第6章 これからの活動に向けて

第152話 古巣に向けて①

 ギルドマスターと受付嬢は仲良く犯罪奴隷になるために、衛兵に引き渡された。


 ギルドマスターの悪事は受付嬢が命乞いのため、受付嬢の悪事はギルドマスターが命乞いのため、それぞれがバラしてしまったこともあり、明るみに出てしまい言い逃れが不可能となった。


 ギルドマスターは証拠となるような物は処分していたらしく、家宅捜索しても何も発見されなかったのだが、闇ギルドのアジトにこれまでの悪事の証拠が残されており、犯罪は確定的となった。当然、受付嬢の分も含まれていた。


 闇ギルドと呼ばれていたのに書類管理はきっちりしていたらしく、変なところで真面目さが窺えた。


 衛兵への引き継ぎが終わり、ようやく一息つけた頃にケビンがサラに話しかける。


「それじゃあ、母さんはこれからどうするの?」


「ケビンと一緒に冒険するわ!」


「いやいや、父さんが寂しがるでしょ。家に帰らないと」


「そこなのよねぇ……あの人のことも大事だけれど、ケビンのことも同じくらい大事なのよ? どうしようかしら?」


 そこで名案が閃いたかの如く、すかさずマイケルが提案する。


「奥様、行きは強行軍でしたので帰りはのんびりと進み、その間だけケビン様と冒険を楽しむというのは如何でしょうか?」


「それってつまり、俺も家に帰るということ?」


「左様でございます。このままでは、奥様がケビン様に同行しかねませんので、何卒ご配慮して頂きたく思います」


「それが1番妥当かなぁ……」


「帰りはケビンも一緒なのね。それならお母さんは我慢できるわ」


「その前にちょっといい?」


 ケビンはガルフたちに振り向くと、手招きをして呼び寄せた。ガルフたちは近くへ寄ってもいいのかと、おずおずしながら歩み寄って行く。


「母さん、こちらの人たちを紹介するよ」


「それなら知ってるわよ。ガルフさん、ロイドさん、ティナさん、ニーナさんよね? もう1人の人は新しく入ったのかしら? まだ名前は知らないわね」


「その人は、最近メンバーに加わったサイラスさんだよ」


「そうなのね。皆さん、ケビンとともに旅をしてくれてありがとうございます。私は知っての通り、元Aランク冒険者のサラで、ケビンの母親です」


 サラの挨拶に、ガルフたちはビクつきながらもお辞儀を返した。それを見たケビンが続いて口を開いた。


「それと、みんなに伝えることがあるんですけど、俺は記憶の一部を思い出すことができましたので改めて自己紹介します。ケビン・カロトバウン、カロトバウン男爵家の三男です」


「やっぱり貴族だったんだな。しかも、あの【瞬光のサラ】の息子とはな……今までの出鱈目な強さも納得がいくってもんだ」


 ガルフはようやく納得のいく情報が得られて、今までのケビンの強さが腑に落ちるのであった。


「それよりも、お前のことは“ケビン”と呼んだ方がいいんだよな?」


「俺としてはどちらでも構いませんが、“ケビン”と呼ばれた方がしっくりきます」


「ん? ということは、ケンの時の記憶がなくなっているのか?」


「いやいや、ケンの記憶がなくなっていたら、ガルフさんたちのこととかわからないでしょ。ただ、なんとなく違和感を感じているだけですよ」


「それなら、これからはケビンだな。記憶も戻ったんだし元の名前の方がいいよな」


「そうだね。僕もケビンと呼ぶことにするよ」


「私は付き合いが浅いですからね。普通にケビンさんと変更させてもらいますよ」


「ティナたちはどうするんだ?」


「私はケビンと呼ぶ。1文字増えただけ」


「名残惜しいけど私もケビン君って呼ぶわ。もしかしたら癖でケン君って呼んじゃうかも知れないけど」


 メンバーの呼び方が統一されたことで、ケビンは次の話題に移った。


「それで、今までは“ケン”として接していたかと思われますが、実際の俺は結構面倒くさがりで適当な性格をしていますので、違和感を感じるかもしれませんがご了承ください。本来はこっちが素になりますので」


「まぁ、そうなるよな。記憶が戻ったんだし」


「それならもう、バトルジャンキーじゃなくなったのかい? あれには結構手を焼かされたんだけど」


「そうですね。以前のように闇雲に敵を探してまわることはないと思いますが、練度を落とさないためにも適度に戦闘はしますね」


「ケビン様、そろそろ……」


 マイケルが先を促してきたので、ケビンは本題に入ることにした。


「これからですが、俺は母さんを連れて一度家に帰ることになりましたので、ここで――」


「嫌よ!」


 ケビンの話の途中で、ティナが遮った。


「私は、絶対に別れたりしないんだから」


「私も」


 ティナの決意に、ニーナも続いた。


「まあまあ、2人とも落ち着いてください。話は終わってませんから。それで、当初の予定通り俺はガルフさんのパーティーから抜けて、ティナさんとニーナさんを連れて実家を目指すことにします」


「「……」」


「見捨てると思ったんですか? いくら記憶がない時の繋がりとはいえ、そこまで薄情ではないですよ」


「「ケビン君!」」


 ティナとニーナは、勢いよくケビンに抱きついた。


「あらあら、まあまあ、ケビンはモテモテなのね。ライラとニコルはこれから大変ね」


 サラは微笑みながら口にするが、ライラたちは心中穏やかではいられなかった。


(くっ! 私も抱きつきたいのに、使用人という立場がもどかしい!)


