第169話 職員の驚き
~ 高級宿屋【夢見亭】side ~
今日はいつもと変わらない暇な時間を過ごしていた。ここの受付を始めてから忙しくなったことがない。
その理由としては、宿泊料金が高いということが言えるだろう。まだ最低ランクの金貨1枚ならなんとかなる。かの有名な保養地タミアにも同じ価格帯の宿屋があるのだから。
だが、ここの都市には温泉などなく、あるのはダンジョンだけ。客にしても見慣れた常連ばかり。
ほとんどの冒険者は、最低ランクの部屋に宿泊している。稼ぎが良くなると、部屋のランクを上げて移動したりもする。
どのランクの部屋に泊まっているかが、一種のステータスになるそうだ。見栄っ張りもいいところね。そんなことを自慢するのなら、最上階に1度でも宿泊してみせなさいよ。
そんなことを思い浮かべつつ、私は就業時間が過ぎるのをただひたすら待っていた。
そんな中、見慣れない子供と大人たちが入って来た。その中の1人は使用人の服を来ている。貴族の子息でも泊まりに来たのだろうか?
せっかくの新規であるお客様だ。ここは是非とも宿泊して頂かなければ! 使用人がついているんだから、最低ランクの部屋ってことはないわよね。
説明を行うと、どうやら4人部屋が希望みたい。それなら、7階より上に余り部屋があるわね。
これで、最低でも金貨3枚が確定したわ。貴族ならSランク部屋を取るかもしれないし、もしかしたら5枚確定!?
「そう。みんなは何階がいい?」
多数決にするの? 意外と配下思いの貴族なのかしら?
「最上階!」
いや、いくらなんでもそれはないわ。今まで、そこに泊まった客はいないのよ。
「弁えるべき。連泊するほどお金がない」
えっ!? お金ないの? もしかして貧乏貴族!? ということは、Cランク部屋に確定かしら。
「私はケビン様に従います」
まぁ、使用人ならそうよね。
「うーん……ルル、本音で言ったらどこがいい?」
「……さ、最上階……」
そうよね……使用人からしてみれば、絶対に泊まることのできない部屋だものね。
「ちなみに、最上階って空いてるの?」
「はい。お恥ずかしながら、今まで誰も使用されたことはございません」
「えっ!? 何で?」
そりゃ、ビックリするわよね。最上階がお飾りになっているんだから。冒険者なんて泊まることはないわよ。
オーナーも採算が取れているから、最上階に関しては放置なのよね。このまま使われずに、お飾りになってもいいんでしょうね。
「決めた。そこにしてくれ。とりあえず1ヶ月分」
「えっ!?」×4
子供の言葉に、我が耳を疑ってしまった。1泊ではなく1ヶ月!? そんなに支払えるの? 親のスネでもかじるわけ? いや、子供だからかじってるんだった。とりあえず、再確認しておかないと聞き間違いかもしれないし。
「あ……あの、お客様? 本当に借りられるのですか? 1ヶ月間も……」
「いや、あくまで目安だからね? ここにいる期間は未定だから、1ヶ月以上にもなりうるよ」
えっ!? まだ増えるの!? 1ヶ月以上って……もしかして大貴族の子息なのかしら!?
「ケビン君! 私が言うのもなんだけど、お金をそんなに持ってないよ!」
「そうだよ! 思い直して!」
「……」
あ、やっぱりお金ないのね……貴族ってプライド高いから、見栄でも張ったのね。そこら辺は冒険者たちと一緒ね。
「お金は俺が払うし問題ない」
そこは“俺”じゃなくて“親”でしょ? カッコつけたい気もわかるけど、スネかじりじゃカッコ悪いわよ。
「皆で泊まるんだし割り勘だよ!」
お金がないのはお付きの人たちってことね。そうよね、主だけに払わせるなんて気が進まないのね。
あら? 子供が何か渡してきたわね。何かしら……って! ギルドカードじゃない!? えっ、しかもAランク!? どういうこと!? ギルドカードは偽造できないはずよ!!
これで決済するの? 1ヶ月で金貨300枚よ!? 支払えるの!?
