第146話 噛み合っていないのに、何故か成立する……
翌日、2人よりもひと足早く目覚めたケンは、昨日のこともあって、もうこの街にはいられないだろうと、旅立ちの準備をしてから朝食を食べに食堂へと向かった。
「あ、ガルフさん、ロイドさん、おはようございます」
ケンの視線の先には、ガルフとロイドが既に朝食を食べ始めていた。
「おう、今日も元気だな」
「おはよう」
ケンは、2人が座っているテーブルに腰を下ろすと、朝なのにガッツリとした量を注文した。
「朝からよく食うな」
「昨日は、夕食を食べそびれてしまいまして。お腹が空いているんですよ」
「そういえば、昨日は見かけなかったね。何かあったのかい?」
「少しギルドで揉め事を起こしまして。それで……」
バツの悪そうにケンは答えるが、ガルフは、特に気にした風でもなく言葉を返す。
「冒険者の揉め事なんて、日常茶飯事だろ? 自己責任で成り立ってるんだからよ」
「僕も、特に気にしなくていいと思うんだけどね」
「揉めた相手が相手なので、そういうわけにも、いかなかったんですよ」
「自分のランクより、上のやつとでも揉めたのか?」
「まぁ、上といえば上ですね」
「誰なんだい? 僕たちが手伝えることはあるかな?」
「……ギルドマスターです」
「「……えっ?」」
ケンの回答に、思わず2人は思考停止した。
「あ、あぁぁ……今、聞き間違いじゃなければ、ギルドマスターって聞こえたんだが……俺の気のせいだよな? 気のせいだよな!? 頼むっ! 聞き間違いだと言ってくれ!」
「僕も、聞き間違いであって欲しいね」
「いえ、ギルドマスターで合ってますよ」
「「……」」
再び2人は思考停止し、次は、現実逃避を始めだした。
「今日の朝食は美味いよなぁ。外はいい天気だし……」
「そういえば……そろそろ、ドワンさんに注文している装備が、出来てるかもしれないから、今日あたり伺ってみようかな?」
そんな2人を眺めるが、気持ちはわかってしまうので、ケンは静かに食事を摂っていた。
「……パクパク……ごくん……」
「「――」」
「って、おい! 今の話はマジか!?」
現実逃避をしていたガルフがいち早く復帰し、信じられずに再度聞きなおす。
「現実逃避は、やめたんですか?」
「それよりも、何をどうやったら、ギルドマスターと揉められるんだよ! ギルドのトップだぞ!?」
「そこは、僕も気になるところだね。一体ギルドで何があったんだい?」
2人に説明するため、ケンは掻い摘んで話をすることにした。
「実は――」
ケンからの説明が終わると、2人は溜め息をついた。
「「はぁぁ……」」
「ところで、ティナたちはどうしてるんだ?」
「今はベッドで2人とも泣き疲れて、昨日から寝てますよ」
「まさか、ここのギルドマスターが、そこまで腐ってるとはな」
「個人的に慰謝料を払えってありえないね。裏ではかなり悪さしてそうだよ」
「まぁ、払うつもりは毛頭ないので、どうでもいいんですけどね」
「しかし、討伐依頼はいただけないな。いちギルドマスターが、そんな権限を持ってるとは思えないが……」
「でも、裏で誰とつるんでるかわからないから、秘密裏に討伐依頼を出しそうだよね。指名依頼とかしてさ」
「無きにしも非ずだよなぁ。依頼を受けさせるときに、秘匿事項として口外を禁止すれば、誰が受けたかなんてわからないしな。もしかしたら、闇ギルドや盗賊とかに、依頼を出す可能性もあるな」
「可能性としてはあるよね」
「まぁ、そういうこともあるので、ガルフさんとロイドさんには、いきなりで悪いんですが、パーティーを抜けさせてもらおうかと思いまして」
「そこまでしなくてもいいんじゃねえか?」
「いえ、刺客とか放たれて、知らない内に襲われでもしたら、目も当てられませんので」
そこで、気になっていたことを、ガルフは口にした。
「でもよぉ、ティナたちはどうするんだ?」
「危険なので、置いていこうかと思っているのですが……」
「そいつはやめといた方がいいな。ギルドマスターに、面が割れてしまってる以上、2人も危ない。それに、絶対追いかけると思うぞ」
「やはり、そうなってしまいますよねぇ……」
ガルフの言う内容が、わかり切っていたことだけに、ケンも嘆息する。
「僕たちも、何か力になれたらいいんだけど」
「いえ、おふたりには迷惑を掛けてしまいましたので、お詫びと言ってはなんですが、昨日、掲示板にパーティーメンバー募集の張り紙を見つけましたよ。サイラスっていう男の魔術師が、近接戦闘職を募集しているみたいです」
「そうなのか? 最近はギルドに顔を出してないから、すっかり見落としていたな」
「まぁ、まずは会ってみて、決めて頂いた方がいいと思います。どういう人かもわかりませんし」
「すまねえな。そんな情報にまで目を通してくれて」
「たまたま、見かけただけですよ」
「とりあえず、今日はどうするんだ?」
