第212話 親善試合 個人戦②
親善試合最終日の午後、ケビンは再びフェブリア学院内の闘技場へと足を運んだ。これからケビン対複数人の試合が行われるからである。
会場の観客たちは今までにない個人戦の試合形式に、朝から興奮冷めやらぬ感じで今か今かと午後からの試合を待ち焦がれていた。
その中には多分に漏れずミナーヴァ魔導王国の王女も含まれている。
「お父様、ようやくケビン様の試合が見られます!」
「ただの生徒を“様”付けするとは……王家の者としてあまりいいものではないのだがな」
「ですが、アリシテア王国のアリス王女は“様”付けしていますよ?」
「あちらは仲が良いのだろう。家族ぐるみの付き合いと言うものだ」
団体戦の試合が終わってからというもの、王女は圧倒的強さを誇るケビンの熱烈なファンと成り果てていて、国王にこれでもかと言うほど甘えて試合映像の入手をオネダリすると、それを手に入れてからは穴が空くほどに繰り返し見ていたのである。
当然、今日これから行われる最終試合の映像も入手できるように既にオネダリ済みで、国王は王妃に「甘やかしすぎ」と言われてしまうが、可愛い娘の頼みを断れるわけもなく王妃からのお小言を甘んじて受けるのであった。
そんな中、舞台の準備は着々と進んでいた。観客席は満員御礼で立ち見の客すら存在していた。
その原因は、フェブリア学院の誇る三帝を破った者を一目見ようと、学院から生徒たちが押し寄せてきたのだ。
中にはケビンのことを知る者たちも含まれていて、これから始まる戦いはカロトバウン家の子供たちが中心となって、今までにない熱い試合を見せてくれることを大いに期待していた。
その中で1人の女性が隣にいる友人へと声をかける。
「ねぇクリス、私の言った通りだったでしょ?」
「……貴女の趣味も捨てたものではないわね」
「一言多いよ」
この女性は相変わらず試合の中でイケメン捜しをすることを趣味としており、今回も団体戦の記録映像の中で友人が気にかけていた少年を見つけたので情報を集めると、すぐさまクリスに伝えて2人で最終試合へと駆けつけたのだった。
別の場所でもまた、ケビンについて話し合っている者たちがいた。
「カトレアさん、自分を責め続ける気持ちもわかりますけど、見に来て正解だったでしょ? 久しぶりに成長した旧友を目にすることができるのだから」
「……」
「一緒に代表選を戦ったのが懐かしいわ」
「あれから結構経つよね。結局、ケビン君なしじゃEクラスを維持できなかったけど」
「確かにな。今となってはオリバーとの試合が唯一の楽しみだな」
ここで話し合っていたのは、担任のジュディとかつてケビンとともに代表選を戦ったメンバーたちである。拒むカトレアを強引に連れ出して闘技場へと足を運んだのだった。
やがて大会役員によるアナウンスが始まると、観客たちの興奮はヒートアップしていく。
「只今より個人戦最終試合を始めます。この試合は多数の生徒が棄権したため急遽対戦の意思がある者だけを募り、1人の選手に対して対戦者全員による変則試合制となります。では、対戦者からの入場です」
大会役員の言葉に反応した観客たちの視線は、一斉にフェブリア学院側の入場口へと集まる。
「1人目はミナーヴァ魔導学院、3年生のターナボッタ選手! 彼は団体戦では敢闘して剣技により相手選手を2名倒しています。その剣技も然る事乍ら、剣自体に属性を付与させるという現象は果たして魔法なのか、それとも魔導具を組み込んであるのかは謎に包まれたままです。この試合ではどのような魔法を付与させるのか見物であります」
役員による紹介とともにターナボッタが舞台へと姿を現して、拍手に包まれながら舞台上へと向かっていく。
「2人目はフェブリア学院、3年Sクラスのカモック選手! 彼は一見寡黙に見えますが剣にかける熱き情熱は誰にも負けていないでしょう。剣技だけを磨き続けてSクラスを維持するという異色の存在であります。その剣技でどこまで食らいついていくのか目が離せません!」
カモックが舞台に姿を現すと、役員の紹介が大袈裟に聞こえてしまったのか、下を向きつついそいそと舞台上へと向かっていく。
「3人目はフェブリア学院、1年Sクラスのターニャ選手! 彼女は団体戦では棄権をして戦わずして負けてしまいましたが、この試合においては果たしてどのように戦うのか? 仲間との連携が鍵を握っていることでしょう」
ターニャが入場口から出てくるとその瞳には強い意思が感じられ、これから戦う相手への想いが込められていた。
「4人目はフェブリア学院、1年Sクラス【氷帝】シーラ選手! 三帝の1柱であり紅一点を担う、知る人ぞ知る氷の美姫。その姿から放たれる威圧は相手を凍え上がらせ、為す術なく倒されてしまうことでついた【氷帝】の名。果たしてこの試合でもその威圧が放たれてしまうのか!? 私としては寒くなるのでして欲しくはないのですが……」
役員による本心が語られて会場を沸かせている中、シーラがその姿を現して舞台上へと歩いていく。
