第164話 王妃の策謀③

「アリスの婚約者は、お主だ。ケビンよ」


「……」


 ケビンは国王が一体何を言っているのか、全然理解が追いつかなかった。


(待て待て待て、この人何言ってんの? 婚約者が俺!? 一体いつの間にそんな話になってんだよ。俺は冒険者だぞ? 国に仕える気は一切ないぞ!?)


「お主が混乱するのも無理はない。これが突拍子もない話だということはわかっておる」


(いや、“わかっておる”じゃなくて、わかってるんだったら回避しろよ! 誰だよ、こんなことを工作したのは!?)


 ケビンは今までの流れから順を追って考えていた。そもそも、今回は推薦状を受け取りに来ただけであったのだ。


 それからいざ本番になると事件解決の報奨として叙爵されてしまう。その後には陞爵だ。


 そこでケビンは、今回の爵位の件が端から予定されていたと推察し始める。


(王家の者が嫁ぐ際にはそれなりの家格が必要だ。そもそも、名誉男爵で止まっていれば俺に婚約の話などありはしない。俺よりも家格の高い貴族はゴロゴロいるんだし、新参の下級貴族には関係のないことだったはずだ)


「また考え込んでおるようじゃの」


 国王が言葉を発したが、当のケビンはそれよりも己の思考を優先させた。


(降嫁するに当たってこの国では知らないが、最低でも伯爵位は必要なはずだ。俺が伯爵位になった原因はお披露目会の報奨だったけど、その件は王族ではマリーさんしか知らなかったことだ。お茶会の時に確か“どうとでもなる”みたいなことを言っていたし、王女様が一目惚れしてるとも言っていた。ということは、この一連の茶番劇はマリーさんの仕組んだことか!?)


 ケビンは今回の件の暗躍者の答えを導き出して、当事者である王妃に視線を向けると、王妃は扇で上手いこと顔を隠しながらドヤ顔をしていた。


(やっぱりあんたか!?)


「マリーさん、やってくれましたね」


「ほほほ、やだわケビン君。ここは正式な場なのだから、王妃様か王妃殿下と呼ばないと不敬罪になってしまいますよ?」


 ケビンが王妃に対して愛称で呼んだことや、王妃もそれを咎めることなく正式な場として言い直すように言っただけで、周りの貴族はもちろんのこと国王自体も驚愕した。


「母さんに裏取りしたのもマリーさんでしょ? 俺の知らない間に使者でも寄越したんですか?」


「さすがケビン君ね、鋭いわ。ケビン君にバレては驚かせられないから、早々と用件を終わらせて戻ってくるように命令していたのよ。それに、事前に知られると辞退するのもわかっていたから」


「婚約の話はお茶会でしましたよね? 面識のない相手が婚約者になったところで俺は何もしてあげられませんよ? そもそも、冒険者である俺は基本的には根無し草なんですから」


「それも構わないわ。アリスも今はまだ学生ですもの。成人するまで先が長いのですから。それにあの子も政略結婚するよりかは、一目惚れしてる相手と一緒になりたいでしょうしね」


「しばらく会わないような相手を婚約者にしろと言うのですか?」


 ケビンは、1度遠巻きに見ただけの人物と婚約しろと言われても納得ができなかった。それに対して王妃は例え話で流れを作ることにする。


「ケビン君は好きな人がいるのに想いを遂げられず、好きでもない相手に体を許さなくてはならない女心がわからないのかしら?」


「痛いところを突いてきますね」


「たとえ政略結婚だと理解して自覚していても、好きな人ができてしまったら後に残るのは女からすれば地獄よ? 心を殺して生きなければ精神が崩壊するわ」


「例え話としては過激な内容ですが、その気持ちを理解することはできます」


 ケビンは痛いところを突かれてしまい、気持ちがわかる故に言い返そうにも言い返せずにいた。


「ケビン君が優しい人で良かったわ。貴族社会では政略結婚なんて当たり前で通っているから、個人の気持ちなんて二の次になるのよ」


「……マリーさんの気持ちはわかりました。よって、俺からの要求です。王女様に1度会わせて下さい。幾ら王族が相手だろうと、さすがに話したこともないような人と婚約するほど俺は酔狂ではないので。それまでこの話は保留とさせていただきます」


 ケビンの言葉に貴族たちは驚きの連続であった。王妃を愛称で呼ぶことを止めず、更には王族に対して要求をしたのだ。


「わかったわ。ケビン君の気持ちも考えずに先走ってしまったことを許してちょうだい」


「マリーさんだから仕方がないですよ。自由奔放な性格であるのは理解していますから」


「ふふふっ、ケビン君は仕返しを忘れずにするのね。私に対してそんなことを言えるのはサラかケビン君くらいよ?」


「それは光栄ですね。仕返しのしがいもあるというものです」


「それにケビン君も大概奔放だと思うわよ? この場で自由に振る舞う人なんてサラ以外にはいなかったもの。周りの貴族たちは驚きの連続よ?」


「周りがどう思おうと俺には関係ありませんからね。それで婚約の件はいいとして、本来の目的である推薦状を頂いてもよろしいですか? 色々ありすぎて疲れてしまったので早く帰りたいのですよ」


