第214話 親善試合 個人戦④

 ケビンは木の棒を両手それぞれに持ったまま間合いを詰めると、カモックへと殴りかかる。


 当然この後に起こるであろう出来事はその事実を知る者以外、剣によって真っ二つにされた木の棒が、もう使えなくなることを予想していた。


 カインやカモックにしてみてもそうであった。カモックは当然そのまま殴られるわけにはいかないので、木の棒目掛けて斬り払うつもりで剣を振るった。


 その直後、誰しもが予想できなかったことが起こる。それは金属と木がぶつかり合ったような音ではなく、明らかに硬いもの同士がぶつかり合ったような音であった。


「ッ!」


 カモックは目の前で起きたことが信じられずに、鍔迫り合いとなりながらも驚きで目を見開いていた。


 周囲の者も一様に愕然としていた。木が切れるどころか剣と鍔迫り合いをやって見せているのだ。


 その事実に観客たちは驚きの声を上げて、どうなっているのか疑問を顕にして騒いでいるのであった。


「これが剣士としての高みの一角だよ。剣を選ばずに戦えるっていうのはこういうことだよ」


「目の当たりにしているにも関わらず、未だに信じられん」


「まぁ、これを見せてあげた人は一様に驚くからね。仕方ないよ」


 そんなところへカインが自分も体験してみたくてケビンに斬りかかると、ケビンはそれを難なく受け止めてカインも驚いていた。


「すげぇぞ、ケビン! それができたら剣を買う金が浮くじゃねぇか!」


「見栄えを気にしないならそれでも別にいいけど、熟練度を上げないとここまではならないよ?」


「そうなのか?」


「どれだけ魔力操作が行えるかで強度が変わるからね」


「やっぱり鍛練するしかねぇな」


 その後もカインとカモックによる剣戟は続き、ケビンはそれを木の棒で受け続けていた。そのような時に死角からターニャが突きを撃ち放つと、2人はその場から引き下がり体勢を整える。


 ターニャを捌いた後には後衛組による魔法の連撃が降りそそぎ、ケビンは木の棒で打ち払ったり魔法で相殺したりと、目まぐるしく対応していたのだった。


 そのような中で、ケビンは突きが厄介であるターニャを次の標的に定めた。


 中距離から様子を窺っていたターニャへ間合いを詰めて、木の棒で殴りかかるフェイントに反応させて魔法によって眠らせると、眠りに着く前にターニャが見つめてきて言葉をこぼす。


「……ごめん……ね……」


 ケビンは何故謝られているのか理解できなかったが、脱力したターニャが地面に倒れこまないように抱きかかえると、舞台上の端へと運んだ。


 それからケビンが次の狙いをカモックに定め間合いを詰めたら、今まで以上の猛攻となりカモックはそれを受けきるだけで手一杯となっていた。


 そのようなところへカインがフォローに回ろうとするのだが、ケビンから魔法の牽制が入るとその対応に追われてしまう。


 視覚外の後衛組のことも忘れておらず、そちらへの対処も魔法によって済ませていると、額に汗を滲ませたカモックから声をかけられる。


「ようやく本気になってきたか?」


「本気は出さないよ。出したらすぐに終わってしまって楽しめないからね」


「1人で4人を相手にしといて、それぞれ対処している時点で異常なのだがな。まだ本気ではないのか……」


 ケビンが4人に対して同時攻撃を行っていたためのカモックの言葉ではあったが、本人は未だ本気ではないという返答を聞くと、カモックは底が見えない強さに戦慄を覚えるとともに、その底を見てみたいとも思ってしまった。


