第154話 あくまで○○ですから

 翌日、朝になるといつもの恒例行事が入り、全員起床後に朝食を摂り終わったらのんびり家路までの旅を再開した。


「それにしても、ティナさんは朝が弱いのねぇ。あんなに起きない人を見たのは冒険者時代も含めて初めてだわ」


 ティナはたとえ【瞬光のサラ】が近くにいようとも平常運転で、朝になっても起きてこなかったのだ。


「ありえない」


 ニーナは同行している人がケビンの母親であり憧れの冒険者であったため、いつもより気合を入れて起きてきたのだ。


 対してティナはいつも通りだったので、辛辣な言葉も自然と出てくるというもの。


「すみません……」


 サラに醜態を晒してしまったことで、ティナは朝からテンションがだだ下がりだった。


 その理由の中に、朝早くから起こされているというのも過分に含まれているに違いない。


「ケビンのお嫁さんになったとしても、朝ごはんは作ってあげられないわね。ティナさんより先にケビンの方が起きるでしょうし」


 別に意図して言っているわけではないサラの言葉に、ティナは益々落ち込んでいくのであった。ニーナにしても、こと料理に関しては二の句が告げないでいた。


「わ、私が作ります!」


「僭越ながら、私も作らせて頂きます」


 しかし、思いもよらないところから、その発言が飛び出した。


「あら、ライラたちが作るの? それなら安心ね」


 思わぬところで点数を稼ぎにきたライラたちに、ティナとニーナは戦慄する。


 2人とも料理と呼べる代物を作ることができないのは自覚している上に、明らかに使用人として働いている現役メイドであるライラたちの方が、技術的にも勝っているからだ。


「そうだね。ライラとニコルの作るご飯は美味しかったしね」


 ケビンのこの言葉がトドメとなり、ティナとニーナは2人して項垂れてしまったが、対してライラたちは満面の笑顔となった。


「その様子からすると、ティナさんとニーナさんは料理が苦手なのかしら?」


「確か苦手みたいだよ。俺はその場面に立ち会ったことはないけど、ガルフさんのパーティーでは2人とも料理担当から外されたみたいだから。野営の時は専ら薪拾いが仕事みたい」


「それなら2人はケビンの胃袋を掴むことはできないのね。料理の作れるライラたちが有利だわ」


「まぁ、冒険者としてやってきたから、仕方がないんじゃないかな?」


「あら、お母さんは料理作れるわよ? たまにお父さんに作ってあげるもの」


 サラの口から思わぬ衝撃の事実が飛びだしたことに、ケビンは驚愕する。


「っ!! 俺は食べた記憶がないんだけど!?」


「お母さんの料理を食べたいの?」


「そりゃあ、食べたいよ! てっきり作れないと思ったから……作れるなら食べてみたいよ」


「それなら、家に着いたら作ってあげるわね。ケビンの胃袋を掴んじゃおうかしら?」


 それから、和気あいあいと一行が旅路を進めると、ケビンが魔物を探知した。


「魔物がいる……どうする?」


「折角だから、一緒に戦いましょうか?」


「それはいいかもね」


 そんな話をしていると、前方からフォレストウルフが群をなしてやって来るのが豆粒程度に見えてきた。


「マイケル、貴方は私の馬が逃げないように手網を引いてくれるかしら?」


「畏まりました」


 マイケルは馬から降りると、サラとケビンが乗っていた馬を預かる。ニコルはマイケルの馬を代わりに預かった。


「サラ様、私たちはどうすれば?」


「ティナさんたちはマイケルたちとともに後方待機よ」


 サラが指示を出している最中、ケビンは収納から刀を取り出して左右の腰に装着した。


「あら、ケビン! やっぱりお母さんの思ってた通りカッコイイわね!」


「まだ使ったことがなくて、斬れ味の確認のために慣らすにはちょうどいい魔物だからね、使うことにしたんだよ」


「そうなのね。敵の数はわかるかしら?」


「だいたい50匹くらいだよ。大きいのが群れのリーダーみたい」


「さぁ、ケビンとの初めての共闘よ。お母さん嬉しくて張り切っちゃうわ」


「足を引っ張らないように頑張るよ」


 視線を前方に向けると、魔物の群れは200メートルの所まで来ていた。


 サラとケビンは地面を踏み抜くと瞬時に移動する。サラとの共闘であるため、ケビンは魔法を使わないにしろ手加減なしの全力だった。


 残された者たちはその姿を目で追うこともできずに、気づいた時には魔物の悲鳴に近い咆哮が耳に届いた。


「サラ様は当然だけど、ケビン君の本気ってヤバイわね。全然、姿を追えないんだけど」


「本気のケビン君を初めて見た」


「刀で戦うのは初めてのはずなのに、使いこなせてるなんて……」


「確かに……」


 2人は200メートル先で起きている惨状に目が釘付けとなった。サラはもちろんのこと、ケビンの剣筋までもが全く見えず、気づいたら魔物が血飛沫を上げて倒れていってるのだ。