…………
う……うそ……できた……支払いが終わっちゃった……わけがわからない……親のスネかじりどころか、完全に自立じゃない……
まさか、最上階の初めてのお客様が子供なんて……しかもAランク冒険者だし……これは夢ね……夢見亭だけに夢を見ているんだわ……
「よし、支払いは終わった。これでまだ文句言うようなら、それぞれ別の宿に行ってね。ルル、行くよ」
「はい。ケビン様」
あっ、やばっ! お客様が行ってしまわれる。急いで呼び止めないと。
「まだ何かあるの?」
「コ、コンシェルジュがつきますので、暫しお待ちを!」
「あぁ……そんなこと言ってたね。」
私は急いで魔導通信機にて、職員待機所に連絡をする。
『やっほー♪ 職員待機所だよーナルちゃんどうしたのー?』
「誰でもいいから、コンシェルジュを急いで受付まで来させて!!」
魔導通信機は少なからず魔力を使うので、誰から受信しているかわかるために送信先の職員はとても対応が軽かったが、受付職員もといナルちゃんはそれどころじゃなかった。
『んー? ナルちゃんでも、説明できないようなことを質問されたのかなー?』
「違うわよ! 最上階に泊まるお客様いるのよ!」
『またまたーいくら暇だからって、わかり切ったイタズラは面白くないぞー』
「嘘じゃないわよ! 支払いも既に終わってるのよ! 1ヶ月よ!? 1ヶ月! 早く人を寄越してよ! 何か不機嫌だから急いで!!」
『え……うそ……』
「いいから早く!」
『……今、私しかいないんだよね……他のみんなは休みだったり休憩でいなかったりだし……私が不機嫌なお客様のところに行くの? ……ムリムリムリムリムリ! 無理だから! 最上階借りれるような人でしょ!? 絶対無理!!』
「ケイラしかいないなら、貴女が来なさいよ! 来ないとお客様に、ケイラが仕事を拒否ったって言うわよ!」
『ちょ、それ絶対に言わないでよ!? コンシェルジュは日替わりで当たるんだから! 急いで行くから絶対言わないでよ! フリじゃないからね!』
そこで通信は途絶えた……ナルはようやく使命が果たせたと、安堵するのである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
魔導通信機から離れ、私は急いで支度をする。ナルちゃんの言っていたことは、私にとって吃驚仰天であった。私でなくとも、ここの職員であれば誰しもそうなるだろう。
開店当時からのお飾り部屋に、宿泊する客が現れたと言うのだ。しかも1ヶ月……
もしもイタズラならば、これ程悪質なものはない。その時はナルちゃんを酷い目にあわせてやろう。
私は支度を終わらせて、急いで受付へと駆けつけた。こんなに走ったのはいつ以来だろうか? 息も絶え絶えに辿り着いた先には、使用人を後ろに控えさせた子供がいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「俺からしたら、もう少し優雅に来て欲しかったんだけど?」
「も……もう……はぁはぁ……しわけ……はぁはぁ……ありません」
それはあんまりだろう……こっちは急いで駆けつけたというのに……確かに優雅さには欠けるけどさぁ。
「とりあえず息整えなよ。会話にならないから」
ありがたい……ぶっちゃけ苦しい……
「ケビン君……私たちも、一緒に泊まっていい?」
「離れ離れは嫌」
ん? 何か揉め事かな? お付きの人は一緒に泊まらないの?
「そんなに離れたくないなら、反対しなきゃいいのに」
「だ……だって、お金が……」
「俺が支払うって言ったろ?」
「ケビン君だって、そんなに使ってたらお金がもたないし」
そういえば、ナルちゃんが不機嫌って言ってたな。支払い関係で揉めたのかな?
「これからは、爵位手当が国から入ってくるんだから、使わなきゃ貯まっていく一方なんだよ」
えっ!? 爵位手当? それって爵位を持つ人が、国から貰う給料みたいなものだよね? この子供って爵位持ち!? 貯まるほど貰えるの!?
