第145話 ギルドでの諍い

――宿屋・ケンたちの部屋


 ここで1人、読書に耽る女性がいた。何を隠そうニーナである。彼女は程々にケンを1人で行動させることがあった。


 それは、ケンがあまり束縛されるのを好まないからである。その気持ちを尊重して、ケンが1人で行動している時は読書をしながら時間を潰すのである。


(ケン君、今頃何してるのかなぁ?)


 ニーナがケンを気遣っても、ケンを想っている女性はもう1人おり、その女性は気遣いよりも自身の欲求を優先する。ケンが嫌がらない限りは、グイグイと攻めていくタイプの女性なのだ。


(ティナを見かけないし、きっとケン君のところよね。迷惑かけてなきゃいいけど)


 ニーナが1人で過ごすときには、決まって読書をするのだが、必ずしもそれに時間を取られるということはない。大体がケンのことを想い、読書は捗らないのだ。


(はぁ……ケン君に会いたい……お姉ちゃんをこんな気持ちにさせるなんて、罪な人ね)


 そんな事を思いながら時間を潰していると、部屋のドアがいきなり開け放たれた。


「あ、いた」


(えっ!? ケン君!? どうして? 私の想いが通じたの!?)


 ケンは何も言わずニーナに近寄ると、ティナの指令通りにお姫様抱っこをした。


「ふぇ?」


 ニーナがキョトンとするも、何も気にせずケンは動き出す。


(えっ!? 何? 何なの!?)


「お姫様を攫いに来たんだよ」


(えっ!? お姫様? 私、お姫様になったの!? ケン君に攫われちゃうの!? いや、むしろ喜んで攫われるよ!!)


 それだけ伝えると、ケンはギルドへ向かって駆け出すのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――冒険者ギルド


「ただいま」


 ケンが声を掛けると、ティナが反応した。


「おかえり、ケン君。お姫様はちゃんと攫えたようね」


「……へ? ……え?」


 ニーナは、未だ状況を掴めずに混乱していた。


「ふふっ、ニーナのその顔を見れて大満足だわ」


「ティナさんは、性格が悪いですよね」


「あら、ケン君だってノリノリだから、お姫様抱っこしてきたんでしょ?」


「まぁ、そうですけどね」


 ニーナが混乱したまま、2人は会話に勤しんだ。


(おいっ! あのガキ、今度は美少女をお姫様抱っこしてきたぞ!)


(何であのガキばかり、美味しい思いをしてるんだよ!)


(さっきは、エルフの美少女に抱っこされて、次は、別の美少女をお姫様抱っこだと……ガキのくせにハーレムかっ!!)


(あぁ……わたしも、お姫様抱っこして欲しい……)


(あの輪の中に混じりたいなぁ……ショタ最高……)


