第140話 ドワーフの鍛冶師
とりあえず、ケンは当初の目的である、武器の件を聞くことにした。
「あの、武器を見繕いに来たのですけど、オーダーメイドってやっていますか?」
「儂は、気に入った奴にしか武器は作らんぞ。包丁なら、誰にでも作ってやるが」
住民から聞いた話通り、日頃は包丁を作ったり整備したりして、生計を立てているようだった。一見さんお断りの鍛冶師みたいだ。
「包丁ではなく、武器を作って欲しいのです。あと出来るなら防具も」
「お前のを作るのか? まだ子供だろ?」
「ここにいる3人分です」
ドワーフの職人は顎髭を擦りながら、ティナやニーナにも視線を向ける。その視線がケンに戻ると口を開いた。
「お前の武器を見せてみろ」
ケンは言われた通りに、日頃使っている鉄剣を収納から出して渡した。それを受け取ったドワーフは、鞘から引き抜き隅々まで目を通す。
「所々刃こぼれしているが、綺麗に手入れはされているな。それに少し魔力を帯びている……ただの鉄剣なのにどうやった?」
「魔力ですか? そんなものを帯びてるなら、思い当たる節は……魔法を纏わせて使っているからですかね?」
「これにか? 魔石のついていないただの鉄剣だぞ?」
「はい。そのまま使っては、切れ味が落ちてすぐダメになってしまうので、補助として纏わせていますね。長持ちさせるために」
「俄には信じられんが、ちょっとやってみてくれ」
ドワーフから受け取った鉄剣に、よく使う【風纏】を施した。発動と同時に剣身は風を纏ったので、店内に被害が出ないよう圧縮して披露する。
「こんな感じですね」
「少しそのまま待ってろ」
ドワーフが店奥に入り、戻ってきた時には片手に1つの長剣を持っていた。
「これは鋼の合金だ。その鉄剣より遥かに耐久性がある。これを斬ってみてくれ」
そう言って長剣を差し出すが、ケンはどうしたものかと聞き返すことにした。
「本当に斬っていいんですか? 多分、斬れないと思いますよ?」
「構わん。見てみたいだけだ」
ティナとニーナが固唾を呑んで見守る中、ケンは長剣を受け取るとカウンターの上に左手で固定し、右手に持つ【風纏】状態の鉄剣を、軽く振り下ろした。
金属同士のぶつかり合う音が店内に響き渡ると、鉄剣よりも耐久性のある鋼合金の長剣がいとも容易く、文字通り斬れてしまった。
ドワーフは、斬られた切断面をマジマジと見つめて観察する。ケンはまさか斬れるとは思わずに、弁償しなければならないのか考えて、冷や冷やしていた。
「見事だな。そんなに構えんでも、弁償しろとは言わないから安心しろ」
その言葉にケンは安堵するのだった。資産的には余裕で弁償できるくらいは持っているのだが、本人はまさか斬れるとは思っておらず、咄嗟の事態に混乱していたのだった。
「それで武器は、作ってもらえるのでしょうか?」
「あぁ、作ってやる。面白いもん見せてもらった礼だ」
「他の2人の分もですか?」
「あぁ、そうだ」
「よかったね、ケン君」
「よかった」
今まで後ろで、様子見しながら控えていたティナとニーナが、安堵してケンに声をかけると、ドワーフが口を開いた。
「儂はドワンと言う。お前は、聞いたところ“ケン”でいいのか?」
「はい。ケンと言います。こちらのエルフがティナさんで、魔術師がニーナさんです」
ケンの紹介に合わせて、2人はお辞儀をする。
「武器は、その鉄剣タイプみたいなのでいいか?」
「いえ、あそこに飾ってある、刀タイプがいいのですが」
ケンの指さした方向には、ひと振りの日本刀が飾られており、店内に入った時から実は気になっていたのだった。
「ケンが扱うには長いと思うがな。それに刀を知っているのか?」
「はい。少々文献で目にしたことがありまして。そこから憧れているのですが、普通の武器屋には売ってないんですよ」
前世の記憶があり知っているとも言えず、ケンは、書物で知ったふうに語って話を誤魔化した。
「そりゃそうだ。刀を打てるのは、一部のドワーフしかいないからな」
「それと長さは、刃渡りを60センチくらいに、調整できないでしょうか?」
「それは可能だ。それよりも、刀を作るなら材料が玉鋼になるから、値段が張るぞ」
「構いません」
