第205話 親善試合 団体戦③

――フェブリア学院・選手控え室


 闘技場から聞こえてきた歓声の後に役員が来ないことがわかると、穏やかな表情を浮かべた選手は安堵して声をもらすのであった。


「どうやら勝ったみたいだね」


「それにしても、時間かかってたな」


「カモックとやりあえる選手なんて、あの2人では荷が重かったね」


「魔術師タイプだしな、仕方ないだろ」


「他にはもういないことを願うしかないよ」


「どっちにしろ、こっちが負けることはないだろ?」


「負けることはないけど、カモックが持たないかもしれないね。1試合目で長い時間戦ってしまったし……念のために君は心構えだけしといてくれる? 可能性がないとは言いきれないから」


 穏やかな表情を浮かべた選手は、少女に対してそう指示を出した。


「わかりましたわ」


「まぁ、仮に先輩が負けたとしても、お前が出れば片がつくだろ」


 こうして、フェブリア学院の中堅になる選手は、いつ呼ばれてもいいように心構えをしておくのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――ミナーヴァ魔導学院・選手控え室


 ターナボッタが負けてしまい、ミナーヴァ魔導学院側は残すところ2年生2人と1年生1人だけになってしまった。


 国王は既に消化試合として諦めており、それは選手にしても同様であった。


 三将の選手と副将の選手は諦めムードの中、役員に呼ばれては控え室を後にしていった。


 そんな選手が善戦をできるはずもなく、さっさとカモックによって倒されてしまう。


 そして、他に誰もいなくなった控え室でケビンは独り言ちるのであった。


「やる気ないにしても少しくらいは粘れよ」


 そんなケビンの元に大会役員が呼びに来る。


「大将の方は入場口へと行って、待機してください」


「わかりました」


 ケビンは散々待たされて座り疲れたのか、軽くストレッチをして入場口へと向かっていくのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 闘技場では団体戦最後の試合となる、ミナーヴァ魔導学院の大将の出場を冷めた感じに待っていた。


 その原因として先の三将と副将があまりにもやる気なく、あっさりと試合が終わってしまったからだ。


 学年も下がっていたこともあり3年生の出番はもうないのだろうと考えて、大将もきっとやる気なくあっさりと負けるのだろうと踏んでいた。


 そんな観客たちはこの後に予想だにしない色んなことが巻き起こり、混乱の坩堝に陥るのだった。


「ミナーヴァ魔導学院大将、1年生のケビン選手」


 まばらな拍手の中で出てきたのは、見るからに子供であった。観客たちは紹介にあった1年生という学年もそうだが、出てきたのが子供であったので二重の意味で驚愕した。


「ケビンくーん、頑張ってー!」


「ケビン君、負けないで!」


「ケビン様、勝つと信じております」


「ケ、ケビン様、絶対勝てましゅ!」


「ケビンさまー! 今日も神々しいです!」


「ケビン様、団体戦が終わりましたら、お食事の用意を致しますので」


「ケビン様、頑張って」


 一斉に沸き起こるケビンへの応援でケビンがそちらに視線を向けると、そこには応援に来ると言っていたティナたちを始め、実家のメイドたちにサラまでもがやって来ていた。


「あらあら、ケビンったらモテモテね。お母さん、妬けちゃうわ」


「はぁぁ……母さん何してんの?」


「応援に来たのよ? 王都なら近いしすぐに来れるもの。今日はめいいっぱい楽しんでね」


 ケビンとサラが会話をしていると、周りの者たちは子供の応援に駆けつけた家族との会話を生暖かい目で見守るのだった。


 そんな和やかなムードの中、更なる乱入者が混ざってきて観客たちを混乱させるのである。


「ケビンさまー! ケビンさまー!」


 一生懸命叫んでいるのは誰であろう、アリシテア王国の王女その人であった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――アリシテア王国サイド


