第208話 親善試合 団体戦⑥

 のんびりと空を眺めていたケビンを他所に、次の選手の入場が始まる。


「フェブリア学院副将、2年Sクラス、【剣帝】カイン選手」


「キャー! カインさまー!」


 選手の紹介に会場内は黄色い声援に包まれた。何を隠そうファンクラブの面々である。


 親善試合にカインが参加し始めてから、一部のファンは朝イチから場所取りのために入口に並んでは開場するのを待つのである。


 ケビンはそんな様子に若干引いていた。アイドル的な人もいるんだなと。そんなケビンとは裏腹にカインは舞台へ上がると、その姿を目にしてすかさず声をかけた。


「っ! ケビンじゃねぇか!?」


「?」


 ケビンは、いきなり名前を呼ばれたことにより反応してしまうが、明らかに知らない人であった。


「俺だよ、俺!」


「オレオレ詐欺の人?」


「「?」」


 ケビンの発した“オレオレ詐欺”という言葉は、当然知る由もないので2人してキョトンとした顔になってしまう。


「カインだよ! お前の兄ちゃんだ!」


「最近の流行りは兄姉詐欺? さっきの人も“お姉ちゃん”って言ってたけど」


「さっき? あぁ、シーラのやつか……あいつはどうでもいいや。それよりも、俺のこと思い出してないのか!?」


 カインはシーラのことより、自分のことを先に思い出してもらおうと必死である。


「うーん……さっきの人は、とにかく逃げたい感じがしたんだけど、あなたからはそんな感じがしないんだよね」


「――!」


 ケビンの言う“シーラから逃げたい”という感覚に、カインはシーラの追いかけ回していた行動が記憶をなくしているケビンの深層に根付いており、今となってはあながち間違いではなかったのかと思い始めていた。


 それよりも、カインが優先させるのはシーラよりも自分である。シーラのことを思い出す前に何としてでも自分のことを思い出してもらおうと、色々話しかけてみることにした。


「そうだなぁ……昔一緒に遊んだことは覚えているか?」


「昔?」


「あぁ、ケビンの周りには同年代の子供がいなかっただろ? だから、学院が休みに入る時には、実家に帰ってケビンの相手をしていたんだ」


「うーん……」


 選手2人が世間話を始めたことによって、またもや審判はどうしようかと思い悩むのであった。更には、3連続目の覚えているかの内容である。


 色々と悩んだ結果、先程はケビンから進行の合図が来たので、今回もそれまで待つかと、しばらくは2人のやり取りを眺める結論に至るのであった。


「小さい頃は剣の稽古とかしただろ?」


「何かそんな気もするような……」


 ケビンが軽く頭痛を起こしながら今思い浮かべているのは、小さい頃に少年と剣を打ち合っている映像であった。その映像には、確かに自分に稽古をつけている少年が映っているが、ハッキリとしない感じであった。


「それに、あれだ! 魔法の練習もしたよな?」


 カインが次々と述べる内容にケビンが思いを馳せていると、カインがとんでもない爆弾を落としてきた。


「そうそう、ケビンがおねしょした時に、バレないように隠すのを手伝っただろ?」


「(ズキンっ)――!!」


 その黒歴史になる一言で、ケビンの中にある思い出の1コマが鮮明に映し出された。確かにカインの言う通り、おねしょをした時にバレないように一緒になって隠してくれたのだ。


「おねしょ以外となると……」


 更なる爆弾発言をしそうなカインの言葉に、慌ててケビンが止めに入る。


「カイン兄さん、待った!」


「ん?」


「いや、これ以上は話さなくていいから! 思い出したから!」


「そうか! おねしょ話で思い出すとか、ケビンにも恥ずかしいことがあるんだな!」


 全く人の気も知らないカインにそう言われて、おねしょ話を暴露されたケビンは頭を抱えるのである。


「いやぁ、思い出してくれてよかったぜ。ところでケビン、アイン兄さんのことは覚えているか?」


「いや、そんな人は知らない」


「よし! 兄妹の中じゃ俺が1番だな」


 兄妹の中で1番先にカインのことを思い出してくれたことで、カインは1人優越感に浸るのであった。


「で、どうするの?」


「何がだ?」


「試合」


「あぁ……シーラのやつ負けたんだよな。まぁ1人でケビンに挑むこと自体、無謀とも言えるが……」


「じゃあ、降参する?」


「いや、最終的には降参するが、途中までは戦うか。こういう機会はあまりないしな。母さんの化け物じみた出鱈目な強さを相手にするより、試合形式でケビンと戦った方がいい経験になりそうだ」


