第216話 親善試合の閉幕
白熱した変則試合による個人戦が終わりを迎えると、親善試合を締めくくる閉会式が執り行われた。
開会式が宣言だけなのに対して閉会式は表彰もあることから、ちゃんと整列して行われるようである。
今までなら勝利校に齎される旗はフェブリア学院が毎年受け取っていたが、今年はケビンによって久方ぶりにミナーヴァ魔導学院が受け取ることとなり、ミナーヴァ魔導王国国王がフェブリア学院の生徒に渡していた恒例行事は、アリシテア王国国王がミナーヴァ魔導学院の生徒に渡すというものに変わった。
事前に魔導学院の選手たちは揃ってケビンが受け取るように言うが、個人戦で表彰されるケビンは面倒だったこともあり、『3年生である先輩方が相応しい』と言って丸投げすると、3年生はここでもくじ引きで誰が代表となって受け取るのかを決めていた。
国王の面前に立つという緊張を免れない大仕事を押し付け合った結果、奇しくも当たりを引いてしまったアンラックが学院代表となったが、ギャラリーが見守る中でアリシテア王国国王に直面して、緊張が高まり顔を引き攣らせ手が震えながらもその役割を見事に果たす。
傍から見れば国王から直々の受け渡しは名誉であり感激するシーンではあるが、本人からしてみれば緊張が天元突破しそうで運の悪さに嘆くばかりである。
個人戦優勝者であるケビンは表彰楯をミナーヴァ魔導王国国王から受け取るが、アンラックみたいに緊張することはなく淡々とこなしていた。
淀みなく閉会式が終わると、ケビンは応援してくれた者たちの元へ歩み寄る。
「優勝おめでとう、ケビン君」
「おめでとう」
「おめでとうございます、ケビン様」
「ありがとう。ティナさん、これ預かってて。ちょっと顔馴染みに挨拶してくるから」
次々と掛けられる賛辞にケビンもお礼を言うと楯をティナに預けてその場を後にすると、向かった先にはティナたちの知らぬ女性がいた。
ケビンが駆け寄ってきて目の前に来ると、その女性は瞳に涙を浮かべているのである。
「久しぶりだね、相変わらずショタに走ってるの?」
「……ッ……ケビン君……」
まさかこちらに来るとも思わずに、女性は感極まって今にも泣き出しそうである。むしろ、雫は既に頬を伝っている。
「クリスさんの泣いている姿は初めて見るね。大抵は小さい子を危ない視線で追っているのに」
「ケビン君!」
クリスは居ても立っても居られずにケビンに抱きついた。その様子を遠くから見ていたティナたちは、「あっ!」と誰もが口にしたが乱入するわけにもいかず、ただただ羨ましそうに眺めるだけである。
「ちょ、ちょっと、クリス! 相手は伯爵様だよ! 不敬罪だよ!」
クリスの友人は伯爵であるケビンにいきなり抱きつくという凶行に至った友人を窘めるが、ケビンが言葉でそれを制した。
「別に構わないですよ。クリスさんは知り合いですし、これ位で不敬罪にするほど狭量ではないですから」
「クリスがすみません」
申しわけなさそうにする友人を他所に、クリスはケビンに抱きついたまま涙していた。
「さて、クリスさん。他にも挨拶しないといけない人がいるから、そろそろ解放して欲しいんだけど」
「……もう、戻ってこないの?」
「ここの学院は辞めたからね。今はミナーヴァで学生をしているよ」
「会いに行ってもいい?」
「えっ!? 来るの!?」
「今年で学院部を卒業するから」
「いや、俺って冒険者やってるから定住してないし」
「今は学生でしょ? 私が卒業してもあと3年は学生しているんだし。そもそも、小さい子じゃなくて年下を狙えってケビン君が言ったのよ?」
次第に落ち着いてきたクリスはいつもの調子を取り戻すと、ケビンに対してグイグイと迫ってくる。
「それは俺以外って意味なんだけど……」
「迷惑かけない」
「いや、でも……」
「私も冒険者になる」
「危ないし……」
「これでもSクラスをずっと維持しているのよ?」
「嘘!? 全然そう見えない……」
どこか抜けている危ない変質者と認識していたケビンは、クリスがSクラスであることもそうだが、それを維持しているという発言に驚きを禁じ得ないでいた。
実のところクリスは性癖さえまともであれば、どこに出しても恥ずかしくない程の貴族令嬢であったのだ。世間からの評価は、容姿端麗で文武両道なSクラスの女学生で、婚姻を結びたいというお話は後を絶たない。
しかしそのお話を、失敗したジェンガの如く崩しきってしまうのが彼女の持つショタコンという性癖である。
両親はそのことを既に知っていて、クリスの婚姻については本人も拒否していることから諦めの境地に入っており、上手く嘘を盛りつつもお断りを続けているのだ。この性癖を知っているのは家族といつもつるんでいる友人のごく限られた身近な人だけだ。
だがしかし、それもケビンと出会うまでのことで、今となってはケビン一筋でありショタコンは既に卒業していて、年下のケビンが専ら彼女の中で優先すべき事項であり、あえて言うなら性癖は“ケビン”というおかしな極地に至りついた残念系である。
ケビンが学院から姿を消してからというもの、友人の秘蔵コレクションである記録映像の中からケビンの出場した闘技大会の映像を快く(強引に)頂くことに成功して、日々それを見るのが日課となっている。
そんな彼女が何故貴族令嬢であるにも関わらず、ケビンが戻ってきた時に伯爵位になったことを知らずにいたのかは、偏に子供であるケビンが伯爵位になったことを告げてしまったら、ショタコンであるクリスが確実に失礼なことを起こしてしまうと両親が危惧したことにほかならない。
