第159話 国王の試練

 昼食を食べて少ししたら、みんなで王城へと向かった。ここへ来るのはお披露目会以来だが、相変わらずの大きさだった。


 こんなに大きかったら、きっと部屋数も多いのだろう。無駄に部屋とかが余っていそうである。


 城門前へ着くと、アレスが騎士から話しかけられていたが、もう1人の騎士が馬車の家紋を見て、慌ただしく城内へ入っていくと、大した時間もかけずに戻ってきたので、そのまま城門を通されて敷地内へと馬車が進み、使用人の待ち構える玄関前で止まった。


 馬車から降りて通された先は、謁見の間だった。ここまで大きく作る必要があるのか、疑問に思うほどの豪華な扉だ。


「カロトバウン男爵家、サラ夫人ご入場」


 荘厳な扉が開くとサラを筆頭に、ケビン、ティナたちと後に続いた。玉座に座っているのは、この国の王であるライル陛下だ。その隣にマリアンヌ王妃も座っていた。


 そこに至るまでは、王国騎士が整列しており、如何にもな感じで雰囲気を醸し出している。


 視線を前に向けると、国王の前にイスが一脚置いてあるが、事情を知らないティナたちからしたら、不思議な光景に思えてならない。


 いつもの流れでいくなら、そこにはサラが座るはずだったが、今回は座らずに立ったままである。


 ケビンとティナたちはサラの背後で跪き、頭を垂れていた。


「よくぞ参った、サラ殿。どうぞ掛けてくれ」


(後ろの者たちは、お付きの護衛か? 見た目は冒険者っぽいのぉ。サラ夫人に、護衛は必要ないと思うのじゃが……)


 その言葉でティナたちは、何故この場にイスがあったのか理解はしたが、その待遇には、理解が及ばずヒソヒソと話をしてしまう。


(何でイスに座れるの?)


(意味不明)


(サラ様って、跪いてないけど大丈夫なの? 怒られたりしない?)


(陛下が怒ってるようには見えない)


 ティナたちは、サラの強さは知っているが、王族、貴族間で暗黙の約束事とされている、禁忌については知らなかった。


(ねぇ、ケビン君は何か知ってる?)


(多分、母さんが怖いからだと思うよ。詳しくは知らないけど)


(王族が元冒険者を怖がってるの!?)


(規格外な強さだからね。仕方ないんじゃない?)


(仕方ないで済ませていいような問題じゃないと思うよ)


(サラ様凄い……)


 ヒソヒソ話に花を咲かせていると、サラがおもむろに口を開いた。


「ケビンたちのイスはないのかしら?」


 その言葉に、周りの空気が凍りついた。


(ちょ、ちょっと待て……ケビンとは、確かサラ夫人の息子じゃなかったか? も、もしや、後ろで跪いてるのは、サラ夫人の息子か!? お付きの護衛とかじゃなかったのか!? 門番は、サラ夫人が来たとしか報告せんかったぞ? どうなっとるんじゃ!?)


 国王は額からダラダラと冷や汗を流しつつ、状況の把握に努めていたが、サラは構わず言葉を続けた。


「困ったわねぇ。イスは一脚しかないみたいだし、みんな座れない以上、みんなに合わせて跪くしかないかしら?」


「ま、待つのじゃ! おいっ! お前たちイスを早く用意するのだ!」


 国王からの命令で慌ただしく騎士たちが動き出し、瞬く間にイスが三脚用意された。


「よかったわ。これでケビンたちも座れるわね。さぁ、座りましょう」


 サラがイスに座るとケビンたちにも座るように促すが、ケビンは座る前に国王へ奏上した。


「恐れながら陛下、私どももイスに座った方がよろしいのでしょうか?」


「構わぬ。サラ殿の身内ゆえ」


(座ってくれないと儂が困るんじゃあ! サラ殿から受けるプレッシャーで、胃に穴が空くのだぞ? どんな拷問なんじゃ!)


「では、失礼して」


 国王からの許可が出たことで、ケビンはイスに座ったが、ティナたちは、一向に動こうとはしなかった。


(ちょ!? ケビン君、普通に座っちゃったよ! どうするの!?)


(私たちが座ったら打首確定)


(まだケビン君と結婚もしてないのに、打首とか嫌よ!)


(サラ様とケビン君だから許されること。一般人の私たちは試されている可能性がある)


(こんなことで試さなくてもいいじゃない!)