「それと1つ試したいことがあるんだが、それを頼まれてくれるなら、値段の方は割引してやる」
「試したい事とは?」
「材料の玉鋼に、魔力を流して欲しい」
「それをすると、どうなるんですか?」
「上手くいけば、材質が玉鋼から魔法金属になる。ミスリルみたいに、魔力伝導率が向上するんだ」
「玉鋼じゃなくなるのに、いいんですか?」
「元は玉鋼だから問題ない。言うなれば玉鋼の魔力伝導率だけを向上させた、新しい金属になるってだけだ。今後も魔法を纏わせて使うのだろ? それだったら、魔力伝導率を上げた武器を使うべきだ」
「ドワンさんがいいなら、それで構いませんが」
「ただの剣を作るならミスリルでよかったが、刀が欲しいんだろ? それなら、玉鋼を魔法金属に変えられるか、試してみるのも悪くない」
「わかりました。では、その刀をふた振りお願いします」
「ふた振り? また変わったやつだな。普通武器は、1本持ってりゃ十分だろ?」
「ドワンさんと一緒ですよ。試したいことがあるんです」
「それは何だ?」
「二刀流ですよ。スピードファイターなので、力がない分手数を増やすために」
「ガハハハハッ! 気に入った、気に入ったぞ! 飽くなき探究心こそが人を成長させる。玉鋼を持ってくるから、ちょっと待ってろ」
いきなり陽気になり、機嫌よく店奥に入って行ったドワンを、ケンたちが見送ると、ティナが声を掛けてきた。
「ケン君、凄いよ! ドワーフの職人に気に入られたよ!」
「凄い」
「そんなに凄いんですか?」
「そうだよ! ここに来る前に話してたように、ドワーフの職人は気難しい人が多いから、気に入られることはあまりないんだよ。特にドワンさんみたいに、気に入った相手にしか武器を作らない人なら尚更だよ!」
職人が気難しい性質を持っているのは、前世の記憶で知っているケンだったが、この世界でもやはり同じなのかと再認識した。
それから少し待っていると、ドワンが戻ってきて、手には玉鋼らしき物を持っていた。
「ケン、これに少しずつ魔力を流しててくれ。成功すれば、良い感じに色合いが変化するからわかるはずだ」
「わかりました」
ケンは玉鋼を受け取ると、言われた通りに少しずつ魔力を流し始めた。
「そちらの嬢ちゃんたちは、どんな武器が欲しいんだ?」
「私は弓を扱うので弓を。風と光魔法を併用することがあるので、魔法効率が良くなるような物が欲しいです」
ティナがいつもの口調ではなく、丁寧な喋り方で要望を伝えたら、次はニーナが後に続いた。
「私は魔法効率が上がるような杖を。火と水と土が使えます」
ニーナも同様に口調を変えて要望を伝えたら、今度はドワンが喋り出す。
「2人とも後衛職で魔法効率重視なら、素材はミスリルだな。あとは魔石だが……」
ドワンの渋い顔を見て、ティナが問いかけた。
「在庫がないのですか?」
「儂が武器を作る客は少ないから、そこまで在庫を抱えてない。で、物は相談だが、魔石を取ってきてくれねぇか。そしたらすぐに作業に取り掛れるし、ケンのように値段を割引く」
「どの魔物を狩れば、よろしいのですか?」
「グリフォンだ。あいつの魔石なら風属性との相性が良い。あとはロックタートルだな。こいつは土属性との相性が良い。残りの光と火と水の魔石は、需要が高い分それなりに供給があるから、すぐに手に入るので問題はない」
「ロックタートルって、ニーナが死にそうな目にあったやつよね?」
「そう。ちなみにグリフォンはAランククエスト」
「危ない目にあったならやめとくか? その代わり製作に時間が掛かるが」
死にそうな目にあったと聞き、ドワンは依頼するのをやめようかと思ったが、そこでケンが話に入ってきた。
「ロックタートルの魔石なら持ってますよ」
「ケン君、持ってたの?」
「いつか自分で魔導具を作ってみたくて、取っておいたんですよ。他にも色々と魔石は持ってますし」
「いいの?」
ケンが魔導具作りのために、取っておいた魔石を譲るといってきたので、ニーナは遠慮がちに聞き返した。
「魔導具なんかよりも、ニーナさんの方が大切ですから」
その言葉にニーナは、思い切りケンに飛びつき抱きついた。
「ケン君、大好き!」
嬉しさのあまりケンを“君”付けで呼んでしまったが、些細な違いでしかないので、ティナはさして気にせずスルーしていた。
