第138話 交易都市ソレイユ
ケンたちは各街を経由しながら馬車を使って、1ヶ月を過ぎた頃に、ようやく交易都市ソレイユに到着した。
馬車で1ヶ月なので、これを徒歩で行こうとしたら、計り知れないほどの期間が、かかることとなっただろう。奇しくもガルフの提案した馬車移動は、間違っていなかったのである。
ソレイユの風景はさすが交易都市と言ったところか、5メートルは確実に超えている外壁に、入街用の門には、これでもかと言うくらいの馬車が並んでおり、交易が盛んであることが窺えた。
整然と並ぶ建物は、区画整理がきちんとなされており、奥へと続くメインストリートは、先が見えないぐらいで、街の至る所で商人たちが犇めきあっている。
店一つ一つにしても、それぞれの特徴を出しており、扱う商品が被ったとしても、利益を出すために商品の質や量で勝負して、繁盛しているのだろう。
その様子を目の当たりにしたケンは、開いた口が塞がらずぽかんとした表情で感想をこぼす。
「……凄い……」
ケンの語彙力のない感想に、ティナは優しく微笑みながら声を掛ける。
「ケン君の気の済むまで、めいいっぱい楽しんでね」
相変わらずケンは茫然としているが、いつまでも街の往来で突っ立っているわけにもいかず、ガルフがケンの肩を掴み、強引に意識を取り戻させる。
「それじゃあ、観光は後にして、まずは宿屋へ行くぞ」
肩を掴まれたケンはハッとして、恥ずかしくなり慌てて返事をした。
「そ、そうでした。まずは、部屋の確保をしないといけませんね」
ケンが慌てて取り繕うも、今までの姿は、他のメンバーにも見られており、微笑ましく感じたメンバーは、揚げ足を取るようなことはせずに相槌を打つのだった。
「そうだね。折角だから、いい宿屋を確保したいね」
「まずは部屋の確保」
それから、ちょっとした贅沢でいい宿屋に部屋を確保すると、みんなで再度集まった。
「今日の予定だが、このまま自由行動でいいか?」
ガルフの言葉に、全員が頷き賛同する。
「明日以降なんだが……どうする?」
ガルフは、しばらくソレイユに逗留することを前提として、メンバーに意見を求めた。
「まず、資金がどこまで持つかだよね? それによってクエストを受けたり、観光を楽しんだり決めないといけないよね?」
「私の資金は余裕であるわよ。たとえ1ヶ月クエストを受けなくても、余裕で生活できるわ」
「私も同じく余裕」
「俺も余裕ですね。そもそも宿泊代とご飯代以外は、あまり使ってないので、貯まっていく一方です」
ケンたち3人は、ミヤジノフでガルフが休んでいる間も、デートと題してクエストを受け続けており、その報酬で資金が潤沢となっていた。
その理由として、ケンの場合は、元々浪費家ではなく1度の討伐数がありえない数になる上に、さらに討伐した魔物は丸ごと持って帰るため、王都の時から増えていく一方だった。
ティナやニーナに至っても、ケンと一緒にいることが目的のため、ケンの討伐クエストには少なからずついて行き(ニーナはほぼ毎回、ティナは起きていたら)、ガルフやロイドとパーティーを組んでいた頃よりも、討伐数は増えるし、報酬も4等分ではなく2~3等分して、分け前が増えるため、以前より断然に収入が上がっていたのだ。
「僕は、ここで新しい魔導具を買いたいから、その分の予算を引くとぼちぼちかな」
ロイドは魔導具のための予算を割いており、そういうところは、やはり魔導具好きのロイドと言うべきなんだろう。
ロイド自体も、毎回ではないが、ケンと一緒にクエストを受けていたこともあり、資金に余裕があるのだった。
「俺はカツカツだな」
メンバーの中で、唯一の貧乏人とも言えるガルフの告白に、ニーナは辛辣な言葉を浴びせる。
「酒に使いすぎ。自業自得」
そう言われてしまえば、ぐうの音も出ないガルフであった。
「ま、まぁ、結論から言うと、俺とロイドは、クエストを受けないとやっていけないってことだな」
ガルフの言葉に、ロイドが一緒にされたくないと思ったのか、すかさず反論する。