いやいやいや、冷静になれ私! 子供が爵位を持つわけがない。きっと親のスネかじりだな。
「でも、ケビン君が支払ったら、私たちも溜まっていくし」
「自分の好きなことに使えばいいんじゃない?」
えっ!? この子割り勘じゃなくて、1人で全額支払ったの!? 金貨300枚だよ!? 一体何処のボンボンだよ!!
そうだ、ツッコんでる場合じゃなかった。あらかた息も整ってきたし、仕事をせねば。
「よろしいでしょうか? 最上階へと案内させて頂きます。それと、こちらを」
私はカードキーを渡して魔導昇降機の説明をする。子供が自然な動作で10階を押すと魔導昇降機が移動を始めた。
「きゃっ! う、動き出したよ!」
「地面が離れていく」
「……」
なんか慣れてない? 落ち着いているし……連れの人はあんなにはしゃいでるのに……あ、使用人は怖がっているわね。大抵の人ははしゃぐか怖がるかだもんね。
「大丈夫だよ」
うわっ、何そのイケメンサポート! さり気なく手とか繋いじゃって……使用人がメロメロになってるじゃない!?
最上階に着いたら、部屋の説明を一通り済ませて私は退室した。一体何者なんだろう……これは急いでナルちゃんに問いたださなければ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケイラは受付へとやってくると、ケビンについて捲し立てていた。
「ナルちゃん! あの子何者!?」
「私も驚いてるんだよ!」
「何処のボンボンよ!?」
ケイラは興奮冷めやらぬ感じで、ナルに問いただしていく。
「何処のボンボンか知らないけど、確実にわかってるのはAランク冒険者ってことよ」
「は……? いやいやいや、あの子供がAランク冒険者なわけないでしょ?」
「Aランク冒険者よ。支払いはギルドカードだったんだから」
「……う……そ……」
「ケイラだって、ギルドカードが偽造できないことは知ってるでしょ? それに、他人に貸したりとかもできないのよ?」
「つまり……親のスネかじりじゃないってこと? 自分で稼いだ金で1ヶ月分支払ったの!?」
「もし、親からお金を貰って入金とかしてなかったら、そういうことになるわね」
「じゃあ……じゃあさ、さっきチラッと盗み聞きした、爵位持ちって本当のことなの!?」
「えっ!? そんなこと話してたの!?」
「うん……爵位手当が出るから、使わないと貯まる一方だって言ってた」
「……」
「ヤバいわね。あの歳で、Aランク冒険者でありながら爵位持ちの貴族。失礼があったら、闇に紛れて消されちゃうかも……」
「このことは、全職員に知らせて徹底させなきゃ。最上階……そこの初めてのお客様がとんでもない人になるなんて……」
「でも、女の子には優しそうだったよ? 魔導昇降機で使用人が怖がってたら、そっと手を繋いで落ち着かせていたから」
「そうなの? 貴女が来る前だと、お付きの人は置いていかれてたわよ?」
「あぁ、それは支払いの件で反対したからじゃない? 本人も、離れるのが嫌なら反対しなければいいのにって言ってたし」
「確かに反対していたわね……とにかく! 最重要人物だから、対応には注意しましょ!」
「それはそうと、お客様のお名前は? 受付処理したんでしょ?」
「えーと……ケビン様ね」
「家名は? 貴族なら家名があるはずでしょ?」
「書いてないわ。大体みんな家名までは書かないし、気になるなら本人にでも聞いてみたら?」
「嫌よ! 不敬罪で死にたくない」
「それなら、早く仕事に戻った方がいいわよ? 呼び出しに応じないコンシェルジュなんて不敬でしょ?」
「ッ! そうだった!! まだ他のみんなは休憩でいないんだった!」
ケイラは慌ててコンシェルジュの職員待機室へと、急いで戻るのだった。
「さて、私は各部署に通達でもしようかしら」
ナルは開店以来、誰も宿泊しなかったロイヤルスイートに宿泊する客がいることと、その相手の容姿や地位なども伝え、失礼がないように徹底させることを各部署にお願いしたのだった。
こうして、ケビンの与り知らぬところで、職員たちは失礼のないように情報共有をして、如何なる時にでも万全の体制でことに臨めるように構えるのであった。
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