第162話 王妃の策謀①

 お茶会から1週間後、ケビンたちは王城へとやって来ていた。魔導学院入学のため、推薦状をしたためて貰ったからだ。本日はその受け取りのための来訪であった。


 今回は以前のように全員で謁見の間に向かうのではなくて、用事のあるケビンだけが通されることを到着時に聞かされている。


 まず初めに客室へと通されたあとは声がかかるまでは待機となり、お茶を飲みながら世間話をして時間を潰していた。何やら準備があるとかでこのような状態となっている。


「今日は、結構待たされるわね」


 待ちくたびれたのかティナがそう言うと、ニーナが当たり前のように諭す。


「本来は待たされて当たり前。この前のはサラ様がいたから簡単に謁見できた」


 ニーナの発言からもわかる通り今回のことにサラは同行しておらず、ケビンとティナとニーナの3人で王都に来ていた。


「仕方ないよ。推薦状を受け取るだけなのに、母さんまで連れてくるわけにはいかないから」


「それもそうね」


 3人がそんな話をしているとようやく準備が整ったみたいで、ケビンは呼びに来た使用人のあとに続いて目的地へと向かって行った。


 扉の前に到着すると、案内をしてくれた使用人から注意事項を聞かされる。


「ケビン様、中へ入場しましたらそのまま玉座の前へと進み、臣下の礼をとって陛下のお言葉をお待ちください。その後は、陛下から頂くものに『謹んでお受けします』と答えれば大丈夫です」


「わかりました。ご教授ありがとうございます」


 ケビンが使用人にお礼を言い終えると、扉を守護する騎士が合図するかのように軽くノックをしたら中から入場の言葉が聞こえてきた。


「カロトバウン男爵家三男、ケビン・カロトバウンご入場」


 扉が開かれたのでケビンが謁見の間へと入場すると、この国の貴族と思われる人たちが両サイドに整列しており、その中には見覚えのある父親の姿もあった。


(え? 何これ……?)


 ケビンは混乱しつつも、先程指導された通りに玉座の前へと進み臣下の礼をとる。


(推薦状を貰うだけなのに、ここまで大事にする必要があるのか? 陛下から下賜される物だからここまでになったのか?)


「よくぞ参った、面を上げよ。まずは、交易都市ソレイユにて、ギルドマスターによる悪事の数々を暴き、次いでは関わりのあった職員や闇ギルドの殲滅まで成し遂げたこと、誠に大儀であった。よって報奨として名誉準男爵へと叙爵する」


(何で母さんとライラの功績が俺がしたようなことになってんの!? いや、そもそも名誉準男爵って何!? 聞いてないんだけど!!)


―――何でこうなった!?



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時は遡りお茶会の後日、サラの元へマリアンヌ王妃からの使者が来訪した。


