第217話 天然最強説1
――バージニア騎士爵家
ここに家族揃って夕食を楽しんでいる者たちがいた。家族団欒をモットーとする当主の方針により、余程のことがない限り全員が揃って朝と晩の食事をすることが決まり事となっている。
近衛騎士である当主は領地こそ持たないが、名誉ある王城勤務であり更には近衛でもあるため王都内に小さいながらもいい立地に一戸建てを構えており、子供たちも学院の生徒でありながら食事の際には自宅に帰ってくるのである。
王都内に実家があると、こういったことをしている生徒も少なからず存在したりする。
そして、小さい時からそう躾られてきた子供たちも違和感を感じることなくそれを守り続けていて、年相応の思春期が訪れようとも食事はきっちりと顔を出すのであった。
そんな家族団欒の中で長女が思いもよらぬ、ある意味いつも通りのことを口にするが、両親や弟妹はいたって平常運転でまた病気が始まったかと流すだけに留めるのであるが、今回ばかりはそうはならないようである。
「お父さん、私卒業したらケビン君に会いに行くわ」
その言葉を聞いた家族たちは、どこぞで好みの子供でもまた見つけてしまったのかと嘆息をこぼす。
近場の子供たち(好みの男の子限定)は既にその毒牙にかかっており、傍から見れば面倒見のいい騎士爵家令嬢だが、事情を知っている者からすれば『また始まったか……』と嘆く出来事である。ただ、抱きついて中々離さないということがせめてもの救いか。ノータッチの精神はどこへやら……
しかしながら、すぐ実行に移す娘が
「卒業しなければ行けない程遠い所にいるのか?」
「そうだよ。ミナーヴァ魔導王国にいるから」
その言葉で当主はある程度の真相に行きついた。ここ最近であった大きなイベントと言えば、本日終わった毎年恒例の親善試合である。今回は王太子の護衛任務に就いていたが、国王や王妃の護衛として足を運んだことも過去にはある。
もしや、家族の応援に駆けつけた子供にでも目をつけてしまったのかと、当主は嘆息が後を絶たない。更に追い打ちをかけるのは他国の子供である。何かあってはタダでは済まされないのだ。両国間の信頼問題にまで発展するかもしれない。
「やめておきなさい。他国との信頼関係を壊してしまう」
「やめないよ。だって、本人がそう言ったんだから。ちゃんと卒業したら会いに来てもいいって」
何も知らぬ純粋無垢な子供が発したものだと当主は思ったが、その子供が娘の毒牙にかかるのは到底見過ごせるものではない。この国に連なる貴族の末端として何としてでも止めなければと意気込む。
「それでもだ。そもそもケビン君……だったか? その子はお前の性癖を知らないだろう?」
「ん? 知ってるよ」
「……」
当主は考え込んだ。娘の性癖を知ってもなお、会いに来てもいいと言うのだ。親の贔屓目を抜いてもクリスは容姿端麗である。そのクリスを見て言ったのなら、『マセガキか?』とそんな考えも思考をよぎると言うものだ。
「お姉様、その方は一般人ですの? いざとなったら事後処理が大変ですわよ?」
「そうだよ、姉さんは父さんの心労を知っているのかい?」
父親の援護射撃をするべく弟妹が続けざまに言葉を重ねていく。
「クリス、今回ばかりはやめておきなさい。他国の子供なら後々に大変なことになりかねないわ」
更には母親まで言ってくる始末だ。如何にクリスが暴走して迷惑をかけていたのかは想像に難くない。それでも愛する娘のすることだからと、許容できる範囲では許したりもしていた。
「今は他国にいるってだけで、この国の人だよ?」
「どういうことですの?」
「魔導学院に留学しているの。元はここの学院の生徒だよ。入学試験の時からの知り合いなの」
クリスの言葉を聞いて、ふと当主は思う……
(元学院生……魔導学院へ留学……ケビン……いやいや、そんなはずはない。仮に知り合っていたのならお咎めが既に起こっていたはずだ。入学試験の時は別のケビンという子に出会ったのだろう。そうに違いない)