「そうね。長い間付き合わせてしまったから、お詫びに夕食でもとお誘いしても断るのでしょう?」


「そうですね。俺にメリットはありませんし」


「そんなところはサラにそっくりね。だから解決策もわかるのよ?」


「そうですか? 是非ともお教え願いたいものです」


「ケビン君はこの後アリスに会うのと、後日、わざわざ領地からこの場に再び来るのはどっちがいいかしら? 疲れているなら時間がくるまで客室で休んでて構わないわよ?」


「さすが母さんを理解しているだけはありますね。帰るのは諦めて残らさせていただきます」


「交渉成立ね。では、アリスが学院から戻るまでは待機していてちょうだい。夕食も人数分用意させるわ。推薦状は後で客室に持っていかせるわね」


「この場で受け取ってもよろしいのですが」


「あんなものにそこまで畏まる必要はないわよ。たかが手紙ってだけなんだから」


「この場を設けたのは俺を伯爵にするためのものだった、ということですね」


「そうよ。手紙を渡すだけなら使用人に家まで持って行かせれば済むもの」


「それを聞くと、お茶会の時から計画は既に実行されていたということですか。中々の策士ですね」


「褒め言葉として受け取っておくわ。さぁあなた、要件は済んだことだしお開きにしましょう」


 今まで放置されていた国王は、自分を置いてトントン拍子に話が進んでいき、自分はいらなかったのではないかと錯覚してしまった。


(儂の立場がないのぉ……マリアンヌはケビンにマリーと呼ばせておるし、いつの間にそんな仲良しになったのじゃ? 儂は1度だってマリーと呼んだことはないのに。羨ましいのぉ……)


「本日の謁見はこれにて終了とする。皆、長い間付き合わせてしまってすまんな」


 国王の言葉により貴族たちは思い思いに退室していく。そんな中で、ケビンも退室しようとしてある人のところまでやって来ていた。


「やあ、父さん。長い間お疲れ様だったね。立っておくのって疲れないの?」


 ケビンが声をかけたのは誰であろう、自身の父親であった。


「これはこれは、ケビン伯爵様。私のような者にお声をかけて頂き光栄に思います」


「ははっ、今日1日で父さんの地位を超えたからって僻まないでよ。爵位を上げたければ頑張らないと」


「そのような根も葉もないこと思っておりませぬ。不敬にございますからな」


「ふーん。そんな態度を取るなら母さんに言いつけるよ? 父さんに喜んでもらえず、逆に疎ましく思われて冷たくされたって」


「ちょ、おまっ! それはいくらなんでもやり過ぎだろう!」


「父さんが母さんの手料理を独占していたことに比べれば軽いもんでしょ? 俺はまだ許してないからね」


「だからお前も早く結婚すればいいだろ。奥さんの手料理は旦那の特権なんだぞ」


「それがさぁ、今のところ嫁候補で料理が作れるのってライラたち使用人しかいないんだよ。そうなると既に食べてるから、俺にとっては母さんの手料理は貴重なんだよ」


「何っ!? ティナさんたちは作れないのか?」


「簡単に言うと焚き火で肉を焼いて塩を振ったものが、本人たち曰く立派な料理らしい」


「……」


 ケビンの言った内容が簡単に想像出来てしまい、ギースはそっと肩に手を乗せると同情の視線を向けた。


「ケビン……女はな、手料理が全てではないぞ? それだけで判断するような狭量な男にはなるなよ」


「わかってるよ。みんなそれぞれの良さがあるから一緒にいるわけだし。どうでもいい奴だったら傍には寄せつけないよ」


「まぁ、なんだ、伯爵になれておめでとう。お前は父さんの自慢の息子だ。領地経営でわからないことがあったら、いつでも相談に乗るからな」


「なら、それまでは元気に長生きしてよ? 領地経営する前に死なれたら困るし。もしそうなったら、母さんは手料理を作ってもらうために俺が貰うから」


「なっ!? お前にサラは渡さんぞ! ただでさえお前にベッタリで俺に構ってくれないんだからな!」


 何とも情けない理由を語る父親に、ケビンは呆れながらもどこか憎めない感じがして心地よかった。


「そう思うんだったら長生きしなよ? 母さんを悲しませたらいくら父さんでも許さないからね」


「わかってる。それと、これからお前はカロトバウンを名乗ることはないからな。爵位を貰った以上、新しく家名を名乗らければならない。家名が決まるまでは、カロトバウンを名乗っても問題はないだろう」


「え? カロトバウンのままじゃダメなの? 考えるのが面倒くさいし、カロトバウン伯爵にしようと思ってたんだけど……」


「いけないこともないが、伯爵になったのはお前の功績だ。カロトバウン家家長としての功績ではない。そもそも、将来はただのケビンになる予定だったんだ。だから、お前にはお前の家名をできれば作って欲しい。そして、その家名を後世に残して欲しいのだ。お前の生きた証として」


「わかったよ。父さんがそこまで言うなら、俺自身の家名を考えてみるよ」


「そうしてくれ。どうしても思いつかない時は、国に丸投げするのもありだ。勝手に考えて決めてくれるからな。そのかわり、変な名前がきても断れないというデメリットがある」


「いや、自分のことだし自分で考えるよ。父さんの言った通り、俺の生きた証となるんだから」


「やはりお前は俺の自慢の息子だ。立派に育ってくれてありがとう」


 その後は、父さんを見送るために城内にある馬車置き場までやってきて、マイケルさんに母さんへ遅れて帰ることと、魔法で帰るから馬車はいらないことを言伝してから、ティナさんたちの待つ客室へと戻った。

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