 使用人が応接室へと使者を通したあと、サラが入室してきて密かな話し合いが始まる。


「急な訪問であるにも関わらずお時間を割いて頂いたこと、誠にありがとうございます」


「王妃様からの使者ですもの、時間を割かないわけないわ。どういったご要件なのでしょうか?」


「ケビン様が推薦状を頂く際での謁見にて、サラ様の交易都市での事件解決の功績を、ケビン様の報奨へ充てていいかどうかの了承を得に参った次第であります」


「それなら、私と使用人の分の報奨は辞退するから、その分をケビンに充ててくださって構いません」


「それと、学院在学中にあった誘拐事件の時の解決と、お披露目会でのケビン様のご活躍の報奨を、同じく充ててよろしいかどうかの了承も併せてお願いします」


「誘拐事件も私は辞退するから、ケビンに充ててくださって構いませんわ。お披露目会の件はケビンが自分で王妃様に話してしまったことなので、そちらも問題ありません」


「多大なるご配慮痛み入ります。では、サラ様のご意向は王妃殿下へとお伝えさせていただきます。本日はご多忙の中、誠にありがとうございました」


 使者は挨拶が済むと、そのまま王城へと戻っていった。


 この日の会談はサラが悩むことなく了承していったため、あまり時間を要することはなく終わり、使者が来ていたことなどケビンの知る由もないことだった。


 王妃の元へと戻った使者はサラとの話し合いの結果報告を行い、それを聞いた王妃は国王の元へと向かった。


「あなた、ちょっといいかしら?」


 私室でのんびりとしていた国王は、王妃の来訪に特に構えるわけでもなく言葉を返した。


「なんじゃ? お茶でも一緒にするのか?」


「違うわ。ケビン君の謁見についてお願いがあるのです」


「同席の件なら別に構わんぞ?」


「そうじゃないわ。謁見の時にケビン君を叙爵して欲しいのよ」


「また、唐突な話じゃな。そんな簡単に爵位は与えられんのじゃぞ」


「この話を聞けば叙爵される権利はあるはずよ?」


 自信満々に答える王妃に、国王は一体どんな話をするつもりなのか気になってしまった。


「一応聞かせてもらおうかの」


「最近の功績から話すことにするわ。まず、交易都市のギルドマスターと受付嬢の悪事を暴いた件、闇ギルドを壊滅させた件よ」


「それは、サラ殿がやった話じゃなかったか?」


「サラが報奨を辞退して、その分をケビン君に渡すように言ったので、代表としてケビン君が受ける権利を有したわ」


「いつの間にそんな話をしたのじゃ?」


「今日使者を送って代わりに返事を聞いてきてもらったのよ。次は、ケビン君が学生の頃に解決した誘拐事件で、これもサラが辞退するって言ったからケビン君に報奨の権利が発生するわ。当事者でもあることだし」


「そうやって聞くと、あの子は巻き込まれ体質なのではないかと勘ぐってしまいそうじゃの。どちらも大きな事件でその場に居合わせておるからの」


「最後の話はケビン君本人の功績で、あなたも聞いて驚くわよ? 私は大体予想はしていたからこの前のお茶会の時に本人に聞いてみたら、あっさり認めてしまうものだから予想が確定になったのだけれど」


「ほう……そんなに驚くことをしておったのか? と言うよりも、毎回驚かされてばかりじゃが」


「最後の話はお披露目会の件よ。アリスの命を救ったのはケビン君だったの。これだけのことをしたのだから、叙爵するくらい簡単よね? アリスの命を救われておいて、何もしないのなら国王としてのメンツが丸潰れよ?」


「なんと!? アリスの命を救ってくれたのはケビンじゃったのか!? しかし、サラ殿は知らぬと申しておったが隠しておったのか?」


「そうよ。当時はケビン君が、能力を知られて巻き込まれるのが面倒くさいと感じていて、サラもケビン君がしたのを知っていたけど、守るために黙っていたのよ。今は冒険者としての地位を確立しているので、能力がバレたところでどうでもいいらしいのよ」


「そうか……アリスの命を救ったことは最大の功績じゃから、叙爵するのは簡単じゃな」


 国王は王妃からの話を全て聞いて、叙爵するという結論を出した。それを聞いた王妃は更に注文を付けていく。


「それと……爵位だけど、名誉子爵にして欲しいの。交易都市の件で名誉準男爵に叙爵して、誘拐事件の件で名誉男爵に陞爵して、アリスの件で名誉子爵に陞爵させて欲しいの。欲を言えば、伯爵が1番なんだけど……難しいわよね?」


「何故、伯爵位まで上げたいのじゃ?」


 王妃がケビンを伯爵位まで上げようとする意図がわからず、国王が聞き返したら王妃はそれに答えた。


「アリスのためよ。あの子はケビン君に一目惚れしているから、将来的には降嫁させるために最低でも伯爵位は必要でしょ? あなたも何処ぞの貴族に降嫁させるくらいなら、ケビン君へ嫁入りさせた方が安心できるでしょ?」