「圧倒的ね」


「これがケビン君の本気……」


 そんな2人の感想に、マイケルはちょっとした間違いを正す。


「お嬢さん方、まだケビン様は本気ではございませんよ」


「えっ!? どういうことですか?」


「手加減?」


「魔法は一切使われておりませんので、本気ではないのです。恐らく……サラ様の戦闘スタイルに合わせて戦っているのでしょう。ケビン様の真骨頂は、オールラウンダーである剣術と魔法を組み合わせた戦闘スタイルですから」


「確かに……」


 そう言うティナの視線の先では、未だ魔物相手に無双している親子の姿が映っていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 後方待機組がケビンのことで雑談していることなど露知らず、前線ではケビンとサラによる雑魚狩りという名の殺戮が繰り広げられていた。


 ケビンは慣れていない刀でいきなり二刀流をするような真似はせず、まずは片手ずつ慣らしていった。


 黒焔を右手に持ち、フォレストウルフを相手に試し斬りをしている最中である。


 以前の鉄剣とは比べるまでもなく、驚くほどに魔物の体にすんなりと刃が通るのだ。


 程なくして今度は、黒焔を鞘に戻したら白寂を左手に持った。こちらも黒焔に勝るとも劣らない斬れ味で、スパスパと魔物の体を分断していく。


「ドワンさんの作品は凄いな……」


 以前使っていたのが鉄剣であったため、性能差が如実に現れていた。さらには、ドワーフ職人の作った一点物である。違いを感じずにはいられない。


 ケビンは斬れ味を確認しつつサラの方へと視線を向けると、そのスピードは然る事乍ら、“初撃必殺”と言わんばかりに一刀のもと次々と敵を屠っていた。


「母さん無双……」


 サラの実力は知ってはいたが、実戦を目の当たりにしたのは今回が初めてなので、噂に違わぬ強さであったことにケビンは規格外の意味を改めて思い知らされるのである。


 これはあくまでもケビンの視点であって、常人の後方待機組からしてみれば、ケビンの戦闘もまた規格外認定されていることは本人の知る由もないことだった。


「ケビン、群れのリーダーはケビンが片付けるの?」


 考えごとをしつつ魔物を屠っていたケビンに、サラからの声が届く。


「特に拘ってないから、母さんが倒していいよ」


「お母さんとしては、ケビンのカッコイイ姿が見たいから遠慮するわね。それよりも、欲を言うなら何かカッコイイ技で倒して欲しいわ」


 サラからの無茶振りに、ケビンは嘆息する。カッコイイ技と言われても、何を持ってしてカッコイイのかが理解できないからだ。


「……何とかしてみるよ」


 ケビンは、無茶振りをしてくるサラを喜ばせるような何かがないかと、ケンの時の記憶を漁ってみることにした。


「……これにするか」


 ケビンが思案している最中、サラがケビンのカッコイイ姿見たさに周りの魔物を嬉嬉として倒してしまい、残りはリーダー1匹となった。


 残りが1匹となった時点で、ケビンは逃げられないようにリーダーに威圧を放つ。威圧を受けたリーダーはその場で釘付けにされた。


 サラはケビンの邪魔にならない場所まで近づくと、瞳を輝かせながら見学している。後方待機組も、特に問題はないと判断して近くまで寄ってきていた。


「ケビン、期待しているわね」


 サラからハードルを上げられたことにより、ケビンは内心勘弁してくれと願うしかなかったが、サラに対してはどうすることもできないので、諦めるしかなかった。


 ケビンは左手に持つ白寂を鞘に戻すと、そのままその手で黒焔の鞘を握りしめ右手では黒焔の柄を握り、腰を落としつつ半身を捻って居合の体勢に切り替える。


 左腰に携える黒焔からは、パシッと紫電が走り始めていた。今か今かと解き放たれる時を待ち望んでいるかの如く、黒焔を覆う紫電が増していく。


 皆が固唾を飲んで見守る中、ついにその時がきた。


「《紫電一閃・刹那》」


 辺りを静寂が包む中、カチャッと刀を鞘に収める音が鳴り響くと残心を終えたケビンが威圧を解き、振り返りながら一言伝える。


「終わったよ」


 その言葉を聞いても、ウルフリーダーは未だ健在であるかのように、佇んだままだった。


「ケビン君、ウルフはまだ立ってるよ?」


「死んでるから大丈夫だよ。《ウインド》」


 ケビンが風を起こしウルフリーダーに横風を当てると、そのまま倒れて上下が真っ二つに別れた。


