第211話 親善試合 個人戦①

 午後となり個人戦の部が開催されようとしていた。個人戦は両学院の縛りはなく、まさしく個人による戦いを基本としており、今大会の参加者の中で誰が1番強いのかを決めるというものであった。


 試合の運びは闘技場を3箇所使って並行して行われ、回復術士が各闘技場に配置されて選手たちの減った体力を回復させることもあり、短期間のうちに日程が終わるように組まれている。


 メイン闘技場は団体戦で使用した場所で、他で試合が行われている闘技場の映像などが送られてきて、リアルタイムで全ての試合が観戦できるようになっていた。


 他の闘技場にも観客席はあるが、お目当ての選手がいない限り観客たちも移動はしないで、映像越しに試合観戦をするようである。


 こうなってくると下手すれば、戦う生徒2人と審判だけの3人で最悪試合をするかもしれないということであった。


 観客のいない静まり返った闘技場で試合をするなど、選手個人のモチベーションも上がらないだろう。


 そういった試合は例年、淡々と試合が行われて簡単に決着がつくそうだ。その中でも1番試合時間がかかるのは、やはり王族たちが見ている中で行われる試合らしい。


 少しでも自分をアピールするために、選手たちも気合いが入って戦いが白熱するみたいだ。


 そんな中、今回は【賢帝】の3連覇がかかっているらしく観客たちも沸き立っていたが、午前中の団体戦を見た限りでは楽に勝つことはできないだろうと予想されており、如何にしてケビンを打ち破り3連覇を達成するかが目下話題となっている。


 現時点で最有力な優勝候補は言わずもがなケビンであり、次点でアインが候補に挙がり、その後にカイン、シーラと続いていく。


 そして目前に迫った個人戦でそれぞれの選手が散らばっていく中、ケビンはメイン闘技場ではなく他の闘技場で戦うことになると、サラたちは移動を開始してその闘技場に向かい、国王一家もその後に続いた。


 アリシテア王国の国王がメイン闘技場を後にすることなど未だかつてない出来事で、メイン闘技場ではミナーヴァ魔導王国の国王たちしかいないことになってしまった。


 言わずもがなミナーヴァ魔導王国の王女も、ケビンの試合見たさに追いかけようと試みたが、王妃による無言の圧力と視線で制されてしまい、泣く泣く映像越しで試合を見るハメになるのであった。


「……生で見たかったです……」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 各闘技場の準備がそれぞれ終わったことにより、その場の采配で試合が始まる。


 ケビンのいる闘技場では4人の対戦相手がいて、それぞれ学院もバラけており当然ながら皆上級生である。


 そして一様に相手選手たちはケビンの姿を認めたところで、1敗が確定したことを確信したのだった。


 そんな生徒たちの取った行動は、皆同じく不戦敗である。ケビンと無駄に戦うことよりも他の対戦相手との試合を有利に進めるために、モチベーションを落とさないように決めたのだ。


 そんな呆気ない幕引きに、ケビンは移動した分の労力を返せと言いそうになってしまったが、ぐっと堪えて言葉を飲み込んだ。


 ただし、国王が応援に来ていたこともあるので、国王に対しては遠慮せずにワガママを言うことに決めた。


「陛下、無駄足を踏ませてしまったところ申し訳ないけれど、俺と戦う気のあるやつだけを先に決めておいて欲しいかな。そしたら無駄に移動しなくても済むでしょ?」


「確かにのぉ、まさかここにおる全員が不戦敗を選ぶとはの。ケビンも不完全燃焼なんじゃろ?」


「そうだね、意気揚々と来てみれば「戦いません」と言うもんだから、物凄く肩透かしを食らった気分だよ」


「各闘技場の試合が終わったら大会役員を通じて、選手たちの意志を確認させるかの」


「そうしてくれると嬉しいよ。ここにいる必要もなくなったし、メイン闘技場に帰ろうかな」


「そうじゃな、戻ってVIPエリアでお茶でもしようかの。ケビンもどうじゃ?」


「お邪魔していいの?」


「構わぬ、儂が誘ったのだしな」


「他の皆も一緒でいい?」


「それも構わぬぞ、皆でお茶をした方が楽しいからな」


 こうしてケビンは個人戦第1部を戦うことなく4勝収めたのであった。ケビンが闘技場を後にしたことにより、当然応援に駆けつけた者たちも後にすることとなって、残された選手たちは観客数0人という中で戦うこととなった。


 奇しくもモチベーションを保つために棄権したという行為は、ブーメランとなって戻ってきてしまい、結果的にモチベーションを下げることになったのである。


 その後メイン闘技場へと戻ってきたケビンたちは、何食わぬ顔でVIPエリアに入っていきお茶を楽しんでいた。


「さて、ケビンの試合はどうするかの……」


 国王がおもむろに呟いていると、それを聞き逃さなかった王妃が打開策を提案する。


「どのみちほとんどの人は棄権すると思いますよ? それならばいっそのこと、ケビン君の試合を最終日に回して予定を組んで、個人戦のメインイベントにすれば宜しいのではなくて?」


「……ふむ、そうなるとケビンが連戦することになるのじゃが……」


「俺は構わないよ。試合をするとしても挑んできそうなのは兄さんたちくらいだろうし」


「確かにの……団体戦の時と変わらぬか……」


「ケビン、それなら纏めて相手をしてあげたら? あの子たちでは1人で挑んできても労せず倒してしまってあまり楽しめないでしょ?」


「それは面白そうね! 1対1にしても団体戦の繰り返しになるのだし、多対1で試合を盛り上げればいいのじゃないかしら」


 サラの突拍子もない提案に王妃が賛同を示すと、周りの女性陣たちも盛り上がりだした。


「ケビン君、そうしなよ! きっと楽しめるよ!」


「私もそう思う」


「ケビン様、私もカッコイイ姿が見たいです!」


 ティナたちやアリスがそう言うと、ケビンは気になることを口にした。


「でもそれって、もう個人戦じゃなくなるよね? 相手は徒党を組むわけだし」


「細かいことはこの際どうでもいいわ。ケビン君が如何に楽しむかが肝になってくるのだから。サラもそう思うでしょ?」


「そうね、私は可愛いケビンが楽しんでくれたらそれでいいわ」


「そうと決まれば試合形式を考えなきゃいけないわ!」


 盛り上がった王妃主導の元、女性陣たちはケビンの試合について会議を始めるのであった。その様子を他所に、ケビンと国王は2人でため息をつきながらことの成り行きを見守っている。


「……陛下、マリーさんが暴走してるよ?」


「そのようじゃの……」


 結局、男2人を除く女性陣たちの話し合いの結果、ケビンの個人戦は最終日に多対1で行うことになり、王妃から指示を受けた大会役員は国王へ念のために確認したあと、慌てて参加者の出欠を取るために走り回っていた。


 これにより明後日まで暇となってしまったケビンは、さっさと実家に帰ってはのんびりと過ごして、束の間の堕落を貪るのであった。

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