 時はほんの少し遡り、テーブルでのんびりとお茶を楽しんでいた3人は後1試合で終わることとなり、ほぼ試合に関しては関心がなくなっていた。


 そんな中、アリスがあることに気づいた。


「? この気配……」


「どうしたのアリス?」


「お母様、ミナーヴァ魔導学院の入場口に、ケビン様に似た気配を感じます」


「? あら、確かにそうね。でも、ケビン君は学院でお勉強中なはずよ?」


 2人が疑問に感じていると、大会役員のアナウンスから確定的な情報が入ってくる。


「ミナーヴァ魔導学院大将、1年生のケビン選手」


 それと同時に沸き起こるケビンへの応援でアリスはいても立ってもいられずに、手すりへと駆け寄り目視にてケビンを視界内に収めると構わずに叫んだ。


「ケビンさまー! ケビンさまー!」


「アリス、はしたないわよ」


 マリーに窘められてもアリスの頭の中はケビンでいっぱいになっており、ケビン優先の行動を取るのであった。


「お母様! 下に参りましょう! サラ様がいらっしゃるところの方がケビン様をより近くで見られます!」


 アリスは強引にマリーの手を引っ張ると、下へ連れていこうとするのである。


「仕方ないわねぇ、あなた、サラのところへ行ってくるわ」


「ま、待つのじゃ。儂も行く!」


 そんな国王たちの行動に待ったをかけるものがいた。今回、護衛についている騎士団長だ。


「陛下! 一般席は危険でございます。何卒ご再考を」


「構わん。サラ殿の近くいることほど、この世で最も安全な場所は他にはない!」


 こうして、最強の矛が最強の盾となる場所を提示されて、騎士団長は何も言い返せずにいた。


 実際、自分たち騎士よりも圧倒的に強い人の近くで観戦するのだ。賊など出てきても相手に同情するだけである。まぁ、実際は賊だから同情の余地はないのだが。


 せめて、そこへつくまでの道中の警護は抜かりなく行おうと、騎士団長も国王たちの後に続くのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ケビンがアリスの姿を確認すると、相変わらずのはしゃぎっぷりに苦笑いするのであった。


(相変わらず元気そうで何よりだよ)


「ケビン、アリスちゃん……多分、ここに来るわよ?」


「えっ!? いやさすがに王族が一般席に来ることはないでしょ」


 そんなケビンの常識的な考えも、アリスの行動力を前にしては儚くも崩れ去るのである。


「ケビンさまー! 会いに来ましたー!」


 いきなり現れた王族に観客たちはモーゼのように自然と道を空けて、サラのところまで一直線に道ができあがる。


 アリスだけならまだしも、その背後にはこの国の国王と王妃までもがついてきていたことに、ケビンは呆気に取られ観客たちは我が目を疑った。


 審判も例には漏れず、試合を進行しても良いのかどうか混乱が後を絶たないのであった。


「ケビン様、頑張って下さい!」


「アリスはいつ見ても元気いっぱいだね」


「はい! アリスの元気の源はケビン様です!」


「ケビン君、頑張るのよ」


「ケビン、応援しとるぞ」


「いやいや、陛下にマリーさんまで……一般席に来たら不味いでしょ」


 ケビンは当たり前の指摘をするのだが、返ってきたのはご最もな意見であった。


「あら、サラのそばより安全なところがあるの?」


「マリー……私をだしに使う気?」


「いいじゃない。大好きなケビン君を応援するためだもの。貴女の自慢の息子を応援するのよ? 一緒にいてもいいでしょ?」


「それならしかたないわね。貴女は言いだしたら聞かないんだし」


 サラも自慢の息子を応援するためとあっては、断りようがなかったこともあるが、1度言いだしたら聞かないことは昔から知っているので半ば諦めていた。


「マリーさん……今度は俺をだしに使いましたね?」


「これが処世術ってものよ」


「はぁぁ……相変わらず奔放な方ですね」


 そんな中、混乱していた審判が恐る恐る国王に尋ねてみた。


「あ、あの……陛下、試合を進めてもよろしいでしょうか?」


「おお、すまんな。進めてくれて構わん」


 審判の言葉に軽く返す国王であったが、当の審判は国王自ら謝罪したことによって、より一層萎縮してしまいぎこちなく対応するのであった。


「め、滅相もございません!」


 審判が気を取り直して所定の位置につくと、開始の準備に取り掛かる。


「これより第9回戦を開始する。両者は所定の位置に」


 ケビンは所定の位置につく前に、相手選手へ質問をした。


「ねぇ、お兄さん」


「何だ?」


「剣と魔法のどっちで戦って欲しい?」


「俺は剣士だぞ。魔法だと負けるぞ? 剣だとしても負けるがな」


「負けないよ?」


「ならば魔法だ、世の中は広いってことを教えてやる」


「わかった」


 ケビンが所定の位置につくと審判が確認を取って、開始の合図が宣言された。


「第9回戦……始め!」


 カモックが一気に間合いを詰めると、袈裟斬りにしてケビンを斬りつけたかのように見えたが、そこにケビンの姿はなかった。


 キョロキョロと辺りを見回すカモックが後ろを振り返ると、元々自分がいた開始位置にケビンが立っていた。


「なっ――!」


「魔法って凄いよね? 剣士相手でもまともに戦えるから」


 再びカモックがケビンに肉薄すると剣を振り下ろすが、やはりそこにはケビンの姿がなかった。


「こっちだよ」


 カモックが振り返ると、ケビンは自分の開始位置で立っていた。その戦闘光景にサラたちを除いてあらゆる者が愕然とした。


 家族も応援に駆けつけていたこともあり、負けるとしても少しは頑張って欲しいと応援していた観客たちも、今となっては目の前で起こる光景に我が目を疑い混乱するばかりである。