「っ!?」×5


 皆が驚く最中、サラだけはケビンに抱きつき、興奮冷めやらぬ感じで質問攻めにする。


「ケビン! 今のどうやったの!? お母さんでも見えなかったわよ! さすが私のケビンね! カッコよすぎてお母さん惚れちゃったわ!」


「母さん、苦しいよ……」


「ね、ね、どうやったか教えて! 刀の技なのよね? そうよね? 剣じゃできそうもないものね!」


「確かに刀の技だよ。剣でもやろうと思えばできるんじゃない? 威力は落ちそうだけど」


「あの雷みたいに光ってたのは何? 魔法なの!?」


「あれは雷魔法を纏わせたんだよ。剣速を上げるために」


「やっぱりそうなのね!?」


 サラが興奮してケビンと語らっていると、驚きから戻ってきたティナが違う質問を投げかけた。


「ケビン君、もしかして、全属性纏わせることができるの?」


「多分できるよ」


「どうやって纏わせてるの?」


「どうやってって……そう言えば【魔力操作】のレベルは上がってる? それの応用だよ」


「まだそこまで目に見えて上がってないわ」


「母さんはできるよね? ちょっと見せてあげてよ」


「お母さんができるのは魔力を纏わせるだけよ。魔法の練習なんてしてないから」


「構わないよ」


 サラはケビンに言われたので、剣を鞘から抜くと魔力を纏わせた。


「ティナさん、熟練度を上げるとこんな感じに応用ができるんだよ」


 属性は付与されてないにしろ、ケビンと同じことをやってのけているサラに、ティナは改めて格の違いを見せつけられた。


「ここまでできたら、魔法しか効かないような魔物相手でも、物理で斬ることができるよ。ティナさんの場合だと矢で貫く感じかな」


「先が長い……」


「頑張って習熟するしかないね」


「それって、今のところサラ様とケビン君にしかできないのよね? 他の冒険者とかがそういうことをしているのを見たことがないんだけど」


「どうなんだろ?」


「うちの使用人たちなら、できるんじゃないかしら?」


「「……えっ!?」」


 サラの言葉にティナとニーナが驚いた。冒険者でもない使用人が、そんな高等技術を習得しているとは思ってもみなかったからだ。


「マイケル、どうなの?」


「習得しております」


 そう答えたマイケルは、懐から銀食器のナイフを取り出す。


(えっ!? なんでそんな所からナイフが出てくるの!? いつも持ち歩いているの?)


(マイケルさん、謎が多い……)


「このように」


 マイケルは、ナイフに魔力を難なく纏わせた。


「「えっ!?」」


 マイケルのそつがない行動に、ティナたちはまたもや驚かされることになる。


「何でできちゃうんですか!?」


「……」


「嗜みとしてですね」


「いや……普通の人は、嗜みでそんなことはできないと思うのですが……」


「あくまで執事ですから」


「執事の常識が崩れそうです……」


「ちなみに、ニコルとライラもできますよ」


「「嘘っ!?」」


「ニコル、ライラ」


「「はい」」


 マイケルに呼びかけられたニコルとライラは、胸の谷間から同じく銀食器のナイフを取り出す。


(ちょ、どっから取り出してるの!? 流行り? 流行りなの!?)


(私にもできそう……ケビン君に今度見せようかな?)


 ティナが驚いてる最中、ニーナは全く別のことを考えていた。


「僭越ながら」


「では」


 ニコルとライラはナイフにマイケルと同様、魔力を難なく纏わせた。


「「……」」


「あくまでメイドですから」


「嗜みです」


 ティナとニーナから質問される前に、ニコルとライラはドヤ顔で先んじて言葉を発した。


 ケビン争奪戦において遅れのあるニコルとライラは、2人にできないことができているので優越感に浸れるのであった。


「カロトバウン家って一体……」


「メイドが、闇ギルド壊滅させるくらいだから……」


 2人は遠い目をしながら、カロトバウン家の非常識さを身に染みてわかってしまい、理解しようと心掛けるのであったが難航してしまうのは致し方がないと思う。


 そんなこんなで一休みがあったあとは、ケビンが辺り一面に広がるフォレストウルフの死体を回収すると、旅路を進めるために出発するのであった。

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