第158話 ギルドと受付嬢と嫁候補

 今日は朝から大忙しだった。王城へ向かうというのに、ティナさんが起きないのだ。相変わらずの平常運転である。


「ティナさーん、起きてくださいよー」


「あと……5分……」


「ティナ、早く起きて」


「あと……10分……」


(延びてる……)


「はぁぁ……面倒くさいので、起きないなら置いていくから。それじゃあ、ニーナさん、ご飯食べに行こうか?」


「……ま、待って!!」


 ティナは、ケビンの置いていく発言に、すぐさま覚醒してベッドから飛び起きるのであった。


「やれば出来るんだから、普通に起きればいいのに」


 その後、3人は食卓に向かいニコニコとしたサラに出迎えられ、どうやらティナの表情を見ただけで、中々起きてこなかったのを察したらしく、色々と突っ込まれて揶揄われるのだった。


 朝食を終えて少しすると馬車の準備が整い、ケビンたちは、王都にある別宅へと出発した。


「朝から行っても公務があるでしょうから、登城するのはお昼ご飯を食べてからにしようかしら」


「それがいいね」


「それならもう少し寝れたかも……」


「ティナ、いくら客扱いを受けていても、それは失礼」


「ふふっ、いいのよ。手のかかる妹ができたみたいで楽しいわ」


「ティナさんって、相手に慣れてしまうと地が出てくるよね。最初はあんなにビクついていたのに」


「神経が図太い」


「ちょ、ニーナ!」


「ニーナさんも、気楽にしてていいのよ? 将来はケビンのお嫁さんになるんだから、もう家族みたいなものよ」


「お気遣いありがとうございます」


「まだまだ硬いわね。もっと柔らかくてもいいのに」


「ティナさんとニーナさんは対照的だからね。手のかかる姉さんとしっかり者のお姉ちゃんって感じで」


「なっ!? ケビン君まで! 私だってやる時はやるのよ!」


「常日頃からそうあるべき」


「まぁ、それはそれでティナさんらしくないから、面白みに欠けるんだけど」


「酷いわよ。2人して私を虐めるなんて」


「ふふふっ、楽しいわね。ケビンと2人で過ごしていた時とは、また違う楽しさがあるわ」


 そのまま談笑を繰り広げながら、馬車は別宅へと到着した。リビングでくつろぎながらどう暇を潰そうかと思っていたら、ティナさんが王都のギルドにクエストを見に行こうと誘ってきた。


