第207話 親善試合 団体戦⑤

 少女が入場口へと迫る中、ケビンはその気配を感じとってなんとも言えない感情に包み込まれるのである。


『……何だ? このプレッシャーは……』


『パタ……』


『……』


『……』


『おい……今、何か言おうとしただろ?』


『いえ、そのようなことはございません』


『本当か?』


『……はい』


 サナの対応に間があったのを感じ取ったケビンは、絶対何か言おうとしたことを確信したが、今はそれよりもこの場から逃げ出したくなるような気持ちに襲われて、抱えようのない不安を対処できずにいた。


 そんな中、サラのところでは先程の試合内容の解説が行われようとしている。


「サラ様、先程のターニャ選手は何故泣いて降参したのですか?」


 ティナが尋ねると、サラは淡々とその事実を語った。


「ターニャちゃんは、ケビンが記憶を失う原因を作った元凶の1人だからよ」


「!?」


 サラの話したとんでもない事実に、ティナとニーナ、国王一家は驚愕した。唯一驚かないのは、事情を既に知っているメイドたちであった。


「そんな……」


「あの事件の関係者か……」


 国王の語る“事件”という単語が引っかかったニーナが、そのことを尋ねた。


「陛下、事件とは一体……?」


「……もうあれから2年の月日が経とうとしておるのか……ある日、ケビンが暴走して王都中に威圧を解き放ったのだ。中心地であった学院は酷い有様であったようだ」


「えっ!? お父様、あの事件は魔導具の暴走が原因だと……」


「表向きはな。そうしないとケビンに矛先が向かうであろう? そうなったらサラ殿が動く。そして迎えるは……終焉だ」


「……」


 ここにいる者たちは、サラのケビンに対する溺愛ぶりを知っているので、容易にそのことが想像できた。そして、誰も止めることができないことも。


「それにしても、ターニャ選手がその元凶の1人なら、他にもいるのですか?」


「いるわよ。ケビンの隣の席だったカトレアって少女とクラスの女子ね。あとは、あの子の姉であるシーラよ」


 次々と挙げられる事件の関係者に、思いのほか大人数が関わっていたことに、国王は頭を悩ませた。


「それを聞くに、相手は全て女子であったと言うことか……」


「そうね、愚かな者たちが私のケビンを理不尽に責めたのよ」


「それで、そのことを思い出して泣いたのですね」


 サラの言葉を聞いたティナは、きっと責めたことを後悔して泣いたのだろうと思っていたが、サラがその言葉を否定する。


「違うわよ」


「え?」


「大方、ケビンに忘れ去られて思い出してもらえなかったことや、そういう状態まで追い込んだことが悲しかったんじゃないかしら。私からすれば自業自得だけど……」


「あぁ……お気に入りだったからなおさら罪の意識で堪えたんですね」


 ターニャに関する論議を繰り広げている中、皆はまだ来ぬ次の対戦者を見るために、視線を入場口へと向けるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――ミナーヴァ魔導王国サイド


 ここにはケビンの強さに驚きを隠せない国王がいたが、迫り来る現実に意気消沈していくのであった。


「あの子は何者なのだ? 先程もそうだが未だに勝っておるぞ!」


「ですが、そう上手くいかないわよ。まだあの生徒が出てきてないのよ?」


「そうか……あれが残っておるのか……」


「お父様、一体どなたが出てくるのですか?」


「フェブリア学院に存在する“帝”の名を冠する者だ。最初に言った圧倒的強さを持った学生で、2年前の親善試合に出場したのが最初で、去年はまた1人増えた。そして今年、更に1人増えている。“三帝”と呼ばれる者たちだ」


「3人いるから“三帝”ですか?」


「そうだ」


「早く見てみたいです。圧倒的強さを持ってますのね」


 ミーハーな王女は圧倒的強さを持つと言われているフェブリア学院の生徒に、早く戦いが見たいと想いを募らせるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 やがて選手の準備が整ったのか、大会役員から選手紹介が行われる。


「フェブリア学院三将、1年Sクラス、【氷帝】シーラ選手」


 その紹介に観客たちは割れんばかりの歓声を上げた。知る人ぞ知るフェブリア学院の【氷帝】が出てきたのだ。先程の呆気ない終わり方で静まり返っていた状態から一転、会場の興奮は最高潮に達する。


 シーラは静かに舞台へと歩みを進めると、ターニャ同様に目の前に立つ相手選手を見て驚愕で目を見開いた。


「……ケ……ケビン……なの?」


 この瞬間、シーラは何故ターニャが早くも降参したのか全てを理解した。対戦相手がケビンとあっては、戦えるはずもない。ターニャにとっては辛すぎる試合だ。


「これより第11回戦を開始する。両者は所定の位置に」


 審判の宣言により、ケビンは相変わらず開始位置から動いていないので、対戦相手のシーラ待ちであった。


(あぁ……何だこの感覚……逃げたい……)


