第215話 親善試合 個人戦⑤

 舞台上では先程のことがなかったかのように、ケビンたちの試合が行われていたが、その様子を目にしながらサラたちは先程の件を話し合っていた。


「サラ様、ケビン様は大丈夫なのですか?」


 婚約者でもあるアリスが心配そうに尋ねると、サラは予想でしかない回答を返すのであった。


「物凄く心配だけどケビンが試合を続けている以上、恐らく大丈夫だと思うわ」


 そんな2人の会話にティナがふと思い立ったことを口にする。


「そういえば以前……似たようなことがありました。ケン君として活動している時に過去を思い出そうとして、先程よりもマシですが激しい頭痛に襲われていました。本人が言うには、体が思い出してはいけないと拒否をしていたそうです」


「そんなことがあったの?」


「はい、その時に予想したのはケビン君が2回記憶を失っていることです」


「ッ!」


 ティナの言葉に思いもよらぬ情報が入っていたことに、話を聞いていたサラは驚愕した。自分が知る限りでは、記憶を失ったのは学院の時の1回しか知らなかったからだ。


 ケビンが生まれてから大きな病気もせずにすくすくと育っていたので、そのような兆候が現れたことなど1度もなく、ティナの言葉をにわかには信じられずにいたが、次に続く言葉で信憑性を増していくのだった。


「2回目の記憶喪失は今回の件だと思います。ですが、それより以前に記憶を失っているような感じがしました。その事を思い出す時に体が拒否をするそうです。思い出してはいけない記憶だと」


「何故2回だと予想したのかしら?」


「ケビン君がその時に言ったからです。最初に思い出そうとして見つけた記憶の穴はこの世界で生きてきたものだと、そして更に奥底に思い出してはいけない闇があると言っていました」


「……」


「その時に私は2回記憶を失っていると予想したのです。ですが、サラ様と出会って人となりがわかると、どうしても1回目の記憶喪失が不思議に思えてならないのです。サラ様ほどケビン君を愛している人はいないから、そのような家庭で育ったケビン君が果たして思い出してはいけないような出来事に遭うのかと」


「……」


 ティナの言葉を聞いて、サラはケビンの抱える闇というものがどうしても思いつかなかった。


 ケビンが独り立ちするまで一緒に過ごしてきたが、思い当たる節が全くもって皆無でありながら、サラ自身も愛情いっぱいに育てていたので何が原因となったのか、果たして本当に以前にも記憶を失っているのかがわからなくなってきていた。


 そのように悩み続けるサラにマリーが声をかける。


「サラ、気にしていても何も解決しないわ。今はケビン君を応援しましょう。気になるのだったら後にでもケビン君に聞けばいいのだし」


「……そうね」


 マリーの言うことも御尤もだと感じたサラは、目の前で楽しそうに闘うケビンの応援を再開するのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 舞台上ではケビンとカインが剣戟を繰り広げていたが、カインの動きが鈍くなってきており、体力が底を尽きかけているようであった。それでもカインは何とかケビンに食らいつこうと手を休めることはせずに、果敢に攻め立てていたのだった。


 後衛組もカインのそのような状態がわかっているので、負担を減らすべく魔法攻撃を適度に挟み込みながら支援を行うのである。


 一旦距離をとったカインは肩で息をしながら、少しでも体力の回復に努めようとしていると、ケビンがおもむろに話しかける。


「そろそろ限界のようだね」


「ケビンはまだ余裕そうだな」


「動きを最小限に留めているから、カイン兄さんほど疲れてはいないかな」


「このままだとジリ貧だな……あまり動けるほど体力も残ってないし、次が最後の攻撃だ」


「受けて立つよ」


 カインが瞳を閉じて精神統一を始めながら呼吸を整えていると、ケビンはその攻撃を受け止めるために様子を窺っていた。


 後衛組もカインの体力が限界にきていることを察していたので、バフのかけ直しで最後となる支援を行っている。


 観客たちが固唾を飲んで見守り舞台上が静寂に包まれる中、カインが瞳を静かに開けるとケビンを見据えて剣を正眼に構え、足を踏み込み一気に間合いを詰める。


 未だかつてないほどの動きを見せてケビンに襲いかかるカインは、袈裟斬りからのフェイントを混じえて胴薙ぎに剣を振るう。


「っらあぁぁっ!」


「くっ!」


 ケビンはすぐさま刀の切っ先を下向きに交差させると横薙ぎを受け止めることに成功したが、威力を殺しきれずにそのまま後ろへズルズルと下がらされてしまい、重い一撃を受け止めながらも耐えていた。


