第220話 DIY再び

 ケビンは自宅を出てからトボトボと街へと繰り出した。商店通りには選り取りみどりの店が並ぶが、ケビンが求めているのは貴金属店である。


 そして、店内へと入っては子供扱いされ(当然)、身分証代わりにギルドカードを見せれば、ヘコヘコされて手もみされるのを繰り返し受けていた。


 何かを買うでもなく冷やかすだけ冷やかしたら次の店へと足を進める。数店舗巡ってわかったことといえば……


「何を選べばいいのか全然わからん」


 これである。


 指輪を買うこともそうだが、それを人へ贈るなどしたことのないズブのど素人なのだ。唯一と言っていい経験は、転生前にプロポーズと共に贈ったソフィーリアのためだけに作った指輪のみだった。


 何を基準にするべきなのか、どんな指輪にするべきなのか全くもって理解が及ばなかった。


 店員からのお薦めはあったものの、邪魔なくらいどデカい宝石のついた貴族のふくよかマダムが欲しがりそうな一品であった。


 もう少し控えめな物をと頼んでみれば、少しだけ宝石が小さくなっただけでやはり邪魔に思えてならなかった。


 自分が邪魔に思えているだけで、女性からしてみれば邪魔ではないのか? と考えたりもしてみたが、如何せん経験値が足り無さ過ぎた。


 前世の知識で言えばシルバーリングが妥当だろうかと思い悩むものの、こちらの世界基準ではどうなのかと二の足を踏んでいる。


 軽い気持ちで出かけてきたはいいものの、ここまで苦労するとは全然思いもしなかった。


 そして、ケビンは1人で考えに没頭すべく、王都を出てすぐ傍にある草原でゴロゴロし出すのである。


「難しい……」


 ケビンは何かいい案がないか模索するも、やはり経験値が足りない。四方八方手詰まりになりかけた頃、ようやく名案ならぬ迷案が浮かんだ。頼れる人がいない以上、人ではないものにすがればいいのだと。


『サナ、聞きたいことがある』


『何でしょうか?』


『女性へ贈る婚約指輪の件だ』


『ちっ、リア充爆発しろ!』


『お前、俺が記憶を取り戻した途端、容赦ないな。しおらしいサナは何処へ行った?』


『燃えそうにないゴミの日に捨てました』


『自由だな、お前。反省してるのか?』


『ちゃんと誠心誠意込めて謝罪したじゃないですか。小さいことを気にしていると大きくなれませんよ』


『まぁいい。何かいい案はないか?』


『ソフィーリア様と同じでシルバーリングでいいと思いますけど』


『それで大丈夫なのか?』


『大丈夫だ、問題ない』


『絶好調だな。他に何かないか?』


『しいて挙げるとするならば、買うのではなく作ってみたらどうでしょうか? ソフィーリア様へ差し上げた物も作り出した物でしたから。その方が自分のイメージと合致していいと思います』


『それもありか……』


『あとは、そのリングに何かしら付与を加えるとか』


『付与?』


『汚れがつかないとか、傷がつかないようにするとか、いざって時のために結界を張れるとか』


『結界はわかる気もするが、他のは必要か?』


『わかってないですねぇ、これだから童貞は』


『おい、それは関係ないだろ』


『大好きな人からプレゼントされるんですよ? しかも婚約指輪。少しでも汚れがついたら綺麗に拭いて、傷がつこうものなら泣くほどの乙女心がマスターにはわからないんですか?』


