第170話 ダンジョン攻略の準備
ケビンはケイラと名乗った本日専属となるコンシェルジュに、ギルドの場所を教えて貰って夢見亭を後にすると、道すがらにあった洋服屋へと入っていった。
「ケビン様、服を買われるのですか?」
「あぁ、ルルのをね」
「私は使用人ですので、この服装で構わないのですが」
「目立つんだよ、ルルの服装は。だから、今から一般人になってもらう」
「ですが……」
「異論は認めないよ。それに俺はルルの私服姿が見たい。いつもその格好だろ? 色んな服を着ているルルが見たいんだよ」
「……ケビン様、そのようなことを言われましたら、反対できません……」
ルルは頬を赤らめ俯いてしまいケビンはその姿を目で楽しんでいると、ティナとニーナは呆れた視線をケビンに向けていた。
「とりあえず、店員さん。この子に似合う服装を数点見繕って貰える? 華美なものは必要ないから、動きやすい服装をメインで」
それからルルは店員に引きずられて店奥へと姿を消した。それからしばらくして戻ってきたルルは、メイド服から普通の服装に着替えており、街娘然とした姿に変わっていた。
「とても可愛いよ、ルル」
「――ッ!」
恥ずかしさで赤らんでいた顔はますます赤くなり、ルルはケビンと視線を合わせることが出来ずにいた。
それからギルドに向かって再び歩みを進めると、今度は武器屋を見つけてケビンは中へと入る。
「ルル、武器は何が扱える?」
「剣などです。暗器がメインになります」
「じゃあ、前衛をやってもらおうかな? そうすればバランスも良くなるし」
「ケビン様がなされないのですか?」
「俺がやると他のメンバーの成長に繋がらないだろ? 1人で充分なんだし。だから後方支援を主にするよ。そのかわり危なくなったら直ぐに介入するけど」
「なるほど」
「それと服も買ったことだし、ルルには普段着として冒険者服装になってもらう。俺たちは冒険者だからね」
店員にルルが装備できるような武器と防具を見繕ってもらい、そのまま支払いを済ませたあとは、装備させずに【無限収納】へと仕舞った。
「装備しなくて良いのですか?」
「折角ルルの私服姿が見られているのに、それを隠してしまうような装備をつけさせるわけないだろ?」
「――ッ!」
ケビンの言葉はまたもやルルのハートを射止めてしまう。それを端から見ているティナとニーナはゲンナリするのであった。
「ケビン君、いつにも増して切れ味が鋭いよね。あれで無自覚だから本当始末に負えないよ」
「むしろ、羨ましい……」
それからケビンたちはギルドへと到着して、現在はルルの冒険者登録を行っているところである。
「――以上で登録は完了となります」
「わかりました」
ルルが登録を済ませると、ケビンの所へと駆け寄ってきた。
「ケビン様、登録が終わりました」
「了解。それじゃあ、ダンジョンの情報でも集めようか」
ケビンはパーティーメンバーを引き連れると、受付へ足を進めていく。
「すみません、ダンジョンについて聞きたいんですけど」
「どのようなことでしょうか?」
「全部でいくつあるのか、何階層あるのか、踏破されているのか、途中で帰還出来るのか、攻略は続きからできるのか、あとは場所ですね」
受付嬢から説明された内容は、以下の通りだった。
・ダンジョンの総数は不明(発見されると数が増える)
・大陸中にダンジョンがあり、未発見のものがある可能性大
・踏破されているのは、所謂初心者向けダンジョン(全20階層)
・現在攻略中で1番深いのは65階層のダンジョン
・65階層のダンジョンは現在も攻略中で、どれ程の階層になるかは不明
・ボス部屋を抜けた先にある小部屋に、地上へ出られる魔法陣が存在
・先に進んでも魔法陣は消えず、何時でも帰還することが可能
・再度攻略を開始する場合は、入口脇にある魔法陣から攻略したことがあるボス部屋の魔法陣へ転移可能(どのような仕組みかは不明だが、ギルドカードに記録されている)