 冒険者たちもそのケンの行動に目を見張り、ザワザワと好き勝手に騒いでいた。


「さぁ、ニーナ。貴女のギルドカードを出しなさい」


「意味不明。説明を求む」


 ニーナは混乱から立ち直ったはいいが、いきなりギルドカードを出せと言われても、全く意味がわからなかった。


「ケン君が偽物扱いを受けるのよ? それでいいの、貴女は?」


 その言葉を聞くや否や、未だお姫様抱っこの状態のニーナは、目にも止まらぬスピードで、ギルドカードをカウンターに叩きつけた。


「論より証拠」


「ほら、証拠は出揃ったわ。ギルドマスターは、私たちのカードを確認して、その内容に整合が取れてるか見てくれるかしら?」


「あ、あぁ……何かよくわからんことが次から次に起こっているが、とりあえず、お前らのカードの中身を確認しよう」


 それからギルドマスターは、他の魔導具でティナとニーナの討伐欄を表示させて、中身の確認作業を行った。


「お前たちも一応見るか? 本人だから見ても問題ない」


「そうね。最近は、見てなかったからこれを機会に見てみるわ」


「私も見る」


 2人が意思表示をすると、ギルドマスターは、魔導具をケンの内容を表示させている物の横に並べた。


「このままだとニーナさんが見づらいですね。小さくてすみません」


「そんなことない。どんなケンでも大好き」


「ちょっと見えるようにしますね。俺も見てみたいし」


 ケンは、いつも移動に使ってる魔法を使うと床から浮かび上がり、魔導具の表示内容が見える高さまで上がった。


「へぇー……2人とも結構魔物を狩ってますね」


「ケン君に比べたら序の口よ。それに、討伐数が増えたのもケン君とパーティーを組んでからだし」


「ケンと組んでから飛躍的に伸びた」


 和気あいあいと話している3人に、空気と化しているギルドマスターが声をかけた。


「お楽しみのとこ悪ぃんだが、お前たちの討伐欄を見る限り、こっちの坊主の内容は、共通点がある部分は間違ってないことがわかった」


「共通点だけじゃないわ。全部合ってるわよ」


「それが真実。魔導具は嘘をつかない」


「それにしてもケン君、王都で狩ってた魔物の数が半端ないわね。本当に2日でこの量を狩るなんて、害虫駆除みたいね」


「全部で3桁超える」


「あの時は、解体場が魔物で一杯になりましたからね。改めて見ると、ライアットさんには本当に迷惑かけてましたね」


 ギルドマスターそっちのけで、またもや3人で話に花を咲かせると、そっちのけのギルドマスターから、質問が飛んできた。


「王都で冒険者登録をして、2日でCランクか? 俄には信じられんが、この表示内容が仮に合っているなら仕方ない。そもそも、これを見る限りでは討伐内容はBランクだろ? 何で王都のギルマスは、Cランクで止めたんだ?」


「俺に言われてもわかりませんよ」


「それと、それ以降の討伐を見る限り、Bランクを超えている。お前、ソロで本当にこれだけ討伐したのか?」


「さっきからそうだって言ってるじゃない」


「疑り深い」


「まぁいい。それで、何か用があったのか?」


「ランクアップ条件の確認をお願いしたら、そこの受付嬢が叫んで、貴方を呼んだのよ」


 そう言ってティナは、単に受付嬢に視線を向けただけだが、その視線を感じた受付嬢は、如何にも悪いのは叫んだ自分の方であり、そのことを責められているかのように解釈し、“自分が悪いわけがない”と、その行為を正当化して騒ぎだした。


 実際のところ、良いも悪いもなく、ただ単に、受付嬢が勝手に騒いだだけであることは、当の本人は気付きもせずに。


「仕方ないでしょ! 普通ならありえない討伐欄なのよ! ギルドマスターを呼ぶに決まっているじゃない! その子供がCランクなのも驚きだけど、討伐欄はAランク冒険者並なのよ! 魔導具が故障したって思うのが当然でしょ!」


「実際、壊れてなかったじゃない」


 ティナが事実を淡々と返すが、受付嬢は、興奮のあまり冷静になることができずに、あるまじき失態をしでかしてしまうのであった。


「だから、その子供がありえないのよ! 何でそんな子供がいるのよ! 子供のなりして中身は化け物じゃない!」


 聞き捨てならない最後の言葉を聞いたニーナが、その怒りを顕にして、カウンターを強く叩いた。


「ふざけるなっ! お前の無能さ加減を、ケン君のせいにするなっ! ケン君は、化け物じゃない! ちゃんとした人間だっ!」


「そうね。貴女、さっきの言葉は大失言よ。子供に対して、化け物呼ばわりしたのよ? もしこれでケン君が冒険者を辞めたらどうするの? 有能な冒険者が去るっていうのは、ギルドにとって多大なる損失なのよ? そんなのも理解できないなら、ニーナの言う通り貴女は無能よ!」


「化け物を化け物と呼んで何が悪いっ!」


 売り言葉に買い言葉で、後に引けなくなった受付嬢は、さらに暴言を吐くという愚行を繰り返してしまった。


 ケンとしては、他人の評価などどうでもよかったので、受付嬢の言葉はただ静かに聞き流していただけだったが、ニーナが怒りを顕にしたのを初めて見た上に、ティナまで静かに怒っているのがわかったので、これ以上、大事にならないよう事態の収拾に動いた。