『いや、使ってたら汚れるし、傷くらい当然つくだろ。そんなことで一喜一憂するもんなのか?』


『……』


『どうした?』


『マスターって救いようがないなと、ふと思い立った次第です』


『意味がわからん』


『はぁぁ……そこら辺は指輪をあげた後にでも観察して学んで下さい』


『わかった。それで、指輪を作るなら材料がいるよな?』


『そうですね。ドワンさんにでも売ってもらったらどうですか?』


『そうするか』


 ケビンはおもむろに立ち上がって伸びをすると、転移でいつもの路地裏に移動するのであった。


「ドワンさーん、いますかー?」


 ケビンの呼びかけに店の奥からドワンが姿を現す。


「久しぶりだな、今日は1人か?」


「はい、他の人に知られると不味いので」


 ケビンはそれから何故1人で来たのか説明して、素材をドワンに売ってもらうのである。


「工房使うか?」


「いえ、スキルで何とかなりそうなので大丈夫です」


「スキルで? 相変わらずおかしな奴だな」


「ははっ、では、失礼します」


「おう、頑張れよ」


 ケビンはドワンの店を後にすると、邪魔をされず黙々と作業をするためにダンジョンのマスタールームへと転移した。


「よう、変わりはないか?」


〈順調に運営しております〉


「2号店の方もか?」


〈そちらも順調です〉


「俺は今から物作りするけど、気にするな」


〈了解〉


 ケビンは早速地べたに腰を下ろすと【無限収納】からミスリルを取り出した。銀ではない理由は、付与をつけるならこっちの方がいいとドワンに薦められた結果だ。


『マスター、何人分作るんですか? そもそも、婚約者って何人いるんです?』


『ティナさん、ニーナさん、アリスにサーシャさんかな』


『若手メイド隊は?』


『嫁候補だな。本人たちが頑張っている以上』


『ティナさんたちも嫁候補って括りですよね?』


『ん? あれ!? そういえばそうだった……』


『婚約者ってきちんと言ったのは、アリスちゃんだけじゃないですか?』


『そうだ……そうだった……』


『それなら、指輪をあげる人を婚約者の括りにして、そこまで到達していない人を婚約候補にすればいいのでは? 候補だと選ぶ段階だから結婚するかどうかわかりませんよね? 突き詰めれば婚約者も破談とかありますけど』


『さすがはサナだ。婚約するなんて考えが端からなかったから盲点だったな。そうなると、そこまで嫁にする人数は多くないのか?』


『いや、確実に多いですよ。ソフィーリア様を入れて現段階で5人ですよ』


『俺の中ではアリス以外は嫁候補って括りしかなかったから、物凄い人数になりそうだと考えていたんだよ』


『あまり適当に生きてたら、いつか後ろから刺されますよ。まぁ、スキルがある以上、不可能なんですが』


『……肝に銘じておく』


『それで指輪は4人分として、候補の方たちには何をあげるのですか?』


『え? 何かあげるの?』


『はぁぁ……若手メイド隊の人たちは頑張っているんですから、ご褒美くらいあげましょうよ』


『そうなってくると……お世話になっている人みんなにあげた方が良くないか?』


『素材はありますし、この際、それもありかと思います』


『よし、考えるのが面倒くさいからみんなにあげることにしよう』


 それから俺は作業を開始した。ミスリルに魔力を流し込んで魔法金属に仕上げる。まず最初に作り始めたのは指輪だ。付与は後回しにして物だけを先に作ろうと決めたからだ。


 その際に、ソフィの分も忘れずに作り出した。1人だけ婚約指輪がないのはソフィに申しわけないと思ったからだ。すぐに渡せるかどうかは別だが。完成したものをしまうためのケースも同じ数だけ作り出した。


 指輪が終わると今度は使用人たちにあげる物をどうするかで、また悩んでしまった。結局行きついたのは若手メイド隊にはネックレスで、中堅以上のメイド隊にはブローチを作ることにした。


 しかし、ドワンさんから買ったものはミスリルだけなので素材が足りないから、ダンジョン内にいる深層の魔物を片っ端から狩っていき、更にはコアに色々な宝石を出させて解決した。当然、魔力という代金を支払ってポーションを飲みまくったが。


 胃からちゃぷちゃぷと音が聞こえてきてグロッキー状態ではあったが、なんとか完成させて同じく作ったケースにしまい込んだ。


 執事たちには大いに悩んだ結果、懐中時計をプレゼントすることにして、邪魔にならないような大きさに留めた。ちなみにスキルにものを言わせて、永久稼働の誤差なしという仕様になっている。


