第7章 ダンジョン都市

第168話 やって来ました、ダンジョン都市

 適度に実家で過ごしたあと、ケビンたちはウシュウキュの街へとやって来ていた。


 今回の旅にはティナやニーナの他に、メイドから1人の同行者がついてきている。


 彼女の名前はルルで、茶髪のボブカットにブラウンの瞳が特徴であり、体型はニーナと同じくらいの身長で、胸は巨乳ではなく普通サイズといったところだ。


 ケビンがそろそろ出発する旨をサラに伝えたあと、ケビンを慕うメイドたちの中で、壮絶な同行枠の争奪戦が繰り広げられた。


 ニコルとライラは今まで任務としてケビンを陰ながらサポートしており、帰還中は一緒に寝たりもしたので今回の争奪戦には参加が許されなかった(主にメイド仲間から)。


 2人はこの時ほど過去の自分を責めたことはない。あまりにも嬉しかった思い出であり、ついうっかりと旅の内容を同僚に話してしまったのだ。


 そんなこともあり、見事争奪戦を勝ち抜いて同行枠のチケットをもぎ取ったのがルルなのである。


「まずは宿屋の確保だね」


 拠点となる宿屋の確保は急務であり、パーティーからも反対意見は出なかったが、この宿屋の確保が至難を極めた。


 特にこだわりもなく平々凡々な宿屋を探しては、空き部屋を聞いて回ったが、ダンジョン都市と言うだけあって冒険者たちが多く滞在しており、空き部屋の確保に苦労していた。


 空いていても1人部屋だったり、2人部屋だったりして全員が同じ宿屋に泊まれそうになく、中途半端にバラけてしまうことになりそうだったのだ。


 この都市ではダンジョン探索がメインになり、宿屋に関しては泊まってご飯を食べるだけの目的なので、ケビンは別々の宿屋でも良かったのだが女性陣から猛反発を受けたのが主な理由だ。


「どうする? 別々の宿屋に泊まらないなら、もうあそこに行くしかないよ?」


 ケビンが暗に示唆していたのは、この都市では1番の有名店となる高級宿屋だった。


 有名であってもそこに泊まれる客は、ダンジョン探索で成功した冒険者たちや金持ちの貴族や商人だろう。宿泊費も高いことで有名なのである。


 外観だけでも煌びやかな装飾が施されており、如何にもお金が掛かりますよアピールをしている。


 この世界では珍しく10階建ての宿屋で、もう一般的な宿屋とは言えずに実質ホテルであり街の中でも一際目立っている。


 何故あんな物が建てられるのか不思議に思ってルルに聞いてみると、どうやら魔法の力で建てていたらしい。


 そんなこんなで、結局は高級宿屋もといホテルに行くことになってしまった。


 中に入ると、1階は食堂と遊戯施設で埋め尽くされており、2階から上がどうやら宿泊部屋になるみたいだ。


 受付までそのまま行くと若い女性が待ち構えていた。ニコニコと営業スマイルを浮かべているのは、偏にルルのお陰だろう。


 ルルは何故か旅に出るのにメイド服から着替えないのだ。彼女曰く、これが正装でもあり普段着でもあるらしい。


 そんなこともあり、受付職員からしてみれば貴族の子供が遊びに来たとでも思っているのだろう。


 向こうからしてみれば、大金を落としていくいいカモだと思っているに違いない。


「ようこそ宿屋【夢見亭】へ。当店のご利用は初めてでしょうか?」


「ああ」


「それでは、ご説明から入らさせて頂きます」


 受付職員が言うには、予想通り1階はレストランとアミューズメントになっているみたいだ。部屋もランクが決められていて、ランクによってサービスが変わるそうだ。


 2~6階は1番安く1泊金貨1枚で、食事代は別料金となり1階にて食事が可能。各階に浴場があるそうだ。この階層はYランク部屋と言われている。


 7~8階は1泊金貨3枚で食事付き、追加注文になると別途支払いが必要となってくる。ここにも各階に浴場があり、この階層はCランク部屋と言われている。


 9階はスイートルームで、他の階に比べて総部屋数が少ない代わりに1部屋の広さが全然違う。1泊金貨5枚で食事は部屋へ運ばせることも可能。それ故に魔導通信機が部屋に設置されている。