「そんなこと言ってると母さんに怒られるよ?」


「大丈夫だ。今頃実家でのんびりと隠居生活を送ってるさ。母さんもそれなりに歳だしな」


 次々と爆弾発言を繰り返すカインに、心底同情の目を向けるケビンであった。


「どうしたケビン、そんな顔して」


「カイン兄さん……残念なお知らせがあるんだけど」


「残念? ケビンが俺のことを思い出してくれたから、満足しかないんだけどな」


「母さん……いるよ?」


「ん?」


 ケビンの言った言葉に理解が追いつかなかったのか、カインが聞き返すと、今度はわかりやすく指を向けながら、ケビンは教えることにした。


「母さん、俺の応援に来てるから、そこにいるよ」


 ケビンの指さす方向に半信半疑ながらも、何かの間違いであって欲しいとカインがゆっくりと頭を動かすと、ニコニコと微笑みを浮かべながらこれ以上ないくらいの笑顔を向けてくるサラの姿が目に入った。


「……」


 カインは先程までの幸福感は何処かへと旅立ち、額から汗を流しながらサラと向かい合っていた。


「カイン……貴方、教育的指導が必要みたいね?」


「か、母さん……さっきのは違うんだよ?」


「何が違うのかしら? 私が化け物のこと? それとも年増だってこと?」


「……(ヤバい……死んだ……)」


 ニコニコと笑顔を絶やさないサラから自身が言っていたことを伝えられてしまい、心の底から絶望が押し寄せてきた。


 そんな崖っぷちのカインはコソコソとケビンに歩み寄ると、ヒソヒソと話を始めるのである。


「なぁ、ケビン……兄ちゃんを助けてくれないか?」


「えぇぇ……カイン兄さんの自業自得でしょ?」


「頼むよ……母さんもケビンの言うことだけは聞くんだし」


「そう言われてもなぁ……」


 中々煮え切らないケビンの態度に、カインは最終兵器を使うことにする。


「助けてくれないなら、今ここでケビンの恥ずかしい秘密を他にもバラすぞ?」


「なっ!?」


「な? 兄ちゃんを助けると思って、一肌脱いでくれよ」


 カインによる身を守るための処世術の横暴さに、ケビンは呆れつつもしぶしぶ了承するのであった。


「はぁぁ……1個貸しだからね」


「母さんから逃げられるなら何でもいい」


 ケビンは舞台から下りると、ニコニコとカインを見つめているサラの元へと歩み寄るのだった。


「ねぇ母さん、カイン兄さんを許してくれない?」


「どうして? ケビンはお母さんが化け物扱いされたり、年増扱いされてもいいと言うの?」


「母さんは化け物じゃなくて、とっても綺麗で素敵な女性だよ。それに年増でもなくて、とっても若くて瑞々しいんだから。父さんがいなきゃ結婚を申し込むくらいだよ。他の誰かが何を言おうとも、俺が母さんのことを認めてるからいいでしょ?」


