第163話 王妃の策謀②
時は戻り、再び謁見の間にて――
「――名誉準男爵へと叙爵する」
(何で母さんとライラの功績が、俺がしたようなことになってんの!? いや、そもそも名誉準男爵って何!? 聞いてないんだけど!)
「……」
国王の言葉にケビンは理解が追いつかず、決まり文句を言わずに頭を垂れて黙してしまい、傍から見れば不敬とも取られかねない態度を怪訝に感じた国王は、周りにいる貴族たちが騒ぎだす前に言葉を続けた。
「何やら得心がゆかぬ様子。申したいことがあるなら、面を上げて申してみよ」
ケビンは国王の許可が出たことで、1番気になることを口にする覚悟を決めた。
「では、恐れながら。私が名誉準男爵に叙爵される意図が理解できません」
「簡単なことだ。お主がそれだけのことをしたということだ。そのままあの男を放置していれば、領主ではなく元ギルドマスターが街を裏から統治していただろう。ケビンよ、お主のしたことは街1つを救ったことになるのだ」
「それは過大評価しすぎでは?」
「まぁ、待て。今回の件では領主と関係者には罰が与えられる。信賞必罰というものだ。独立組織であるギルドの長である者の悪行ではあったが、領地を束ねる領主や、街を領主から預かり統治代行する者に取り調べを行った結果、長い間放置していたことがわかったのだ。街の者から噂話で聞き及んでいたにも関わらず、何も手立てを打ってなかったのだ。それどころか、その悪行に加担した貴族までもがいた。その者たちは、当主の身分を剥奪して奴隷落ちとした。家族は無関係であることが証明された時点で、後継者がおらぬ場合は当面の資金とともに平民へと落とした」
ケビンは自分の知らないところで色々なことが起こっていたことを聞き、驚きを上手く隠しきれずにいた。
「驚いておるようだな。だがこれが信賞必罰。悪い行いをした者を罰さずに放置すれば、国は滅びの一途を辿るであろう。逆に良い行いをした者を褒めずに放置すれば、良い行いをする者がいなくなる。報奨目当てで動くことに抵抗を感じる者もいるだろうが、それでも良い行いであることには変わらぬ。これでお主の疑問は晴れたか?」
「無知蒙昧なこの身に御教授頂き、誠に感謝の意に耐えません。陛下からのお言葉、謹んでお受け致します」
これであとは推薦状を貰って帰るだけだと思ったケビンに、国王から思いもよらぬ更なる言葉が続けられた。
「では、報奨の儀を続ける」
「!?」
「皆も記憶に新しいかと思うが、昨年この王都にて起こった一連の誘拐事件の解決者もここにおるケビンである。よって名誉準男爵から陞爵し、名誉男爵とする」
「……?」
国王が誘拐事件のことを述べると、ケビンは記憶にないので呆気に取られてしまい、何の話をしているのかついていけなかった。
「よいか? ケビンよ」
「恐れながら陛下、私がそのようなことをした記憶がございません」
「そうであったな……しかし、一緒にいた者たちがそのことをしっかりと覚えておる。お主の働きで、未来ある少年少女たちの命を救ったのだ。多数の命を救っておきながら、それを評価しない儂ではない」
「しかし――」
「信賞必罰だ」
(ぐっ……! 何を言ってもダメなのか……)
「……謹んでお受けします」
「それで良いのだ。では、最後だ」
(まだあるのか!?)
「ケビンよ、随分と遅くなってしまったが先に礼を言っておく。ありがとう」
そう言った国王はケビンに対して頭を下げ、横に座っていた王妃もそれに続いた。
それを見た周りの貴族たちは理由がわからず騒然とし、ケビンも慌てて国王を制した。
「陛下! 国の王である貴方様が易々と頭を下げてはなりません! 王妃殿下もです! それに私は頭をさげられるようなことは、何一つしておりません!」
本来なら大臣職が制すべきことを貴族と共に騒然としていたため、ケビンの制止が先に入った形となった。
「お主にとっては片手間で済んだことなのだろうが、儂や王妃にとってはそうもいかぬ。2年ほど前のお披露目会にて、アリスの命を救ったのはお主であろう?」
(2年ほど前のお披露目会って、あの王女殺人未遂のことか!?)
(あの時は俺も参加していたが、5歳の子供があの魔法を使ったというのか!?)
(しかし、サラ殿のご子息なら考えられるのじゃないか?)
(だが、サラ殿は生粋の前衛職だぞ。魔法を教えられるとはとても思えん)
国王から発せられた言葉に、周りの貴族たちかヒソヒソと話し始める中、ケビンは何故お礼を言われたのか理解したが、あのことはお茶会でしか話しておらず、国王は知らないはずであった。
つまり、王妃が国王に話したということに思い至ったケビンは、王妃へと視線を向けると、王妃はその視線を感じ取って目を逸らしたのだった。
(マリーさん、あの場でお礼は終わってたでしょうに! くそっ、しらばっくれるしかない! このままだと、報奨が凄いことになりそうだ)
「私には、身に覚えがありませんが」
「はははっ! やはりそう言うと思っておったぞ! なに、裏取りは全て終わっておる。当時その場にいたサラ殿にも確認しておるしな。お茶会でも王妃に尋ねられて答えたのであろう? もはや逃げ道はないぞ?」
(なっ!? 母さんに!? いつの間にしたんだ!?)