(私でさえ抱きついたことがないというのに、くっ……羨ましい……)


「母さん、出発はいつにする?」


「マイケル、この近くに丁度いい休み場所はあるのかしら?」


「ございません。強行軍ではないので、少なくとも野営をすることになります」


「まぁ、仕方がないわね……それが冒険の醍醐味かしら? ケビン、貴方のランクを上げてもらうわよ。こっちにいらっしゃい」


 サラはケビンを呼び寄せると、カウンターの前まで歩いた。カウンターの奥には未だ恐慌状態の受付嬢が数人おり、サラの姿を目にして震えていた。


「ほら、母さんがやりすぎたから……受付嬢が怖がってるよ」


「情けないわねぇ。あれくらい魔物の戦闘に比べたらマシよ」


「いやいや、受付嬢は魔物と戦闘しないからね」


「あら、そうなってるの? 昔は冒険者を経験させてから受付嬢になっていたのに、時代は変わるものねぇ」


「えっ!? そうなの!?」


「そうしないと、ちゃんとした目利きが出来ないでしょ? 素材を偽って提出とかされたらギルドは損失よ。それに、強引な荒くれ者から身を守れないし。最低でも、Bランクは必要だったはずよ」


 そんな話をしていると、平気な顔をした受付嬢がカウンターまでやってきた。


「現在は目利き専用の職員を雇っていますので、詐欺行為は働けないのです。それに、Bランク冒険者にしてから雇い入れるのは、労力的にも良くなかったので廃止されたのですよ。途中で命を落とすこともありましたので」


「へぇーそうなんだ。貴女は平気そうだからBランク冒険者ってところですか?」


「はい。私は昔の取り組みでギルドに就職しましたから。最近の子は何も経験のない街娘がほとんどです」


「それじゃあ、ケビンのランクを上げてもらえるかしら?」


「畏まりました。数日前、ケビン様が元ギルドマスターと揉められていた時には私も出勤していましたので、討伐内容の確認は省かせて頂きます。それと、今回の件を解決した報酬として昇格試験も免除致します」


「えっ!? いいんですか?」


「はい。何も問題ありません。むしろ、ケビン様の威圧を受けてまともに戦える方が今現在いないので、試験をするだけ無駄になるのです。あの威圧も本気ではなかったのでしょう? 最終的には元ギルドマスターは気絶させられていましたから……本気であればすぐさま気絶していたと思いますので」


「まぁ、そうなんだけど。あ、そういえば、カードの名前をケビンに変えてもらっていいですか?」


「了解しました」


「あと、ティナさんとニーナさんもAランクになれるかどうか確かめて欲しいのですが」


「それでは、その方のギルドカードを預からせて頂きます」


 ケンは2人のギルドカードを預かると受付嬢に渡した。受付嬢は魔導具を使って内容を確認した後に、ケビンへカードを返却した。


「Aランクの条件は満たせていますので、お2人は試験で合格すればAランクとなります。試験を受けられますか?」


 2人に対して受付嬢が問いかけると、ティナとニーナはやる気満々で答える。


「もちろんよ!」


「私も」


「2人は免除にならないんですね」


「ケビン様ほど強くありませんので、試験を受けて実力を測る必要があるのです」


「そんなことまでわかるんですか?」


「討伐欄を見ればわかります。お2人はほとんどがパーティーとしての討伐で、個人討伐が圧倒的に少ないのです」


「そういうことですか」


「しかし、面談については免除とします。理由は、元職員の暴言に対してケビン様を庇われたことから、人柄は充分であると考えられましたので。実技試験は……今から受けられますか? 幸いAランク冒険者が野次馬として残っていますので」