 前世ではタフソーラーに電波時計という当たり前にあった機能を、この世界で再現できるかどうかわからなかったがイメージするだけしたら、あとはスキルに丸投げした。


 完成した懐中時計に【完全鑑定】を使い説明文を読むと、ちゃんと完成していたことがわかったがどういう仕組みかは一切わからない。


 蓋にはこれからもカロトバウン家に仕えて父親を支えて欲しいという意味合いも込めて、カロトバウン家の家紋を刻んである。これをシンプルなケースにしまい込んだ。


 そこまでいくと、ようやく一息つけて地べたに寝転がった。胃が重い……


「ふぅ……疲れたぁ……」


〈お疲れ様です〉


『お疲れ様です、あとはご両親と国王たちですか?』


「あぁ、そうだよなぁ……陛下たちのこと忘れてた」


『ご迷惑をかけているのですから、しっかりと作ってくださいね』


「そう考えると、ライアットさんに物凄く迷惑かけてる。いっつも大量の素材を持ち込んでいるし。カーバインさんもそうだよなぁ……ダンジョン制覇で頭抱えていたもんなぁ……」


『だいぶ周りの人に迷惑をかけてますね』


「迷惑かけないように心掛けているつもりなんだけど……」


『全くできてないですね、ちなみにご兄姉には?』


「やった方がいいかなぁ? やらなくてもいいような気もするけど。試合の時に散々相手をしたし……」


『暴走した時に迷惑をかけたと思いますよ? その後もマスターのことを心配していたと思いますし』


「……それ言われると返す言葉もない」


『そのくらいですかね』


「そうだな。身近な人で言えばそのくらいで終わりだろ。今日はもう疲れたし、明日続きをしよう」


 ケビンはしばらくゴロゴロした後、自宅へと転移した。帰った時にはケビンの疲れた表情を見て、サラは事情を知っているのでニコニコとしていたが、ティナやニーナは何をしてきたのか問いただそうと試みたが、軽くあしらわれてかわされてしまう。


 その日、ぐっすりと眠りについたケビンは、翌日の朝になると再び作業をするために出かけるのであった。サラはニコニコと送り出して、出遅れた2人はまたもや肩を落とすのである。


 マスタールームについたケビンはコアへの挨拶もそこそこに、早速物作りに取りかかるのだった。


 まずは両親と陛下たちの分だな。父さんと陛下とヴィクトさんには執務で疲れないように万年筆を作ることにしよう。


 その理由として、羽根ペンを陛下の私室で初めて使った俺の感想が『何これ、細いし使いづらい。力加減間違えたら折れそう。神経使って疲れが溜まる』であったからだ。


 陛下へは王らしく金色をベースにして装飾を、ヴィクトさんには銀色をベースにして陛下より控えめな装飾を、父さんには紺色の質素な感じに作り出した。


 そのまま手渡しするわけにもいかないので、木箱を作り出してその中に収められるようにひと工夫してみた。ただの箱だと味気ないので蓋には家紋を刻み込んで、装飾も万年筆と同じように施した。


「よし、いい感じだ」


 次に作るのは母さんとマリーさんの分だ。2人とも女性ということでまたもや頭を悩ませる展開になる。


 母さんは俺の贈る物なら何でも喜びそうだからいいとしても、問題はマリーさんだ。王妃の身につける装飾品という点で大いに迷ってしまった。


 普段のマリーさんを思い出してみると、そこまで華美な装飾品は身につけていない。数点身につけているだけで気品さを醸し出している。大体が指輪やネックレスだ。


 髪飾りはティアラがあるので論外だな。髪を束ねていないことからも普段から使っていないのだろう。


「だぁぁぁぁっ! わからん! もうみんなと同じで指輪でいいや!」


 結局、考えることを諦めた(面倒くさくなった)俺は、リングにちょっとした宝石のついた物を作ることにした。デカい宝石がついた指輪をしているところなど見たことがないからだ。


 マリーさんは陛下の次に身分が高いから宝石は絶対必要だろうと、勝手に解釈して結論に至ったわけである。


 まず母さんには橙色掛かった黄色い宝石のついた指輪を作る。橙色と黄色の中間みたいな感じだ。俺からの視点での普段の母さんのイメージがお日様のようにポカポカした感じだからだ。宝石はブリリアントカットにする。それしかカットの名前を知らないからだ。


 しかし、“こんな感じ”とイメージさえ持っていれば、後はスキルが何とかしてくれる。製法なんか知らなくてもどうとでもなる。


 マリーさんのは髪色に合わせて透明感のある薄いピンク色の宝石を選んだ。こちらも同じくブリリアントカットに仕上げる。しかし、よくこんな色の宝石が存在したもんだ。


 昨日はコアに頼んで色んな色の宝石を出してもらったが、もしや高級すぎて高い代償になったのだろうか?