「うわっと! ニーナさん、いきなり抱きついたら危ないですよ」
ケンは玉鋼を落とさないように、ニーナを受け止めて、魔力を流し続けるのだった。
「お前ら仲いいんだな」
ニーナの行動に、ドワンは生暖かい眼差しで見守りながら、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、ケン君。もちろん、私の分も手伝ってくれるのよね?」
2人の仲の良さに嫉妬したのか、ティナが窺うような視線で、ケンに問いかけた。
「グリフォンですよね? ギルドに行けばクエストがあるかもしれませんね。俺は受けられないので、ティナさんが受けてもらわないといけないですが」
ケンの言った言葉に、何か引っかかるものを感じたドワンは、気になった部分をケンに尋ねた。
「おい、ケン。受けられないというのはどういう意味だ? 冒険者じゃないのか?」
「冒険者ですよ。俺の今のランクがCランクだから、Aランクのクエストは受けれないんですよ」
「何だその、ランク詐欺みたいなのは?」
「ランク詐欺ですか?」
「お前の実力は、少なく見積ってもAランクの下位はあるだろ」
「いえいえ、そんなに凄くないですよ」
「儂は、今まで色んなランクの冒険者を見てきたからわかる。職人の眼と勘は誤魔化せないぞ」
「ケン君、ドワーフの職人さんは誤魔化せないよ。目利きが鋭くないと、一流の職人としてやっていけないんだから」
「どっちみちギルドではランクが全てですから。俺はCランク冒険者ですよ」
ケンはそう締め括ると、玉鋼をドワンの前に出した。
「こんな感じでいいですか?」
カウンターに置かれた玉鋼は、元の鈍い色合いではなく光が当たったところは虹色に反射する変化を齎していた。
「上出来だ……まさか本当に変化するとは……これは新しい魔法金属の発見だな。【魔鋼・玉鋼】と名付けるとするか」
手に取った玉鋼をしげしげと見ながら、ドワンは感想をこぼした。
「ケン君、凄いよ! 新しい魔法金属を作ったんだよ! 革命だよ!!」
「ケンは凄い」
「いや、これくらい誰にだってできるでしょ」
ティナとニーナの賞賛に謙遜するが、ドワンがそれを否定してきた。
「それは無理だな。少なくとも儂にはできん。劣化品なら市場で出回ることもあるかもしれんが、これは純度が高すぎる。先程の鉄剣とは比べ物にならない魔力を内包しておる」
「それは、魔力が定着するようにしましたからね。時間経過で霧散して、魔素に戻ってしまうのでは、ただの玉鋼に変わりないですから」
「つまり、現状これを作成できるのは、ケンだけってことだ。なんなら嬢ちゃんたちに使う素材も、同じようにしておくか?」
「ミスリルを使うなら、既に魔力伝導率が高いのでは?」
「他の素材に比べてってところだ。お前の作り出す魔法金属には確実に劣る。それに、嬢ちゃんたちの戦力アップになるし、上手くいけば俺はまた、新しい魔法金属に出会える。一石二鳥だろ?」
ティナとニーナの武器が高性能になるなら、ケンとしてはこれ以上ないことなのだが、そう上手く新しい魔法金属が、出来上がるものなのかと訝しんでいた。
「ケン君、とりあえずやってみようよ」
「物は試し」
2人の後押しもあってケンはやることにした。ドワンが用意したミスリルは、2人分とあって手に持てるような量ではないので、カウンターに置かれたままの状態で魔力を流し始めた。
「あと、ドワンさんって防具を作れますか? 店内を見た感じ武器か包丁しか置いてないように思えますが……」
「作れるぞ。防具は完全にオーダーメイドでしか、作ってないからな。量産品が欲しけりゃ、そこら辺の武器屋にでも行けって感じだな」
「それなら、ティナさんの軽鎧とニーナさんのローブを、作って欲しいのですが」
「それは構わねぇが、予算は足りるのか?」
「これで足りますかね?」
ケンは、おもむろにギルドカードを取り出すと、貯金額を表示させドワンに見せた。
「……」
「やっぱり少ないですか?」
「ケン君、私たちの装備は、自分のお金で買うからいいよ」
「お金はある」
「このくらいしか、お金の使い道がないので払わせてください。男が大切な女性のためにお金を使うのは、当たり前ですよ?」
