第206話 親善試合 団体戦④

 ファイアアローを頭上に展開しているケビンは、カモックに対して更なる追撃を仕掛けるのである。


「さっきは3発だったから、次は4発いくね」


 カモックの目の前で信じられない出来事が起こった。アロー系魔法は一斉に飛来してくる魔法だと認識していたのにも関わらず、独立して飛来してくるのだ。


「!?」


 さすがに4発同時に全方位から襲いかかってきては対処のしようがなく、避けそこねた1発の火矢を被弾してしまう。


「ぐ……」


「さて、これで魔術師が剣士に劣るという認識を改めてくれたかな?」


 ケビンが淡々と告げていく中、カモックは自身の身に起こった出来事を省みて、考えを改めざるを得なかった。


「認めよう」


「お兄さんって潔いんだね」


「目の前のことから目を背けては成長できない」


「気に入ったよ。そんなお兄さんに選手ではなく、剣士としての敗北をあげる」


「剣も使えるのだったな」


 ケビンは両手をそれぞれ横へと伸ばすと、何もない空間に腕が入っていきそこでは波紋が起こっていた。


「――!」


 カモックが目の前の出来事に驚いていると、やがてケビンが引いた腕の先にある手にはそれぞれ愛用の刀が握られており、それを両腰に装着した。


 ケビンの行動に観客たちも驚きの連続であった。詠唱もなしに魔法を発動していたかと思いきや、次は何もない空間に手を入れては武器を取り出したのだ。


 未だかつてないデモンストレーションに、観客たちは大いに沸き立っていた。


 やがてケビンが黒焰と白寂を鞘から抜き放つと、その光景にカモックは刀から発せられる異様な存在感に体が竦み、気がつけば足が震えていた。


 それはまだ見ぬ頂への高揚感からくる武者震いか、はたまた異様な存在感にあてられて恐怖しているのかは本人にも判断がつかない。


 わかっているのは目の前の子供が、今までに相対した誰よりも強いということであった。


「二刀流……初めての相手だ」


「この子たちはね、【黒焰】と【白寂】って言うんだ。二刀流を会得するにあたって職人に作ってもらったんだよ。俺にとってはかけがえのない相棒だね」


 俺の言葉に反応したのか、僅かに黒焰と白寂がカタカタと震えて歓喜しているような気がした。


 日本では物に神が宿ると言われているが、長い年月も経過していないのに付喪神でも宿っているのだろうか。


 一流の職人に作り上げられて、大事に大事に使ってきた愛着のある刀。俺にとって何かが宿っていようと宿っていまいと、唯一無二であることには変わりなく、今までのように愛着ある刀として付き合うだけのことだ。


「相手にとって不足なし」


「好きに打ち込んできていいよ。お兄さんの目指す頂を垣間見せてあげる」


「いくぞ!」


 カモックは今まで以上に気持ちが昂って、先程までの足の震えもいつしかなくなり、純粋に頂を目指して剣を楽しむという気持ちがその体をつき動かしていた。


 目の前の強者に挑めるという高揚感。まだ見ぬ頂への羨望。ありとあらゆる気持ちが混ざり、いつしかその顔は笑顔で満ちていた。


 カモックが剣を振り下ろせば、ケビンは片手で刀を振り上げ弾き返す。横薙ぎを繰り出せば、垂直に立てた刀に防がれる。


 カモックが何をしても防がれてしまい、まさに打ち込み稽古と化していた。


 ターナボッタ戦とは違って一方的な打ち込みによる剣戟は、いつしか騒いでいた観客たちも静まり返り、カモックの技量も然る事乍らケビンの技量にも見惚れていた。


 やがて、楽しい時間も終わりを告げる。カモックの体力が限界を迎えていたのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 カモックは膝に手をつきこそしないが、明らかに疲弊しており額からは滝のように汗を流していた。


