第160話 みんなでお茶会
国王との謁見を終えたケビンたちは、マリアンヌ王妃に誘導されるまま、王妃お気に入りのプライベートテラスへと足を運んだ。
ここでは給仕がおらず、全て王妃自身の手で行わなければならないので、ティナたちはお茶の準備を始めるマリアンヌ王妃に「自分たちがします」と駆け寄ったが、王妃自身に制されて渋々テーブルに着いたのだが、終始落ち着かない様子であった。
お茶を各人に配り終えた王妃が腰を落ち着けると、ようやく会話が始まりだした。
「とりあえず自己紹介から始めましょうか? 知らない方もいますから」
王妃のその言葉で、ケビンから自己紹介が始まった。
「お初にお目にかかります。カロトバウン男爵家三男、ケビン・カロトバウンです」
「私はAランク冒険者のティナと言います。弓と魔法を扱います」
「同じくAランク冒険者のニーナと申します。魔術師として活動しております」
「私は知っての通り、この国の王妃であるマリアンヌよ。本日はお茶会に参加してくれて、心からの喜びを申し上げるわ。堅苦しい喋りはここまでとしてあとは気楽にいきましょう」
「マリーの予てからの希望であった、“ケビンと会ってみたい”というのを叶えるために、今日はケビンを連れてきたのよ」
「こうして面と向かって会うのは初めてですものね。貴女の悪いところばかり似てしまっていると聞いていたから心配だったけど、今日会ってみた感想としては杞憂だったわ」
「失礼しちゃうわね」
王妃の言葉にサラは頬を膨らませるが、2人のやり取りを見ているティナたちからしたら、異様な光景に思えてならない。
「サラから聞いたのだけれど、ケビン君は記憶を失っているのよね?」
「そうですね。交易都市で一部は思い出せましたが」
「お披露目会のことは?」
「……思い出せてます」
「あの時、娘を助けてくれたのはケビン君でしょ?」
「そうですね。お世辞にも騎士が護衛をできているとは思えませんでしたし、あのままだと王女様が死んでいましたから」
「改めてお礼を言わせてもらうわ。娘の命を救ってくれてありがとう」
そう言った王妃は頭を下げたが、ケビンは慌てて制止する。
「あ、頭を上げてください!」
「ケビン、よかったの? バラしてしまって」
「もう冒険者として活動してるからね。今更隠したところで損得はないし」
ケビンは過去の出来事と割り切って、大したことでもないように切り捨てているが、王女の命を救ったという出来事に対して後に面倒くさいことになってしまい、そのことをまだ、この時のケビンは知る由もなかった。
「ケビン君、王女様の命を救ったの?」
「叙爵するかも……」
「いや、さすがにそれはないよ」
「王族の命を救ったのならありえるわよ」
「少なくとも騎士爵。王家にもメンツがある」
ケビンの叙爵についての談議をティナたちがしていると、王妃が会話に混ざってきた。
「少なくとも名誉男爵にはなるわよ。もしかしたら、名誉子爵かも知れないわね」
「王妃様まで何を言い出すんですか。それに2年以上前の話ですよ」
「時期のことなら関係ないわ。何とでも理由は付けれるのよ」
「それにまだ子供ですから、爵位を貰ったらそのことに対して反発する人とかも現れて、おかしなことになりますよ」
「それこそ大丈夫よ。この国の貴族で、カロトバウン家縁の者に手を出そうなんて愚か者はいないわ。まぁ、愚行を犯して手を出したら、サラに処刑されるだけだし」
ケビンが何とかして話を免れようにも、王妃が次々と打開案を出してきて、叙爵の件が浮き彫りとなってくるのだった。
「サラ様って、そこまで凄いんですか?」
「凄いわよ。伯爵家を潰すぐらいだから」
「伯爵家……」
「あれはケビンに手を出すからいけないのよ。何もしなければ潰れることもなかったわ」
「こんな感じで、サラが動き出したら誰にも止められないのよ。唯一止められるとしたら、ケビン君ぐらいだもの」
「そういえば、ギルドマスターの処刑も止めてたわね」
「1番凄いのはケビン君?」
「そういうことだから、この国ではサラの身内に手を出すのは、暗黙の了解として禁忌にされているのよ。私たちも、国を滅ぼされたくないですから」
「国が滅びる……」
「でも、伯爵家は手を出したんですよね?」
スケールの大きさにニーナが驚愕している中、ティナは当然の矛盾からくる疑問として、王妃に質問した。
「伯爵自身は手を出していないのだけれど、その仲間が知らずに手を出してしまって、芋ずる式で捕縛されて処刑されたの。関わったものは全て処刑されたわ。1人を除いて」
「1人だけ処刑されなかったんですか?」
「捕まえる前に逃げたのよ。多分、もう見つけるのは難しいわね。元々、面が割れていたわけではなかったから。“永久の闇”っていう、結社の構成員であることしかわからないの」
「如何にも、悪さしてますって名前ですね……」