考え込んで自分の世界に入った当主以外は、この国の民であることがわかって一時的な安堵を得ることに成功するが、それでも揉め事になりかねないことは回避すべきである。
入学試験からの知り合いともなれば確実に目をつけていたに違いないと、家族は相談せずとも同じ答えに行きついた。
「元学院生であるならば貴族かしら? でも、一般人の線も否定できませんわね」
「どっちだろうね? 他国に留学できるほどなら貴族の方が濃厚じゃないかな?」
「大商人の息子という線もありますわよ?」
弟妹たちが論議している中で、当主は先程の頭をよぎった考えから復帰して、クリスへの対応をどうしたものかと飲み物に手をつけ冷静に考える。
「クリス、身元はわかっているの?」
「知ってるよ。エレフセリア伯爵家当主のケビン君だよ」
「ぶふぉっ!」
クリスの発した何気ない言葉に、当主は飲んでいた飲み物を盛大に噴き出した。
「お父さん、汚いよ」
「ゴホッゴホッ……ま……ゴホッゴホッ……待て……」
両親が1番の懸念事案として判断していた伯爵家の名前が出てきて、更には先程否定したばかりの考えが現実に起きていたことに対して、当主の頭の中はグチャグチャの混乱状態となる。
「クリス、本当なの? 間違いなくエレフセリア伯爵家なの?」
「え? 違うの?」
母親は落ち着いてそう問いただすも、内心は当主と同じく心臓がバクバクと高速稼働している。
「そ、そうだわ! も、元の家名はわかる? もしかしたら人違いかもしれないわよ?」
「元の家名……? 知ってるよ。私が入学試験の時に受付担当したから。元の名前はケビン・カロトバウンよ。カロトバウン男爵家の子だよ」
「「ぶふっ!」」
カロトバウン男爵家の名前が出たところで、エレフセリア伯爵家の名前では反応しなかった弟妹たちが、黙々と進めていた食事を同時に噴き出した。
「「ゴホッゴホッ……」」
「もう、2人ともお行儀が悪いよ。落ち着いて食事しないからそうなるんだよ。変なところでお父さんに似るんだから」
言われもない非難であるが、その父親も弟妹たちもクリスが原因でこうなっていることは、本人は露ほども感じてはいない。
クリスは過去にちゃんと両親からカロトバウン男爵家のことを教えられていたが、目醒めた時点のクリスにおいてショタ関係ではないカロトバウン家のサラのことなど、記憶の中から捨て去ってしまっていたのだ。
故に、この場の惨事は自分のせいではないと否定するどころか、微塵も感じてはいない残念系女子であった。
「クリス……」
どうしようもない娘に対して母親は頭を抱えていた。外からの評判は相変わらずいいものの、蓋を開けてみればショタコンのド天然なのだ。
何故今までカロトバウン男爵家からお咎めがなかったのか当主は不思議に思うが、次いではエレフセリア伯爵家の問題である。
クリスは既に伯爵家にファーストアタックを終えているのであるが、度重なる予想だにできなかった事実を暴露され過ぎて、母親は上手く頭が働かずに改善策が思いつかない。
「あなた……どうしましょう……この家は終わってしまうのかしら」
「懇切丁寧に謝罪をするしかなかろう……男爵家当主殿と伯爵家当主殿に……」
「私の人生もここで終わりですのね……」
「はぁぁ……父さんみたいな騎士になりたかったのに……」
クリス以外の全員は既に通夜ムードとなっており、これから起こるかもしれないお家断絶という最悪の事態に天井を仰いでいた。
「みんな、どうしたの?」
周りの変わりようにクリスは首を傾げつつ尋ねるも、当主が別のことを尋ね返してきた。
「クリス、確認だが……よもや、ケビン様に変なことはしていないだろうな?」
当主は最悪の事態を何とか避けるべく、どうか何もしていないでくれと願わずにはいられなかった。
「変なことって何? 何もしたことないわよ」
「……言い方が悪かった。お前がいつもやる子供に抱きついて離さない行為だ」
「それならしたよ。ケビン君が閉会式後、声をかけるために私の所へ来てくれた時に。嬉しくて抱きついちゃった!」
「……」
「あなた……」
「「終わりだ……」」