「僕は、ガルフと違って資金はあるからね? ただ、魔導具に使ったらぼちぼちになるってだけで、使わなかったら余裕で過ごせるから」
「ぐっ……」
仲間だと思っていたロイドに袖にされ、ガルフは言葉に詰まった。そんなガルフに助け舟を出したのは、ケンであった。
「とりあえず、明日は、ガルフさんのお金稼ぎをしましょう」
「もぅ、ケン君は優しいんだから。ガルフなんて放っておけばいいのに」
「甘やかしたらダメ。お酒に消える」
「旅でお世話になっている恩もありますし、クエストに行けば、ロイドさんも魔導具のための資金がさらに増えて、一石二鳥じゃないですか」
「それってケン君のための、一石二鳥じゃないわよ?」
「俺のことを入れたら、魔物が狩れるということで一石三鳥ですね。それに明日の報酬を、ガルフさんとロイドさんだけにあげたら、しばらくは観光が楽しめますよ?」
ケンの“報酬はいらない”とばかりの発言に、さすがのガルフも申し訳なく思ったのか、反対意見を述べた。
「報酬はちゃんと等分にしよう。そこまでされるのは、さすがに気が引ける」
「いえ、分けなくて大丈夫です。ガルフさんの資金がなければ、いつまで経っても観光できないので。ティナさんたちも観光が増えた方がいいですよね? 一緒にいる時間が増えるので」
「そう言われればそうね。ガルフのせいで、ケン君と観光できないなんて嫌だわ。ガルフは黙って厚意を受け取りなさい。それが嫌なら、次からは酒を控える事ね」
「私もそれがいい」
「僕の分までついでに貰ってもいいのかい? 魔導具に注ぎ込まなければ、問題ないぐらいは持っているんだけど」
「大丈夫ですよ。ロイドさんも、好きな魔導具を買えた方がいいですよね? 2人が余裕で生活できれば、その分、俺たちも観光に日数を充てられますので」
女性2人が賛成に回ったことで、賛成3、反対1、中立1となり、明日の報酬は、ガルフとロイドの2名で分けることになった。
「ということで、明日は魔物を狩りまくりましょう。それで当面は各個人で好きに動けるようになるはずです。そこからは、様子を見ながらクエストを受けていく方針でいいと思います」
「何だかケン君が、パーティーリーダーみたいね」
「頼もしい」
「そうだね。ガルフは、酒につぎ込みすぎないようにするんだよ」
3人から言われたことで、ガルフは立つ瀬がなかったが、酒に使い過ぎたことも事実なので、これからは、少しだけ控えるようにしようかと、心の中で思ったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日の朝、朝食を食べ終わったら早速ギルドへと赴いた。今日は、ガルフさんの資金稼ぎのため、多くの魔物を狩る予定だ。
「ふわぁぁ~……眠い……」
「ティナさん、折角の淑女が台無しですよ?」
大口を開けて欠伸をするティナを、ケンが窘めた。
「だって、まだ眠いんだもん」
今日のティナさんは、朝からこの調子である。より多く狩るために、朝早くから起こされたのが効いているみたいだ。
パーティーは、掲示板の前へ進むと、それぞれ依頼内容に目を通し始めた。
「とりあえず、何を狩るかですね」
「トロールはどうだ? 遅いからそれなりには倒せると思うぞ」
「前に戦ったことがありますが、あの腕力だとロイドさんが耐えられないと思いますよ」
「そういえば経験者だったな」
「トロールは再生能力を持っているので、倒すにしても厄介です。その上、攻撃の破壊力が凄まじいので、ロイドさんが守りに徹しても、吹き飛ばされると思います」
「それほどなのかい? これを機に、装備を改めた方がいいのかなぁ?」
「効果が付与された防具に、買い換えるのもありだと思います。Sランクを目指すのであれば尚更ですね」
「そうなると、お金が掛かりそうだね」
「その辺はクエストを受けて、報酬をガンガン稼ぎましょう」
ロイドとケンが、新しい防具に関する話をしている最中にも、他のクエストへと目を通していく。
「ミノタウロスなんてどう? ただの二足歩行の牛でしょ?」
「さすがにその言い方は、ミノタウロスが、可哀想と言うかなんと言うか……」