「なぁ、本気を見せてくれないか?」


「見ようとしても見れないよ? その前に意識がなくなるから。それでもいいならするけど」


「構わん。後で試合映像を見させてもらう」


「わかった。わかりやすく距離を取ってからやるよ」


 ケビンはそう言うとカモックへの攻撃を止めて、あからさまに距離を取って離れたら開始の言葉をかける。


 ケビンの行動に観客たちもまた何かするつもりだと感じとり、一挙手一投足をも逃すまいと注視していた。


「いくよ?」


「あぁ」


 そして、カモックにとってこの言葉が試合での最後となった。何故ならカモックが答えたのと同時に舞台へと倒れたからだ。


 いきなり倒れたカモックに観客たちは何が起こったのかわからなかったが、すぐ傍にケビンが立っていたので原因はケビンであることくらいにしかわからなかった。


 ケビンの持つ木の棒には近くで注視すれば僅かにわかる程度の黄色い閃光が、そのなごりを示すかのようにパチッと弾けている。


「相変わらず見えなかったわ」


「凄すぎ」


「サラ……貴女よりも速いんじゃない?」


「競走したことがないからわからないわ。今度ケビンと競走でもしようかしら?」


 サラたちが感想をこぼしている中、舞台上では倒れたカモックをケビンが担いで、端の方へと寄せている最中であった。


 とうとう選手は残すところカロトバウン家の者のみとなり、奇しくも兄姉弟による試合となるのである。


「いやはや、あの時の再現みたいだね」


「あの時は手も足も出せないまま倒されたしな。今回はケビンが意識して手加減している分、いい試合運びができるんじゃねぇか?」


「ケビンを楽しませるためにも、お姉ちゃんは頑張るわ」


 3人の言葉に不思議に思ったケビンは、その内容を尋ねてみることにした。


「ねぇ、以前にも3対1で戦ったことあるの? 全然記憶にないんだけど」


 ケビンの問いかけに答えるかどうか迷っていたアインだったが、ここでもうっかり屋のカインが何も考えずに答えてしまった。


「ケビンが記憶を失くす原因となった日に戦ったぞ。暴走したケビンを止めるために戦ったのに、呆気なくやられちまったけどな。ハハハッ!」


 笑いながらやられたことを語るカインに対して、ケビンは記憶を失う原因となった出来事が思い出せずに頭痛を起こしていた。


「原因となった日……?」


「あぁ、それはなターニャが勘違いで泣いた日に、クラスの女子とシーラが理不尽にお前を責めたんだよ。それで怒ったケビンが威圧を放って暴走したんだ。いやぁ、今思い出しても虫唾が走るな。ケビンが怒るのも納得ってやつだ」


「……」


 カインがなんてことのないように喋っている中、シーラは当事者とあってかバツが悪そうに沈黙し、アインはカインの悪癖に呆れた視線を向けていた。


 そのような中で、ケビンは横たわっているターニャに視線を向けるが、知人であるような感情は全く湧いてこなかった。


 そして、カインが喋っている内容と団体戦での出来事から、観客たちも薄々ケビンが記憶喪失になっていることに気づき始めていた。その中には、クリスや元クラスメイトたちも含まれている。

 

「ケビン君って記憶を失っていたのか!?」


「あの日の出来事が原因だと!?」


「それなら私たちのことも当然忘れていますわね。あの日の一部の女子は最低でしたから」


「嫌気がさしたのでしょうね……私は担任でありながらも何もしてあげられなかった……教師失格ですね……」


「……何で!? どうして!? そんなことになっているなんて……私はっ……」


 元クラスメイトと担任が事実を知り驚愕している中、カトレアは自分のしでかしたことが原因で、ケビンが記憶喪失になっていた事実を改めて知ったことにより、瞳から涙をこぼしながら罪悪感に押しつぶされそうになっていた。


「ねぇ、クリス……あの子記憶がないんだって」


「そんな……!? もう知り合いですらないというの!?」


「お兄さんが話していた内容を鑑みると、王都中で気絶する人が後を絶たなかった日の出来事じゃない? 学院でもパニックになっていたでしょ? 気絶した人は事なきを得たけど、意識を保っていた人たちは恐怖を受け続けたから」


