第142話 口は災いの元

 面倒くさいと思いつつも、このままここに放っておくこともできないので、女性の慰め方など知る由もないケンは、とりあえず2人が1番元気になるであろう方法を試すことにした。


 まずは、ティナからするべく、背後へと回って座り込むと、後ろから抱きしめた。


「ティナさん……元気だしてください。失敗は誰にでもあるんですから」


「でも、素材が……」


「そんなのは、また倒せばいいんですよ」


「上手く加減が出来ないのよ。手加減すると逆にこっちが危ないし」


「それでも、死ぬよりかはいいですよね? 死んだら素材も何もないんですよ?」


「それでも……」


「あまりウジウジするようなら、面倒くさいので放って帰ります」


「それは嫌!」


「それなら、わかりますよね?」


「あと少しこうしてて」


 それから、しばらくケンはボーッとしてたのだが、ティナが声をかけてきたことによって、現実へと引き戻された。


「もう大丈夫よ、ありがとう」


 その言葉を聞いたケンは、次の人の元へとやって来て、ティナと同様に後ろから抱きしめた。


「さて、ニーナさん。元気になりましょうか?」


「……無理。私が素材をダメにした」


「それは致し方ないですよね? どんな冒険者にだって、倒した魔物の素材には、少なからず優劣がつきますから」


「今回は、全てダメにした」


「お肉は、焼けすぎてましたけど食べれましたよ? だから全てじゃないです」


「うっ……辛辣……」


「別に気にすることないですよ。ちょうどお昼時だったし、準備の手間が省けたと思えば、大したことじゃないですから」


「それでも……」


「今回は、運が悪かったんですよ。グリフォン自体も風属性を使ってましたし、相乗効果でいつもより火力が上がったのは、致し方ないですよ」


「そこまで頭が回らなかった」


「まぁ、格上相手ですからね。余裕がないのは致し方ないかと……命あっての物種ですよ?」


「それでも私は――」


 ニーナはギュッと、自分の服を握りしめて悔しそうに呟いた。


「もしかしてニーナさんは、簡単に魔術師として大成できると思っているんですか?」


「そんなことない!」


「それなら、失敗はつきものだってわかるでしょう? 誰だって失敗を繰り返して成功を掴み取るんですから」


 年下のケンに当たり前のことを諭されて、ニーナは思わず身に潜ませていた思いの丈を、ケンにぶつけてしまう。


「ケン君は、簡単に何でも出来ちゃうから、そんなことが言えちゃうんだよ。私は、ケン君みたいに才能なんてないし、できないもん。何でも出来ちゃうケン君に、私の気持ちなんてわからないよ!」


 その時、イラッと感じてしまったケンは、意図せず纏う雰囲気が変わってしまった。


「ニーナさんは、俺が努力したことのない人間だと思ってるんですか? 確かに才能の差はあるでしょう。それは個々人によって変わりますから。でも、才能があるからといって、何もしなければゼロなんですよ? ニーナさんだって、魔法が使いたくても使えない人からしたら、才能の塊みたいなものですよ? それなのに、自分には才能がないって言うんですか?」


「そ……それは……」


「話になりませんね。まさか、俺の努力を否定されるとは、思いもよりませんでしたよ。面倒くさいのでもういいです。好きなだけウジウジしてて下さい」


 ケンは、それだけ言うと立ち上がった。いつもは見せないケンの態度にニーナは混乱し、どうしたらいいかわかなくなっていた。


「え!?……え!?……」


 そんなニーナを放って、ケンはティナに声を掛ける。


「ティナさん、グリフォンでも倒しに行きますか」


「ケ……ケン君……ニーナはいいの?」


 ティナも先程のやり取りは、見ていて知っているが、いつもは見せないケンの態度に戸惑い、どうしたらいいかわからず、ニーナのことを尋ねた。


「え? 面倒くさいし知りませんよ。どうやら自分だけが、努力してるって思っているみたいですから」


「……」


 沈黙するニーナを他所に、ケンはティナへ再度問いかける。


「で、どうするんですか? ここにいますか?」


「っ! ちょっと、ちょっとだけでいいから時間をちょうだい」


 ケンの変貌した態度にハッとしたティナは、ニーナのところへすぐに駆け寄ると、その頬を思いきり引っぱたいて、辺りには乾いた音だけが鳴り響いた。


 ニーナは、叩かれた頬に手を当てて呆然とティナを見ていたが、そんなニーナにティナが怒鳴りだした。


「ニーナ! 貴女、その歳になって言っていいことと悪いことの、区別もつかないわけ!?」


「……」


「自分の魔法が上手くいかないのを、ケン君に八つ当たりするんじゃないわよ! 貴女の気持ちなんか、貴女にしかわからないでしょ! しかも、相手は年下の子供なのよ! 年上の貴女がそんなことをしてどうするのよ!」


「……」


「ケン君に酷いこと言って、心に傷を負わせるつもり!? 誰でもない貴女がそれをするの!?」


「ち、ちが……」


 ケンの心に傷を負わせると言われてしまい、ニーナは、そんなつもりじゃなかったと、今更ながらに己の行為を恥じた。


 ケンはケンで、ティナが普段は見せない態度で、ニーナに対して怒っているのを初めて見てしまい、呆然としてその光景を眺めていた。


「何が違うのよ! 貴女が言ったことでしょ!」


「わ……私……そ、そんなつもりじゃ……」


「だったら、どんなつもりで言ったのよ!」


「……私は……ただ……」


「ただ何よ! 貴女は紛れもなく、ケン君に八つ当たりしたのよ! 年上である貴女が! 恥を知りなさい!」


「……」


 ケンは、ここまでティナが、凄い剣幕で怒りだすとは露ほどにも思わず、怒っていたことも薄れてしまい、ティナを宥めだした。


「ティナさん、もういいよ」


「ケン君……」


「さ、グリフォンでも倒しに行こう」


 ケンの言葉に、ティナは当然の如くニーナも反応を示したが、ケンは既にニーナを見ておらず、あたかもティナにだけ言ったように見えてしまい、ニーナはこれ以上にない動揺を見せた。


 ケンはそのまま、なんてことなしにグリフォンの所へ向かおうとするが、ニーナは当然の如く置いていかれると思い、ケンに抱きついて引き止めた。


「置いていかないで!」


 ケンは、いきなりのことで面食らってしまう。


「え?」


 そんなケンの反応を他所に、ニーナは泣きながら謝りだした。


「ご、ごめんなざい、ごめんなざい!」


「え? いきなりどうしたの?」


「……ッ……わ……わだじ……ッ……あんなごど……いうづもり……ッ……ながっだ……」


「え? さっきのこと?」


「……ッ……グズッ……ごめんなざい……ッ……おいでいがないで……グズッ」


「ティナさんがあそこまで怒ってたし、俺としては、終わったことなんだけど……」


「……グズッ……わだじ……ッ……ゲンぐんに……ッ……ひどいごど……いっだ……」


「まぁ、確かに言ったね」


「……ッ……ごめんなざい……ゲンぐんのごど……きずづけるづもりじゃ……ながっだの……」


「俺も言い過ぎたところがあるし、お相子さまだよ。ごめんね」

 

「……グズッ……おいでいがない?……ゆるじでぐれる?……グズッ」


「置いていかないし、既に許してるよ」


「……ッ……ありがどう……グズッ」


「ほら、もう泣かないで。綺麗な顔が台無しだよ?」


「……グズッ……ズビッ……ゲンぐぅん……」


 ケンは、ニーナの背中を優しく擦りながら、グリフォンのことを後回しにして、次第にニーナが落ち着いていくのを、待っていたのであった。

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