 ケビンはシーラが舞台上に上がってから、逃げ出したい衝動が強くなり不思議な感覚に襲われていた。


 そんなケビンにシーラが声をかける。


「ケビン、お姉ちゃんよ、わかる?」


(お姉ちゃん? ……ニーナさんしか思いつかない……)


「私よ? わからない?」


(うーん……何か引っかかるが、とにかく逃げたい……)


「あなた、誰ですか?」


「――!」


 ケビンの言葉に、ターニャの時と同様にシーラも衝撃を受ける。そんな中、審判は先程の流れと酷似しているせいか、進めていいものかと悩んでいた。


 シーラはケビンから告げられた内容によって瞳に雫を溜めてしまう。あんなに大好きだった弟に忘れ去られてしまっているのだ。襲いかかる絶望に心は押しつぶされそうになる。


「そう……なのね……ターニャが降参するわけだわ。こんな気持ち耐えられないもの」


「あぁ、さっきの人? あなたも降参するの? それなら早くして欲しいんだけど。ここに立ってるだけでも疲れるんだよね。1歩も動かず勝ってしまったし」


 ケビンの淡々と告げる内容に、シーラは悲しみに打ちひしがれていた。


「ケビンは他人になるとそういう態度になるのね……」


「はぁぁ……審判さん、埒が明かないから進めてくれませんか?」


 ケビンにせっつかれた審判は、そそくさと試合を進めることにした。


「シーラ選手、所定の位置につきたまえ」


「あぁ、このままでいいですよ。待ってたらさっきみたいになるし、降参するつもりもなさそうだし」


「で、では……第11回戦……始め!」


 審判の開始の合図とともに、シーラが決意を胸にケビンへと声をかけた。


「ケビン、お姉ちゃんが思い出させてあげる」


「そういうの結構なんで」


「《氷河時代の顕現アイスエイジ》」


「おっ!?」


 シーラの放った魔法に舞台上は氷の世界と化した。もちろん、ケビンは氷に足を取られて拘束を受けているが、審判は対象外となっており被害はなかった。


「《アイスランス》」


 容赦なく次の一手がケビンに襲いかかる。相手がケビンである以上、何が起こるかわからないので、早々に決着をつける腹積もりであった。


 次々と突き刺さる氷槍に、観客たちは勝負ついたなと勝手に思い込んでは終わった気分でいたが、次に目にする光景で驚愕するのであった。


 舞台上では襲いかかる氷槍がなくなると、そこには無傷で立っているケビンの姿があった。


「中々やるようだね」


 ケビンの周りには熱せられでもしたのか、蒸気が立ち上っていた。


「まだまだ! 《アイスアロー》」


 今度は手数で勝負と言わんばかりに氷矢がケビンに襲いかかるが、次のケビンの行動で観客たちは自身の目を疑うのであった。


「《ファイア》」


 ケビンが唱えたのは誰しもが知る、基本中の基本である初級魔法であった。それを自身の周りに幾つも顕現させて、氷矢から身を守る盾として扱っていた。


「相性最悪だけど、まだ続ける?」


「お姉ちゃんとして、負けるわけにはいかないのよ! 《アイスバレット》」


「無駄なことを」


 ケビンが右手を翳すと、シーラの発動していた魔法はいとも簡単に雲散霧消した。


 その出来事に会場は驚きを禁じ得ないでいた。顕現された魔法があっという間に消え去ったのだ。未だかつて見たこともない光景を目の当たりにしていたのだった。


「……やっぱり使えるのね」


「降参するつもりないの?」


「私のことを思い出したら降参してあげるわ」


「仕方ないか……女の子と戦うのは好きじゃないんだけどね」


「相変わらず優しいのね」


「《ファイアアロー》」


 無数の火矢が顕現されると、1つ1つが意志を持ったかのように動き出して、数本シーラに向かって飛来すると、対するシーラは防御魔法を唱える。


「《アイスウォール》」


 突如現れた氷壁によって火矢を防いでいると、徐々にその氷壁が溶けだしていた。


 このままではジリ貧だと感じたシーラは、効くかどうかわからないが足止めにはなるだろうと、殺気を乗せた威圧を周囲に解き放った。


 観客たちは、シーラの代名詞とも言える凍えるような威圧の余波を受けて、身の底から感じる冷たさに体を震え上がらせるのであった。


「あらあら、シーラったら本気なのね」


「相変わらず貴女の娘は滅茶苦茶ね」


 シーラの威圧の中にいながらも、平然と語り合っている母親が2人。周りの者は必死に耐えているというのに。


「《アイス――》(ドクンッ――!)」


 そのような中、シーラは次の行動に出ようとしていたが、魔法の発動途中で底知れぬ恐怖に襲われて身を竦みあがらせていた。


