第155話 母の底知れぬ思惑

 旅の行程自体は順調に進んでいたが、俺は、夜に誰と寝るかで二の足を踏んでそっちの行程は進まずにいた。


 夜は母さんのテントに逃げ込んでいたが、この前とうとう母さんに裏切られてしまい、とある2人に捕まるとテントへ引きずり込まれて、一緒に寝ることになった。


「解せぬ……」


「ケビン君、諦め悪いよ」


「そんなに一緒に寝るのが嫌?」


 俺は今、2人に挟まれて川の字になっている状態だ。


「嫌なのではなくて、恥ずかしいんだよ」


「お風呂は一緒に入るのに? こんなケビン君を見れるなんて新鮮ね」


「いつもは恥ずかしくさせられる」


 記憶を失った時の俺よ、一体何をしてくれてんだ! まぁ、情報として何をしたかは知っているが、そのせいで恥ずかしくて堪らないんだぞ。


「その節は、申し訳ありませんでした」


「ケビン君だから別にいいのよ」


「好きだから嫌じゃなかった」


「ちなみに、俺のどこが好きなの?」


「何か守ってあげたくなるようなところ」


「見かけによらず男らしく、あと圧倒的強さ」


「それに、意外とエッチなところ」


「大事にしてくれる」


「嫌々言いながらも、構ってくれるところ」


「ピンチには必ず助けてくれる」


「あぁーもういいです。充分です。お腹いっぱいです」


 ケビンは、ポンポン言われる好きな部分を聞いて、悶絶しそうになってしまうのであった。


「ふふっ、やっぱりケビン君は可愛いわ」


「記憶が戻っても、中身は変わらない」


「何故か2人に勝てる気がしないんだけど」


「大丈夫よ。ケン君の時も、主導権握れたのは最初のうちだし、そのうちケビン君が主導権を握るようになるわ」


「いつの間にか攻守逆転してる」


「そうなるといいんだけどね。負けたままは嫌なので」


 その日の夜は、最初こそ恥ずかしかったが、段々と慣れてきて色んな会話を楽しんだ。


 何故か寝る時には抱きつかれてしまったが、それがいつものことらしい。俺に抱きつくと安心感があるそうだ。


 奇しくも母さんの言った、“恥ずかしいのは最初だけ”という言葉が、身をもってわかった気がした。


 それから数日は、ティナさんたちと寝ることになるのだが、最後の難関が俺を待っていた。使用人のメイドであるニコルとライラだ。


 ニコルとライラに関しては、家で手伝いをしてくれるメイドという認識で、小さい頃からの付き合いだから、どちらかと言うと、近所に住むお姉さんみたいな感じだったのだ。


 それなのに、“実は好きです”なんて聞かされた日には、天地がひっくり返ったような驚きだ。


 そして、今日この日、とうとうニコルとライラの2人とともに一緒に寝なくてはいけなくなってしまった。


 母さんからのプレッシャーが凄いのだ。ティナさんたちと寝れたのだから、ニコルたちとも寝れるはずだという、母さんの意味不明持論に負けた形だ。


 ニコルとライラのテントは3人用なので、ティナさんたちと使った4人用とは違い、少し狭い空間に、3人だけというのを妙に意識してしまう。


「今夜は至らないかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


「私もよろしくお願いします」


 ニコルとライラに三つ指をついてお辞儀をされてしまい、とても萎縮してしまう。


「そんなに畏まらなくても……いつも通りでいいよ」


「ケビン様は、仕える家のご子息様です。軽んじる事があってはいけません」


「そうです!」


「俺が嫌だって言っても?」


「……」


「そ……それは……」


「これは命令だ。俺と一緒にいる時、若しくは公の場でない時は、普段通りのニコル、ライラとして接すること」


「し、しかし!」


「それではっ!」


「ニコルとライラがそんな硬い状態だと、俺はゆっくり休めずに、明日は疲れた状態で過ごさなきゃいけないんだけど、それでいいの?」


「くっ……だが……」


「ズルいです、ケビン様は。そんな言われ方したら、断れないじゃないですか」


「俺は自分のためなら、どんなズルいことでもやってのけるからね」


「そのような事はございません」


「ケビン様は、そのような方ではありません」


「買い被りすぎだよ」


「いいえ、私たち使用人にはわかるんです! ケビン様はいつも周りを気にしておられました。私たちが気づかずに体調を悪くしていたら、カレン様に伝えて休ませるように指示していたのを知っているのです」


「たまたま見かけたからだよ」


「僭越ながら、私たちが定期的に親元に帰れるように、領主様に進言してくださっていたのも存じております。寂しくならないように、声をかけて下さっているのも存じております」


「することなくて暇だったから、話し相手になってもらっただけだよ」


「ケビン様が、影で努力しているのを知っています。だから私たちも、きつい教育訓練だろうと、めげずに励んできました。そんなケビン様だから、私たちは好きになったんです! 尽くしていきたいんです!」