「ギルドにですか?」


「そうよ。王都支部は大きいから、クエストも沢山あるはずよ」


「いいのがあっても、午後から予定があるから受けれませんよ?」


「それでも暇つぶしにはなるわ。もしかしたら、近場でいいのがあるかもしれないし」


「ニーナさんはどう思います?」


「敵情視察、要確認」


 ニーナは以前にケビンがケンであった頃、王都の受付嬢からお世話になっていたことを聞いており、ティナとは違ってそのことを忘れずにいたのだった。


「敵情視察って言っても、王都近辺の魔物を狩りに行けるとも限らないし」


 ニーナの言った言葉を、間違った方向に解釈したケビンは、普通に返してしまった。


「とにかく、行くだけ行ってみましょうよ」


 サラにギルドへ行ってくる旨を伝えると、ケビンたちは街中へと向かう。


 出しなに「サーシャさんによろしくね」と言われたが、知り合いだったのだろうかと思いつつもケビンは自宅を後にした。


 やがてギルドへ到着して中へ入ると、ケビンたちは冒険者たちから視線を浴びせられることになる。


「これって絡まれるパターンですかね? ガキが、美女2人連れてるんじゃねぇとか」


「もう、ケビン君ったら美女だなんて……」


「ケビン君なら瞬殺だよ。問題ない」


 しかし、冒険者たちはヒソヒソと話しているだけで、全く絡まれるような雰囲気がなかったので、ケビンは不思議に思いつつも2階へと上がって行った。


 掲示板に近寄ろうとすると、冒険者たちが慌てて端へと避けて、花道の如き道ができあがる。


「これって異常よね?」


「かなり」


「何なんだろうね」


 不思議な状況に疑問を抱きつつも、ケビンは掲示板の依頼内容に目を通す。


「結構、色んな魔物がいますね」


「ワイバーンとか戦ってみたいわ」


「空にいるから面倒くさいよ」


「魔法で撃ち落とす」


「サイクロプスとかもあるわね」


「如何にも怪力自慢って感じだね」


「アリゲーターって何かしら?」


「見た感じワニ型の魔物だと思うよ。河川付近に棲息してるんじゃない?」


 そんな会話をしていると、ふと後ろから声をかけられた。


「もしかして……ケン君?……」


 振り返るとそこには、1人の受付嬢が立っていた。


「ケン君!」


 いきなり勢いよく抱きつかれるが、2つの膨らみに包み込まれて、ケビンはタジタジとなってしまう。


「戻ってきてたのね。心配してたんだよ? 記憶をなくしてたって聞いていたから」


 サーシャは、ケビンを包み込みつつ見下ろしながら尋ねると、ケビンは膨らみから顔を出し、見上げながら答える。


「サーシャさん、久しぶりですね。元気にしてましたか?」


「私は元気よ。ケン君はどうなの? 頭痛は相変わらずあるの?」


「俺も元気ですよ。頭痛は思い出そうとすると再発しますね。でも、母さんに会ってから一部は思い出せました」


「よかったね。それならケビン君の方がいいかな?」


「どうして俺の名前を?」


 ケビンは、サーシャに名前を教えてなかったので、なぜ知っているのかと、ふと疑問に思ってしまい尋ねた。


「ケビン君が保養地に旅立った後に、サラ様がここに来られたのよ。ケビン君の情報を手に入れるために」


「そうだったんですか。何かご迷惑をかけてませんでしたか?」


「初めてサラ様の威圧を受けたわ。さすが伝説の冒険者よね。誰も動くことができなかったから」


「申し訳ありません。後で母さんには、きつく言っておきますので」


「いいのよ。意図的に情報を伏せた、私が悪いんだし」


「冒険者のプライバシーを守るためでは?」


「違うのよ。当時、ケビン君のことを嗅ぎ回っている人たちがいるって聞いて、家族が探してたとは知らずに、ケビン君のことを守ろうとして情報を明かさなかったの。その後に、誤解は解けてお茶に誘われたりしたんだけどね」


「あぁ、それで出かける前に、サーシャさんによろしくって言ってたんですね」


 ここにきてようやく自宅からの出しなに、サラの言った言葉の意味が理解できた。


「あー……ゴホンっ!」


 あからさまにわざとらしい咳払いに視線を向けると、ティナとニーナがジト目でケビンたちを見ていた。


「中々に熱い抱擁ね」


「まるで恋人同士」


 その言葉を聞いたサーシャは、自分が今何をしているのか改めて意識してしまい、バッとケビンから離れるのだった。


「と、とにかく元気そうでよかったわ」


 サーシャは慌てて取り繕うも、ティナたちのジト目は留まるところを知らない。


 周りの冒険者もその様子を見ており、あちこちでヒソヒソと話をしていた。


(俺のサーシャちゃんがぁ……)


(あいつ……半年前ぐらいにいたルーキーだろ?)


(美女2人に、サーシャちゃんまで……)


(神は死んだ……)


(あの子カワイイ!)


(私もハグしたいなぁ……)


 周りが好き勝手言ってる中で、ティナはサーシャに尋ねる。


「貴女がサーシャさんね。ケビン君から、良くしてもらったって聞いているわ」


「ライバル出現」


「あの、貴女たちは?」


「私はティナよ。ケビン君の嫁候補!」


「私はニーナ。同じく嫁候補!」


 自信満々に答える2人に、ケビンは慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと、2人とも何言ってんの!」