 カインが横薙ぎを振り抜くとその勢いを殺さぬまま、その場で回転をして二撃目を繰り出してきて、回転による膂力を上乗せさせた横薙ぎが再びケビンに襲いかかり、先程よりも激しい金属のぶつかり合う音が辺りに響きわたった。


 奇しくも先程とは違い単純な横薙ぎではなく、カインが下から斬りあげるような形にしていたため、ケビンは地から足が離れて体を浮かされてしまい飛ばされることとなる。


 カインが間を置かずにすぐさま追撃に向かい、飛ばされているケビンに肉薄すると、袈裟斬りに剣を振り下ろす。


「くらえっ!」


「――ッ!」


 地に両足のついていない状態ではさすがのケビンも万全の体勢とはいかず、不利な体勢のまま追撃を受けることとなり、刀を交差させて防ぐことはできていても勢いまで殺すことはできなかった。


 そのまま地面に叩き伏せられてしゃがんだ姿勢のままで何とか持ち堪えているが、位置的な不利のせいでガリガリと体力を削られていく。


 ギリギリの鍔迫り合いをカインとケビンが続けている中、千載一遇のチャンスと捉えたのか、後衛組であるアインが初めて剣を片手にケビンへと襲いかかった。


「もらった――!」


 例え卑怯と罵られようとも勝つことに執着したアインは、身動きの取れないケビンの背中から斬りかかっていたのだが、結果はガキンッと音が響いただけであった。


「!?」


 アインの剣は確かに振り下ろされていたのだが、ケビンの背後で見えない何かに止められていて、その刃はケビンに届いていなかったのだ。


「アイン兄さん、何が何でも勝ちにきているみたいだね」


 ケビンはカインの振り下ろしている剣に耐えながらも、背後で困惑しているアインに声をかけたが、当の本人は何が起きたのか理解できていなかった。


 ケビンが行った種明かしを簡単にするならば、ただ単に部分的に結界を張って防いだだけであるが、その能力を知らないものからすれば何も無い空中で剣が止まっている光景にしか見えない。


 かく言うアインもその能力のことは知らず、見えない何かに防がれてケビンに刃が届かなかった事実しかわからないのだ。それ以外にわかることと言えば、それをしたのがケビンであるということだけだった。


 アインは困惑している中で体勢を立て直そうと距離をとると、今起きた出来事を分析し始めるのだが、知らないことをいくら考えたところで答えに辿り着けるわけでもなく、より一層困惑が深まるだけであった。


 そんなアインの困惑を他所に、ケビンはカインとの鍔迫り合いを終わらせるために不利な体勢でありながらも力いっぱいに弾き返すと、カインはたたらを踏みながら後方へと下がるが、その隙をついて今度はケビンが攻撃を仕掛けた。


 瞬く間に眼前へと迫るケビンに対してカインは慌てて剣を振り下ろすが、ここでカインにとって意図しない出来事が起こる。受けるか躱されるかと思っていた斬撃はケビンを容易く斬ってしまったのだ。


「!?」


 瞬時に沸き起こる困惑も然る事乍ら、その手には斬りつけた感触がなく、まるで素振りをしたかのような空気を斬った感触しか感じとることができなかった。


 ますます困惑が深まる中、残像を使って意識の間隙かんげきを狙ったケビンの斬撃がカインの体に届いて、カインは何もわからないままの状態で意識を手放すのであった。


「……ふぅ、やっとカイン兄さんを脱落させることができた」


 魔法を駆使して併用すれば簡単に終わったカインとのやり取りは、ケビンのこだわりで長引くこととなり、ようやく一息つけたことに安堵するのであった。


「さて、残りは2人だね」


 未だ困惑中のアインに向き直り言葉を発すると、アインは気持ちを切り替えてケビンを注視する。


「シーラ! 援護は任せるよ!」


「わかったわ、お兄様!」


 そう言い終わるや否や、アインはケビンに向かって間合いを詰めて斬りかかったが、ケビンはその攻撃を難なく対処して軽く剣戟を繰り返している。


 いくらアインが剣を使えるとしても剣技を磨き続けたカイン程のキレはなく、先程よりかは容易く対処できるのであった。


 カインとの違う点を述べるとすれば、オールラウンダーらしく魔法を織り交ぜながら攻撃のレパートリーを増やしているところである。奇しくもそれはケビンとて同様であり、下位互換となるアインは今ひとつ決め手に欠けていた。