 王妃の話を聞いて国王は頭を悩ませ、深い思考に落ちるために王妃から視線を外す。


「……」


 可愛い娘を嫁に出す話をされて、他の貴族に渡すくらいなら確かにケビンへ嫁に出した方が安心できる上に、娘の意志も尊重できるのは願ってもないことだ。


 王族や貴族の婚約や婚姻に、本人の意思が尊重されることはあまりないことで、ほぼ家の力を増すための政略結婚の駒として扱われるのが当たり前となっている。


 それを思うと王妃が言ったように、降嫁先はケビンにした方が本人も嫌な思いをせずに済んで、自由恋愛の末に結婚というごく一般的な経験ができるかも知れない。


 だが、伯爵位を与えても良いのだろうかと自問自答を繰り返す。娘を降嫁させるなら確かに伯爵位は必要になってくるが、今はまだ時期尚早なのではないかと。


 カロトバウン家のことである以上、周りからの反発も最低限のものになるが、ケビンはまだ子供である。それゆえの“名誉”爵位であり、領地を与えなくてもいいようにさせる算段なのだろう。


「あなた、深く考え込んでどうしたの?」


 王妃が声をかけると、深い思考から脱却した国王が視線を向ける。


「ケビンに伯爵位を与えてもいいかどうかを悩んでおるのじゃ。あの子はまだ子供じゃからな」


「私としては、与えられるものなら与えてもいいと思いますよ。ケビン君は国外に出るのですから、次もまた陞爵するような功績をあげるのは一体いつになるかわかりませんもの。その間にアリスの婚約の話が来てもあなたが全て断って処理してくれるなら、別に今でなくても構いませんよ?」


 王妃の言葉にも一理あった。ケビンが次もまた功績をあげるとは限らないのだ。


 その間にくる婚約の話は現実味があるだろう。王家と縁を結びたい貴族は後を絶たないゆえに。


 実際、まだ成人していないにも関わらず、それでも現段階で少なからず婚約だけでも結ぼうと、貴族たちからの手紙は届いていたのだ。


 王妃からの話を聞かなければ、国王は家柄とかを考えた上で婚約の話を進めていただろう。


「アリスはケビンとは違う婚約者を儂が決めれば、儂のことを恨むじゃろうな」


「恨みはしないでしょう。あの子も政略結婚のことは、王家の者として自覚していますから。ただ、今までのような関係ではいられないかもしれませんね? 自分の望まない相手と結婚させられた上に、その方に体を許さなければならないのですから」


「……」


 王妃からの言葉に、国王はしなければ良かったと思える想像をしてしまった。


 可愛い娘が望まぬ相手の元で嫌々抱かれてしまい、笑顔が段々と消えていくのを……そこに幸せがあるのかどうかを……


「決めた。マリアンヌよ、ワシがどんな決断をしても味方でいてくれるか? 思えばお主も政略結婚で儂のところへと嫁いできたのだったな。こんな老いぼれのところよりも、相応しい相手がおったかもしれぬのに」


「私は大抵のことならあなたの味方ですよ? それにたとえ政略結婚だったとしても、あなたは私を愛してくださいました。前王妃様が病で亡くなられてから、次席であった私が王妃の座を引き継ぎましたが後悔はありません」


「“大抵のこと”と言うところが、マリアンヌらしいな。儂はお主に会えて本当に良かったと思う。大抵の者は権力目当てで嫁ぎに来るが、お主にはそういうところが一切なかった。そこが儂には魅力的に映ったのじゃ。年齢的に儂の方が随分と早く逝ってしまうが、その後のことはマリアンヌの好きに生きてくれ。世継ぎもおるしな、後のことは次期国王の王太子に丸投げすればよかろう。政略結婚でお主の青春を奪ったせめてもの贖罪じゃ」


「ふふふっ。あなたはやっぱりいい男ね。そんなあなただからこそ、私も嫌な思いをせずに一緒に過ごすことができたのよ? できれば近い年齢で出会いたかったわ。そうすればもっと長くあなたと一緒の時間を過ごせたのに」


「儂のことをそこまで想ってくれていたのか。儂は幸せ者じゃな」


「あなただけではないわ。私も幸せ者よ? あなたみたいないい男に娶ってもらえたのですから」


「そうか……儂らは揃って幸せ者じゃな」


 国王と王妃は和やかな雰囲気に包まれながら、その後は2人っきりで過ごした。


 その姿を見た部下たちは幸せそうな2人をとても羨ましがるのであった。

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