第141話 お肉の焼き加減

 翌日、ケンとニーナは、起きてくることはないティナを放っておいて、ギルドへとやって来た。


「グリフォンはAランククエストだよね?」


「そうだよ」


「こうやって見るとAランクは、結構戦いがいのある魔物が多いね」


「基本的に、強者に分類される魔物だから」


「あっ、グリフォンの討伐があった。場所は北の山脈か……」


「馬でも借りる?」


「いや、俺が運ぶよ」


「今回は2人だよ? お姫様抱っこできないよ?」


「2人には俺に抱きついてもらって、そのまま移動する形かな」


「そんなことできるの?」


「できると思うよ。風魔法での移動は慣れてるし」


「それならお姫様抱っこして欲しいな。行きと帰りで交代すれば、2人とも体験できるでしょ?」


「お姫様抱っこがそんなに好きなの?」


「女の子の憧れなんだよ? 夢なんだよ?」


「わ、わかったよ」


 鬼気迫る勢いで迫ってくるニーナに、ケンはタジタジとなるのだった。


 宿屋へ戻ったケンたちは、早速グリフォン討伐へ出かけるため、準備をいそいそと始めだした。


「ティナさん、クエストに行くので起きてください」


「……あともう少し……」


「起きない場合は、ニーナさんと2人っきりで行きますので、後で文句言わないでくださいよ」


「……やだぁ……」


「ティナ、早く起きないと、ケンからのお姫様抱っこは独占する」


「……お姫様抱っこ?」


「移動中は、ケンがお姫様抱っこしてくれる」


「……」


 少しの沈黙のあと、ガバッと勢いよく跳ね起きたティナが、ケンに迫る。


「起きるわっ! ケン君は、お姫様抱っこしてくれるのよね? よねっ!?」


「そんなにいいもんなんですか? たかがお姫様抱っこでしょ?」


「何言ってるの! お姫様抱っこは憧れよっ! 夢なのよっ!」


 ニーナと同じ見解を示すティナに、ケンは、そこまでのことなのかと、理解に苦しむのであった。


 やがて、準備が終わった3人は、ギルドでグリフォン討伐をティナが代表で受けると、街の外までやって来た。


「それで、どちらが最初ですか?」


「私はいつもしてもらってるから、ティナが最初でいい」


「ちょっと待って! 今、聞き捨てならないことを聞いたわ! ニーナ、貴女いつもしてもらってるの!?」


 グイグイ迫り来るティナに、ニーナは軽くあしらう。


「起きないのが悪い。ケンと2人きりのクエストは、いつもしてもらってる」


「ちょっとケン君! 聞いてないわよ!」


「聞かれてないですから」


 ニーナ同様に、軽くあしらうケンであった。


「さぁ、早く行きますよ」


 ヒョイっとティナをお姫様抱っこすると、ティナは、この移動方法が初めてのため興奮してしまう。


(えっ!? キャーッ! ケン君にお姫様抱っこされちゃった! そんな軽々と持ち上げちゃうの!? 私自身、重くないつもりだけど、ケン君って力持ちなのね。ドキドキが止まらないわ!)


「(はぁ……ドキドキする)ねぇ、ケン君。このまま歩いていくの? 北の山脈なら結構距離があるわよね?」


 ここでニーナに悪戯心が芽生え、あることを実行に移すのだった。


「ケン、いつものスピードで行って。私は慣れたし、背中に抱きついてるから」


 ティナの疑問を他所に、ニーナはケンに指示をだす。


「ニーナが背中に抱きついたら、ケン君が歩きにくいんじゃない?」


「ふふ……今にわかる……」


 ケンは、ニーナが抱きつきやすいように地面から少し浮くと、準備万端とばかりに、ニーナはケンの背中に抱きついた。


 ケンは、その際に大きな膨らみが、背中でむぎゅっと形を変えて押し付けられていることに、意識せざるを得なかった。


(柔らかいものが背中に……)


「あれ? 何でニーナは背中に抱きついてるの?」


 身長差的にニーナがケンに抱きついても、後頭部が胸の辺りにくるので、今の状況が不思議でたまらなかった。そんなティナに、ニーナが答えた。


「ティナ、地面を見るといい」


 ニーナに言われた通りに、ティナは地面に視線を落とすと、ケンの足元が地面から離れて浮かんでいたのだ。


「え……? 何で!?」


 絶賛混乱中のティナをそのままに、ケンは、ニーナも浮かせるために、更に高度を上げて出発の合図をする。


「では、出発します。《ウインド》」


 気流を操作して、ニーナに負担がいかないように調整すると、徐々に進み始めたケンの体に、抱かれたままのティナは、状況判断が追いつかず、混乱しまくりである。


「え? ちょっと待って! 何で浮いたまま動いてるの? どんどん速くなってる? え……? 速い……速いよ!? ちょ、ちょっと、ケン君待って! 速い、速いからっ! 速……ぃ……ぃぃぃぃいいやああぁぁぁぁぁっ!!」