「……観客には俺の大事な人たちがいるんだよね。威圧を使うなとは言わないけど、無作為なのはいただけない」


 観客たちが感じていた身の底から感じる冷たさがなくなると、次に感じたのは何もない静寂であった。


 何もないが故に底知れぬ恐怖はあるものの、先程の威圧より体にかかる負担は軽減されており、必死に耐える必要性もなくなっていた。


「ケビン君って何でもできるのね。威圧に威圧を被せるなんて、初めて目の当たりにしたわ」


「さすが私の自慢の息子ね! 自分の威圧で塗り潰すなんて考えもしなかったわ」


「それは、貴女を威圧で押さえつけられる人がいないからよ」


「それはわからないわよ? ケビンの本気の威圧はまだ受けたことがないんだもの。今度、ケビンにお願いして受けてみようかしら」

 

 呑気に実況をしてくれている2人のおかげで、周りの者も何が起こったのか把握することができたが、女性陣は今はそれよりもケビンの言った“大事な人”発言で、心ここに在らずで蕩けてしまい言葉を反芻しながら満喫していた。


 そのような中で、舞台上ではケビンが決着をつけるべくシーラに向かって歩きだすと、対するシーラはケビンから威圧を受けていてまともに動けずその場でうずくまる。


「……ここ……までね」


「威圧を使わなければまだ遊んでてあげたけど、周りに被害を出したからね。終わらせてもらう」


 ケビンはそう伝えて魔法によってシーラを眠らせると、意識を失ったシーラはそのまま崩れ落ちるが、ケビンが抱えあげたので事なきを得るのだった。


 ケビンはそのままシーラをお姫様抱っこして審判へ声をかけると、その様子を見ていたティナたち女性陣は羨む視線をシーラへと向けるのである。


「終わりましたよ」


 あまりにも呆気ない幕切れに審判はハッとしながらも勝利者宣言をすることで、自分の役割をしっかり果たしていた。


「勝者、ケビン選手!」

 

 審判の宣言により会場は騒然と沸き立つのだった。今まで無敗を貫いていた【氷帝】に初めて黒星がついたことで、空前絶後の話題となり彼方此方でその話をしていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――ミナーヴァ魔導王国サイド


「俺は夢でも見てるのか?」


「勝ちましたね……」


 ミナーヴァ魔導王国の国王夫妻は、目の前で起きた出来事を信じられずにいたが、王女は【氷帝】の圧倒的強さを見られずに肩透かしを受けた気分であった。


「お父様、圧倒的強さを持った人が倒されてしまいましたよ?」


「あぁ、そうだな……」


「本当に強い人だったのですか?」


「わからん。だが、先程威圧の余波を受けたであろう? 結界がある故に大して被害は出なかったが、結界があってあの威力なのだぞ?」


「確かに……でも子供に負けてしまいましたし……」


「だが残りの2人は別格だ、試合も見たことあるしな」


「それならば、これからの試合が楽しみですね」


「お前はどっちの味方なのだ……」


「当然、強い人に決まってます!」


 王女のミーハーぶりに国王は頭を悩ませるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――フェブリア学院・選手控え室


「終わったようだね」


「長かったな。思いのほか手こずったのか?」


「多分、そうだね。カモックに勝てる以上、剣士タイプだと思う」


「あぁ……スピードに翻弄されでもしたのか……」


 闘技場からの聞こえる歓声で、シーラが勝ったと思い込んでいる2人のところへ、空気を読まない、いや、ある意味読んでいる大会役員が知らせにやってきた。


「副将の方は、入場口へと向かって下さい」


「なっ!?」


 シーラが勝った気でいた2人には吃驚仰天の内容であった。


「シーラは!?」


「三将の方は負けました」


「――!」


「おいおい、嘘だろ……」


「副将の方はお早めにお願いします」


 それだけ言うと、仕事は終わったとばかりに役員は控え室を後にするのだった。


「これは本格的にやばいね」


「一体何者なんだ?」


「相手は国外の選手だからね、その名がこっちに届いていないのも致し方ないよ」


「よし、いっちょ気合い入れて戦ってみるか。同じ剣士ならいい勝負ができるかもしれない」


「久々の本気ってやつかい?」


「まぁな」


 副将の選手はまだ見ぬ敵へ思いを馳せながら、意気揚々と控え室を後にするのであった。

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