 シーラはシーラでアインを巻き込むような範囲攻撃の支援は控えていたので、魔法の種類も狭められることになり攻撃がワンパターン化していく中、それを感じ取ったケビンはこれ以上長引かせても変化は起こらないだろうと予測すると、先ずはシーラを眠らせることにした。


 アインの目の前から突如消えたケビンはシーラの背後へとやって来ていたが、そのまま眠らせようとしたケビンに反応したのは他でもないシーラ本人である。


「《アイスロック》」


 突如魔法を放たれたケビンはまさか気づかれているとは思わずにその場から急いで退避すると、ケビンが先程までいた場所では拘束が不発に終わってしまった氷が白い靄を出しながら置物の如く鎮座していた。


「まさか反応してくるとはね……」


 冷や水を浴びせられた気分のケビンが誰に言うわけでもなく独り言ちていると、シーラがその言葉に応えた。


「お姉ちゃんセンサーからは逃げられないわよ!」


「相変わらず意味不明な力だね」


 シーラの背後を取れない以上、『背後が取れないなら正攻法に切り替えるだけだ』と、作戦を変えてきたケビンの魔法攻撃がシーラに襲いかかる。


 アインはシーラに構っているケビンの背後を取ると、再びその背中に斬りかかったが、ケビンの刀によってそれを防がれてしまう。


「カイン兄さんがいない以上、その一手は悪手だよ」


「こうでもしないと、僕はケビンに一撃を入れられないからね。さすがにカインみたく剣術を磨き上げたわけでもないから」


「確かに。正面きってからだと可能性はゼロに近いね」


「ゼロではないのかい?」


「戦いってのは何が起こるかわからないでしょ?」


「不確定要素に縋るほど、僕は思い切りがいい方じゃないんだよ」


「その役割はカイン兄さんだろうね」


「カインは清々しいほど深く考えないからね」

 

 再び剣戟を繰り返していた2人が距離をとると、シーラから不意をつかれて思いもよらぬ魔法が放たれる。


「《氷河時代の顕現アイスエイジ》」


「「――!!」」


「《ウォーター》」


 シーラの魔法によって拘束されたかと思いきや、続いて放たれたのは攻撃魔法ではなく単純な水であったことに2人して呆気に取られてしまい、行動に移すのが遅れてそのまま仲良く水を浴びてしまった。


「お兄様ごめんね、《ライトニング》」


 その言葉によって何の為に放たれた《ウォーター》であったのか、瞬時に理解したケビンはすぐさま行動に移したが、アインは遅れてしまい電撃をその身に浴びてしまう。


「がっ――!」


 2人の間に落ちた稲妻はすぐさま濡れた地面を走り抜けて、それを受けたアインは今までの長期戦の消耗からダメージに耐えきれることもなく、そのまま意識を手放して地面に倒れ込んだ。


 一方でケビンはその場にいたが、シーラからの魔法によるダメージを全く受けていなかった。咄嗟に自分の周りにだけ土魔法で土手を作り、その土手の外側には刀を2本とも投げていた。


 暗に土手によって水との繋がりを消した上で、自分よりも電気を通しやすい金属を囮にして、そちらへ電気が流れるように仕向けたのだ。


「思い切ったことをするね」


 まさか兄を巻き込んでの魔法を放ってくるとは思っておらず、予想外の出来事にケビンが感想をこぼしていると、シーラがそれに答えた。


「こうでもしないと、ケビンを倒せないでしょ? 倒すつもりでやらないとケビンも楽しめないと思ったし……」


「まぁ、発想は良かったよ。思いもしない攻撃方法だったから久々に焦ってしまったし、いい経験だったよ」


「でも、無傷だったわ。倒せると思っていたのに……」


「普通の人相手なら有効だろうね。現にアイン兄さんには効いていたんだし、俺としては倒す手間が省けて助かったよ。で、降参してくれない? もう1人になってしまったから戦いようがないよね?」


「ケビンは楽しめた?」


「楽しかったよ。多対一で色々な状況があったからね」


「それなら良かったわ。ケビンが楽しく思うことがお姉ちゃんの最優先事項だもの。お姉ちゃんも久しぶりにケビンと遊べて楽しかったし、降参するわ」


 シーラの降参宣言によって観客の1人と化していた審判が我に返り、慌てて勝利者宣言を行うのであった。


「こ、個人戦最終試合……勝者、ケビン選手!」


 審判の宣言によって観客たちは割れんばかりの歓声を上げて、ケビンやその他の選手たちへ拍手とともに賛辞を送るのであった。

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