 食事の追加注文分は別途支払う必要がなく、風呂は各部屋に2人用の大きさの物が備え付けてある。ここの階はSランク部屋と言われている。


 最上階はロイヤルスイートとなっており1部屋しかなく、1泊金貨10枚で全てのサービスがつくようである。


 サービス内容は、食事を部屋へ運んでくれるのは勿論のこと、追加注文も無料。


 当然風呂が備え付けられていて露天式と屋内式で2箇所あり、どちらも大人数で入れる大きさのようである。


 他には、専属のコンシェルジュが日替わりで1人付き、宿泊中はサポート体制が万全となるように図られている。


 気に入ったコンシェルジュがいれば、固定することも可能だとか。ここはRランクと言われている。


 部屋自体はまだ空いているらしいが、1番安いYランクはほとんどが埋まっており、Cランクから上のランクはまだ空き部屋に余裕があるそうだ。


 窓から見る景色が人気だそうで、高い階層から順に埋まっていき、Yランクで余っているのは2階のみとなっている。


「ちなみに、4人で泊まれる部屋はある?」


「はい、7階以上に空き部屋がございます」


「そう。みんなは何階がいい?」


「最上階!」


 元気よく返答したのは、ティナであった。


「弁えるべき。連泊するほどお金がない」


 ニーナは1泊するだけで金貨が10枚も飛ぶので、とてもじゃないがティナの意見には賛成できなかった。


「私はケビン様に従います」


 ルルはケビンに従う姿勢を見せて自己主張はないようだ。


「うーん……ルル、本音で言ったらどこがいい?」


「……さ、最上階……」


 ボソッと呟いたその言葉を、ケビンは聞き漏らすことなく受け止めた。やはり最上階の魅力には勝てなかったのだろう。


「ちなみに、最上階って空いてるの?」


「はい。お恥ずかしながら、今まで誰も使用されたことはございません」


「えっ!? 何で?」


「ここは、ダンジョン都市であり冒険者たちが多数いますので、貴族の方があまり来られないのです」


「いや、冒険者たちがいるでしょ?」


「1日に金貨を10枚以上稼げる冒険者がいないのです。それにたった1泊で金貨を10枚飛ばすよりも、その10枚で10日間泊まった方が得だと冒険者の方が以前言っておられました」


「確かにそれはあるけど……それなら価格を落としてみるとか、やりようはあったんじゃない?」


「オーナーがそれをしないと断固反対されまして。特に経営が傾いているわけでもないので、職員たちも気にしていないのです」


「まぁいいか。そこまでするなら、こだわりの1室になっているんだろ?」


「はい。それはもう、当店自慢の1室でございます。露天風呂から眺める空の景色は、最高と言わざるを得ません」


「決めた。そこにしてくれ、とりあえず1ヶ月分」


「えっ!?」×4


 ケビン以外の全員が驚いた。


 受付職員は初めて利用する客、しかも1ヶ月間という途方もない金額になりうることに。


 ティナは本当に借りるとは思わずに。


 ニーナは1泊ならまだしも1ヶ月という長さに。


 ルルは何が何だかわからずに混乱している。


「あ……あの、お客様? 本当に借りられるのですか? 1ヶ月間も……」


「いや、あくまで目安だからね? ここにいる期間は未定だから、1ヶ月以上にもなりうるよ」


「ケビン君! 私が言うのもなんだけど、お金をそんなに持ってないよ!」


「そうだよ! 思い直して!」


「……」


 ティナとニーナが反対しているが、ルルは沈黙して従う姿勢を見せている。決して混乱から立ち直れていないわけではない……


「お金は俺が払うし問題ないよ」


「皆で泊まるんだし割り勘だよ!」


 これ以上話しても先に進まないと思い、ケビンはそそくさとギルドカードにて支払いを済ませようとして、受付職員は促されるまま決済をすると支払いは完了してしまった。


 受付職員はまさか決済が出来るとは思わずに、試しに手続きをしてしまったのだが、難なく支払いが完了したことで、ますます意味がわからなくなってしまう。


「よし、支払いは終わった。これでまだ文句言うようなら、それぞれ別の宿に行ってね。ルル、行くよ」


「はい、ケビン様」


 ケビンが立ち去ろうとしたら、慌てた受付職員から呼び止められた。


「まだ何かあるの?」


「コ、コンシェルジュがつきますので、暫しお待ちを!」


「あぁ……そんなこと言ってたね」


 受付職員は忙しなく魔導通信機にて連絡を取ると、暫くして慌てて駆けつける女性が1人その場へやってきた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 急いで来たのか、その女性の息がまだ上がっていた。