話がひと段落ついたところで、王妃がおかわりの紅茶を継ぎ足していく。
「ところで、ケビン君は学院へは復帰しないのよね?」
「はい。魔導学院の方が、自分の目指すものの知識を得られそうでしたので」
「あの子が悲しむわね」
「あの子って誰ですか?」
「私の娘のアリスよ。ケビン君に一目惚れしたみたいなのよ。命を助けて貰った時にコロッとね。学院ではクラスが違うし、権力目当ての取り巻きたちがいて、全く関われないって嘆いていたわ」
王妃の言葉に、すかさずティナたちが反応する。
「ケビン君って、小さい時から無自覚に女の子を引っ掛けてたの?」
「やはり天然ジゴロ」
「謂れのない非難だね。そもそも、会話すらしたことがないのだから、不可抗力でしょ」
「あらあら、ケビンはどこまでお嫁さんを増やすのかしら?」
「母さんまで……」
「ケビン君って、そんなに多くの女の子に好かれているの?」
「そうなのよ。お嫁さん候補が多くて……ティナさんたちだってそうだし、うちの使用人たちも好きみたいだし、ギルドで受付嬢をしてるサーシャさんもそうなのよ。何故か年上ばかりなのよねぇ」
「そんなにいてはあの子も前途多難ね。でも、ティナさんたちが候補ってことは、複数人娶る可能性もあるのよね? それなら、あの子も候補に入れてもらっても問題ないわね」
「平民とじゃ家格が合わないから無理ですよ。そもそも、遠巻きに見たことがあるくらいで、大した面識もないのに」
「家格はさっき言ってた叙爵の話でどうとでもなるのだけれど、面識の件は困ったわね。学院には戻らないから、どうしようかしら?」
「どっちみち俺は、冒険者なので会うことはないですよ」
「ますます困ったわね。母親としてあの子の恋は応援してあげたいのだけれど、そもそもケビン君は、冒険者で他国の学院に行くわけだし……難しいわねぇ」
王妃は、如何にして王女の恋を成就させるかで、深い思考へと潜っていくのだった。
「ケビン君って凄いわね。王女様からもアプローチを受けるなんて」
「いや、アプローチも何も、面識ないからね? 遠目からチラッと顔を見たくらいだからね」
「それでも王女様は、惚れてしまったんでしょ? ピンチに颯爽と駆けつける王子様みたいに、命を救ったから」
「私もピンチを救ってもらったことがある。あれはヤバい……惚れるなと言う方が無理。カッコよすぎる」
「ニーナばかりずるいわね。ケビン君、私にも王子様してよ」
「好きでやってるわけではないから。そもそも、ピンチになったら危ないでしょ?」
「むぅ……仕方ない。これで我慢する」
ティナはケビンを抱えあげると、自らの膝上に下ろすのだった。
「はふぅ……おちつくわ……」
「ティナ、ズルい」
「ニーナは、王子様してもらったからいいじゃない」
「いやいや、その前に王妃様の前で失礼でしょ」
「あらあら、羨ましいわ。ケビンが戻ってきてから、まだ私もしてなかったわね」
「あ、サラ様抱っこしますか?」
サラがケビンの母親であるために、ニーナの時のような対応はせずに、ティナは素直に譲ろうとする。
「あら、いいのかしら?」
「はい。サラ様は母親ですから優先です」
「ありがとう、嬉しいわ」
そう言ったサラは、ティナからケビンを受け取り、膝上に乗せるのだった。
「俺に拒否権はないの?」
「ケビンは、お母さんのことが嫌いなの?」
「そんなわけないよ。母さんのことは好きだし、自慢の母親だよ」
「よかったわ。お母さんも、ケビンのことはお父さんの次に好きよ」
「羨ましい……」
「ニーナ、ダメよ。今はサラ様が優先なんだから」
そんなやり取りしている最中、王妃は考えが纏まったのか、ケビンたちのやり取りを見物していた。
「ねぇ、サラ。ケビン君って、そんなに抱き心地がいいの?」
「当たり前じゃない! なんて言ったって私のケビンですもの! 自慢の息子よ!」
サラの剣幕に、王妃は若干引いてしまうが、気になるのも事実なので物は試しと、サラにお願いするのだった。
「……ちょっと私にも抱っこさせてよ」
「あ、それは止した方がいいかと思われます」
「いいんじゃない? 王妃様は結婚してるんだし」
ニーナが制止すると、ティナが問題ないとばかりにニーナに答えるが、王妃はケビンを抱っこしたことがないので、何故止められるのかが気になった。
「ケビン君を抱っこすると、何かあるのかしら?」
「「至福のときが訪れます!」」
「それは是非とも体験したいわね。ケビン君、いいかしら?」
「ここまで来てしまったら拒否出来そうもないので、この際だから存分に堪能してください」
ケビンはサラの膝上から下りると、王妃の膝上に乗るために正面へ向かい最終確認をする。
「本当によろしいのですか?」
「いいわよ。さぁ、いらっしゃい」
王妃が両手を広げて迎えてきたので、そのまま、ケビンは向かい合いながら膝上に乗る。