 響きわたるティナの絶叫とともに、ケンは街門前からスピードを上げて、あっという間に見えなくなり、その場に残ったのは、木霊する声だけだった。


 しばらくすると北の山脈に辿り着き、ケンが高速移動をやめた。


「到着です」


「ケン、ありがと」


「……」


 慣れているニーナとは別で、ティナは瞳から光を失い、生気のない表情で茫然自失と化していた。


「ティナさん、着きましたよ」


 ケンがティナに声を掛けるも、ティナは全くの無反応だった。


「ケン、ティナを抱いたままグリフォン探して」


「何だか、ニーナさんの時のことを思い出しますね」


「いじわる……」


 ニーナは頬を染めて悪態をつくが、その様が更に可愛さを引き立てていた。


「こうなるのがわかってて、俺に、いつものスピードを出すように言ったのでしょ?」


「私だけ、最初が恐怖体験とかズルいんだもん。ティナだけ、理想のお姫様抱っこなんて、経験させないんだから」


「ニーナさんらしいですね。口調はそれでいいのですか?」


「今は、ティナがそんな状態だから大丈夫よ。心ここに在らずだし」


「それでは、先に進みましょうか?」


「そうね」


 それから、ケンたちはグリフォンの元へと向かうべく、山脈に足を踏み入れた。


 1時間ほど歩くと、山肌が見えているところに、グリフォンがいるのを視認した。


「さてと」


 ケンは戦闘の準備のため、ティナを地面にそっと降ろした。


「あぁん、もっと抱っこしてて良かったのに」


 茫然自失状態から脱却していたティナは、名残惜しそうに、ケンに懇願するのであった。


「今から戦闘なんですから、自重してくださいよ」


「私をあんな風にしたのに、そういうこと言うんだ。へぇー」


「あれは、ニーナさんのリクエストですよ? 何か言うならニーナさんに」


「でも、実行したのはケン君よね? どうなるかくらいは、わかっててやったんだよね?」


「ぐっ……」


「帰りもお姫様抱っこしてくれたら、許してあげるわ」


「それは、ニーナさんと相談してください」


「ニーナは当然譲ってくれるでしょ? 女心がわかってるんだし」


「是非もなし……」


 ニーナはいたずらを誘導した手前、ティナの要望を断るわけにもいかなかった。


 自分も最初は、行きと帰りでお姫様抱っこしてもらった経緯があるので、ティナの気持ちは理解していたのだ。


 初めてのお姫様抱っこが、恐怖体験だけで終わるのは、忍びないのである。


「作戦としては、ティナさんが弓で攻撃、ニーナさんはそのサポートです。俺は適度に剣術で戦いますので」


「わかったわ。ニーナは、グリフォンが地上に下りたら、できる限り飛び立たないように、牽制をお願いね」


「わかった」


 作戦が決まったところで、グリフォンに近づいていき、ティナが弓を引き絞り始めた。


 ティナの殺気に気づき、グリフォンが雄叫びを上げる。


「クルルルルァァァ!」


(ヒュンッ)


 ティナが矢を放つと、グリフォンに向け飛んでいくが、グリフォンがひと足早く飛び立ち、矢は逸れてしまう。


「初弾は失敗ね」


「行きます!」


「サポートする」


 ケンが飛びだし、ニーナが詠唱を始める。ティナは、次の矢を番えて空へ向けて照準を定める。


 次々と矢を放つティナに対して、グリフォンは難なく避けていく。グリフォンの羽ばたきに、魔力の高まりを感じ取ると、ケンは2人に対して喚起する。


「魔法が来ます!」


 グリフォンがひときわ大きく羽ばたくと、風の刃が3人を襲う。ケンは難なく躱してみせるが、残り2人の躱し方が危うい。


 ティナは身体強化があるため、まだなんとかなっているが、ニーナの方は全くの生身である。


 まだBランク冒険者の上、ワンランク上のクエストを受けるには、ステータスや技術と経験的にも早かったと言える。それに気づいたケンは、1番危ないニーナを自分の傍に置くことにした。


「ニーナさんは俺の傍に!」


 ケンからの呼び掛けにニーナが応え、すぐさまケンの傍へと駆け寄った。


「俺が回避しますので、魔法に専念してください」


「わかった」


「ティナさんは、そのまま弓で攻撃です」


「わかったわ」


 そんな中でもグリフォンは待ってくれず、次なる魔法を放ってきた。ケンは左腕でニーナを抱き寄せると、そのまま回避するが、ニーナは咄嗟のことに変な声を漏らしてしまった。


