第202話 気だるげなラッセル
親善試合というイベントが公表されてからも、相変わらずケビンは魔術関連の勉学に勤しんでいた。
目下ハマっている科目は《魔導工学・基礎課程》と《術式方陣学・基礎課程》である。
《魔導工学・基礎課程》はもちろん魔導具作製において知っておくべき基礎の内容を学べるもので、《術式方陣学・基礎課程》はここへ来て初めて知った分類である。
その他にも《魔法学》、《詠唱学》、《古代学》、《錬金学》、《召喚学》と、それらに付随する《基礎課程Ⅰ~Ⅱ》、《応用課程Ⅰ~ IV》、《実践課程Ⅰ~ IV》、《理論課程Ⅰ~ IV》と多岐にわたって種類がある。
《魔法学》は、一般的な魔法に関する知識や技術を身につける学問で、魔法使いが使う魔法はここに分類される。
《詠唱学》は、その名の通り詠唱に関して学ぶもので、詠唱技術を高めるための学問であり、研究所では【詠唱省略】の研究が進められている。
《古代学》は、失われた魔法の歴史を学び、再現するために必要な知識や技術を身につける学問で、古代言語等を読み解く必要があり、最難関の科目として知られている。ただし、未だ再現できた試しはなく、ただの考古学者的な扱いを受けている。
《錬金学》は、錬金術を学ぶための知識や技術を身につける学問で、鍛冶スキルと合わせることで相乗効果が生まれるらしいが、感覚畑の鍛冶屋と理論畑の錬金術師では折り合いが悪く、一緒に仕事をすることがほぼないらしいが、たまに錬金学を学んだ鍛冶師が凄腕として世に出るそうだ。
《召喚学》は、使い魔を召喚するための知識や技術を身につける学問で、《術式方陣学》を学んでいないと全く意味のない学問であるために、セットで受ける学生が基本的に多い。
ケビンのハマっている《術式方陣学・基礎課程》は、本来の目的として儀式の際に使用することがほとんどで、別の目的としては、戦争時に大規模魔法を使う際に用いたり、はたまた、使い魔を召喚する際に用いたりするようである。早い話が魔法陣のことである。
ケビンはそれを魔導具に流用できるのではないかと思い至り、実現させるためにも近年稀に見る努力ぶりを発揮するのである。
それに、ちょっとだけ使い魔召喚というものに興味を惹かれたこともあり、そのうち召喚を試してみようかと思っていたりもする。
一般的に知られている使い魔は小型の従魔が多く、手紙を運ばせたりちょっとしたお使いを頼んだりするものがほとんどで、少数派では、戦闘に参加させることのできる従魔を喚び出せたりすることもできるみたいで、冒険者の中にはそういった連中もいるらしい。
そんなケビンは全科目の《課程Ⅰ》を履修登録しており、一部界隈では稀に見る変人扱いを受けているが、それは本人の知る由のないことであった。
今日も今日とて、変人ケビンは空いた時間に1人黙々と図書室にて読書に耽っていた。魔導学院と言うだけあって魔術関連の蔵書が多岐にわたって揃えられており、読むに事欠かないのだ。
そんなケビンに近づく人影があった。気だるげにポケットに片手を突っ込み、踵を擦りながら歩いてくる。
「あぁぁ……んー……うん? ……そうそう、ケビンだったな」
「人違いです」
楽しい読書の時間を邪魔された挙句、人の名前も満足に覚えていない担任に対して関わりたくないケビンは、軽くあしらうことにしたのだった。
「……ジョージか?」
「……」
「ジョンって面構えでもないしなぁ……ジョニー、ジョナサン、ジョセフ、ジョーダン……」
このままでは飽きるまで、名前を列挙していきそうな雰囲気だったので、仕方なくケビンは相手をすることに決めた。
「“ジョ”だけで何人知り合いがいるんですか?」
「1人もいないぞ。思いついた名前を言っていただけだ」
「……それで、何か用ですか?」
「あぁぁ……お前、選ばれたぞ」
「何に?」
「代表者」
「何の?」
「親善試合」
「了解」
「ふぅ……お前、俺のこと敬ってないだろ?」
「敬える要素があるなら、是非ともご教授願いたいですね」
「担任だ」
「却下」
「お前、変な奴だな」
「先生ほどではないですよ」
「まぁいい。伝えたからな、聞いてないとか言うなよ」
「伝え忘れがない限り言いませんよ」
「……」
ラッセルはしばし考え込むと、何か喉の奥で引っかかっているような気がしてならないが、思い出せない以上、重要なことではないと切り捨てて棚上げして帰ることにしたのだった。
「じゃあな」
「さよなら」
対するケビンも、ラッセルの反応から伝え忘れがあると感じていたが、大したことではないだろうと切り捨てていた。なぜなら、目の前の読書の方が優先されたからだ。
それからしばらくは誰にも邪魔されずに、図書室で1人の読書を楽しむケビンなのであった。
ケビンとは別で図書室を後にしたラッセルは、相も変わらず気だるそうに研究室へと戻っている最中であった。
「あぁぁ……帝が出るって伝え忘れたな……」
ラッセルは先程喉の奥で引っかかっていたものを、ひょんなことから思い出したが、引き返して教えるのも億劫だと感じてしまい、頭をボリボリ掻きながら廊下を歩いていくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の晩ご飯では食卓をみんなで囲みながら、ケビンが代表者に選ばれたことを報告していた。
「今日、親善試合の代表者に選ばれたよ」
「良かったわね、ケビン君」
「単位取り放題。羨ましい……」
「ケビン様、親善試合は応援に行きますね」
「私も行くわ」
「私も」
「残ってても特にすることないしね、構わないよ」
その日の団欒は、ケビンが学院でどんなことを学んでいるのかになり、ニーナは卒業生ということもあり話についていけたが、ティナは置いてけぼりを食らってしまいむくれるのであった。
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