「ドワンさんの所に行って、装備品を受け取ろうかと思います。その後は、状況次第で街を出ます」
「そうか……ケンと出会ってから約半年、長かったようで短かったな……」
「色々あったよね……」
「寂しくなりますね……」
男3人が、朝からしんみりとした雰囲気を漂わせて、食堂のテーブルに佇む。そんな雰囲気を壊すかの如く、ガルフが明るく振舞った。
「よし、今日は朝から酒だ! 酒解禁だ!! ロイド、お前も付き合え!」
「酒解禁って、昨日の夜も飲んでたじゃないか……」
「朝酒を、解禁するんだよ!」
「はぁ……やれやれ」
「ガルフさんは、変わりませんね」
「何言ってんだ。こんな時は酒でも飲んで、楽しくやらなきゃいけねえだろうが! 俺たちのパーティーメンバーである、ケンの新たな門出だぞ!」
「まぁ、嫌な門出の仕方ではあるんですけどね」
それからガルフたちは、有言実行とばかりに、朝から酒を注文しては飲んでいた。
ケンは、そんな2人に一言いうと、ドワンの工房へと足を運んだのだった。
「ドワンさーん、いますかー?」
ケンが店内で呼びかけると、奥の方からドワンの声が聞こえた。
「おるぞー。少し待ってろ、今行くからな」
それから少しして、奥の方からドワンがやって来る。
「やっぱりケンじゃねぇか。装備品の受け取りなら、もう完成させて出来てるぞ」
「本当ですか!? 良かった……ちょうど街を離れることになったので、出来てるか心配だったんですよ」
「もう、街を出るのか?」
「ちょっとごたついてまして、急遽出ることになったんです」
「ほぉ、何かあったのか?」
「実は――」
ここでもまた、昨日の出来事をケンは話した。ギルドマスターの評判を少しでも落としてやろうという、ケンの意趣返しでもあった。
「またか……」
「もしかして、以前にも似たようなことが?」
「あぁ、だが相当用心深いせいで、証拠となるようなものが一切出てこねえんだ。証言だけじゃなんともし難いしな。中には金で証言を覆させたこともあったらしい」
「思ってた通りの男だったんですね」
「まぁ、あんな腐ったやつの話よりも、お前さんの武器の話の方が重要だ! 出来上がってるからちょっと待ってろ」
ドワンが奥へと一旦戻って持ってきたものは、色違いのふた振りの刀であった。
「まずはこいつだ」
差し出された一刀を受け取り眺めると、鞘は黒叩漆となっており握った感触も滑るようなこともなく安定感が感じられ、柄部分も黒色となっている。
刀身を鞘から引き抜くと見事な文様が顕となり、切先は火焔鋩子となっていて、そこから鍔に至るまで伸びる刃文は、大乱となり猛々しさが窺えた。
「……見事ですね。至高の作品を前にすると、言葉が出ないというのは本当だったようです」
「そいつは名を《黒焔》とした。黒鞘と黒柄、そして刃文にちなんだ名だ。色々悩んだが、シンプルなのが1番しっくりきたからな」
「名は体を表すと言いますからね。覚えやすくて逆に良いですよ」
「それで、もうひと振りがこいつだ」
差し出された残り一刀を受け取ると、鞘は先程とは打って変わって白叩漆となっており、柄部分も同様に白色だった。まさに正反対と言ったところだ。
黒焔と同じように刀身を鞘から引き抜くと、切先から鍔に至るまで伸びる刃文は、穏やかな湾となっており、大乱とはまた違った印象を受けた。
「……」
「そいつは《白寂》だ。黒焔と違って静寂をコンセプトに作り出したものだ。二刀流を試すって聞いたからな、同じ物ふた振りよりも、真逆のふた振りの方が味が出るだろ?」
どうやらドワンは見た目とは違って、遊び心満載のドワーフ職人であったらしい。
「お見事としか言い表せません。このような、最高峰の武器を作っていただいて感謝します。想像以上の出来栄えですよ!」
「喜んでもらえたならなによりだな。職人冥利に尽きるってもんだ」
「それと、残りのティナさんとニーナさんの装備も、受け取りたいのですが……ロイドさんは、自分で取りに来ると思いますので」
「あぁ、あの嬢ちゃんたちのか。ちょっと待ってろ、そいつも出来上がってるからな」
ケンは、ティナとニーナの分の装備品を受け取る為に、しばらくドワンの店で過ごすのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――宿屋・ケンたちの部屋
朝と言うには時間が経ち過ぎていた昼前頃、ここには、ティナとニーナが泣き疲れて寝ていたが、珍しくニーナよりも先にティナが目覚めた。
「……ん……」
(あれ? 私、いつの間にか泣き疲れて寝ちゃってたんだ)
ティナは寝返りを打ち、隣を見ると同じようにニーナが寝ていた。
(ニーナも泣き疲れちゃったのね)
昨日、2人してわんわん泣いてしまって、ケンが困っていたのを思い出すと、不思議と笑みがこぼれた。
そこで、微睡みから覚めてきたのか、ティナはある事に気づく。
(……そういえば……ケン君がいない……?)
