第151話 因果応報③

 ケンたちが目的地のギルドに近づいてくると、ギルドの周りには人だかりが出来ており、野次馬の中には青ざめている者たちがいる様子も窺えた。


 そんな人たちは早々とその場を立ち去り、近くの出店で飲み物を購入しては休んでいた。中には、路地裏で吐き出している者たちまでいたのだった。


「なんか凄そうだな」


「気分が悪くなるくらいなら、最初から見なければいいんですよ」


 ガルフが先陣を切って歩いて行き、入口近くにいた冒険者に声をかける。


「なぁ、今来たところなんだが、中で何があってるんだ?」


「ギルドマスターと受付嬢の公開処刑だよ」


「へぇー、ギルドマスターの立場的なもんを考えると、王族関係者が処刑してるのか?」


「それが聞いて驚け! なんと、あの伝説の元Aランク冒険者、【瞬光のサラ】が処刑してるんだよ! 俺、初めて本人見たよ。やっぱり伝説作る人はすげえな。剣筋が一切見えないんだ。気づいたら相手が怪我してるんだよ!」


 その冒険者は興奮冷めやらぬ感じで息巻いて説明しだしたので、ガルフはちょっと引いていた。


「……そ、そうか、わかった……ありがとな」


「いいってことよ!」


 ガルフがメンバーのところへ戻ると、先程受けた説明を皆にしたらティナとニーナが興奮しだした。


「嘘!? サラ様が来てるの!」


「憧れの人」


 そんな中、ケンだけはどこか呆けたような表情をしていた。


(サラ……サラ……瞬光のサラ……あぁぁ……頭痛い……何かわかりそうなのに……)


 ケンの頭の中でぼやけた映像が記憶から流れ出す。それは、小さい時に母とともに過ごしたワンシーンの記憶だが、ケンは映像がぼやけているせいもあって何なのかがわからない。


(あの姿のはっきりしない人は誰なんだ? とても安心する感じがするのに……わからない……すぐそこまで来ているのに、手が届かない……)


「……お……ン、……おい……ン、……おい、ケン! しっかりしろ!」


 激しく肩を揺さぶられるとケンはトリップ状態を脱して、瞳の焦点があいだした。


「おい! 大丈夫か!?」


「ケン君! 大丈夫なの!?」


 ガルフとティナが心配そうにケンの顔色を窺っている中、ケンが周りを見渡せば他のメンバーも心配そうに見ていた。


「あ、あれ? 俺、何してました?」


 ケンはトリップしていたため、若干の混乱を生じていたのだった。


「何もしてねえよ。ただ突っ立ってボーッとしてただけだ」


「何もしてないなら問題ないですね」


「何もしてなかったから逆に心配なのよ! 声をかけても反応しないんだもん! 何があったの!?」


「いえ、ただ単に頭痛がしただけですから大丈夫ですよ。それよりも中を見るのでしょ? さっさと見て帰りましょう。ギルドマスターなんてどうでもいいですから」


「それなら、サクッと見て帰るか。ティナたちはファンなんだろ? ゆっくり見ててもいいからな」


「私もすぐ帰るわよ。憧れの人だけどケン君の方が優先順位高いんだから」


「私も帰る」


 ケンがさっさと見て帰ると言ったので、ティナとニーナは後ろ髪を引かれる思いだがケンに合わせて帰る旨を意思表示をした。


 公開処刑の現場が相当凄いのか、主に住民で構成されている野次馬たちは遠巻きに見ているだけで、ケンたちは意外とすんなり中に入ることができた。


 中に入った瞬間、現場の凄惨さに全員が息を飲んだ。冒険者たちは併設された酒場の方へ寄って密集しており、受付嬢たちはカウンター奥へと引っ込んでガタガタと震えていた。


 唯一、人の少ないカウンター前の空きスペースは、あちこちに血が飛び散っており、その量を見るだけでも何人もの人がそこで血を流したような光景だった。


 実際には斬られている人は2名で、ギルドマスターと受付嬢である。斬られた端から回復魔法で治療されては何事も無かったかのような状態になり、それが終わるとまた斬られている。