ケビンが乗ったところで王妃が抱きかかえると、ケビンは、されるがままに大人しくするが、ギュッと抱きしめられて、サラに勝るとも劣らない胸が形を変えるのだった。
「……あら? これは……確かに……ちょっと……いや? かなり、クルわね」
「とても落ち着くでしょ? ケビンは、昔から抱き心地がよかったのだけれど、さらに磨きがかかってるみたいなのよ」
「……ん……いいわね……ケビン君は、大丈夫かしら?」
「俺は大丈夫ですよ。王妃様はとてもいい香りがしますし、柔らかいですから落ち着きます。母さんに抱かれてるような、安心感がありますね」
「……たまらないわ。……でも、私にはあの人がいるし……どうしようかしら?……困ったわ……そうだわ、歳が離れているから、先に逝くのは確実だし……もう少し待てば、王位は譲って引退するだろうから……それまでの我慢かしら?」
何やらブツブツと不穏な言葉を発している王妃に、ケビンは戦慄を感じてしまい、聞かなかったことにするのだった。
「マリーもすっかりケビンの虜ね。1度抱いてしまえば、中々離れたくなくなるのよ」
それに賛同したのは、王妃ではなくティナだった。
「確かに、離れたくなくなりますね。いつもニーナと取り合いになるんですよ」
「ケビン君が、2人いればいいのに……」
「王妃様、ちょっと向きを変えますね」
「ケビン君ならマリーって呼んでも構わないわ。サラもそう呼んでるのだし。むしろ、そう呼んでちょうだい」
「わかりました、マリーさん」
ケビンは、体の向きを正面に変えて背中を王妃に預けながら、ニーナの言葉に反論する。
「ニーナさん、さっきの件だけど無理言わないでよ。俺が分裂したら、スライムみたいになっちゃうでしょ」
「ケビン君なら、何とかしてくれそう……そのうち、分裂魔法とか作ったりして……」
「そんなことになったら、離してくれないでしょ?」
「そんなことは……ない」
「今、迷ったよね!? 明らかに迷ったよね!?」
そんなやり取りをケビンとニーナがしていると、ティナまで参戦してきた。
「それはいい考えだわ。私もニーナと取り合いにならなくて済むし」
「そんなことにはならないし、作らないから」
ケビンが否定すると、すかさずニーナがある事に気づいた。
「“作らない”ってことは、逆を言えば“作れる”ってことよね? ケビン君のことだから、もしかしたらって思って言ってみただけなのに、案外簡単に作れそうなのね」
ニーナの言葉を聞いたケビンは、自分の失言を後悔する羽目になった。
「それでも作らないから。面倒くさいし、疲れるし」
「えぇー作ってよー」
ケビンの発言に、ティナが駄々をこねると、ニーナも黙って頷くのであった。
「嫌だよ。そもそも俺にメリットがない」
「けちー!」
ティナの反応に、さすがのケビンも苛立つものを感じた。
「2人は俺じゃなくて、俺の姿をしていれば、何でもいいってこと?」
「そ、そんなことはないよ!」
「ち、違う!」
明らかにケビンの雰囲気が悪くなったことで、ティナとニーナは慌てだした。
「だって、俺ではなくて分裂した体が、欲しいんでしょ?」
「そんなつもりで、言ったんじゃないよ!」
「はぁぁ……俺は自分自身で相手をしたかったのに、2人は俺の姿をしていれば、何でもよかったんだね」
ケビンが落胆の表情を見せると、余計に2人は慌て出すのだが、サラがニコニコと2人を窘める。
「2人とも、自分の欲求ばかり押し付けてはダメよ? ケビンが可哀想よ?」
「そうね。一緒にいたい気持ちはわかるけど、ケビン君は1人なんだし無理を言ってはいけないわ」
大人の余裕からかサラと王妃は、微笑みながら事態を収拾していく。
「傷心のケビン君は、私が癒してあげるわね」
「あ、ずるいわよ、マリー! そろそろ私にも抱っこを交代してよ」
「だって貴女は、帰ったらずっとできるでしょ? 私は今しか機会がないのよ? ねぇ、ケビン君」
「そうですね。ここはマリーさんに譲りましょう。母さんは、帰ったらいくらでも機会はあるんだし」
「ケビンが言うなら仕方ないわね。マリーに譲るわ」
「ありがと。ケビン君も存分に堪能してね」
それからは他愛のない話をしながら、お茶会を楽しんだ。ティナとニーナは凹んでいたが、それでも会話に参加できないほどに沈みこんではいなかった。
しばらく楽しい時間を過ごしたら夕刻前となっていたので、お茶会はお開きにすることとなった。
魔導学院への推薦状は、後日、取りに来ることとなり、その時にまた、時間があればお茶会をしようということになって、王城を後にして家路についた。
帰りの馬車では、ケビンはサラに抱かれたままの状態となり、そのまま別宅へは寄らずに、領地へと帰るのであった。
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