「あれがケビン君の力……」


「当時、初等部2年でアレだからね……凄まじいよ……」


 クリスたちが核心に迫っている中、舞台上ではカインがアインに怒られていた。


「カイン、喋りすぎだよ。あの事件は魔導具の暴走が原因なんだからね? そこのところ、わかっているのかい?」


「あっ!? やべぇ……母さんにシゴかれる……ケビン、さっきの話は嘘だ! 忘れてくれ、可及的速やかに!」


「いや……今さら言われても……」


「カインのうっかり癖はどうにかならないのかい?」


「どうしよう……なぁ、兄さん。母さんって今どこ見てる?」


「微笑みを浮かべながらバッチリとカインを見ているよ」


 アインが視線を向けた先のサラは、満面の笑みでカインを眺めていたのだった。それを聞いてしまったカインは、もうどうしようもないのだと諦めるほかなかった。


 その様子にケビンはそろそろ続きを始めるかと、木の棒を【無限収納】にしまうと刀を装備しなおすのだった。


「それじゃあ再開しようか?」


 ケビンがそう伝えると、兄姉たちも気を引き締めなおして攻撃に備える中で、真っ先にカインが仕掛けてくる。


「こうなったら後のことは考えずに、今を楽しませてもらうぞ!」


 カインの猛攻にケビンが対応していると、後衛組がケビンを狙うのではなくカインに魔法の支援をし始めた。


「《ウインドアクセル》」


 アインからの支援を受けたカインは風の力で先程よりもスピードが増して、より手数が多くなっていき果敢に攻め立てていくと、ケビンも二刀流でそれに応えていく。


「《フィジカルアップ》」


 今度はシーラが支援を行うとカインの基礎能力を向上させて、支援を受けたカインはケビンの斬撃を難なく受け止められるようになっていた。


「楽しくなってきたな!」


 ケビンはまだまだ余裕があり手加減している状態でも、カインの繰り出す猛攻がキレを増していき、自然と笑みを浮かべていた。


「そうだね」


 幾度となく繰り広げられてきた剣戟は衰えることなく、より一層の過激さを増していきなおも続けられていく試合に、観客たちも言葉を発することなく飲み込まれていくのであった。


「あの時は風の剣にしてやられたが、今度はそうはさせねぇからな!」


「風の剣?」


「あぁ、風だけで剣を作ってたぞ。それで母さんともやり合っていたしな」


「母さんと?」


「ケビンを止めれたのは俺たちじゃなくて母さんだ。伊達に母親をやってないってことだな。最後は抱きしめてケビンを止めたんだよ、母の抱擁ってやつだ」


「母さんが……」


 ケビンはサラが関係していたことに頭痛を再発させるが、今ひとつ思い出せそうになかった。


 そのような中で、サラに視線を向けると目が合いニッコリと微笑まれる。カインとの剣戟が続いているのでずっと見ておくわけにもいかないが、視線を外した流れで他の観客が視界に入ると、涙を流しながらこちらを見ている少女がその瞳に映った。