ただの貴族であれば今までの経験則で誤魔化しつつ謝罪の内容如何によっては許されるものの、ことケビンに限って言えば出自がカロトバウン家ということもあり、貴族たちが最も恐れる貴族家である故に、新しくできた貴族の当主が大人ではなくて子供であるというクリスの性癖ど真ん中の事実を、本人が知ることのないように両親がひた隠しにしていた。
クリスは貴族の集まりなど参加したがらないので、普通に生きていればよっぽどのことがない限り、伯爵家当主であるケビンに会うことはまずないだろうと、両親が考えに考えて行きついた苦肉の策であったのだ。
そんな両親の努力は知らずのうちに親善試合という恒例行事によっていとも簡単に、そして今まさに崩れ去っている現在進行形である。ほぼないことだと踏んでいたよっぽどのことが起きてしまっていたのだった。
「ね? いいよね?」
「うーん……ちゃんと卒業できたら、会いに来る程度のことは構わないけど……」
「やった!」
図らずとも両親の努力が潰えた瞬間であった……
それからケビンはクリスに解放してもらうと、残りの知り合いの所へと足を運び始める。
自分たちの所へは戻って来ずに更に移動していくケビンを見たティナたちは、また女のところではないのかと終始落ち着かない様子で窺っていた。
「よう、この世の終わりみたいな顔をしてたな」
「ッ!」
ケビンがつぎに声をかけたのは元隣の席であったカトレアである。ビクッと反応を示すもケビンの顔を見れずにいたが、近くに座っている他の者たちは違った。
「ケビン君、優勝おめでとう」
「ジュディさん、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「ケビン君、おめでとう」
「おめでとうですわ」
「相変わらずの強さだな」
ジュディに続き元クラスメイトたちもケビンに賛辞を送るが、それぞれ当然の如く疑問が頭をよぎる。普通に接してくれているが記憶はどうなっているのかと……
「そう言えば、記憶を失ってるんじゃないのか?」
誰も聞けなかったことをいきなりの直球ストレートでデリカシーの“デ”の字もなく言ってのけたのは、剣術バカになっているサイモンであった。
「あぁ、戻ったぞ。おかげであの日に何があったのか余すことなく思い出せた」
「へぇー良かったな……ふぐっ!」
なんてことのない感じで語らっているサイモンの脇腹にマリーの肘鉄が炸裂するが、本人にはその意図を読み解くことなど不可能であろう。
「確か……マリーだったか? 気にしなくていいぞ、大したことないしな。それよりもあの時はすまなかった。ついキレて力が暴走してしまって」
「いえ、あれはあの場にいて煽っていた女子たちが悪いのです。こちらこそ申しわけありません」
「マリーが謝る必要はないだろ。あの時煽っていた女子の顔はちゃんと覚えているし、その中にマリーは含まれていない」
ケビンの発言にこの場の者が息を呑んだ。はっきりと顔を覚えていることを発言されてしまい、ケビンの実力を知る彼らたちは復讐に走られてしまうと止めれないことを認識しているからだ。更には伯爵家当主という権力すら持ち得ているのだ。
「別にどうこうしようってことはないぞ。そんなことをしてしまったら大事な人が悲しむしな。ただし、邪魔をすれば別だけど」
その言葉に周りの者が安堵すると、ケビンはカトレアに声をかける。
「で、お前はいつまで塞ぎ込んでいるんだ? 旧友が会いに来たんだぞ、顔くらい見せろ」
それでも頑なに俯き続けているカトレアにケビンのため息がこぼれるが、いつまでもみんなを待たせておくわけにもいかないので強引に顔を上げさせる。
その手段として取ったのは俗に言う“顎クイ”である。その時に遠くの方から「あぁーっ!」と合唱が聞こえてきたが、ケビンは気にしないことにした。
「ずっと気にしていたのか?」
「ッ……だって、私のせいで……」
カトレアのコバルトブルーの瞳からはとめどめなく涙が流れ落ちていた。
「相変わらず綺麗な色の瞳だな」
「ッ!」
不意に思いもよらぬ言葉をかけられたカトレアはビクッと肩を震わせるが、ケビンはお構いなしに言葉を続ける。
「お前がどうしようとお前の勝手だが、俺のことに関しては気にするな」
「……でも……」
「カトレア」
「……」
「わかったな?」
有無を言わせぬその言葉がきっかけとなり、カトレアは堰を切ったかのようにケビンにしがみついて泣き出した。泣いている最中に「ごめんなさい」と繰り返し喚いていて、ケビンはカトレアの頭を優しく撫でて落ち着くのを待った。
「はぁぁ……あの図々しいカトレアはどこに行ったんだか……」
「ッ……図々しく……ッ……ないもん……」
「じゃあ、ふてぶてしいだな」
「それは……ケビン君だよ……」
「とにかく元気だせ。筆記で落第したら笑いに来てやる」
「ゔっ……」
「そこも相変わらずか……ジュディさん、個別指導した方がいいですよ。そのうち本当に落第しそうだから」
「そうね、カリキュラムを考えておきます。来年からは中等部ですからね。1人だけ留年させるわけにもいきませんから」
「え"……」
カトレアの意志など知ったことではないという感じで、個別指導という名の補習の話が進められていくことに絶望の表情を浮かべるのであった。
「じゃあ、俺は帰りますのでカトレアの個別指導はくれぐれもよろしくお願いします」
「はい、承りました。ケビン君も元気で頑張ってね」
「ケビン君、元気で」
「頑張ってください」
「俺も強くなるからな」
「じゃあな、カトレア。お前の目指す道を突き進め。そのうち気が向いたら落第してないか会いに来てやる」
「……わかった」
カトレアが名残惜しそうにケビンから離れると、ケビンはその場を後にしてみんなの所へと戻るのであった。
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