「それなら今から受けるわ。後日とかになったらサラ様に迷惑がかかるし」


「私も」


「わかりました。では、ケビン様の手続きを済ませている間に試験を行っていただきます」


 それからティナとニーナは模擬戦をするべく、ギルド併設の訓練場へと赴いた。


 対戦相手は現役のAランク冒険者パーティーで、かなりのベテランらしい。


 模擬戦はそれぞれの戦闘スタイルに合わせて、弓が使える者と魔術師とが選ばれた。


 勝たなければいけないとかの決まりはなく、あくまでAランク冒険者としてやっていけるかどうかの実力を測るそうだ。


 しばらく戦闘をした後は、晴れて2人とも実力は充分であると評価された。装備品を新調していたのも影響があったかもしれない。


 ケビンたちがカウンターへ戻ると、新しいギルドカードを手渡された。色はゴールドになっていて今まで以上にキラキラ光っている。


「ケビン、ほら、お母さんとお揃いよ」


 サラは自分のギルドカードを取り出すと、ケビンのカードと並べてみせる。


「そういえば母さんは引退したのに、何でギルドカードを持ってるの?」


「Aランクからは制限がなくなるからよ」


「制限?」


「最初に説明を受けたでしょ? 一定期間内にクエストを受けなきゃいけないって。Aランクからはそれが除外されるのよ。Bランクまではそれがあるから引退するなら手続きさえ取れば、元冒険者としてそのまま使えたりもするけど。それをしないと、お金を預けたまま資格を剥奪されちゃうからね」


「だから母さんは引退しても籍が残ったままってこと?」


「そういうことよ。手続きなんてしなくても剥奪されないから。それに、みすみす有能な冒険者を手離したくないっていう意図もあるわね。何かあった時に戦力として加えられるでしょ?」


「それじゃあ、今でもクエストを受けようと思えば受けられるわけ?」


「受けられるわよ。それと、手続きを踏んだBランク以下の冒険者だって復帰したりもするのよ。カードが残ってるから復帰試験を受けて、実力が変わらなければそのままで落ちていればランクを落として復帰って形ね」


「上手いこと出来てんだねぇ」


「そうねぇ。考えた人は凄いわねぇ」


 そんなことを話していると、マイケルが近くへやってきた。


「奥様、出発の準備が整いました」


「そう。それなら行きましょうか、ケビン」


「わかったよ」


 交易都市を出発する前にガルフたちがいる宿屋へと行き、別れの挨拶と荷物を運び出した。


 強行軍で使った馬が2頭いたが、新たに2頭だけ馬を買って出発することになり、サラとケビン、ティナとニーナ、マイケル、ニコルとライラの組み合わせで乗ることとなった。


 ケビンは馬に騎乗したことがないので、手網はサラが握ることとなり、道中は操術の練習を行いながら進むことにした。


 野営地は開けた所を選びマイケルが持参していた1人用テントと2人用テント、ニコルの持っていた3人用テント、ケビンの持つ4人用テントを張ると結構な規模となった。


 ケビンはニコルとライラに料理が作れるかを確認をして、作れるとのことだったのでいつものように竈を作成して、食材をニコルたちに渡すと物凄く驚いていた。


「ケビン様、なぜ竈があるのですか?」


「作ったからだよ」


「説明になっていないのですが」


「土魔法の応用でちょちょいっと作っただけだよ」


「そうですか……」


 ニコルたちはそれ以上深く考えることをやめて、調理作業を開始した。


「母さん、ちょっといい?」


「何かしら?」


「お風呂に入りたい?」


「そうねぇ。何日も野営をするのだったら、途中で街に寄ってお風呂に入りたいわねぇ。いくら元冒険者といってもお母さんは女性ですからね、やっぱり身綺麗にはしていたいわ」


「わかった。外で入るのって抵抗ある?」


「外で? 周りから見られないなら問題ないわ」


「それじゃあ、準備するよ」


「準備するの? 近くに秘湯でも見つけたの?」


「秘湯は見つけてないよ。あったら入ってみたいけど」


 ケビンは収納からボックス型お風呂セットを取り出し設置した。ケンがあれから試行錯誤して以前よりもバージョンアップされており、壁、床、排水設備、脱衣場まで新たに増設して、1つの物として収納出来るようにしてあったのだ。


「ケビン……これは何? 小屋?」


「お風呂だよ。俺も記憶がないときに、野営中はお風呂事情で苦労していたみたいだから、頑張って作り出していたみたいなんだよ」


「お母さん、夢でも見てるのかしら?」


「夢じゃないよ。中を確認してみようか」


 ケビンはケンの時のことを記憶として引き継いだので情報はあるが、実際に使ったことがないので、どんな感じになっているか興味がそそられていたのだ。


 引き戸を開けるとそこには、3畳ほどの脱衣所が現れて棚が設置されている。


「ここが服を脱ぐ所だね」


「綺麗な作りね」


 脱衣所から浴室への引き戸を開けると、白を基調とした内装が施されており、広々とした空間になっていた。


「思ってた以上に真っ白だね」


「これは凄いわ……凄いわよ、ケビン! お母さん、こんなお風呂見たの初めてよ!」


(確か記憶では3人用の浴槽だったはずだけど、これ……5、6人は入れそうな感じだな。あくまでも3人で入る用であって、3人しか入れない用ではなかったということか?)


「……大きい円形浴槽だね」


「みんなで仲良く入れそうね」


 それからケビンがお湯を張って、お風呂がいつでも入れるように準備すると、手の空いたライラがお風呂を見てかなり驚いていたが、遠い目をしてその場から立ち去っていった。

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