 ひたすらにその行為を繰り返されて受付嬢はもう出すものがないのか、涙は枯れて鼻水の流れたあとも乾き、そこら中に水たまりが出来ており酷い尿臭がした。


 ギルドマスターは激痛に喚いているものの、元冒険者の意地なのか男の意地なのかはわからないが、泣くことも失禁することもしていなかった。


 その凄惨な現場の中心にいるのは、斬られている2人を除けば3名の人物であった。


 1人はメイド服姿の凛とした女性で、ことの成り行きをただ見守っている。その横に立つのは執事服を着こなした男性で、斬られた相手に回復魔法をかけている。最後は細剣を目にも止まらぬスピードで振るっている、女性冒険者だった。


「凄まじいな。あれが【瞬光のサラ】か」


「間違いないわ。女性冒険者な上、細剣使いで身を守るシールドは持たない。そして、その剣速は誰の目にも止まらない。まさに、言われている通りの生きる伝説ね」


「凄い。全然見えない」


「僕も見えないよ」


「魔術師の私は当然見えませんねぇ」


「そうですか? 俺は普通に見えているんですけど」


 ケンのその言葉に、一同は愕然とする。


「えっ!? ケン君、あれが見えてるの!?」


 ティナは驚きのあまり、ケンに聞き返していた。


「ええ、見えてますよ」


 周りのものだけが聞こえるような声量だったのに、何故かケンの声は響き渡った。


 その原因は、ティナの言葉の中にあった“ケン”という単語に反応して、サラが斬りつけるのをやめており、ギルドマスターたちが喚いていなかったからだ。


「ん? 終わったのか?」


 静寂の中、ガルフがその光景を見て口にすると、ゆっくりとサラが振り返る。


「ねぇ、サラ様って、こっちを見ている気がしない?」


「見てるな」


「見てる」


「見てるね」


「見てますねぇ」


「それどころか使用人の人たちも、こっちを見ているような気がするんだけど……」


「見てるな」


「見てる」


「見てるね」


「見てますねぇ」


 ティナの言葉にガルフが答えて、それにニーナが続くとロイドがあとを追い、締めはサイラスが飾った。


 ただケンだけは無反応であった。振り返ったサラの姿を目にしたケンは、頭痛が再発して頭の中でフラッシュバック起こり、その影響でトリップしていた。


 先程のぼやけたワンシーンが鮮明になっていき、目の前の女性と同じ顔の女性が自分を抱きかかえて優しく微笑んでいるのだ。


(あぁ……そうか……あの映像の人は、俺の母さんだったんだ。そして、目の前の女性は俺の母さんで、俺はその息子……ケビン……)


 欠けていたピースがハマったかのように、次々と情報がケビンの頭の中へ濁流の如く流れ込んでいった。


 サラは自分の母親であり、元Aランク冒険者。自分はソフィの力によってこの世界に転生して生を受けた、父さんと母さんの子供でケビン・カロトバウン……


 しかし、そこから先がまだ見えてこなかった。まだ何か思い出せていない記憶がある。


(ソフィから始まって父さんと母さんのことはわかる。家があることも思い出した。母さんと一緒にいるのは完璧超人のマイケルさんだ。その隣のメイドさんも家で働いてくれている人だ。何故かいつの間にか1人から2人に増えてるけど、深く考えないでおこう……)


 少しずつ流れてくる情報を整理しながら、ケビンは記憶を掘り返していった。


(というか、そもそも記憶を失った原因はなんだ? くそっ! まだ、記憶が曖昧で思い出せない。完全には戻らないってことか? それとも今回みたいに少しずつ思い出す感じになるのか?)


 ケビンが思い出そうとしても、頭の中にモヤがかかっているような状態で思い出せずにいた。


(これは気長に待つしかなさそうだな。というか、記憶を失ったあとの俺は一体何してくれてんだよ! ソフィを忘れるとかありえねぇ……しかも、忘れた上に他の女性に手を出すとか……うわぁ……自己嫌悪に陥りそう……ソフィ許してくれるかな?)