ベッドの上には、ティナとニーナしか寝ておらず、部屋の中にいるかと思えばそうでもなく、文字通りいないのだ。
「っ! ニーナ! ニーナ、起きてってば!」
ティナに激しく揺さぶられて、ニーナが次第に目を覚ます。
「ん……んん……」
「ニーナ、早く起きてよ!」
未だ微睡んでる中、ニーナが億劫そうに言葉を返した。
「……何?」
「ケン君がいないのよ!」
「……」
ニーナは、はっきりしない状態の頭で、ティナの言った言葉を反芻していると、次第に頭が覚醒しだした。
「……っ!」
ニーナは、ベッドからガバッと起き上がると、辺りを見回した。室内にある机の所にイスが置いてあるが、当然ケンは座っておらず、クローゼットの前に置いてあった、ケンの旅行バッグも姿を消していた。
「……バッグが……ない……」
ニーナの言葉に、ティナも今更ながらにバッグがないことに気づいて、さらに混乱し慌てふためいた。
「どうしよう……どうしよう……ケン君がいなくなった……私が守ってあげられなかったからだ……私が……」
ティナは、言葉に詰まり涙を流す。
「守れなかったのは、私もだから……私も……」
ニーナもティナ同様に、言葉に詰まり涙を流したが、無理やり手で拭うと自分を奮い立たせ、ベッド脇に立ち上がると、ティナを無理やり立たせる。
「探しに行こう! まだ遠くに言ってないはずだから、捜せば何とかなる!」
「……ッ……うん!」
2人は旅支度を急いで済ませると、1階ロビーに降りて来た。そのまま宿屋を出ようとしたが、テーブル席でガルフとロイドが飲んでるのを見つけて、急いで駆け寄った。
「ガルフ! ケン君がいないの! どこにもいないのよ!」
ティナが勢いよく詰め寄ると、ガルフは、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたが、酒でだいぶ出来上がっているので、特に深くも考えずに言葉を返した。
「ケンならいないぞ。結構前に(宿屋から)出ていったからな」
「「っ!(街から!?)」」
ガルフの意図せず隠された言葉に、当然気づくことは出来ないので、ティナとニーナは愕然とする。
「何で止めないのよ! お酒なんて飲んでる場合じゃないでしょ!」
「飲んだくれ!」
「何でって言われてもな……(武器を受け取りに行くだけなのに)止める必要もなかったしな、酒を飲んでるのは門出を祝ってだ」
「本人もいないのに祝うも何もないでしょ! ロイドは何してたのよ!」
ティナの矛先が、今度はロイドへと向いた。
「僕も門出を祝って、ガルフに付き合わされているだけだよ」
「何で止めなかったのよ!」
「止めるべきだった」
「だって、(ドワンさんの所に行かないとこれからの旅は)話にならないし、(せっかくドワーフ職人が新調してくれた、装備品を受け取るのに)止める必要がどこにあるのさ」
ロイドも朝からガルフと飲んでいるため、相当出来上がっているようだった。
「2人とも見損なったわ!」
「いや、お前がそこまで(装備品の受け取りに)ついて行きたかったとは、思わなかったしなぁ」
「まぁ、確かに(新しい装備品を自分の目で確かめたくて)ついて行きたかった気持ちはわかるけど、起きてこなかったのが悪いんじゃない?」
「っ!」
ロイドから起きてなかったのが悪いと言われ、まさにその通りだと思い、ティナは言葉に詰まった。
ケンとともに起きていれば、このような事態は防げていたのだと、今更ながらに自分の朝の弱さを後悔した。
「そ、それでも、出来ることはあったはずよ!」
「出来ること? うーん、俺が(金がなくて頼んでもいない鍛冶屋に)ついて行っても、することがない上に邪魔だろうしなぁ」
「僕も(もし装備品が出来上がってるなら)ついて行くのは吝かではないけど、まぁ、(後日取りに行くから)別に行かなくてもいいかなぁと思ってたから」
そんな噛み合っているようで、噛み合っていない奇跡的な会話を、4人は成立させているのだった。
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