いつもの無自覚なケンの言葉に、2人は嬉しくなりキュンキュンしてたまらないのだが、オーダーメイド品は、とてもお金がかかることを知っているので、どうしたものかと悩んでいるところに、黙り込んでいたドワンが、ケンにギルドカードを返して口を開いた。
「とてもじゃないが、Cランクの稼ぎを超えている。一体どれだけ稼いでるんだ……」
ドワンは、9桁に近づきつつあるケンの資産に、度肝を抜かれ呆れ果てていた。
「それと、そう易々と自分の資産を、他人に見せるもんじゃない。とりあえず、これだけあれば、余裕で作れるとだけ言っておこう」
「ドワンさんだから見せたんですよ。普通の店の人なら見せませんよ。あと、ニーナさん用のローブに、これを使って欲しいんですけど」
ケンが取り出したのは、以前の狩りで手に入れた、スタラチュラの蜘蛛糸だった。
「これは……スタラチュラの蜘蛛糸じゃねぇか!? よく採取できたな」
「普通は出来ないんですか?」
「戦闘でズタボロになった状態なら採取されるが、これはどう見ても良品だ」
「結構簡単に取れましたけどね」
「お前は非常識なんだな……今回の件でよくわかった。ローブの素材には、これを織り込もう。軽鎧の素材はどうする? 武器と同じでミスリル製にするか? 軽くて丈夫だから弓使いにはいいんじゃないか?」
「それでお願いします」
「支払いは本来前金で幾ばくか貰うが、あの金額見たら踏み倒されることもないし、全部出来上がってから支払うって形でいい。あと、グリフォンの魔石が手に入ったら持ってきてくれ」
「わかりました。明日にはクエストを受けに行きますので、早めに持ってこれると思います」
「よろしく頼む」
「このミスリルは、こんな感じでいいですか?」
ケンは、魔力を込めてたミスリルをドワンに見せる。そのミスリルは、玉鋼と同じように、虹色の乱反射を放っており、成功したことを示していた。
それを見たドワンは、新しい魔法金属にやりがいを見つけて、完璧な物を仕上げてみせると、息巻いて興奮していた。
その後、ケンたちは、店をあとにして宿屋への帰路についた。
「ケン君、本当によかったの?」
「何がですか?」
「代金のことよ。結構な値段になるでしょ?」
「構いませんよ。使わないと貯まるだけですし、使い道も2人のためなら、惜しくはないですよ」
「ケン君って、本当に理想の旦那様ね」
「いきなりどうしたのですか?」
「だって、冒険者として既に強いでしょ? お金の使い道は、私たちのためだって言うし、それに、私が朝起きなくても、怒らなくて優しいし」
「後半は納得しかねますね。俺としては、ちゃんと朝に起きて欲しいのですけど」
「でも、怒らないでしょ?」
「呆れてはいますよ? ダメな人だなぁって。手のかかるお姉さんって感じですね」
「私は?」
「ニーナさんは、ちゃんとしたお姉ちゃんって感じですね。俺から言わしてもらえれば、2人は対照的なお姉ちゃんですね」
「お姉ちゃんって言うのも悪くないわね。ケン君、ちょっと試しに、“ティナお姉ちゃん”って呼んでみてくれる?」
「ティナさんはどちらかと言うと、“ティナ姉さん”の方が、俺はしっくりきますね」
「はぅっ! なんかゾクゾクしたわ」
「私も」
「ニーナさんは、“ニーナお姉ちゃん”ですね」
「っ!……やばい」
「ケン君、手を繋いで帰りましょ」
「私も繋ぐ」
そう言った2人はケンの手を取り、両側を固めるのだった。
「どうしたんですか? いきなり」
「姉弟プレイね。しばらく私のことは、“ティナ姉さん”って呼んでね」
「私は、“ニーナお姉ちゃん”希望」
「ティナ姉さんとニーナお姉ちゃんには、困りものですね」
「「はぅっ!」」
ティナ主催による“姉弟プレイ”にケンは呆れるものの、2人の反応が面白かったので、悪ノリして要望通りに呼んであげることにしたのだった。
その遊びは寝るまで続き、夕食時に一緒にいたガルフやロイドは、ケンから説明を聞いて、心底呆れた目を2人に向けたが、当の本人たちは“姉弟プレイ”で味わえる非日常が優先されて、ガルフたちの評価などどうでもよかったのだった。
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