偉い神様がやってくれるから。洗礼の儀式の時に神像が光ったでしょ? あれだよ」


「あぁ、あれはやっぱり特別なことが起きていたのね。でも、すぐに収まったし、ケビンもどこかへ行った感じはしなかったわよ?」


「それは一番偉い神様がこの世界の時間を止めたからね。その間に俺はソフィが住む空間で会って話をしてたんだよ」


「楽しそうな体験をしているのね」


 ケビンが楽しそうに語るその姿は新しい玩具を手に入れた子供のようで、サラも自然と微笑みがこぼれるのである。


「まぁ、楽しいだけの話なら良かったんだけど、本題はここからだね。俺が母さんのことを思い出して家に戻った時に、1人で教会に行った時があったでしょ?」


「ティナさんたちの同行を拒んだ時ね」


「そう。あの時はソフィに会いに行ってたんだ。大切な人のことを忘れていたからね。謝りに行ったら逆に謝られたけど」


「どうして?」


「守ってあげられなくてごめんって。てっきり学院のことかと思ったら、俺の前世での話だった」


「生まれ変わる前ね」


「ソフィによると幼少期に俺は1度壊れたらしいよ。その記憶は俺自身が封印して、その上から更にソフィの力で封印されたみたい。思い出すことは2度とないだろうね。それが俺の中にある闇だよ。何が起きたかわからないから内容は不明だけど」


「そう……だったのね」


 ケビンの抱える闇が生まれ変わる前のものだとわかり、サラが抱えていた不安は解消されていき安堵するが、その闇すらも母親として何とか癒してあげたいと思い、いつか女神様に尋ねてみようと決意を新たにする。


「だから母さんのせいで闇を抱え込んだわけじゃない。母さんは俺にいっぱい愛情を注いでくれてるでしょ? 俺にとっては自慢の母さんだよ」


「ケビン……」


 話がひと段落したところで、ケビンは最初に質問された答えを伝えることにした。


「俺は母さんの子に生まれてきて良かったよ。産んでくれてありがとう、愛してくれてありがとう、母さんのことは世界で一番大好きだよ」


「――ッ! ケビン!」


 サラはケビンから欲しかった言葉が聞けたことで、ウジウジ悩んでいたことなど頭の中から欠片もなく消し去ったと同時に、ケビンのことが愛おしくなりこれでもかと言うほど強く抱きしめるのであった。


「母さん、苦しいよ」


「ケビン、ケビン……私のケビン……」


 サラが泣きながらケビンを抱きしめていると、ケビンはポンポンと背中を軽く叩いたり、さすってあげたりしながら落ち着くのを待った。


「それとね、母さん。俺が記憶のない時に“ケン”って名乗ってたのは、前世での名前がそうだったからだよ」


「以前はケンだったの?」


「そう、カトウ・ケン。これが前世での俺の名前」


「そういえば、異世界から来たって言ってた人も家名っぽいのが前だったわ」


「俺が生きてた国では家名が先に来るんだよ。他の国とかになるとこの世界と同じで家名が後に来ることもあるんだけどね」


「変わった国なのね」


「あと、記憶も引き継いでるんだ。だから、学院の入試でも満点を取ることができたし、授業をサボっても問題なかったんだよ。他の人からしたらずるいと言われるだろうけど」


「そんなことないわ。その積み重ねた知識や経験は紛れもなくケビンの努力の結果よ。ずるくなんてないわ」


「だいたいこんなところかな。何か聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてきてね。もう1人で悩んだりしたらダメだよ」


「ありがと、ケビン。それじゃあ聞くわね、世界で一番お母さんのことが好きならソフィーリアさんは2番目なの?」


「確かに2番目になるけど、ソフィは世界で一番愛している人だよ」


「ふふっ、言葉遊びね。その基準で言ったらお母さんは2番目?」


「そうだね、2番目かな」


「それが聞けて満足だわ。お母さんは1番目と2番目を勝ち取ったのね」


 ケビンの言葉にサラはニコニコと満足気に微笑むのであった。


「母さんは自慢の母親だしね。上位に来るのは当然だよ」


「そうしたら、ティナさんたちはどうなるの? 3番目はティナさん? それともニーナさん?」


「ティナさんを3番目にすると、それを知ったら調子に乗りそうなのが簡単に想像できるんだよね」


「ティナさんの性格ならそうなりそうね。ニーナさんに自慢しそうだわ」


「逆にニーナさんを3番目にすると、恥ずかしがりながらも嬉しそうにはするだろうね」


「そうね、その隣ではティナさんが喚いてそうね」


「そう考えると横並びになるかな。2人で仲良く喜んでくれた方がいいから」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そんな会話をしているとも露知らず、2階にあるケビンの部屋では2人が思い思いに過ごしていた。


