第210話 団体戦を終えて……
団体戦の部が終わりケビンたちが別宅で食事を摂っている時、フェブリア学院では前代未聞のニュースが学院中を騒がせていた。
未だ兄妹間以外では無敗を誇っていた三帝が、ミナーヴァ魔導学院の大将で出場してきた少年に負けてしまったのだ。
この事実は瞬く間に広まっていき、同日親善試合を観戦などしていなかった寮で休んでいた生徒たちや、外に出て休日を満喫していた生徒たちにも知らされていった。
ケビンの元クラスメイトである初等部4年Fクラスの教室でも、少なからず観戦していた生徒たちは、再びその目に映したケビンの強さに圧倒されていた。
当時1年生で参加した闘技大会で、Eクラスの生徒相手に圧倒した事実を目の当たりにしていたが、判断基準が同じ1年生で1つ上のクラスだったことと、なおかつケビンが手抜きしながらもまともに戦ったのはその1回だけで、他の代表選ではわざと負けていたこともあってか本来の強さというものを計り知れずにいたのだ。
それが今回の親善試合で、対戦国である学院の代表選手として舞い戻ってきたかと思えば、次々と高等部の学生を撃破して逆転勝利を掴み取ったのである。
しかもその内の3人は、フェブリア学院が誇る無敗伝説の三帝であるにもかかわらず。
毎年行われる闘技大会では、相手選手に手も足も出させないまま勝利していた三帝の圧倒的強さを、元クラスメイトたちも観戦してその肌で感じ取っていたので、いくらケビンであっても経験の差が如実に表れて勝てないだろうと踏んでいた。
それが蓋を開けてみれば、三帝にあしらわれるどころか、逆にケビンがあしらっていたのである。
「ケビン君ってあそこまで強かったのか!?」
「圧倒的じゃないか!?」
元クラスメイトたちは、初めて知り得た目に見えてわかりやすいケビンの実力に、興奮を隠しきれずにいた。
男子生徒が興奮している最中、女子生徒は何とも言えない感情に包み込まれているのだった。
彼女たちは忘れていた過去の過ちを、再びケビンの姿を目にしたことで思い出してしまったのだ。
もしあの時、威圧ではなくてこの力が振るわれていたのならと思うと、その光景を想像してしまいゾッとするのである。
そんな中、1人の少女はもう会うこともできない元隣の席の少年を見て、想いを胸に独り言ちるのであった。
「……ケビン君……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ミナーヴァ魔導王国サイド
ケビンたちが去った後、国王は目の前で起きた出来事をただ呆然と見つめて放心していた。
フェブリア学院が誇る圧倒的強さを持っている三帝を、それを超える強さでいとも簡単に負かしてしまった少年。
その力たるものや戦いは言うに及ばず、自身で破壊した舞台をも未知の魔法で修繕して元通りに復元して見せたのだった。
世間で【魔導王】と言われている国王は、自身の魔術知識においていささか誰にも負けないという自負があったが、その【魔導王】を以てしてもケビンの使った魔法は理解の範疇を超えていた。
まず第1に、試合中で使われていた【詠唱省略】は未だ研究段階であり、ケビンが使ったことも然る事乍ら、相手の【氷帝】や【賢帝】すらも楽に成しえていたことに驚きを隠せなかった。
魔術に関しては大陸一を誇っていた魔導王国の最先端研究成果を、遥かに上回る精度で完成させていたのだ。
そして第2に、試合中に見せたケビンの空中浮遊である。人が空に浮かぶなど到底ありえない事象を引き起こして度肝を抜かれた。
最後にトドメとなったのが舞台の復元である。何をどうやったのかがわからず、可能性として導き出したのは【土魔法】ではないかという、見当外れのものであった。
「あなた、お食事でもして気分転換しませんか?」
「……そうだな」
そんな時、目を爛々と輝かせている王女が国王へ唐突に言葉をかけるが、何を意図しているのかが不明で国王は聞き返すのであった。
「お父様、私、気になります!」
「何がだ?」
「あの少年の使った魔法もそうですけど、それよりもあの強さです! 彼を前にすれば三帝など霞んで見えてしまいます! あれこそが圧倒的強さです!」
王女は興奮を顕にそんな力説をしてみせるが、国王はそのテンションについていけず若干引き気味である。
「何故あそこまで強いのですか!? 謎です! 謎が謎を呼んでいるのです!」
「お、落ち着け……とりあえず食事にしよう」
国王は王女を宥めつつ午後から始まる個人戦の部を迎えるために、ひとまず食事を摂って休憩を取ることにした。