「5人目はフェブリア学院、2年Sクラス【剣帝】カイン選手! 三帝の1柱であり剣技のみでその名を冠した生徒です。本人談では『魔法は使えなくもないが実践レベルではない』とのこと。魔法よりも体を動かした方が楽しいと言う体育会系でもあります。互いに剣の道を進むカモック選手との連携が見物となってきます」
「キャーッ! カインさまーっ!」
カインが入場口から姿を現すと、会場からは黄色い声援が沸き起こるが何食わぬ顔で舞台上へと向かっていった。
「6人目はフェブリア学院、3年Sクラス【賢帝】アイン選手! 三帝の1柱の中で剣も魔法もそつなくこなせる優等生。今大会では3連覇がかかっていますが、立ち塞がるは今までにない強敵! 優秀な頭脳でどう戦術を組み立てていくのかが見物であります!」
「キャーッ! アインさまーっ!」
アインが入場口から姿を現すと、会場からはカインの時と同様に黄色い声援が沸き起こって、アインはその声援に手を振って応えながら舞台上へと向かっていった。
「キャーッ!! 手を振って下さいましたわー!」
「私に振ったのよ!」
「いいえ、私よ!」
ファンクラブが言い争っている中、役員は最後の1人を紹介する。
「最後の1人はミナーヴァ魔導学院、1年生のケビン選手! 一体誰が予想できたでしょうか!? ミナーヴァ魔導学院のダークホース、今大会唯一の無敗! ほとんどの選手は彼を前にしたら戦う意思すら失くしてしまう絶対王者! 使う魔法は既知のものから未知のものまで、驚くべきことに詠唱なしで使いこなしてしまい、更には魔法だけでなく恐るべき剣技も持ち合わせております! 果たしてこの変則試合で何を見せてくれるのか見物です!」
役員による紹介とともにケビンが入場口から姿を現すと、会場からはケビンを応援する声が聞こえてきた。
「ケビンくーん、楽しんでねー!」
「ケビン君、頑張って!」
「ケビン様、頑張ってくださーい!」
「ケビン、楽しむのよ?」
「ケビン君、応援してるわ」
「頑張るのじゃぞ、ケビン」
「ケビン様、若手メイド隊一同応援しております」
ケビンへの応援を見ていたカインはその心境をアインにそっと呟く。
「なぁ、これ完全にアウェーじゃないか? 母さんたち、ケビンの応援しかしてないぞ」
「仕方ないよ。母さんはケビンを溺愛しているし、あの2人は冒険者仲間だろ? メイドたちに至ってはケビンを慕っているからね」
「ん? じゃあ、陛下たちはどうなんだ? 何で母さんたちと一緒にいるんだ? 確か団体戦の時も一緒だったよな?」
「聞いてないのかい? 王女殿下は伯爵となったケビンの婚約者だよ」
「……は?」
「「――!」」
カインはアインからの突拍子もない話に口を開けたまま思考停止して、シーラとターニャはその内容に愕然とした。ケビンが王女の婚約者であることもそうだが、伯爵であるということも大いに驚く内容であったからだ。
すぐさまケビンの方へとカインが視線を向けると、ことの真相を問いただし始めて、審判も定番となった前口上に止める気配もなく気の済むまでやらせるのであった。
「おい、ケビン!」
「ん? 何?」
ケビンはアインたちのやり取りなど聞いてはおらず、どうしたのかと聞き返すがカインの空気を読まないうっかり癖で、興奮のあまり大声で先程の内容を尋ねてしまい会場を別の意味で騒然とさせてしまうのであった。
「お前、伯爵なのか!?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「王女殿下と婚約してるって本当か!?」
「そうだね。アリスは俺の婚約者だよ」
「かぁー! 完全に自立してるじゃねぇか!? 兄ちゃんの立つ瀬がないぞ!」
「そこは頑張れとしか言いようがないね」
「伯爵なら実家よりも家格が上じゃねぇか! 家名はなんだ? あるんだろ? ちょっと名乗ってみてくれよ」
「はぁぁ……カイン兄さんの頼みならしょうがないね」
カインのワガママにケビンが佇まいを正すと、カインに向かって正面を向き貴族礼を取った。
「エレフセリア伯爵家当主、ケビン・エレフセリアと申します。若輩ゆえに拙い挨拶ではありますが、以後、お見知りおきを」
「……」
ケビンの堂に入った名乗りに対してカインは呆然として、周りの観客たちも同じく呆然としていた。
「ねぇクリス、ケビン君……伯爵だってよ? しかも王女様の婚約者……」
「……」
また別の場所では……
「ねぇ、ケビン君が雲の上の存在になったんだけど……」
「そうですわね」
「……」
「まだ試合始まらねぇのかな」
「カロトバウン家に続き、エレフセリア家も要注意……」
ミナーヴァ魔導王国サイドでは……
「お父様、聞きましたか?」
「あぁ……」
「ただの生徒ではありませんでした。伯爵家当主ですよ? しかもあの歳で当主……」
様々な場所でケビンに対する話が上がっていると、舞台上ではケビンが試合を始めるべく審判に声をかけた。
「審判さん、準備が良ければ試合を始めてください」
「あ、あぁ……もうお話はいいのかね?」
「はい、話すことは終わりましたから」
未だ舞台上ではカインが呆然としたままだったが、ケビンは気にせず試合開始の合図を待つのであった。
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