「「……クチュンッ!」」


「「……」」


「起きてたの?」


「起きてるわよ。誰かから噂されてるわね」


 ティナはゴソゴソとベッドから体を起こしながら答えた。そんなティナに対して、ニーナは読みかけの本を閉じると体を向ける。


「ティナのは悪い噂、私はいい噂」


「ニーナだって悪い噂に決まってるわ」


「それはない。私はケビン君に噂されてる。ティナはガルフ」


「何で私だけ筋肉ダルマに噂されなきゃいけないのよ!」


 寝起きのハッキリしない頭でガルフを想像してしまい、何とも言えない気持ちに表情を歪める。


「ティナのいない所でよく悪口言ってたから」


「あんのクソヤロー、筋肉しか取り柄のない飲兵衛のくせに!」


「ティナ、言葉が汚い。ケビン君が幻滅するよ」


「大丈夫、ここにいないから今のはセーフよ」


「ふっ、私が言えば筒抜け。そして、ケビン君を独り占め」


「くっ、ニーナ性格悪いわよ。それこそケビン君に幻滅されるわ」


「ティナは寝てばかりのグータラだから信用ない。あるのはお腹のプニプニ」


「なっ! プニプニしてないわよ!」


「更には胸の駄肉」


「これはケビン君が好きなものだから問題ないわ! 明らかにひがみね!」


 そう言ってティナは胸を強調するように寄せあげ、ニーナに見せつける。


「ふっ、私にもある」


 ティナ程ではないが胸を寄せあげニーナは対抗した。


「私より小さいじゃない!」


「張りとツヤ、形はこちらが上。ティナのはその内垂れる」


「垂れないわよ! 垂れてるのはあなたの二の腕でしょ!」


 まさに一触即発。互いに負けられない女のプライドをかけた闘いが、今まさに始まろうとしていた。


「ティナをここでノックアウトさせてから、先にケビン君に会いに行く」


「望むところよ」


「魔術師を舐めたことを後悔させてあげる」


「運動不足の魔術師なんかに負けるわけがないでしょ」


 そして、人の家であるにも関わらず女たちの闘いは、ケビンが聞いたら呆れる内容と共にベッド上で始まるのだった。それはもう、ドッタンバッタンと何をしているんだと言われても仕方がないくらいに。


 当然、それだけはしゃぎ回れば1階に響くのも道理というもの。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「あらあら、楽しく遊んでいるようね」


「はぁぁ……まぁ、いつものじゃれ合いだろうね。本気で相手を嫌う喧嘩はしたことないから」


「ふふっ、ケビンの取り合いで揉めたのかしら?」


「いつものことだね」


「もしかしたら、どっちがケビンに好かれているか1番目を巡って揉めたのじゃない?」


「1、2番目は不動だよ」


「そのことをあの子たちは知らないから。そうだわ! ケビン、婚約指輪をプレゼントしてあげたら? まだ口約束しかしていないんでしょ?」


「えっ!? 指輪をプレゼントするの? 恥ずかしくてハードルがかなり高いから敬遠してたのに……」


「それにあの子たちはいつもケビンと一緒だけど、他の子たちは離れ離れでしょ? やっぱり女性としては形に残るものとしてその証が欲しいし、あまり寂しがらせてはダメよ?」


「そう言われてみるとそうだね……よし! 母さんからの薦めでもあるし、ちょっと街に出て色々と見てみるよ」


「頑張ってね、これも立派な男性の務めよ」


「わかった。行ってくるよ」


「はい、行ってらっしゃい」


 こうしてケビンは指輪を探し求めるべく、街へと出かけるのであった。


 しばらくして静かになった2階からバタバタと降りてくる足音が2つ。リビングのドアを開けると2人が同時に入ってきた。


「「ケビン君!」」


 さっきまではしゃぎ回っていたせいか、肩で息をしている2人にサラが声をかける。


「あらあら、ケビンなら出かけたわよ」


「「そんなぁ~」」


「ふふっ、2人ともこっちへいらっしゃい。一緒にお茶でもしましょう」


 2人は想い人が出かけてしまっていたことに肩を落とすが、サラにお茶を誘われたこともあるのでトボトボとソファへ歩みを進めるのである。


「そんなに落ち込まなくても、その内いいことがあるわよ」


 サラは自分から薦めたこともあり、ケビンの出かけた理由を知っているのでそう伝えるが、そのことを知らない2人からしてみれば在り来りな言葉として消化されていくのであった。

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