 ケビンが心の中で葛藤していると、ティナが声を掛けてきた。


「ケン君、大丈夫? またボーッとしてるよ? もう帰る?」


 その言葉で現実に引き戻されたケビンは、まずやるべき事をしなければと行動に移した。


「あ、あぁ……ティナさん……うん、小っ恥ずかしい……何なんだよ、もう! 何これ、何て拷問? はぁぁ……」


 ケビンとしての人格とケンとして生活してた記憶、忘れていた一部の記憶が戻ったことで、明らかに今までとは違う様子にティナは再度体調を窺う。


「ケン君、本当に大丈夫なの? なんか雰囲気がおかしいよ?」


「……あぁぁ……大丈夫です。自己嫌悪の真っ最中なので、気にしないで頂けるとありがたいです」


「やっぱりおかしいよ! 帰ろう……帰って一緒に寝よう?」


「わーわーわー! それ言わないで! マジで勘弁してください」


 ティナから帰って一緒に寝ようと言われ、ケビンは恥ずかしさのあまり必死に誤魔化そうとするのだった。


「おい、ケン。どうしたんだ? マジで大丈夫なのか?」


「大丈夫です。それよりもすることがあるので、そっちを優先します。皆さんは帰っててもいいですから。いてもつまらないだけですし」


 ケビンはガルフにそう告げるが、ティナが反論する。


「ケン君を放ったまま、帰るわけないじゃない!」


「そうだな。何を始めるつもりか知らないが、待っとくことにするぞ」


 ケビンはその返答を聞くとサラの方へと歩いて行き、記憶をなくしてから久しぶりに話すことになるが、以前通りに声をかける。


「母さん、いつものことながらやり過ぎだよ」


 ケビンが発した言葉に辺りは騒然とした。サラたちはもちろんのこと、ティナたちも聞き間違いではないかと耳を疑った。


「えっ!? ケン君……今なんて……」


「おいおい、マジかよ……」


「吃驚仰天」


 ガルフたちは信じられないとばかりに声をもらす。そんな中、サラは瞳に涙を浮かべてケビンを見つめる。


「……ケ……ケビン……貴方……記憶が……」


「まぁ、完全じゃないけどね。母さんの姿を見たら、母さんのことを思い出せた。あとは父さんとか、家のこととか」


「――ッ!」


 サラは握りしめていた細剣を無意識に落とすと、ケビンに勢いよく抱きついた。


「ケビン、ケビン! 私のケビン!」


「母さん苦しいよ……」


 サラは相変わらずのボリュームある双丘で、ケビンを包み込むとそれに圧迫されるケビンは苦しそうにするが、久々の再会とあってかサラの気持ちがわかってしまうので、されるがままになっていた。


「お母さん寂しかったのよ! 貴方が家から姿を消して、危うく気がおかしくなりそうだったの!」


「記憶のない俺がしたこととはいえ心配かけたね。ごめんよ、母さん」


 側で控えているマイケルやメイドたちは、親子が再び巡り会った感動の再会を目にして、瞳に溜まる涙をハンカチで拭っていた。


「それで、何で母さんがここにいるの? まぁ、だいたい想像はつくけど」


「そんなの簡単よ。このゴミを片付けるためよ」


「やっぱり……で、闇ギルド殲滅したのも母さん?」


「それは違うわ。そっちはあの子に任せたの」


 そう言って視線を向ける先には、メイド服を着た2人の使用人がいた。その内の1人をサラは指さしていた。


「はぁ……ダメでしょ、メイドさんにそんなことをさせちゃ。あと、人に指をさすのはダメだよ。母さんは淑女でしょ?」


「だって……面倒くさいじゃない? どこにいるかもわからないような奴らの相手をするなんて。それと、ケビンが言うなら指をさすのはやめるわ」


「貴女たちの名前を教えてくれる?」


 ケビンはサラに抱かれたままメイドの方に体を向けると、2人に名前を尋ねた。


「ライラと申します。ケビン様」


「もう1人の人は? 途中からいきなり現れたよね?」


「私はニコルと申します。ケビン様」


「そう。名前を知らなくてゴメンね。家で働いているのは知っているけど、名前までは聞いていなかったからね。至らなくてゴメンね」


「滅相もありません! 覚えて頂けていただけで幸せです!」


「ケビン様に声を掛けられるだけで、喜びを感じますので至福であります」


「ライラは怪我とかしてない? せっかく可愛い顔しているんだから、傷とか残したらダメだよ?」


 ケビンの天然が炸裂すると、ライラは慌てふためいた。


「だ、だ、大丈夫でしゅ!」


(キャー! ケビン様に可愛いって言われた! でも、どうしよう噛んじゃったよ。変に思われてないかな? 大丈夫かな?)