一時的に宥められた王女は、食事を摂っている際に再びテンションが上がり始めてしまい、さすがに見かねた王妃からしこたま怒られてしまって強制的に大人しくなるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――救護室
闘技場内に併設されているここは、試合で負傷した生徒を診るための救護室である。しかし、救護室とは名ばかりで休息室と言った方が正しいのかもしれない。
何故ならば、試合で気絶して回収された生徒がいたりすると、目を覚ますまでただ見ているだけで、サッと状態を観察したあとは医療的な処置を何もしないからである。
最悪試合中に怪我をしたとしても、それは場外に落とされた時の擦り傷程度で、余程のことがない限り重傷となることはなく、そして過去に1度たりとてその事例はなかった。
今もこの部屋には気絶した生徒たちがスヤスヤと眠っている。その中で、1人の少女のベッド周りを取り囲んでいる生徒たちがいた。
「中々目覚めないな」
「聞いた話によると魔法で眠らせたみたいだよ」
「それって目覚めるのか?」
「午後になっても目覚めなかったら、ケビンに頼むしかないね」
「――!」
1人の少年が口にした“ケビン”という言葉に、ベット脇で椅子に座っていた少女が反応を示した。
「君は戦わずして降参したんだったね。会話はちゃんとしたのかい?」
「いえ、できませんでした。感情に押しつぶされて泣くことしかできず、忘れ去られるということがこれ程までに辛いこととは思いもよりませんでした。しかも、それをしたのが自分であることと、それを家族に齎してしまっていたのだと改めて目の当たりにしてしまい、到底耐えることができませんでした」
少女の告白は後悔で埋め尽くされており、今にも泣き出しそうであるがそれを慰める者などここにはいない。
「それは自業自得としか言いようがないね」
「自分のことは自分でするんだな、俺たちは何も手助けはしない」
「わかっています」
3人はベッドに横たわる少女の目覚めを待ちながら、その時が来るのを待つのであった。
しばらくしてベッドで寝ていた少女が目を覚ますと、周りを見回して自分が負けたのだと再認識していた。
「シーラ、目が覚めたようだね」
「えぇ、当たり前ですけど負けてしまいましたね。ところで、お兄様たちもケビンと戦ったのですよね? どうなりましたか?」
シーラが問いかけた内容は勝ち負けの話ではなく、負けることは当然わかっていたので、ケビンの記憶に関することを暗に示唆していた。
「僕とカインについては思い出しているよ」
「俺が1番だったけどな」
カインは相も変わらず“1番”に拘っており、それを聞いたアインは苦笑いするのである。
「そうですか……」
自分のことは思い出してもらえず兄たちのことは思い出しているので、シーラはそのことで気落ちしてしまうが、アインから思わぬ朗報を知らされる。
「僕の見立てで言うなら、シーラのことはあと少しだと思うよ」
「――!」
アインから伝えられた内容にシーラは驚き目を見開くと、そんなシーラにアインは続きを話した。
「ケビンの中にシーラから“逃げたい”っていう感情が強くあったからね」
「あぁぁ……確かにそんなこと言ってたな。今に限って言えば怪我の功名ってやつか? 追いかけ回していた甲斐があったな」
「残るチャンスは個人戦だね。親善試合が終わればケビンはミナーヴァに戻るだろうし」
「とりあえずシーラも目覚めたことだし、俺は飯でも食いに行ってくる」
「僕も行くよ」
アインたちはシーラが目覚めたことで、これ以上付き添う必要もないと判断して、食事を摂るためにこの場を後にするのであった。
「……」
この場に残されたシーラとターニャはお互いに沈黙していたが、先にシーラが声をかけた。
「ねぇターニャ、貴女はどうしたい? ケビンに思い出して欲しいの? それとも忘れ去られたまま過ごしていくの?」
「……」
ターニャの心は激しく揺らいでいた。必ずしも思い出してもらえるとは限らず、下手したらまた団体戦の時のように他人として接せられるのではないかと。
「お兄様の言った通り、残るチャンスは個人戦しかないわ。私は個人戦に賭けてみるつもりよ。貴女はどうするの?」
「私は――」
シーラの問いかけにターニャは思いを口にするが、人知れず話し合われた内容を知る者は当事者である2人しかいないのであった。
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