「俺からしたら、もう少し優雅に来て欲しかったんだけど?」


「も……もう……はぁはぁ……しわけ……はぁはぁ……ありません」


「とりあえず息整えなよ。会話にならないから」


 コンシェルジュが息を整えている間に、ティナとニーナが近寄る。


「ケビン君……私たちも、一緒に泊まっていい?」


「離れ離れは嫌」


 ケビンが顔を向けると、ティナとニーナが泣きそうな顔で見つめてきていた。


「そんなに離れたくないなら、反対しなきゃいいのに」


「だ……だって、お金が……」


「俺が支払うって言ったろ?」


「ケビン君だって、そんなに使ってたらお金がもたないし」


「これからは爵位手当が国から入ってくるんだから、使わなきゃ溜まっていく一方なんだよ」


「でもケビン君が支払ったら、私たちも溜まっていくし」


「自分の好きなことに使えばいいんじゃない?」


 そんな会話をしていると、息を整えたコンシェルジュが声をかけてくる。


「よろしいでしょうか? 最上階へと案内させて頂きます。それと、こちらを」


 コンシェルジュが渡してきたものはカードキーで、最上階専用となっている。


 それを受け取りながら案内された先は、パッと見、ガラスで覆われたエレベーターだった。その中に全員で入るとコンシェルジュが説明を始める。


「まず、こちらのボードにカードキーを翳してください」


 コンシェルジュに言われた通りカードキーを翳すと、ボードが光りだしてロックが解除されたようだ。


 盤面には1~10まで表示されており、止まる階を指定するようである。


 ケビンが迷うことなく10階のボタンを押すと、静かに動き出してエレベーターは上へと昇り始める。


 ケビンは前世で慣れたもんだが、異世界の住人である他のメンバーはそうでもない。


「きゃっ! う、動き出したよ!」


「地面が離れていく」


「……」


 ティナとニーナがそれぞれの反応を示して楽しんでいる間、ルルはそうでもなかったらしい。僅かにケビンの服を掴むと、プルプル震えているようであった。


 ケビンが振り向くと服を掴んでいることを意識したのか、パッと手を離して自分の服を掴んでいた。


「大丈夫だよ」


 ケビンはルルへ優しく声をかけ、落ち着くようにと手を握ってあげる。


 ルルは恥ずかしくて俯いてしまうが、俯いてしまうと当然のように背の低いケビンと目があってしまう。


 ますます恥ずかしくなり顔を赤らめるが、ケビンは気を使って前に向き直ると、その背後ではしっかりと手は握られており、ルルに安心感を与えていた。


 最上階へ到着すると通路の先に扉があって、その扉の開いた先は広々としたリビングルームであった。ワンフロア丸ごと部屋にしているせいもあって驚きの広さである。


 それからコンシェルジュによる部屋の説明が終わると、職員待機室へと戻っていった。


 ケビンたちはとりあえず腰を落ちつけて、これからのことを話し合い始める。


「まずは明日からダンジョン攻略に向かおうと思うけど、何か意見はある?」


「特にないかな。ここに来た目的はダンジョンなんだし」


 ティナが率先して言うと、ニーナが当たり前のことを危惧した。


「ティナが起きるか心配」


「まぁ、起きなかったら置いていくからいいよ」


「そんなぁ~」


「ルルもいるんだし、問題ないだろ?」


「ケビン様、私はついて行きますからここに残りませんよ?」


「……え?」


 それから何度も説得したが、ルルは一向に折れることなくついてくるの一点張りだ。


 仕方なく戦闘力を確かめるためにどれほど強いのか聞いてみると、闇ギルドを潰したライラとさほど変わらないらしい。


 寧ろメイドたちは皆、そのくらいの戦闘力は持っているそうだ。


「メイドの基準が崩れ落ちそうだわ」


「カロトバウン家だけだと思う」


「そんなことありませんよ? 貴族たちは侵入者とかを恐れるために、一定水準で戦える使用人を抱えていますから。悪さをしている貴族になると顕著に現れますね」


「戦闘メイド……」


「それで、ルルはギルドカードとか持ってるの?」


「いえ、所持しておりません。面が割れると任務に差し障る場合がありますので」