「自己紹介よ。普通でしょ?」


「普通」


「いや、自己紹介はいいけど、言ってる内容が、普通じゃないよね!?」


「「違うの?」」


「冒険者なら、ランクとか職種とか言うよね!?」


「私はAランク冒険者、弓術士よ」


「同じくAランク冒険者、魔術師」


 2人の突拍子もない内容の自己紹介に、サーシャは唖然としていたが、見過ごせないことを言っていたので、ケビンに尋ねることにした。


「ケビン君、本当なの?」


「2人は、本当にAランク冒険者ですよ」


「そこじゃない」


「紛れもなく弓術士と魔術師ですよ」


「そこでもない」


「……ん? ……他に何かあります?」


「嫁候補の部分よ」


「あぁ、はい。一応」


 ケビンの答えに反応したのは、サーシャではなくティナたちだった。


「一応って何よ! 一応って!」


「事実であり真実」


「ちょっと2人は黙ってて。話が進まない」


 ケビンは、2人が混じると話が脱線してしまうので黙るように伝えると、ティナたちはシュンとなって黙るのであった。


「ケビン君、保養地で何してたの?」


 サーシャが、瞳の笑っていない迫力のある笑顔で、ケビンを問い詰めた。


「え……記憶によれば、温泉に入ってましたけど?」


「ふーん、ケビン君は、温泉に入るだけで嫁候補が出来ちゃうんだ?」


「それはなんと言いますか、旅の成り行きですね」


「へぇー旅の成り行きで、嫁候補が出来ちゃうんだ?」


「えぇと、……何か怒ってます?」


「別に怒ってないわよ? 私が心配している間に、ケビン君が嫁候補を引っ掛けていたとしても、私は全然怒ってないわよ?」


「はぁぁ……怒ってますよね? ご心配かけていたのにすみません」


「いいのよ、別に……ケビン君が、どこの誰を嫁候補にしようと、嫁候補じゃない私には、関係ないわよね?」


 ここまで言われてしまえば、いくらケビンでも察することができた。要は、ティナとニーナにサーシャが嫉妬しているのだ。


「わかりました。サーシャさんさえ良ければ、嫁候補になってくれませんか? まだ結婚することはできませんが」


「……いいの?」


 思いもよらぬケビンからの提案に、サーシャはキョトンとしながらも聞き返していた。


「悪ければ言いませんよ。一生に関わることですよ?」


「私、意外と嫉妬深くて面倒くさい女よ?」


「それは今話しててわかりましたから。許容範囲ですよ。超えたら文句の1つも言いますけどね」


「……嘘じゃない?」


「本当ですよ。あまり執拗いと面倒くさいから取り消しますよ?」


「それは、ヤダ!」


「それならいいですね? これからも末永くよろしくお願いします」


「――ッ! ありがとう、大好きよ!」


 サーシャはケビンに抱きつくと、ありのままの気持ちを伝えた。一連の状況を見ていた周りの冒険者からは拍手が巻き起こり、中には涙する男の冒険者や歯を食いしばる者までいた。


 そんな中、騒ぎを聞き付けたギルドマスターである、カーバインが奥からやって来た。


「一体何の騒ぎだ?」


 カーバインが辺りを見回すと、騒ぎの発生源であるケビンたちを、取り囲むように冒険者たちが周りに居たので、原因の特定が難なく可能であった。


「おい、サーシャ。朝から堂々とよくやるもんだな」


「ギ、ギルドマスター!」


 思いもよらぬ人物の登場で、サーシャは現実に引き戻される。


「あ、カーバインさん。ご無沙汰しています。タミアはいい所でしたよ」


 ケビンは特に現状を気にした風でもなく、平常運転で挨拶を済ませた。


「おお、ケンか。懐かしいな」


「一応、記憶の一部が戻ったので、今後はケビンでお願いします」


「そいつは良かったな。で、何の騒ぎだ? ケビンが原因であるのは見てわかるが」


「あぁ、それは俺がサーシャさんに、プロポーズしたからですよ」


「……は?」


 カーバインは、突拍子もないことをケビンから伝えられ、唖然とするしかなかった。


「まだ、結婚はしませんけど。嫁候補という位置づけです」


「……はぁ……お前にはいつも驚かされるな」


「まぁ、成り行きでそうなってしまったんですけど」


「で、本来の目的はクエストか?」


「そうですね。午後から予定があるので、近場で何かいいのがあれば、受けようかと思いまして」


「確か、Cランクだったか?」


「いえ、今はAランクです」


「えっ!? ケビン君、Aランクになったの!?」


 サーシャの発した言葉に、周りの冒険者たちは騒然とした。


「お前……あんなに、規格外になりたくないって言っておきながら、Aランクに上がったのかよ」


「あぁ、それはケンの時の話ですよね。ランクが上がったのは、交易都市の一件が終わった時に、母さんの計らいで受付嬢が手続きしてくれたんですよ」


「交易都市って……もしかしてアレやったのはお前か?」


「俺じゃなくて母さんですね。俺を闇ギルドの討伐対象にしたのが耳に入ったらしく、拷問されながら粛正されてましたから」


「よりにもよって、お前を討伐対象か……逆鱗どころの騒ぎじゃないぞ。よくあいつらは死なずに済んだな」


 カーバインは、交易都市のギルドマスターと受付嬢の悪事が表沙汰となり退職したことは知っていたが、現場で起きていた詳細までは知らなかったのだ。


「母さんを見た時に記憶が戻って、俺が止めてから犯罪奴隷に落としましたので。その時に、口が災いして2人とも腕を1本失いましたけどね。あれで、鉱山労働ができるのか疑問ですけど」


「腕1本で命が助かれば儲けもんだろう。本来なら死んでるぞ」


「それよりも、何か手頃なクエストとかありませんか?」


「クエスト関連なら、未だお前に抱きついている、サーシャに探してもらえ」


 その言葉に、今まで黙ってたティナとニーナが、ここぞとばかりに口を挟んでくる。


「そーよ! 貴女、いつまでケビン君に抱きついているのよ!」


「ズルい」


「いや、何故か不思議と離れたくない感覚に囚われていまして」


 そう言ってもなお、離れようとしないサーシャであった。それから、2人を宥めつつクエストを物色してみるが、近場で狩れるようなAランククエストがなく、喋りこんでいる間に時間も経っていたので、王都見物をしながら自宅に帰ることになったのだった。

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