・ギルドカードを所持せずに入口の魔法陣に乗っても反応しない。ギルドカードを所持せずにボスを倒したら、帰還はできるが再突入は不可
・魔法陣のある部屋は、安全地帯となっており魔物が来ない
・この都市にあるのは、43階層まで攻略が進んでいる
・街の近くのダンジョンは攻略が進んでいない(街中という近場にあるため)
・他の国や街に行けば別のダンジョンがある
「――以上となります」
「わかりました。他に何か注意事項とかありますか?」
「クランについてはご存知でしょうか?」
「いえ、初めて聞きました」
「ダンジョン攻略を行う場合に浅層であれば少数で攻略可能ですが、深層へ近付くにつれて複数パーティーで補助しあいながら攻略します。そのパーティー同士で集まって作ったものがクランとなります」
「へぇー」
「現在、最前線で攻略中のクランは2つで、【
「どっちもどっちですね」
「その他にもクランはありますが、粗方強い冒険者は先の2つのクランにスカウトされ所属してしまい、他のクランは目立たないのです」
「そのクランに所属しなくてもいいんですよね?」
「はい。クランに入るかどうかは自由ですので」
そんな時に、後ろで傍観していたティナがある提案をしてくる。
「ねぇケビン君、新しいクランを作ったら?」
「何故その考えに行きついたの?」
「だって、何処のクランにも所属する気はないでしょ? それなら新しく作った方が早いじゃない」
ティナがドヤ顔でさもありなんと答えるが、ケビンは受付嬢に質問する。
「そんなことが可能なんですか?」
「クラン立ち上げ時に、Cランク以上であれば作ることは可能ですが、Cランクで作ったほとんどのクランは、上位クランに吸収されています」
「クランを作る上での、メリットとデメリットは?」
受付嬢が話すメリットとデメリットは、以下の通りであった。
・クランにも、冒険者ランクのようにクランランクがある
・複数パーティーを組んで団体にできる
・所属しているパーティーやソロで功績をあげると、クランの功績が上がる
・上記はクエスト達成でも同様である
・ギルドの仲介料が減額され、報酬は割増になる(売買関係)
・割合はクランランクによる
・クエストの制限がなくなる(明らかに無理なものは受注できない)
・有名になるとやっかみを受ける(ギルドは不干渉、自己責任)
・明らかに酷いものであればギルドに要相談(解決すれば手数料が発生)
・今は見かけないがクラン同士の決闘試合がある
・有名になると指名依頼がくる(クラン未所属冒険者と一緒)
・指名依頼は断ることができる(クラン未所属冒険者と一緒)
「――以上となります」
「うーん、どう思う?」
ケビンは、パーティーメンバーに意見を求めた。
「私は作る方に1票」
「私も」
「ケビン様にお任せします」
「それじゃあ、大したデメリットもないし作ろうか。仲介料が減って報酬が増えるのはありがたいし」
「では、資格があるかどうかの確認を行いますので、クランリーダーになる方はギルドカードの提出をお願いします」
「クランリーダー?」
「はい。パーティー内でリーダーをする場合の、クランバージョンです」
「それならケビン君だね」
「適任」
「ケビン様以外は考えられません」
ティナたちがケビン推しをした為に、ケビンは「別にいいか」という特に気にもしない感じでギルドカードを提示するが、受付嬢はそのカードを目にして思考が停止してしまう。
「…………」
「あのぉ?」
「………」
「もしもし?」
「……」
「ちょっと」
「…」
「ねえってば!」
「――ハッ!」
「早く手続きしてくださいよ」
「そ、そうでした。受け取ったギルドカードが金色に見えたもので、思考停止に陥ってしまいました」
「いや、金色ですよ」
「……」
「もう思考停止はいいから、早く手続きして下さい!」
「……あの……これ本物ですか?」