「任務って……」


「聞いたら戻れない気がする……」


「ん? それなら何で俺が行方不明の時に、捜しだすのを手間取ったわけ?」


「悪事を働く者の居場所は大体予想はつきますが、ただの子供を捜しだすのは骨が折れるのです。王都が広い上に、何処に行くかも見当がつきませんので。記憶があれば行くところも予想できますが、ケビン様は記憶を失っておられたので……」


「あぁ……そういうことか。広い王都で子供を1人探せって言われてもそうなるよね。しかも、夜はちゃんと寝て彷徨いていなかったし、活動時間は日が昇ってる間だけだったからね。しかも、王都から出て森の中で活動していたし」


「それに、冒険者になってるって想像もしないわよね。普通の子供だったら、学校に行ってるか親の手伝いだもの」


「はい。それと記憶を失っていたので戦闘ができるとも思っておらず、皆失念しておりました」


「で、話は戻るけどギルドカードがなければ、ダンジョンに潜れないでしょ? どうするの?」


「冒険者登録を致します」


「さっき、面が割れると困るって言ってなかった?」


「それは、今後もずっとカロトバウン家に仕えていた場合です」


「えっ!? 仕事辞めるの?」


「はい。ゆくゆくはケビン様にお仕え致しますので。今はまだ領地も家もありませんから、現状を維持しているだけです。サラ様には退職の許可を頂いております。ちなみに、ケビン様をお慕いしているメイドたちは、全員移動予定です」


「嘘!?」


「事実です」


「俺、何も聞いてないんだけど?」


「聞かれませんでしたから」


「……」


 よく使われている言葉、『聞かれてないから、言わなかった』……


 よし、これは回避しなければ、よくよく面倒なことになりそうだ。前世でもあった“報連相”! 徹底させなければ、いつかしっぺ返しを受けてしまいそうだ。


 前世では、これをしないと上司に滅茶苦茶怒られる。それはわかる。大事なことだから。


 だがその上司は、報連相をしないから結果的に追われる仕事、顧客への対応、一向に減らず増えていく仕事量、ハマりゆく負のスパイラル……


 その横暴でさえ、諦めとともに許してしまう社畜人生……


 社畜とは一種の洗脳ではなかろうか? 上司や会社の横暴は無制限に許容してしまう、スキル【社畜】……


 いかん、心の汗が流れていく……


「ケビン様、どうかされましたか?」


「大丈夫だ、問題ない」


「?」


「とりあえず、ルル。今度からは何事も、俺に報告、連絡、相談するように。そうじゃないと、俺に仕えると言っても雇わないと思う。このことは忘れずに他のメイドにも伝えておいて」


「!!」


「理由は俺に関することなのに、裏でコソコソと画策している奴が嫌いだから。これはそっちの2人にも言えることだから気をつけてね。俺の傍にいたいなら尚更ね」


「「「!!」」」


「わかった?」


「わかったわ」


「わかった」


「わかりました」


 ティナとニーナに関しては、完全にルルたちメイドのとばっちりであったが、ケビンに言われた以上、納得するしかなかった。


「ちなみに、ケビン君を喜ばせることも、秘密にしてはいけないの?」


「例えば?」


「誕生日のお祝いとか、プレゼントとか」


 祝い事か……確かにサプライズ企画で、本人をビックリさせたいというのは理解できる範疇だな。


 プレゼントにしても、貰う前から中身がわかってしまえば喜びも半減だし……全てを縛り付けても息苦しいだけだから、そこは許容するか。


「俺が喜ぶものであるならば、秘密にしててもいいよ。けど、実際秘密にして本人が喜ぶとは限らないから線引きは注意してね。間違ってしまっても、その時に教えるから次からしなければいいよ」


「わかったわ」


「よし、話し合いはこれで終わりにして、ルルの冒険者登録のためにギルドに行こうか? ダンジョンの情報も欲しいところだし」


 それからコンシェルジュにギルドの場所を尋ねてから、ケビンたちは目的地へと向かうのだった。

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