「で、アリスの命を救った件についても、報奨が当然ある。王族の命を救ったのだ。しかも、護衛騎士が全く反応できていなかったことを鑑みるに、お主が助けなかった場合、アリスはあの場で死んでおった。よって、名誉男爵から伯爵へと陞爵する! 異論は認めん!」
有無を言わさぬ国王の勢いある言葉に、ケビンのみならず貴族までもが言葉を飲んだ。
「良いな? ケビン」
「……謹んでお受けします」
これによりケビンは1代限りの名誉爵位から、悪事を働かなければ家が続く限りの永代爵位を授かることになったのだ。
「今はまだ子供ゆえ領地は与えぬ。更にお主が冒険者として引退するまでは待とう。途中で領地が欲しくなったら言うがよい。国の直轄地を与えるつもりだ」
「多大なるご配慮、痛み入ります」
「報奨の儀はこれにて終了とする。長くなってしまったが、あと少し皆に伝えておくことがある。ケビンよ、今しばらくその姿勢で付き合ってもらうぞ」
「畏まりました」
ケビンは報奨の儀が終わったことにより、あとは伝えることとやらを聞き流しておけばいいやという感じになってしまい、頭を上げておくのも辛いので礼を取っている感じに俯き集中を解くと、気を抜いて楽になっていた。
「皆もアリスの婚約について、そろそろ気にし始めておるであろう。中には既にアプローチを掛けてくる輩もおるが、此度はその婚約について伝えておくべきことがある」
(はぁぁ……早く帰ってゴロゴロしたいなぁ……そういえば、サナの確認もまだ済ませてなかったな。ケンの時は記憶がなかったためか、最小限の絡みしかなかったようだし)
「アリスの婚約者は……ここにおるケビンとする!」
(それよりもダンジョンだよなぁ……面倒くさいことはさっさと終わらせて西の街に旅立たないとな。有名らしいから踏破されたダンジョンかな? 楽に攻略できればいいけど、本気出したら面白みに欠けるよなぁ……ティナさんたちのためにもならないし、適度に楽して後方支援に回るかな?)
ケビンがのんびり先のことを考えている時に、周りは今日一番の騒然と化している。
(旅立つとしてニコルやライラは来るのだろうか? 以前は記憶のない俺の行動が読めなくて、お目付け役として観察していたらしいけど。そういえば、他の子たちも好意を抱いてるんだっけ? 2人ばかり贔屓にしても問題になりそうだし、使用人を2人も家から引き抜くのも気が引けるよな……)
「静まれ――」
(はぁ……ソフィが会いに来る前に結構な数の嫁候補ができたなぁ。ソフィ許してくれるかな? 第1夫人はソフィで当然確定だし、大丈夫だよな? 今度、教会に行って会えるかわからないが確認してみるか? 何もしないよりかはマシだよな?)
「――聞いておるのか?」
(あ、推薦状を貰わないといけなかった。叙爵やら陞爵やらですっかり忘れていたな。それにしても、伯爵かよ……無茶苦茶が過ぎるんじゃないか?)
「おい――」
(今回の件は母さんも絡んでるんだよなぁ。マリーさんもバラしてるし……)
「ケビン!」
「ほえ?」
ようやく自分の世界から戻ってきたケビンは、周りがその態度に騒然としている中、こちらを見ている国王と目があった。
「お主、儂の眼前であるのに呆けるとは大物だな」
「伝えたいことは終わったのでしょうか? それなら、推薦状を頂きたいと思うのですが」
集中を切らして楽な状態となっているケビンに先程までの礼節はなく、いつも通りのマイペースさを取り戻していた。
「話はちゃんと聞いておったか? お主の様子を見る限り、全く聞いていなかったように思えるのだが?」
「すみません。関係ないことだろうと思い聞き流して、考えに没頭しておりました」
「本来であるなら、その行為は不敬罪に当たるのだがな」
「そうですね。思いもよらぬことで叙爵やら陞爵やらされてしまい、更には伯爵ですからね。気もそぞろになるのは致し方ないかと」
ここぞとばかりにケビンは言葉の中にトゲを入れて、伯爵にされてしまった仕返しをするのであった。
「ふむ、確かに色々と1度に起こりすぎたな。本来なら、連続で爵位が上がる者などおらぬからな。お主が巻き込まれて嫌な思いをしてしまったのは仕方のないことだろう。普通の人なら諸手を挙げて喜ぶものだがな。サラ殿と同じで権力には興味なしか……やはり親子であるな」
「それで、推薦状は頂けるのですか?」
「いや、その前に先程の話を聞いておらぬのなら、伝えておかねばなるまいて。そうでないと、アリスも気落ちするであろうからな」
「何故、王女様が関係するんですか? まさか、王女様のためにお茶会に参加しろとか、それが貴族の嗜みだとか言い出したりしますか?」
「それはない。そんなことを強制してしまえば、お主の前にサラ殿が動き出すであろうからな」
「母は大丈夫だと思いますよ。俺が止めれば止まりますし、たかがお茶会で人の命まではとらないでしょう。そのお茶に毒物が混じってなければですけど」
「サラ殿のストッパー役はケビンであったか。何から何までケビンを中心に生きておるのだな」
このままでは世間話がずっと続きそうだったので、ケビンは話を進めることにした。
「それで、伝えたいこととは?」
「アリスの婚約者についてだ」
「それなら、別に私が知る必要のないことでは? 権力の欲しい貴族間でやり合ってればいいだけだと思いますが」
「まぁ、普通ならそうであろうな。現に儂が発表するまではそうであったしな」
「一体何を発表されたのですか?」
そこで国王は一呼吸置くと、ケビンへ真剣な面持ちで伝え始めた。
「アリスの婚約者は、お主だ。ケビンよ」
「……」
国王から言われた内容にケビンは唖然とするほか、別の感情を持ち合わせることができなかった。
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