「逆に聞くけど偽物とかあるの?」
「……ありません」
「じゃあ、問題ないよね? 手続きしてください」
「……わかりました。クラン名をお決め下さい」
どこか放心している感じの受付嬢が抑揚のない声で言葉を返す。それを聞いたケビンはメンバーに良い案がないか聞いてみるのだが、思った以上に使えないものばかりだった。
「クラン名はどうする?」
「かっこいいケビン君と嫁候補!」
「優しいケビン君と仲良しクラブ!」
「崇高なるケビン様と崇拝者たち!」
「……」
1人狂信者的な発言をしている危ない感じのメイドがいたが、どれもこれもクラン名にするには、呆れるほどの内容のものだった。
次の案を聞いたところで、まともな回答が得られないだろうと早々に見切りをつけて、ケビンは1人で考えることにして結論を出した。
「…………よし、クラン名は【ウロボロス】でお願いします」
「わかりました。クラン名を【ウロボロス】、クランリーダーはケビンさんで登録させて頂きます」
「ケビン君、ウロボロスってどういう意味?」
「クランが永遠に続くように付けたんだよ。折角作ったのになくなったら嫌でしょ?」
「それは嫌!」
「確かに」
「さすがケビン様です」
「では次に、クランメンバーに迎える方のギルドカードを提出して下さい」
ケビン以外のメンバーが、それぞれギルドカードを提出した。
「え……Aランクが2人も……」
その言葉に疑問を感じたケビンが、受付嬢へと話しかける。
「そんなに珍しいんですか?」
「珍しいですよ! 新規クランにケビンさんを入れて、Aランク冒険者が3人ですよ? 珍しいに決まっているじゃないですか!」
「あの有名な2つのクランはいないの?」
「いえ、いますけど……それでも下位ランクから必死にクエスト受けて、Aランクに上がったくらいなんですよ!」
「なんだ……いるなら特に珍しくもないね」
それからケビンたちは手続きを終えて夢見亭へと帰るのだった。部屋に戻ると今後の方針を固めていく。
「先ずは明日からダンジョンに潜りたいんだけど、今更ながらに1つ気づいことがあるんだ」
「何に気づいたの?」
「俺たちに比べて、ルルの装備が弱いってこと」
「あぁ、確かに。有り合わせで揃えたものだしね。でも、ドワンさんの所に行くにしても、大分日にちがかかるよ?」
「そうなんだよ。だから魔法を作ることにした」
「それって素材がないから、代償が大きくなるやつよね? 私は反対よ」
「私も認められない」
「ケビン様、代償とはどういうことですか? 聞き捨てなりません」
「まぁ、とりあえず確かめるからちょっと待ってて」
ケビンはそう言うと俯き目を閉じた。その様子を他の者たちはただ見つめるだけしかできなかった。
『サナ、転移魔法作れるか?』
『可能ですが魔力が足りないために、いくらか体力を消耗します。若しくは空気中の魔素を使用します。体力消耗を選んだ場合は魔力が当然ゼロになっておりますので、魔力枯渇を起こしますから倦怠感が多大で気絶します。気絶しない程度に抑える場合は体力の消費が増えます。魔素の場合はデメリットなしです』
『じゃあ、魔素で補ってくれ。サポートは任せた』
『……スキル【創造】使用により【転移魔法】を作成。これにより魔法系統【空間魔法】を新たに取得しました。【時魔法】を既に覚えているため【空間魔法】と統合し、【時空魔法】へと昇華させます。……成功。以上で終わりとなります』
『助かった。サンキューな』
ケビンは目を開けると俯いた状態から顔を上げ、ティナたちに事の次第を伝える。
「ドワンさんの所へ行くために、転移魔法を作った」
「嘘!? 確認するだけじゃなかったの!?」
ティナが驚きを口にするが、ケビンは普通に返す。
「嘘じゃないし」
「ケビン君、凄い……」
「よくわかりませんが、さすがケビン様です」
「でも転移魔法って失われた古代魔法だよ!?」