 その少女のことは知らないが、どこか引っかかる感じがしてならない気持ちに陥ってしまい、集中を欠いてしまったケビンの油断をカインは見逃さずに攻め立てる。


「もらった!」


 カインが放つ渾身の横薙ぎが初めてケビンの体に入り、致命的な攻撃を避けるために後ろへ回避したことも相まって、そのままの勢いで吹き飛ばされてしまう。


「くっ!」


 ケビンが場外落ちを避けるために刀を舞台へ突き刺すと、斬れるはずのない舞台を斬り続けながらその勢いを殺してようやく止まった。


 カインが後衛組からバフの支援を受けていることもあってか、一撃の威力が高くてケビンもここまで勢いがあるとは思わなかった。


「俺との試合中によそ見とかするからだぞ。おかげでこっちは1発入れられて大助かりだが」


「俺もこうなるのは予想外だったんだよ」


「何が気になったんだ?」


「泣いている子が目に入ってね、この試合に泣く場面なんてないのに」


 ケビンが視線を向けるとカインも釣られてその視線の先を追ってしまい、集中を欠いた理由がわかってしまった。


「あぁ……カトレアだな」


「カトレア……?」


「ケビンの隣の席だったやつだよ。まぁ、元凶とも言えるな」


 ケビンがカトレアに視線を向け続けていると、言葉には出していないがその口の動きは謝っているようにも見えた。


 何故謝られているのか理解できなかったが、ターニャにも謝られていたことを思い出すと、うっかり屋のカインなら口を滑らせるだろうと思ったケビンは尋ねてみることにした。


「ターニャさんにさっき謝られたんだけど何か心当たりある?」


「ん? あいつ謝ってたのか?」


「眠りにつく時に」


「まぁ、あいつも元凶の1人だからな。カトレアから始まってシーラが乱入してターニャが追いかけて、ケビンとの会話でターニャが泣いて事件が起こったって感じだ」


 カインの簡単すぎる説明に細かいことまではわからなかったが、ケビンはとりあえず3人が関係者であることを認識すると、何故自分に謝っていたのか得心がいく。


 そうなると事件のことが気になるのは人間の性というもの。ケビンは頭痛を我慢しながら、その日の出来事を情報を整理しつつ思い出そうとする。


 元々は学院生であり通っていたこと、ある日事件が起きてしまい記憶を失ってしまったこと、その関係者が自分に謝ってきていること。


 思考中の最中においてもカインは攻撃の手を休めない。更には後衛組からの魔法である。ケビンは【並列思考】を駆使しながら情報を整理していた。


 あと1歩で届きそうな答えにもどかしさを感じながらも、ケビンは相手からの攻撃に対処していくと、別の場所に悲愴な面持ちでこちらを見ている観客が目に映った。


 その女性は大人びていて先程の少女よりも歳上のようである。その女性の口の動きから察するに、ケビンの名を呼んでいるようであった。


 ケビンが視線を向けているとそれに気づいたのか、両手で口を覆って涙ぐんでいる。その様子にケビンはまたもや煮え切らない気持ちに陥るのだった。


 ケビンはダメ元で風魔法に声を乗せて質問をしてみると、クリスは驚きで目を見開いていたが、理解できたのか答えが返ってきた。



 ――クリス……私はクリスよ、ケビン君



 ケビンは名前を聞いたあとに再び思考し始める。学院生活において自分を取り巻く存在だった者たちのことを。


 カトレア、シーラ、ターニャ、クリス……


(ズキンッ――!)


 その時、不意に今まで以上の頭痛に襲われてしまい、ケビンはカインからの猛攻を受けれないと思い、緊急回避のために空へと逃げた。


 ケビンがいきなり空中に向かって行ったことで、カインは何事かと視線で追い、アインやシーラも様子がおかしいことに気づいた。


「うっ……あ"あ"ぁ"ぁぁ!」


 ケビンがいきなり呻き声を上げて頭を抱えていると、その様子を見た周囲の観客たちは何事かと騒ぎ始めて、会場は騒然となるのであった。


「ケビン!」


「ケビン君!」


「ケビン様!」


 ケビンを知る者はその名を口にするが、本人が空中にいることも相まって駆けつけることができずに、ほとんどの者がもどかしさを感じていた。


 ズキズキと鳴り響く頭痛に襲われながらケビンは頭を抱えて、雪崩のように押し寄せてくるフラッシュバックに耐えていた。


「くっ……ぁ……あ"あ"ぁぁ」


 しばらく酷い頭痛と戦っていたが、やがて治まってくるとケビンの額は汗を流し、着ている服はじっとりとした汗で着心地が最悪であった。そしてケビンは疲弊した表情を浮かべていたのだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ケビンが額の汗を拭いながら下降していくと、カインが心配そうに安否を尋ねる。


「何があった!? 大丈夫なのか!?」


「……あぁ……なんとか。それよりも続きをしようか?」


「続きって……頭が痛いんじゃないのか?」


「試合中だし、今は我慢するよ。もう少しで治まりそうだから」


「そうか……だが、全力で行かせてもらうぞ? わざと手を抜いたらつまらないだろ?」


「そうだね、それでこそ、カイン兄さんだ」


 ケビンの状態が万全とは言えず疲弊しているようにも見えたカインは、先程よりも戦いの高揚感が削がれてしまったが、ケビンのやる気が残っている以上、試合を続けることにしたのであった。

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