第201話 宝くじを当てるようなもの

 ケビンが魔導学院へ通いだしてから2ヶ月が経過していた。季節は夏に移り変わり徐々に暑くなる日差しとともに、日々勉学に勤しんでいる。


 周りのクラスメイトとも世間話をするぐらいには打ち解けて、脱ボッチを達成しておりそれなりの付き合いをしていた。


 やはり魔術に関する共通の話題があると議論を講じたりして、コミュニケーションを図れたことが大きな要因となっている。


 そんな順風満帆なケビンの日常に、ある日の朝、担任のラッセルから思いもよらぬことを示達される。


「あぁぁ……2ヶ月後にお隣のアリシテア王国と親善試合がある。うちは魔術特化の学院だから、剣術を教えている相手国に毎回苦渋を飲まされているが、やりようによっては勝てることもある。あとは運が必要だな」


「先生、私たち1年生も出ないと行けないんですか?」


 クラスメイトの1人が当然の質問すると、ラッセルが気だるげに答えた。


「んあ? 出場しなくていいならそもそもこんな話はしないだろ……代表による試合となるが、この試合には4年生は出ない。あいつらは卒業研究や論文で忙しいからなぁ。よって1~3年生の中で選抜される」


 それからの説明は簡単なものだった。試合は7人による団体戦と個人による総当たり戦で、代表者は出場して勝つと任意科目での単位の取得が可能らしく毎年若い年代の人が申し込むらしい。


 ちなみに歳を召している人たちは若い年代の子に打ちのめされたくないため、保身に走って参加しないそうだ。


 つまり早い話が、苦手な科目の単位を労せず得られるということになる。ただし、代表者に選ばれた上に勝つという労力は必要になるが。


 1年生は入ったばかりで苦手も何もない状態のことが多いらしく、代表に選ばれるのは稀だが選ばれた際に勝つことができたら、単位は使うまで保留にすることができるらしい。


 何故ここまで生徒にとって有利な条件が付いているのかは、単位を餌にして何としてでも勝って欲しいという学院の思惑があるからだ。そこまでするほどこの学院はアリシテア王国に負け越しているらしい。


 単純に考えて、限られた空間での近接職と魔術師のバトルである。勝てる見込みがないのも当然と言える。あるとすれば団体戦ぐらいだろう。


 対戦相手が仮に魔術師だった場合はやりようによっては勝てるし、ラッセル先生が言った“運”が必要になってくるというのも、ここに起因しているのだろう。


 運悪く対戦相手が剣士だとしたら、勝つためには【無詠唱】か【詠唱省略】しかない。最低限【高速詠唱】で運が良ければ何とかなるかもしれないと言ったところだ。まぁ、剣士と当たった時点で運はないのだが。


「あぁぁ……ちなみに今回に限り対戦相手に勝った場合は、1勝につき破格の6単位が得られることに決まったぞー」


「先生、何故ですか?」


 先程同様、クラスメイトの1人が質問する。どうやら気になることはどんどん聞いていくタイプらしい。


「そうだなぁ……今年の親善試合は、こう言っちゃなんだが……」


「「(ゴクリ……)」」


 そこで一旦言葉を区切ると、勿体つけるラッセルに生徒たちは固唾を飲み込む。


「全敗が確定している」


「……」


 ラッセルが発した言葉に生徒たちは沈黙した。やる前から負けが確定していると言われたことに対して、理解が追いつかないのだろう。


「あぁぁ……そのせいもあってか今年の応募者は激減していてなぁ、1年生にとってはチャンスということだ」


「全敗が確定しているのにですか?」


「人の話を聞いていたか? 最初に言っただろ、運次第なんだよ。もしかしたら、当日に対戦相手が病気になるかもしれないだろ? そしたら戦わずして不戦勝だぞ? ラッキーなことこの上ないな。あぁ羨ましい……」


 ラッセルは投げやりな態度でほぼありえないことを言ってのけるが、実際、ラッキーに縋るしか勝ち目はないのだろう。


「でだ、とりあえず現段階で申し込みたい奴はいるかぁ? あぁぁ……自分の運を信じてみるのも手だぞー?」


 ラッセルの言葉に、生徒たちは辺りを見回すが誰も手を挙げようとする者はいなかった……


 かに思えたが、窓際最後尾で手を挙げる1人の生徒がいた。端っこの最後尾とあって目立たなかったのである。


「お前は確か……んー……ケビンだな?」


 未だに生徒の名前がスラスラと出てこない担任に対して、ケビンは研究のことにしか興味がないのだろうと推察する。


「申し込むのか?」


「当たればラッキーですから」


「まぁ、そうだなぁ……その感覚でしか今年は乗り切れないだろう」


 結局、ケビン以外には申し込む者がおらず、勝てないとわかっている相手に挑みに行くほど、向こう見ずな性格の者はいなかったらしい。


 そんなケビンに対する周りの評価は、まさに“当たればラッキー”と言ったところで、宝くじを買っている人を見ているかのようなものだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「へぇーケビン君、親善試合に申し込んだんだ」


「今年は1勝するごとに6単位貰えるって聞いてね」


「全勝確定」


「確かにケビン君にとっては、美味しい話ね」


 ケビンたちは今、プリシラの作った晩ご飯を食べている最中であった。未だにティナたちはまともな料理を作れず、台所を預かるのは以前と同様にカロトバウン家のメイドである。


 ケビンが学院を卒業するまでにまともな料理を作れるようになるのが2人の目標らしく、プリシラ指導の元、切磋琢磨しているようだ。


 そんな2人に対してプリシラは普段通りのメイドとしての業務をこなしており、借りた家の管理維持を行っている。


 家の中のことを全てプリシラがやっているので、暇を持て余している2人に対して少しは手伝うように言い聞かせたが、プリシラから「仕事を増やさないで下さい」と言われ、その時の姿ときたら随分と落ち込んでいた。


 手伝っているはずなのに仕事を増やすとは、2人には家事の才能がないのだろうか?


 そんな2人には何もさせず遊ばせておくわけにもいかないので、冒険者活動をさせたり食事の買い出しをさせたりと、失敗しなさそうな落としどころを見つけてやってもらうようにしている。


「ケビン様、お食事が終わりましたら湯殿に入られて下さい」


「わかった」


「後でお背中を流しに参りますので」


「それは遠慮する」


「……」


 こんな感じでプリシラはことあるごとに世話を焼こうとするのだが、その頻度が半端ない。


 ティナさんたちも一緒に風呂へ入ろうとしてくるが、それを許してしまうとプリシラが風呂に突撃してくることがわかっているので、今は1人の時間が結構持てたりしている。


 そんな感じでミナーヴァでの生活を送りながら、俺は日々を過ごしていくのだった。

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