「そろそろ終わりだね」


「はぁ……その……はぁはぁ……ようだな」


「最後に1つの奥義を見せてあげるよ」


「……奥義?」


「頑張れば刀でなくとも剣でもできるよ。多少威力は落ちちゃうけど」


「それは是非とも拝見したい」


「その武器を舞台に刺して、離れて見てて」


 カモックは言われた通りに舞台に剣を突き刺すと、その場から離れていった。


「あ、ちなみにその剣って壊れても大丈夫?」


「奥義が見られるなら安いものだ」


「わかった。本気でやると目で追えないから手を抜いた状態でやるね」


 ケビンは左手で黒焔の鞘を握りしめ、右手では黒焔の柄を握り、腰を落としつつ半身を捻って、居合の体勢に切り替える。


 観客たちは打ち込みが終わったかと思えば、カモックが舞台に剣を突き刺す行動に混乱して、一体何が始まるのかと固唾を飲んで見守っていた。


 サラとティナたちは以前に同じ技を見ているので、今から何が始まるのかは想像できていたが、国王たちはそうでもなく観客たち同様に一体何が起こるのかと待ち構えている。


 そんな皆が注目する中、ケビンが動きを見せた。


「……すぅ……はぁ……」


 ケビンは集中するための一呼吸を済ませると、カモックがギリギリ目で追える速度で黒焰を鞘から抜き放った。


 静まり返る闘技場内でケビンが残心を終えると黒焰を鞘へと戻して、カモックに声をかける。


「見えたかな? ギリギリ見えるくらいには調整したんだけど」


 そう言うケビンに対して、カモックや観客たちはただ型を見せてくれたのだろうことしか理解が及ばなかった。


 それもそのはず、突き刺した剣は未だ健在であり、舞台にそのまま突き刺さっていたのだから。


「確かに見えはしたが、剣はそのままだぞ?」


 カモックが発した言葉の後にふと風が巻き起こり、ある現象をその場にいる者たちの目に焼き付けた。


(ガランガラン――)


 周りの者たちは音のした方へ自然と目が向き、驚愕を顕にするのである。健在であった剣が刀身の根元から断たれており、突き刺さった刀身はそのままにガードとグリップは地面へと落ちていたのだ。


「――!」


「一応修理しやすいように根元で断ったんだけど」


「……」


「とりあえず、降参してくれるかな?」


「……あぁ、俺の負けだ。降参する」


 静かに宣言された言葉に、呆然としていた審判も慌てて勝利者宣言をする。


「しょ、勝者、ケビン選手!」


 しかし、観客たちは未だ目の前で起きたことが信じられず、歓声を上げるどころか呆然としており、闘技場内は静寂に包み込まれていた。


「その剣、もし元に戻らなかったら腕のいい鍛冶師に依頼するよ」


「いや、これはこのまま修理せずに取っておく」


「何で?」


「俺の目指す先がこれだからだ。記念に取っておく」


「そう……頑張ってね」


「あぁ……いい試合をありがとう」


 カモックはケビンにそう伝えると舞台から下りて、その場を後にするのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――フェブリア学院・選手控え室


 静かな闘技場内の控え室に大会役員が次の選手を呼びにきた。


「中堅の方は、入場口へと行って待機してください」


「!?」


 未だ歓声が聞こえていない最中、次の選手を呼びに来た役員の者に選手たちは驚愕する。


「え……カモックは敗れたんですか?」


「はい、降参されました。中堅の方は急いで下さい」


 カモックが降参したという内容に選手たちは我が耳を疑ったが、試合は待ってくれないので、中堅の選手は立ち上がり入場口へと行こうとする。


「カモックが負けを認めるほどの相手だ。試合時間が長かったこともあるから、相手も相当体力を消耗しているかもしれないけど、気をつけた方がいい」


「わかってますわ」


 その言葉を告げると中堅の少女は入場口へと向かうのであった。


「それにしても、カモックを負かすほどの相手か……」


「先輩は連戦してたから仕方ないんじゃないか?」


「恐らくうちの先鋒と次鋒を負かしたほどの相手と同等か、それ以上の相手と考えておいた方がいいだろうね」


「そうだとしても、俺たちが残ってる以上、最終的に勝つのはうちだ」


「そうだね。仮に僅差であの子が負けたとしても、三将で全て片がつくしね」


「そうだな。相手にはご愁傷さまとしか言いようがねぇな」


「もし、あの子が負けた場合は頼んだよ?」


「わかってます。私で全て終わらせてきます」


 あくまでも自分たちが勝つ気でいる選手たちは、現在、舞台で起こっていることなど知る由もないのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 大会役員による選手の紹介がなされると、入場口で待機していた少女は静かに舞台へと歩みを進めた。