「いや、まだだ! サラ様に知られる前に一家総出で謝りに行こう! そうすればまだ救いの道は残されるはずだ! “みんなで謝って許してもらおう大作戦”だ!」
「お父さん、サラ様って誰? 何で謝りに行くの?」
「……」
クリスの発言に誰もが『うそ~ん……』といった表情となる。自分たちの家族の一員はここまで愚かだったのかと。学院でSクラスを維持しているのは夢ではないのかと。
「……サラ様はケビン様の母君だ」
「あっ! その人なら今日いたよ。使用人とかと一緒に応援に駆けつけていたから」
「……」
絶望した……クリス以外の全員が絶望した……
「あと、陛下と王妃殿下に王女殿下も一緒にいたわ! みんなで仲良く応援していたみたい。それにしても、王女殿下と婚約しているなんてケビン君も隅に置けないなぁ……」
更に押し寄せる絶望……
確かにその通りであった。親善試合なのだから国王たちがいるのは至極当然であると、当主は今更ながらに思い至った。
そして、王女の婚約者であるケビンを応援することも何ら不思議ではない。混乱しすぎて当たり前の事実が頭から抜け落ちていた。
「終わりか……すまないな、みんな。私の力ではどうにもならん。サラ様に加えて陛下たちにまで見られていたのなら、もうどうすることもできん。今までありがとう……私は幸せだったよ……」
「あぁぁ……あなた……」
「結婚したかったですわ……」
「騎士になりたかった……」
先程当主の考えついた“みんなで謝って許してもらおう大作戦”は、クリスの言葉により完全に潰えてしまったのだった。
夕食が始まった頃の和やかな雰囲気はどこへやら……クリス以外はその瞳から生気を失い、ただただ天井を見つめて今までの人生を振り返っていた。
「それにしてもお父さん、ケビン君が伯爵様になったのは知っていたんでしょ? どうして教えてくれなかったの?」
「……当時は顔見知りとは知らなかったが、そのことを知れば確実にお前が手を出すと予想していたからだ。その件について私は妻にしか話していない。お前は知らなくとも予想に反せず手を出してしまったがな」
「もしお父さんが教えてくれていたら、もっと早くケビン君に会えてたかもしれないのに」
「教えるわけがないだろう。カロトバウン男爵家の縁の者だぞ。その家の者に手を出せば一家が終わるのだ。特にサラ様の溺愛するケビン様なんて以ての外だ。数年前にはケビン様とは知らずに手を出した伯爵家がいたが、サラ様が動いて潰されたのだぞ。それだけに留まらずケビン様に手を出した者は例外なく潰されているのだ」
当主は近衛であることもあってか、ケビンに関する情報は事件であるのならば余すことなく知ることができていた。
事件にケビンが巻き込まれているのであれば、例外なくサラが動いていたからだ。サラが動かなかった事案は、既にケビンの手によって粛正されていた時だけだった。
「うーん……でも、今日喋った感じではそんなに怖い人じゃなかったよ?」
「……」
「……」
「「……」」
「「「「……えっ!?」」」」
クリスが齎した言葉に家族の視線は一斉にクリスへと向けられた。
「お、お前……サラ様と喋ったのか……?」
「うん、一言二言ぐらいだけど、とても優しい人だったよ」
「あなた……」
「希望が見えてきたかもしれん……それにしても、喋ったのなら何故サラ様の名前を知らなかったのだ?」
「帰る時に声をかけられて、頭を撫でられたら去って行ったもの」
「……」
当主は悩む。サラの取った行動から本心が読み取れないからだ。ケビンがいたから機嫌が良かっただけで、ただの気まぐれなのか? それともクリスの取った行動を許容してくれたのか?
「とにかく希望が見えてきた以上、クリスの件を含めて一度お伺いをたてた方がいいだろう」
絶望の底にいたクリス以外の者は一筋の光に縋るために、団結してことに臨もうと決意を新たに胸に抱くのであった。
予期せぬ影が忍び寄っているとも知らずに……
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