 そんな、ニーナの勘違いから始まるやり取りを2人がしていると、ケビンが声をかけてきた。


「ティナさんたちも座るといいよ」


「打首は嫌よ!」


「打首?」


「私たちがそこに座ったら打首よ! 試されてるのよ!」


 ティナたちの被害妄想が入った常識的な言葉に、サラが再び口を開いた。


「あら? ティナさんたちは試されているのかしら? イスに座ると打首なのね?」


 またもやサラの発した言葉に、先ほど以上に場が凍りついた。それにいち早く答えたのは、冷や汗やら脂汗やらで焦っている国王であった。


「そ、そんなことはないぞ! 断じてない!! 座りにくいと言うのであれば、あえて国王として命令する。そなたらもそこのイスに座るのじゃ! 可及的速やかに座るのじゃ!!」


(やめてくれぇー! ありもしない試されているだの打首になるだのとか、サラ殿の前で言うのではない! 儂の健康の為にも早く座ってくれぇ!)


「ほら、陛下もああ仰っているんだ、2人も早く座るといいよ。話が全く進まなくなるから。まぁ、話すらまだ始まってもいないけど……」


 ケビンの言葉に、いそいそと2人はイスに座った。


「生きた心地がしない……」


「明日あたり死ぬかも……」


「そんなことないさ。これも1つの経験だよ」


「こんな経験は嫌よ。国王との謁見中にイスに座るのよ!? 確実に歴史に名を残す所業だわ」


「後世に名を残す愚行」


「そんな時は逆転の発想をすればいい。後世に自慢できると。国王への謁見で、イスに座るだなんて中々経験できないから」


「ケビン君は図太いから平気なのよ」


「小市民には苦痛」


「ティナさんの方が図太いと思うよ? うちにいても平気で、朝起きてこないから」


「ぐっ……」


 ケビンに痛いところをつつかれて、ティナの反論はここで終了した。


「もう良いかの? サラ殿よ、今日は何用で参ったのじゃ?」


 ケビンたちの話が途切れたところで、国王はサラに尋ねた。


「今日は、交易都市で起こったことの報告ですわ」


「あぁ、あの愚行を犯した愚か者か……」


「そうですわ。その愚か者がギルドマスターになる承認を、陛下がしていたことも存じてましてよ?」


「――ッ!」


(あぁぁぁぁっ! 忘れてたぁ! そうじゃ、マリアンヌが何とかしてくれるって言ってたやつじゃあ! い、今じゃ、マリアンヌ、何とかしてくれぇ!)


 そんなことを思いつつ、国王は王妃へ視線を向けてみる。


「……?」


 そんな国王の願いも虚しく、マリアンヌ王妃は首を傾げて、隣でいつもの様にニコニコとしているだけだった。


(マ、マリアンヌゥーッ!)


 王妃は以前に受け取っていた手紙で、国王には手出しをしないことがわかっているが、そのことを知らされていない国王からしてみれば、今の状況は気が気ではない。


「母上、陛下は了解しただけであって、推薦して決めたわけではないから、そのような物言いは控えるべきだと思いますよ?」


「ケビンが言うなら仕方ないわね」


(おおっ! 神は……神はここにおったのかっ!)


「それと、各支部のギルドマスターにも何かすることも控えてほしい。ギルドが潰れると業務が滞るし、クエストが受けれなくなってしまう」


「そこまでは私もしないわ。ケビンからおもちゃを取り上げるような真似は、したくないですから」


「それなら安心だ」


 サラは、それから交易都市での顛末を話し始めた。中身は大体報告で上がってきた内容と一致しており、情報の齟齬がないかを確認するだけでよかった。


「大体のことは把握した。今回は交易都市の報告だけかの?」


「いえ、ケビンが魔導学院を目指すらしいので、王妃様からの推薦状を頂きたく思いまして」


「魔導学院とな? 王都の学院へは戻らぬのか?」


「初等部のレベルが低いので、ケビンが暇を持て余してしまうんですの。本人は魔法の専門的な知識を学ぶために、王都の学院ではなく魔導学院で励むそうですわ」


「ならば儂が一筆したためよう。今回の件の迷惑料だと思ってくれ。王妃よりも国王の方が効果はあるだろうからな。あの国とは親善試合で友好を結んでおるから、無碍にはせんじゃろう」


「感謝致しますわ」


「他には何かあるかの?」


「王妃様さえよろしければ、お時間を頂こうかと」


「マリアンヌ、どうじゃ?」


「是非、そうしたいですわね」


「ならば後のことはマリアンヌに任せる。これにて謁見は終了とする」


(はぁぁぁぁ……終わった……途中、危ういところはあったが、何とか切り抜けられた……儂の胃も何とか無事じゃ……あとはマリアンヌに投げておれば、勝手にしてくれるじゃろ……)


 こうして国王の心労の種である、サラとの謁見は終了した。何はともあれ無事に終わったことにより、国王は午後からの公務をキャンセルし、1人で私室に戻り頑張った自分へのご褒美として、のんびりと休養を取るのであった。

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