 指定したくともそっちの知識がない俺にはどうしようもなかった。メジャーな物しか頭に思いつかないから仕方ない。この世界にそれがあるかどうかもわからんし。


 ケースは宝石の色に合わせてそれぞれ作った。


「次は兄さんたちと姉さんの分か……気を使わなくていいから楽だな」


 兄さんたちには剣を贈ることにして、姉さんは杖なんか使ってるのを見たことがないし無難に髪飾りでいいか。いつもつけてるしな。


 アイン兄さんが家を継ぐみたいだから、柄と鞘には家紋を刻んでおこう。カイン兄さんはそこら辺が無頓着だからちょっとした装飾だけでいいな。


 ドワンさんから買ったミスリルが余ってるからそれを使って剣を二振り作り出す。その後に鞘も作り出して装飾も問題なく仕上がっているのでもう終わりだ。楽すぎて2人には感謝しかない。


 姉さんの髪飾りは氷の結晶を並べた感じにしておこう。他の属性も使えるのに氷魔法ばっかり使って好きみたいだし。この透明な宝石を結晶の真ん中につけて、ケースは姉さんの髪色に合わせて青にしておこう。


「あとはギルドの2人だな」


 カーバインさんには椅子を作ることにした。腰痛が酷いって言ってたのでいつも座っている木製の物よりいい物を作るつもりだ。


 固い椅子に柔らかい物を敷いて緩和させてるみたいだけど、ギルドマスターなんだからもっと高級なのにすればいいと思う。


 イメージとしては社長椅子だ。魔物の素材で作ればきっといい物に仕上がるだろう。


 魔物の素材は途中まで解体していたのだが、あまりの多さに解体するのが面倒くさくなり、【無限収納】にしまったら任意で解体できるようにスキルを改造した。


 当然サナに頼むことになり、何となく想像できてしまうサナのドヤ顔にイラッとしてしまった。


 そんなこともありながら、カーバインさんの社長椅子は完成した。色は黒にしている。何となく高級っぽいと勝手なイメージがあるからだ。


 ライアットさんには解体道具とマジックバッグを作る予定だ。ポーチでないのは作業場で置いて使う物だから、腰につけるポーチよりもバッグの方がいいと思ったからだ。


 ギルドで買取を頼む時にいつも思っていたのが、マジックポーチを所有していないのだろうかということだ。防犯面から所有していない可能性もあるが。


 山のように持っていく俺も悪いのだが、マジックバッグがあれば場所も取らないからかさばることがない。


 ライアットさん用のは【時空魔法】を併用して容量拡大に時間停止も施すつもりだ。これで俺が素材を持ち込んでも問題ないし、保管した素材が痛むこともない。


 バッグを作るのでこちらも魔物の素材を使うことにした。ライアットさんのイメージに合わせて赤色のバッグだ。まぁ、いつも魔物の血で汚れているからという安易なイメージだったりする。


 解体道具はミスリルと魔物の素材で作った。長さの違うナイフが3本に鋸刃の違うノコギリが2本と鉈、あとバールのようなもの。


 何となく七つ道具というイメージだけで7つ揃えてみたのだった。我ながら趣味に走っているとも言える。


「終わったぁー!」


〈お疲れ様です、マスター〉


『結構時間がかかりましたね』


「よし、あとは帰るだけだな」


『マスター……付与は?』


「あ……」


 サナにツッコまれてそのことを思い出した俺は、慌てて【付与魔法】を【創造】に創らせたら、作り出した物を並べては色々と付与していくのだった。

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