 そしてカモックと観客たちを、更に驚かせる行動がここから始まる。


「《ファイアボール》」


「っ!」


 ケビンが魔法を放つと、呆然としていたカモックが慌てて避ける。避けたあとも呆けるのが収まらず、たった今起こった現象が理解できないでいた。


 目の前の子供が詠唱もなしに、魔法を撃ち放ったのだ。今までそんなものは見たことないし、聞いたこともなかった。


 小さい頃から剣の道に生きてきた彼は、極々誰もが知っているような魔法の知識しか持っておらず、魔法を使うには詠唱が必要という、ありふれたことまでしか知らないのだ。


 学院の授業でも魔法に関することは、端から除外して捨てている。それ以外の教科と実技のみでSクラスを維持し続けてきたのだ。


 そんな彼の常識が、今、脆くも崩れ去ってしまった。


「《ファイアボール》」


「――!」


 再びカモックへ魔法が放たれる。今は、混乱するより現状を打破することの方が先決だと、無理矢理頭の中の混乱を隅に追いやった。


「これでわかった? 魔法でも勝てるんだよ。世の中の広さはわかったかな?」


 まさか自分が相手に対して使った言葉を、そのまま実践され返されるとは夢にも思わなかった。


「だが、単発だけならまだやりようはある」


「そう言うと思ってたから、ちゃんと用意してあげるよ。《ファイアボール》《ファイアボール》」


 ケビンの周りには火球が2個浮かんでいて、それをカモックに対して解き放った。


 カモックは迫り来る火球を見定めると、1個は剣で切り払い、もう1個は避けて躱した。


「《ファイアボール》《ファイアボール》《ファイアボール》」


 続けて放たれたのは3発であった。それでもカモックは磨きあげられた剣士としての技量で、その攻撃をいなして見せた。


 そんなカモックの姿を見て、ケビンはさすが代表に選ばれるだけはあると、内心でカモックを賞賛して次の段階へと移行することに決めた。


 魔法名を回数分だけ言い続けることを面倒くさいと感じたケビンは、最初から数の多い魔法に切り替えた。


「《ファイアアロー》」


 ケビンの頭上には数多の火矢が顕現して、それを見たカモックは焦りとともに高揚感を感じている。


 未だかつて魔法のみでここまで圧倒されたことがなく、高鳴る鼓動を押さえつけることもできずに、口元には挑発的な笑みを浮かべていた。


 彼を知るものが今の姿を見たらその顔つきに驚くことだろう。普段からあまり感情を表に出して喋ることもなく、黙々と鍛錬を繰り返して自己研鑽に励んでいる姿しか知らないのだから。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――ミナーヴァ魔導王国サイド


 ココに口をあんぐりと開けて間抜け面を晒している国王がいた。周りに身内しかいないのがせめてもの救いか。


「な、なあ……俺の目がおかしくなったのか? あの生徒、詠唱しておらんぞ」


「私にもそう見えますね」


「確かあれはまだ研究段階で、小節を幾つか省くまでしかいっておらんかったはずだ」


「あの子は魔法名しか言っておりませんね」


「お父様、あの領域まで昇華された魔術師ならば、近接戦闘職とも充分に渡り合えます。現に相手の生徒を圧倒していますし、この試合勝てるのでは?」


 王女からの言葉に国王ももしかしたら勝てるかもしれないと少し期待に胸を膨らませるが、それよりも気になることが頭をよぎる。


「それにしても、アリシテア国王と知己であるのか? 一般席に下りてまで家族揃って応援しておるぞ」


「もしかしたら、あの子ではなくて? 学院の入学試験の際にアリシテア国王の紹介状を持参してきたという子供は」


「そういえば、そんなことがあったな」


 ケビンは確かに紹介状を持参したが、国王が便宜を図るまでもなく普通に合格点を取得していたので、印象に残ることもなかったのだ。


 仮に僅かでも不合格という結果が齎されていたのなら、便宜を図って合格にするということもできたであろうが、結局、何もすることなく終わってしまったのだった。


 落ち着きを取り戻しつつある国王の視線の先では、火球ではなく火矢が形成されているところであった。

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