「参ったね。そこまで盲目的に好きになるとは。それは、ダメな傾向だよ? ニコルやライラたちが仕えているのは、俺ではなくて父さんになんだから」


「然り。ですが、この気持ちを抑えることはできません」


「そうです! お仕事はちゃんとします! 課せられた任務もこなします! ですから、心だけはケビン様をお慕いすることをお許しください!」


 静かに姿勢を正すニコルと、スカートを強く握りしめて俯き懇願するライラのその姿には強い覚悟が窺えた。そこまでされて拒否するほどケビンの甲斐性は落ちていない。


「わかった」


 ただ一言そう伝えただけで、ニコルとライラの瞳からは涙がこぼれる。ケビンは優しく指で拭うと2人に声を掛けた。


「泣かないで2人とも。可愛い顔が台無しだよ」


「勿体なきお言葉……」


「ッ……ケビン様はお優し過ぎます」


「普通に接してるだけなんだけどなぁ」


「自覚がないとこが罪作りですね」


 先ほど涙していたのが嘘かのように柔らかく微笑むその姿に、ケビンはドキリとする。


「っ! さぁ、もう寝ようか? 明日も早いしね」


 いそいそと毛布の中に入っていくケビンに、ニコルとライラは不思議に思いつつも後に続く。


「では、休むとしましょう」


「そうですね」


 了承しておきながら中々来ない2人が気になり、ケビンが視線を向けると自分の軽率さに後悔した。


「あっ!」


 視線の先では、ニコルとライラがメイド服を脱いでいたのだ。ケビンが声を上げたことで2人と視線が交錯する。


「ご、ごめん!」


 謝りつつもケビンの視線は2人の体に釘付けだった。その豊かな膨らみはもちろんのこと、腰はくびれており臀部に至っては形よく整っている。


 さすがは体を動かす仕事をしているだけあって、均整のとれた体つきとなっていた。


「ふふっ。ケビン様も男の子ですね。謝っておきながらじっくり鑑賞されてますよ?」


「私の体でよろしければとくとご覧になって下さい」


「――ッ!」


 ケビンはそう言われて慌てて毛布を頭の上まで被ったが、ケビンの心臓はドクンドクンと強く脈打っており、余計に意識してしまう。


 少しすると2人の足音が聞こえて毛布の中に入ってくるのがわかった。


「さあ、顔をお出しになって下さい」


「ケビン様、そんなに毛布を被られては、息苦しくなってしまいますよ?」


「……」


 しばらくしてケビンは恐る恐る顔を出すと、こちらを覗いてた2人と目が合った。


「凛々しいお顔です」


「やっとお顔を拝見することが出来ました」


「……」


 顔を出したはいいがケビンは2人の姿に絶句した。


「な、なんで服きてないの?」


「今日は、何やら暑さを感じますので」


「私は、これが普通ですよ?」


「う、嘘だ。カレンさんが、使用人にそんな教育するわけがない」


「その通りです」


「さすがケビン様、聡いですね。確かにこんな格好で寝ていたら、カレン様に怒られますよ」


「だったら何で……」


「ケビン様だからです」


「嬉しかったからです」


「……え?」


「ケビン様が私たちの体をご覧になって、反応して下さっていたことが嬉しかったのです。私たちに興味がなければ、着替えをご覧になったところで何とも思わないですよね? だけど、ケビン様は私たちの体に釘付けだったから嬉しくなったのです」


「それは……綺麗だったから……」


「ありがとうございます」


「ケビン様は、女を喜ばせるツボを心得ておいでですね。そんなことを好きな人から言われてしまえば、大抵のことは許せてしまいますよ」


「そ、そうなんだ……」


「失礼します」


「ケビン様、怒らないでくださいね」


 一言告げると2人は優しくケビンに抱きついた。ケビンは柔らかな膨らみに包まれて頭の中が混乱する。


「えっ!? なんでっ!?」


「ふふっ。だってケビン様、チラチラと私たちの胸を盗み見していましたから」


「女として喜びを感じました」


「――ッ!」


 ケビンは2人と会話をしつつもその膨らみに気を取られて、チラチラと視線が下に向かっていたのを気づかれてしまっていた。


「別にいいんですよ? 先程も言った通り、私たちの体に興味を持たれているのは嬉しいのですから」


「ごめん」


「謝る必要などございません」


「ですから、盗み見する姿も可愛くはありますが、堂々とご覧になっていただいても構いません」


「堂々と見るのはどうかと思うんだけど」


「私たちが構わないのですから、別にいいんですよ。ケビン様になら見て欲しいくらいです」


「そんなもんなの?」


「是非とも」


「そうですよ。それに、私もケビン様から安らぎをいただいていますから」


「え? 何それ?」


「サラ様がよくケビン様を抱く気持ちが、今初めてわかりました」


「これはたまりません」


「どういうこと?」


 ケビンは記憶が戻ってからステータス確認を行っていないので、ケンの時に得ている称号を知らないままだった。


「ケビン様に抱きつくと、安心感があるのです。心に安らぎを感じます。片時も離れたくない感じになりますね」


「えっ!?」


「本当のことです」


 ケビンはふとティナたちが寝る時に、抱きついてきていたのを思い出した。その時も、2人と同じように安心感があると言われたのだ。


「私もいざ抱きつくと、ドキドキと心臓が高鳴っていたのですが、今では落ち着いてとても癒されているのです」


「本当に?」


「はい。ですから、ケビン様も私たちの胸を存分に満喫されてください」


「そ、それじゃあ、明日も早いしもう寝ようか。おやすみ」


「おやすみなさいませ、ケビン様」


「おやすみなさい、ケビン様」


 ケビンはニコルとライラに挟まれて、悶々とした気持ちで眠りについた。


 翌朝に目覚めたケビンは、自分に抱きついて恍惚とした表情を浮かべていたニコルとライラを目の当たりにしたが、目が合うと我に返ったようで恥ずかしかったのかとても顔を赤らめていた。


 それから程なくして全員起床してから食事を摂り、野営地を後にした。相変わらず最後まで起きてこなかったティナは既に大物と化している。


 それから数日後、ようやくカロトバウン男爵領へと足を踏み入れることになるのであった。

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