「もう行こう。カードは回収したし」


 ケンは、3人分のギルドカードを【マップ】を使って、収納へと回収すると、何事もなかったかのように踵を返し始めた。


「だって、ケン君! こいつは、ケン君に言ってはいけない言葉で罵ったのよ!」


 ニーナは受付嬢に指をさし、ティナもそれに便乗する。


「そうよ! ニーナの言う通りよ!」


 そんな興奮冷めやらぬ2人に対して、ケンは静かに語りかける。


「ニーナ、君までそんな口調を使って“こいつ”呼ばわりしてたら、そこの受付嬢みたいに、堕ちるところまで堕ちるよ。俺は、そんなニーナは見たくないよ」


「……」


「ティナも、俺のために怒ってくれてありがとう」


「……ケン君……でも……」


「こんなところにもう用はないし帰ろう」


 ケンにいきなり呼び捨てにされたことで、2人は、ある程度落ち着いて冷静になったことを確認したケンは、ニーナをお姫様抱っこしたまま、ティナを連れて帰ろうとするが、フロアに出てきたギルドマスターに呼び止められた。


「待て、坊主!」


 ギルドマスターに呼び止められたケンは、止むを得ず振り返って返事を返した。


「何でしょうか?」


「そっちの嬢ちゃんたちが、暴言を吐いたことは不問にするから、ちょっとギルド長室で続きの話をしないか?」


 その言葉に、今まで穏やかでいたケンの心に変化が生じた。こともあろうか、受付嬢のことには触れず、こちらの非だけを述べて不問にすると言ったのだ。


 それだけで、ケンが怒るには充分だった。ケンのことを想い、あれ程に怒りを顕にした2人だけを悪者にして、それを躊躇いもなく言葉にしたのだ。


「何を言ってるんだ、あんたは?」


 ケンが静かにそう口にすると、ケンの体から静寂の如し威圧が放たれていき、それはまるで一切の喧騒がなかったかのように、辺りを包み込む。


 周りの冒険者たちは、ケンから放たれる威圧の余波によって、立っていることは出来ずに、膝をついて耐え忍んでいる。


 ギルドマスターに何故かついてきていた受付嬢は、全身をガタガタと震えさせ、立っていることが出来ずにその場で座り込んでしまい、足の間からは、温かいものが流れ出して水溜まりを作っていた。


 ギルドマスターに至っては、元一流冒険者と言うこともあり、膝をつくだけで済んでいるが、とてもまともに動けるとは思えない。


 ティナとニーナに関しては、その対象から外れており、2人が初めて目にするケンの怒りを、目の当たりにして困惑していた。


「くっ、これ程か……威圧を解くんだ。今ならまだ不問にしてやる」


 どこまでも上から目線のギルドマスターに、ケンは先程の質問を再度投げかける。


「俺は、お前に“何を言ってるんだ?”と聞いているんだが、答える気はあるのか? それとも、言葉の意味が理解できないのか?」


 ケンの冷ややかな視線がギルドマスターを貫くが、それでもギルドマスターが折れることは無かった。


「……だから、威圧を解け! お前こそ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」


「お前は何を勘違いしてるんだ? 今、この場を支配しているのは俺だぞ? 何を偉そうに上から目線で指図してるんだ?」


「その気になれば、お前に対して討伐依頼を出せるんだぞ。危険人物として、盗賊と同じ扱いだ!」


「そうか……受付嬢が受付嬢なら、お前もお前なんだな。お前がそんなんだから、そこの受付嬢の程度が低いんだろう」


 そんな言葉を口にしたケンは、ギルドマスターの後ろにいる受付嬢に視線を向ける。


「ひっ! ……化け……物……」


 その言葉を最後に、受付嬢は気を失った。


「……化け物か……」


 ケンは、受付嬢の言葉にボソッと独り言ちるが、その独り言をティナとニーナは逃さず耳にしていた。


「さぁ、威圧を解け! 今なら俺に慰謝料を払うだけで許してやる」


 ケンは、ギルドマスターが発した言葉で、とことん腐っていることに気づき、もう救いようのないところまできているのだと感じていた。


(どこの組織でも、トップに腐っているやつがいるのは一緒か……よくこんなやつを、ギルドマスターのままにしてて苦情が挙がらないな。影でコソコソ横領とかしてそうだ)