「そうなの?」
「そうだよ! 過去に勇者パーティーの賢者しか使えなかったんだから」
「バレなきゃいいよ。ということでルル、ドワンさんの所に行こう。2人はどうする?」
「もちろんついて行くわよ」
「転移魔法体験したい」
「それじゃあ、みんな立ってくれるかな。座ったままだと尻もちつくよ? とりあえずドワンさんの家に客が誰もいないのを【マップ】で確認して……」
それぞれがその場に立つと、ケビンが魔法を発動するのを今か今かと固唾を飲んで見守る。
「よし、行くよ。《転移》」
宿屋の一室にいたはずが視界が暗転するとともに浮遊感を感じて、気づけばドワンの店に立ち尽くしていた。
「はい、とうちゃーく」
「「「……」」」
3人は初めての体験に言葉が出なかった。ティナやニーナは見慣れた店内の様子に呆然として、ルルは宿屋の部屋から景色が変わってしまったことに混乱した。
「ドワンさんいますかー?」
ケビンは【マップ】で確認していることはわかっているが、スキルのことは言えないので在宅確認のために呼びかけると奥からドワンが出てきた。
「懐かしい声がするかと思ったら、やっぱりケンじゃねえか」
「お久しぶりです」
「どうしたんだ? 街から出たんじゃないのか?」
「今日は依頼があって来ました。こちらの、ルルの装備品を是非ドワンさんに作ってもらいたくて。ルル、挨拶して」
ルルが呆然としていたところにケビンから声をかけられて、慌てて挨拶をする。
「カロトバウン男爵家に仕えております使用人のルルと申します。本日は、ケビン様に連れてこられてこの場に居合わせております」
「ほぉ……隙がねえな。使用人にしては只者じゃねえな? ところで、何で男爵家の使用人がケンと一緒にいるんだ?」
「それは――」
ケビンは、ことのあらましをドワンに説明しだした。
「そうか……記憶が戻ったのか。それでケンではなく、ケビンなわけか……良かったじゃねえか」
「ありがとうございます。それでルルには近接をしてもらおうと思いまして、武器は剣が扱えるみたいなんですけど身長もそこまであるわけではないし、身の丈に合わせた剣がいいかなぁって思うんですが、どうですかね?」
「んー……確かに身長がないから剣が無難だろうな。パワーファイターって感じでもなさそうだし、全身鎧よりも軽鎧がいいだろうな」
「素材はミスリルの魔力を込めたもので、お願いしても良いですか?」
「あぁ、構わんぞ。ちょっと待ってろ、今ミスリルを持ってくるからな」
ドワンが奥へと引っ込むと、ティナがケビンに話しかけた。
「ケビン君! 本当に転移しちゃったね!」
「貴重な体験だったでしょ?」
「そうだね、転移する前のフワッとした感覚に慣れるまでは大変かも知れないけど、とても信じられないよ!」
「そのうち慣れるよ」
ティナたちと会話をしていたら、ドワンが奥からミスリルを持って戻ってきたので、ケビンがそれに魔力を込め始めるとドワンがルルにどんな形の剣がいいか、防具はどのような物がいいかを質問していく。
ケビンはルルと粗方話が終わったドワンと世間話をしつつ、ダンジョンに潜ることやクランを作ったことを話して時間を潰すと、ミスリルが魔法金属に変化したところで、ドワンに確認してもらうと問題がなかったようなのでその日はそのまま店を後にした。
出来上がりは1週間を目処に受け取りに来ればいいらしく、それまではダンジョンの浅層を攻略することで予定を組んだ。
元々人気のない所に店を構えていたからか、帰りは難なくそのまま路地裏から転移して宿屋の部屋へと戻ってきたのだった。
これでルルの装備面での不安材料はなくなったので、新しい装備ができたら本格的なダンジョン攻略に乗り出そうとみんなに伝えて、夕食を頼んだあとは部屋でのんびりとくつろぐのであった。
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