「まぁ! ケビンはやっぱりいい子ね。お母さん、ケビンがいい子に育ってくれてとても嬉しいわ」


 ケビンのフォローによって、サラは一気に機嫌が良くなり満面の笑みを浮かべるのである。


「それなら、カイン兄さんのことはもういいよね?」


「そうね、ケビンが言うならカインのことはもういいわ。私の代わりにケビンが怒ってくれるのでしょ?」


「そうだね、ちょっとだけお灸を据えておくよ。世界で1番素敵な母さんに酷いこと言ったしね」


 ケビンのトドメの褒め言葉に、サラのご機嫌は最高潮に達する。


「もうケビンったら! そんなに褒めてどうするの?」


「事実を言ったまでだよ」


「もう……いい子に育ってくれてありがと。大好きよ、ケビン」


 サラはそう伝えると、ケビンの額にキスをした。


「カインのことは任せるわね。ボコボコにして構わないわ、お母さんが許すから」


「わかった」


 ケビンは再び舞台上へ上がると、戦果をカインに伝えるのであった。


「カイン兄さん、許してくれるって」


「マジか!? やっぱり持つべきものは優れた弟だな」


「その代わりボコボコにしてって」


「……え?」


 カインは、サラからの教育的指導から逃れられると思ったのも束の間、今度はケビンによるボコボコ宣告をされてしまい、逃げ道を失くすのであった。


「……兄ちゃん降参することに決めた」


 カインは最後の悪足掻きに降参の道を選んだが、ケビンから更なる宣告が下される。


「多分、逃げたら罰があるよ? もちろん、母さんから」


「……」


 こうしてカインは逃れられない宿命に立たされるのである。そんなカインを他所に、ケビンは審判へと声をかける。


「審判さん、長く中断してすみませんでした。試合を進めてください」


 ようやく空気から復帰できた審判は、これで仕事ができると意気込むのである。


「これより第12回戦を開始する。両者は所定の位置に」


 ケビンがスタスタと開始位置に行くのに対して、カインは全てを諦めたかのような哀愁漂う背中を見せながら、トボトボと開始位置に向かうのであった。


「第12回戦……始め!」


「先手必勝!」


 カインは先程の元気のなさは何処に行ったのか、開始と同時にケビンへと襲いかかった。


 対するケビンは、ボコボコにするためにあえて刀は使わずに素手で対応することにした。


 カインの渾身の袈裟斬りを難なく躱してみせると、がら空きとなった横っ腹に拳を打ち込む。


「ぐはっ!」


 カインは苦悶の表情を浮かべるが、隙を晒すわけにもいかないので、返す刀で無理矢理ケビンを間合いの外へと追いやると、一旦距離をとって仕切り直す。


「やっぱり勝てる気がしねぇ」


「負けるつもりはないしね。単位がかかってるから」


「単位?」


「1勝するごとに6単位貰えるんだよ」


「そんなのケビンの独壇場じゃねぇか!」


「否定はしないけどね」


 カインは再び間合いを詰めてケビンに肉薄するが、いくら斬り掛かろうともケビンを捉えることはできずに斬撃が空を切ってしまい、対するケビンはちょこちょこと合間合間で拳を打ち込んで、確実にカインへとダメージを与えていく。


「くっそ! ひとっつも当たりゃしねぇ、無理だろコレ!」


「俺は簡単に当てられるけどね」


「なぁケビン、しばらく会わない間に性格が悪くなってないか?」


「そりゃあ社会で揉まれてきたからね、嫌でも悪くなるよ」


「くぅーっ! 可愛かった頃のケビンが懐かしいぜ」


 カインは言葉を交わしながらも攻撃の手を休めずに攻め続けるが、当てるどころか掠りすらもせずにケビンに躱されていく。


 ただ斬りかかるだけでは対処されてしまうので、フェイントを織り交ぜながら攻撃しても、引っ掛かったと思いきや逆にカウンターを受ける始末である。


 やがて、カインの体力が尽きてその場で寝転がると、敗北宣言をするのであった。


「あぁぁ……負けだ負け! 降参する!」


「勝者、ケビン選手!」


 審判の勝利者宣言により会場はシーラ戦同様に沸き立って、ケビンの勝利を称えるのであった。


 ケビンはカインに手を貸して起こしあげると、立ち上がった際に一言伝える。


「カイン兄さん、母さんに謝っておいてね」


「あぁ、声をかけに行くのが恐ろしいがな」


「あんなこと言うからだよ」


「言葉のあやってやつだ」


 その後、舞台を下りたカインはサラへ謝りに行くが、他人のフリをされてしまいサラの気が済むまで謝り続けていたのだった。

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