「ライラ、しっかりなさい。ケビン様に失礼ですよ?」


「どうしたの? 本当に大丈夫?」


「ひゃ、ひゃい、大丈夫です!」


「くっ……羨ましい……」


「え? 羨ましい?……」


 ニコルから発せられた言葉に、ケビンはわけがわからなくなる。


「ふふっ、その子たちはね、ケビンのことが大好きなのよ」


(キャー! 奥様に暴露されちゃった! 直接応援しないって言ってたのにぃ)


(お、奥様! そ、そんなことを暴露されてしまっては……)


「母さん、そういうのは言っちゃダメなんだよ。ライラとニコルの顔が真っ赤になってるじゃん」


「そういえば、直接応援しないって言ったわね。まぁ、言ってしまったものは仕方ないわね。ちなみに他の子もケビンのことが好きらしいわよ? モテるわね、ケビン。お母さん妬けちゃうわ」


「言ったそばからまたバラして」


「ふふっ、だってケビンとの久しぶりの会話だもの。楽しくてしょうがないわ」


「そうだね、久しぶりだからね。それじゃあ、後始末をしようか?」


 ケビンはサラから離れると、受付嬢の方へと歩いていった。


「ひ、ひぃ! よ、寄るな化け物!」


 その瞬間、受付嬢の右腕が斬り落とされた。


「ぎゃあぁぁぁぁ! 腕が、私の腕がぁ……」


 即時、マイケルからの回復魔法で出血は止まっているが、斬り落とされた腕はそのままだった。


「貴女、よく私の前でそんなことが言えるわね。万死に値するわ!」


「母さん、腕を斬り落としたらダメでしょ」


「だって、わたしの可愛いケビンを化け物扱いするのよ? 命があるだけマシでしょ? それに、後始末するならゴミは片付けないと」


「母さんが腕を斬り落としたから、その分ゴミが増えたよ」


「そう言われればそうね。どうしようかしら? 折角ゴミを片付けようと思っているのに、切り刻んだらゴミが増えるのね……全くはた迷惑なゴミね」


「ゴミはゴミ箱へ。これが基本だよ」


「それなら、どうするの? そこの男が私の可愛いケビンの暗殺を依頼した実行犯で、女が片棒を担ぎ続けていた共犯よ」


「んー……それなら犯罪奴隷に落とす。そしたら鉱山送りで一生タダ働きでしょ? もしくはゲスな貴族に買われて、悲惨な目にあうかだね」


「いいわね。そこのゴミは、お金が好きで好きで溜め込んでいたみたいよ。それなのに、これからは好きなお金が手に入らないわけね。でも、片腕がないのに採掘なんてできるのかしら? ゲスな貴族に買われた方がマシなのかしら?」


「鉱山は難しいかもね。まぁ、どうでもいいけど」


「こっちのゴミはどうするの?」


「そいつはどうしようかなぁ?」


 ケビンがギルドマスターの今後を思案していると、諦め悪く命乞いを始めるギルドマスターであった。


「た、頼む。助けてくれ」


「助けるわけないじゃん。馬鹿なの?」


「か、金か? 金ならやる! あと、母親と同じAランク冒険者にも上げてやる。だから、見逃してくれ!」


「無理だね。俺はお前を助けないし、お前は助からない」


「くっ、地獄に落ちろ! 化け物め!」


 受付嬢と同じ言葉を吐いた者の末路は、全く同じであった。サラから腕を斬り落とされギルドマスターは喚き散らした。


「ぎゃあぁぁぁぁ! 俺の腕ぇぇぇぇ!!」


「お前も懲りないねぇ。これで仲良く受付嬢と同じになったか。お前も金をむしり取った分、今後はタダ働きで国に貢献しろ」


 ケビンが最後通告をしたところでギルドマスターたちは意気消沈し、項垂れるのであった。

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