「フェブリア学院中堅、1年Sクラスのターニャ選手」


 沸き起こる拍手とともに歩いてくる少女を見て、サラが驚きの事実をポロッとこぼしてしまい、周りの女性たちは驚愕するのであった。


「あら、ターニャちゃんだわ」


「サラ様、お知り合いなのですか?」


 サラの言葉にティナが聞き返すと、我が耳を疑った。


「ケビンが学院にいた頃、お気に入りの子だったのよ」


(ガタッ――!)


 その言葉に反応したのはティナだけではなく、周りの女性たち全てであった。


 そんな中、舞台上へと上がるターニャの視線は、今から戦う対戦相手を目にして驚愕で目を見開いていた。


「……う……そ……そん……な……」


 最後に顔を合わせた辛い出来事から約2年は経過しているが、身長は伸びていてもあどけない顔はその名残を残しており、見紛うことなどあるはずもなかった。


「これより第10回戦を開始する。両者は所定の位置に」


 ケビンは既に開始位置にはついており、残すはターニャのみであった。


「ターニャ選手、所定の位置につきたまえ」


 審判に催促されるもターニャの取った行動は別のものである。


「ケビン君! 私よ、ターニャよ!」


 ターニャは試合を始めるよりも、ケビンに呼びかけて当時のことを謝ろうかと思っていたが、対するケビンの頭の中には?マークがついているのだった。


 そんなケビンが当たり前のように聞いた内容は、普通の人にとってはなんでもないことだが、ターニャにとっては心を抉り、切り裂くものであった。


「あなた、誰ですか?」


「――!」


 初めて見る人に向けるような視線をケビンに投げつけられて、その言葉にターニャは瞳からボロボロと涙を流してその場で膝を着くのである。


 自分のしでかしたことによる結果をまざまざと見せつけられて、戦意がなくなり心が折れてしまったのだ。


 その光景を見た観客たちは呆然として、同じく見ていたサラは当たり前のようにこの後の予想を立てるのであった。


「ターニャちゃんはダメね。もう、戦えないわ。ケビンの不戦勝ね」


 舞台上では泣いているターニャを見て審判もわけがわからなくなるが、進行役としての矜恃か、再度開始戦へつくことを促すのである。


「ターニャ選手、所定の位置に」


 そんな審判の呼びかけに、ターニャは自らの敗北を宣言することとなる。


「ッ……私には……戦えません……」


「それは、降参するということでいいのかね?」


「……ッ……はい……」


「勝者、ケビン選手!」


 こうしてわけのわからぬまま、10回戦は終わりを迎えたのである。泣いていたターニャは役員に連れられて舞台を後にしたのだった。


 残されたケビンは唖然とするしかない。目の前の対戦相手がいきなり泣き出したかと思えば、そのまま降参したのだ。


 しかし、楽に単位を獲得できたかと思えば、それはそれでいいかと納得してしまうのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――フェブリア学院・選手控え室


 足早に駆けつけてくる音が控え室に響くと、そのドアが役員の手によって開放される。


「さ、三将の方は、入場口へと向かって下さい!」


「!?」


 ターニャが控え室から出て行きさほど時間も経っていないのに、もう次の選手を呼ばれたことに、控え室に残る選手は混乱を避けられなかった。


「どういうことだ!? ターニャは負けたのか!?」


「わけがわからないよ」


「すみません、ターニャは負けたのですか!?」


 少女から受ける質問に役員が口を開いた。


「降参しました」


「!?」


 更に告げられた内容に選手たちは、動揺を隠せずに混乱するばかりである。


「おいおい、一体どうなってやがる」


「とにかく気をつけるしかない。ここでは情報が得られないからね」


「はい、行ってきます」


 穏やかな顔つきの選手にかけられた言葉により、少女は改めて気を引き締めなおすと、入場口へと向かうのであった。

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