「お前が、救いようのないクズなのはわかった。討伐依頼を出したきゃ出せばいい。俺はその尽くを返り討ちにしてやる」


「くっ、化け物め! その言葉、後悔させてやる!」


「そうだ、俺は化け物だ。その化け物に喧嘩を売ったんだ。タダで済むと思うなよ?」


 ケンは、その言葉を最後にして、ギルドマスターへ、殺気を乗せた威圧を解き放った。


「ひっ!!」


 ケンの殺気を乗せた威圧を、直接受けたギルドマスターは、泡を吹いて失禁しながら気を失った。


 それを確認したケンは威圧を解き、周りの冒険者たちに頭を下げて謝罪した。


「すみません、皆さん。ご迷惑をお掛けしました」


 そう言い残したケンは、ティナたちと共にギルドを後にした。


 宿屋までの帰り道は、誰も口を開かずただ無言の時間が過ぎていく。


 宿屋へついて部屋へ戻ると、それぞれ腰を落ちつけて、何とも言えない雰囲気が漂っていた。


「はぁ……」


 静かな部屋に、ケンの溜め息がこぼれる。


「……グスッ……」


 泣いている雰囲気を察して、ケンが視線を向けると、ニーナが俯いて涙をこぼしていた。


「何で泣いてるの?」


「……ッ……だって……ケン君が……グスッ……化け物って……」


「仕方ないよ。俺は化け物だから」


「……ちが……違う! ……グスッ」


 ケンの言葉を聞いてニーナは否定するが、ケンの心は、本人の自覚のないままダメージを負っていた。それが、言葉となりて自然と自らを化け物と認めてしまっていた。


「……ッ……グスッ……」


 また、別のところでも泣いている者がいた。


「ティナさんは、何で泣いてるの?」


「……ッ……ケン君……ッ……ケン君……」


 ティナは言葉に出来ずに、ただただケンの名前を呼ぶだけだった。


(これは困った……どうしよう……罵られたのは俺なのに、何故2人がここまで泣くんだ?)


「ニーナさん、泣きやみましょうよ」


「……グスッ……ケン君……ケン君……」


「ティナさんも」


「ッ……ッ……ケン君……グスッ……ケン君……」


(お手上げだぁ……収拾つかない……とりあえず寝かせてみるか)


 ケンは、未だに泣きやまない2人を、寝かしつけることにした。


「ニーナさん、失礼しますよ」


「……ッ……ッ……ケン君……」


 まずは、ニーナをお姫様抱っこで抱え上げると、そのままベッドに寝かせた。


「ティナさんも、失礼しますよ」


「……ッ……ケン君……ッ……」


 次は、ティナをお姫様抱っこすると、ニーナと同じようにベッドに寝かせた。


(よし、これで泣く子は、寝かしつけることに成功した……のか?)


「「……グスッ……グスッ……」」


 未だに泣きやまない2人を見ると、寝付けていないことが当たり前だがわかる。ケンは他に思いつくことがなく、添い寝をしてみることにした。


「俺も一緒に寝ますから、泣きやみましょうね」


 ケンは、2人の真ん中に移動すると横になって、それぞれに腕を伸ばして抱き寄せるようにした。


 ニーナがケンの体に引っ付くと、堰を切ったように泣き出した。


「……ふ……ふえぇぇぇぇん……ゲンぐーん……」


 ティナも同じようにケンの体に引っ付くと、堰を切ったように泣き出す。


「……ケン君……ケン君……ぅ……うわあぁぁぁぁん……」


(余計に酷くなったぁ!?)


 ケンは、少しでも落ち着いてもらおうと、ゆっくりと2人の頭をそれぞれ撫で続けるのだった。


 しばらくして落ち着いてきたのか、2人はやがて、静かに寝息を立てて眠りについた。


「「……スゥ……スゥ……」」


 2人は、ケンから離れたくないのか、服の端をしっかりと握り締めており、ケンはベッドから抜け出すのを早々に諦める。


「今日は、このまま寝るしかないな」


 この日は、当然他のメンバーと会うこともなく、静かに夜を過ごして、次第に眠りについたのだった。

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