「ひゃうっ!」


「ニーナさん?」


「……ごめん。ちょっと感じた」


 なんとも緊張感のない会話だが、今はまだ戦闘中である。それから3人は攻撃と回避を繰り返し、ようやくグリフォンの翼に、ダメージを負わせることに成功した。


 グリフォンは、翼に傷を負ってしまい地上へと降りてきたが、未だその戦闘力は衰えていない。


「これで空からの、一方的な攻撃はなくなりましたが、まだ油断は禁物ですよ」


「わかってるわ。次はこっちの番よ! 万物を照らす光よ 矢となりて 我が敵を穿て 《ホーリーアロー》」


「やってやる。原初の炎よ 矢となりて 我が敵を穿て 《ファイアアロー》」


 2人がそれぞれ詠唱を始めたので、ケンは、グリフォンを警戒しつつ身構えていた。


 やがて、2人の頭上には、無数の光と火の矢が顕現し、グリフォンに向かって解き放たれる。


 空中への逃げ道を失っているグリフォンは、地上で縦横無尽に回避行動をとるが、物量には勝てず回避仕損じた魔法が、次々とその体に突き刺さっていく。


 しかし、相手は腐ってもAランクの魔物。たったこれだけで殺られてはくれないのだ。


 再び、グリフォンの咆哮が木霊すると、吹き荒ぶ風の嵐がグリフォンを包み込む。


「これじゃあ、弓は使えないわね」


「魔法でゴリ押し。デカいの放つから援護よろしく」


 ケンが見守る中、2人は状況判断をして、次なる手を考え口にしていた。


「なんとかやってみるわ。万物を光よ 魔を穿つ聖槍よ 我が求めに応じ 我が敵を貫け 《ホーリーランス》」


 ティナの頭上には、ホーリーアロー程の数はないが、一つ一つが大きく、それでいて魔力の込められた無数の槍が顕現する。


「任せた。原初の炎よ――」


 ニーナの詠唱が始まると、ティナのホーリーランスが、敵を釘付けにするために、次々と飛来していく。


「――紅蓮の業火よ 焔嵐となりて――」


 グリフォンを纏う嵐が、難なく軌道を逸らしていくが、それを見越して磔にしているため、ティナとしては、避けられても痛痒にも感じなかった。


「――我が敵を包み 灰燼と帰せ 《ファイアストーム》」


 ティナが牽制を繰り返している中、とうとうニーナの詠唱が終わり、高めた魔力に応じて魔法が炸裂する。


 グリフォンの足元から一気に焔が吹き荒れ、天高く火柱を上げた。グリフォンの纏っていた風の嵐が相乗効果を生み出し、ファイアストームの威力を底上げしたのだ。


 その吹き荒ぶ焔嵐の中で、グリフォンは動くに動けず、断末魔を上げながら、そのまま焼かれていくこととなった。


 やがて焔もなくなると、そこには横たえ息絶えたグリフォンの姿があった。


「やった! 勝ったわ!」


「ぶいっ!」


 2人は喜びを分かち合い、ケンの方を振り向くが、ケンは気になることを口にした。


「これ……素材取れるんですか?」


 ケンの指さす方向には、所々炭になっているグリフォンの丸焼き(ベリーウェルダン超え)が倒れているのだ。


「「……」」


「と、とにかく、おめでとうございます。ほぼ後衛職2人の力だけで、Aランククエストの魔物を倒すことが出来たのですから、その観点から見れば大金星ですよ」


 ケンは、あからさまなフォローを入れるが、ティナとニーナは、先程の喜びが嘘かのように、落胆しているのだった。


「ま、まぁ、今回必要な素材は魔石ですから。魔石さえ無事なら問題ないですよ」


 最悪魔石だけならと、更にフォローを重ねるケンであったが、2人には、もう無事な素材があるようなグリフォンには、とてもじゃないが見えなかった。


「魔石が無事な予感がしない……」


「割れてるかも……」


 落胆ぶりが半端ない2人を他所に、ケンは証拠を見せて元気づけようと、形だけならグリフォンである物の解体を始めた。


 焼けていない箇所がない、グリフォンの解体作業はとても簡単で、丸焼きにした肉を切り分けるかの如く、作業はスムーズに進んだ。


 ケンが、魔石のある箇所を探し当てて取り出したのはいいが、最悪の予想通りに魔石は砕けていた。


 残念ながら無事な魔石を証拠として見せる作戦は失敗に終わり、砕けた魔石を見せるという追い討ちを、2人に対して、図らずともしてしまったのだ。


 当の2人は、現物をまざまざと見せつけられて、四つん這いになり落胆するのだった。


 その姿はモノクロとなり、山脈の中で生きる小鳥たちの囀りが、虚しく響きわたる。


「「……」」


「ま、まだ、グリフォンはいるから、次は、魔石が取れるように倒せばいいんですよ」


 ケンの必死のフォローも健闘虚しく、四つん這いから脱却した2人は、体育座りに変更して、しばらく木と向かい合いながら、モノクロを背負いこんで佇むことになった。


 ちょうど良い時間なので、ひとまず気分を変えるためにもお昼ご飯にしようと、ケンは、そのまま捨てるのも勿体ないと思って、グリフォンの焼肉(ベリーウェルダン)を出すのだが、この行為で更に2人を追い詰めることになり、恨みがましい視線を2人から浴びせられる。


「……ケン君、ドSだね……」


「……追い詰め方が、半端ない……」


 2人からやっと出てきた言葉は、ケンに対する恨み言であった。ケンとしては、意識してやっているわけではないが、図らずとも行動が空回りして、2人を追い詰めていた。


「もう! 俺にどうしろって言うんですかっ!?」


「「……慰めて」」


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