ティナに、二足歩行の牛扱いをされたミノタウロスに対して、ケンは同情するのであった。
「さすがは交易都市だな。クエストの数も他の街とは大違いだ」
「そうだね。でも、半分は護衛依頼だね」
「当たり前」
ロイドの言った通り、クエストの半分は、護衛依頼となっていた。商人がここで得た数々の品を、他の街に運ぶ際の護衛依頼が多いのだ。
この街で逗留するケンたちにとっては、半分はクエストが消えたこととなる。
「アサシンベアというのは、どういう魔物なんですか?」
「そいつは気配隠蔽が得意でな、背後から忍び寄って、気づかないうちに襲われているから、その名がついているんだ」
「気配探知必須クエスト。敬遠対象」
「それなら、ケン君がいるから余裕じゃない? そうなってくると、アサシンじゃなくてただの熊ね」
さっきからティナさんのディスり方が半端ない。二足歩行の牛扱いだったり、ただの熊扱いだったりと。
「ティナさん、機嫌が悪いのですか?」
「どうして?」
「さっきから、言葉にトゲが混じってますよ?」
「相手は魔物なんだから、遠慮する必要はないわよ。こっちは朝早くから動いてるんだし」
「はぁぁ……今日のクエストでちゃんと資金確保できたら、明日は、起きるまで添い寝してあげますから、機嫌よくしてくださいよ」
「本当!?」
「ティナばかりズルい」
「それなら、ニーナさんも一緒に寝ていましょう。ティナさんが起きるまでは、2人で過ごせますよ」
「それなら問題ない」
「ケンは、すっかり2人の手網が握れてるな。俺は、尻に敷かれる方を予想していたんだが」
「そうかな? 僕は最初の方から出来てたと思うけど? ティナの面倒を見れるくらいだし」
結局、クエストはアサシンベアの討伐となり、余力があれば近くを彷徨く、他の魔物も討伐することになった。
今回受けることにした、アサシンベアの討伐が敬遠される理由は、探知スキルが必須な上に、アサシンベアの隠蔽スキルより、レベルが高くないと効果がないからだ。
通常のパーティーなら、スカウト役の冒険者を雇ったりもするそうで、自前の探知能力だと、余程レベルが高くないと挑まないのだそうだ。
そんなこともあり、報酬は通常価格より上乗せされている。少しでも冒険者に旨みを出して、討伐してもらおうという魂胆が透けて見えた。
クエストを受けたケンたち一行は、街の近くの森へ行き、気配隠蔽で隠れているアサシンベアを、片っ端から狩って行った。
ケンの気配探知のおかげで、無駄に捜しまわることもなく、不意打ちの警戒で、神経をすり減らすこともなく、完全なイージーモードとなってしまい、討伐した魔物はその場で解体せず、ギルドへ丸ごと売るために、ケンのアイテムボックスへと収納されていった。
途中で捕捉した、二足歩行の牛ことミノタウロスも、連携をとり難なく討伐していく。
そんなことを、日が落ちる前までひたすらやり続けてから、街へと戻って行った。
ギルドへ戻ってから、クエスト達成の手続きと買取を済ませると、その報酬は、予定通りガルフとロイドの口座へと振り込まれることになり、これにより、ガルフのカツカツだった口座に多額の報酬が入り、後日、買取報酬の金額も振り込まれるため、しばらくは、余裕のある生活ができるようになった。
「いやぁ、もうケンには、足を向けて寝れねえな」
「僕も。これで装備品を新調出来そうだよ」
「ガルフは酒自重」
「わかってるよ。計画的に使う予定だ」
「いつもそう言ってる。説得力皆無」
ガルフの、酒に対する金遣いの荒さは昔からのようで、ニーナに辛辣な言葉を浴びせられる。
「これで明日からは、ケン君と観光が楽しめるわね」
「楽しみ」
「伊達に交易都市じゃないからね。ケンは、たっぷりと観光を楽しむといいよ」
「それは楽しみです」
ケンは、明日からの観光に心躍らせながら、夕食を済ませたあとは、部屋へと戻り、ティナやニーナと団欒して眠りにつくのであった。
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