第137話 復活のガルフ
ミヤジノフに滞在して、かれこれ数日経ったある日のこと。俺はようやく、自分好みの焼きルドーヌと巡り会えた。
オヤジさんにソースの原料を聞いてみたが、企業秘密ってやつで教えて貰えなかった。だが、俺にはわかる! このソースには果物の甘みが隠されていることを!
俺が求めていたのは、ピリピリ辛いだけのソースじゃなく、どこか甘みのあるソース! やっと巡り会えた理想に近いソース!
ここまできたらアレも探すしかない……初めて焼きそばについていた時には何だコレ? と違和感があったが、食べていくうちに病みつきになり欠かせなくなった、あの万能調味料と謳われていても過言ではない、伝説の調味料をっ!
ふぅ……熱くなりすぎたようだ。いかんいかん。それもこれも、この異世界で焼きそばに出会ってしまったせいだ。俺の麺魂が熱く燃えてしまっていたようだ。
「ケン君、どうしたの? 食べないの?」
「!!」
そうだった……今は、ティナさんたちと、焼きルドーヌを食べている最中だった。あまりの興奮にトリップしていたようだ。
「いや、考え事をしていたら、食べるのを忘れていたんですよ」
「考え事?」
「大したことじゃないですから、気にしないでください」
とりあえずやっと巡り会えた、この理想に近い焼きそばならぬ、焼きルドーヌを食べきってしまおう。
「そういえば、ガルフさんたちはどうしたんですか?」
「ガルフは、相変わらずやる気が起きないみたいよ? ロイドは魔導具店巡りで、適度に時間を潰しているわね」
「ガルフさんどうしちゃったんでしょうねぇ」
「前にもあったから、特に私たちは気にしていないけどね」
「前にも同じことが?」
「長期クエストとか受けたあとは、いきなりやる気を失っちゃうのよ。だから、それに合わせて私たちは、だいたいタミアに行くんだけどね。心のリフレッシュってやつね」
「今回の移動に、3週間も掛かったせいですかね?」
「多分そうだと思うけど、あの道のりを決めたのはガルフだしね、ケン君は気にしちゃダメだよ? 自分のせいにしたら怒るからね」
「はぁ……わかりました……」
「ほら! もう気にしてるじゃない!」
気にするなと言われても、気にしてしまうケンに対して、ティナはどうしたものかと頭を悩ませるのであった。
そんなケンを、優しく包み込む者がいた。
「ニーナさん……」
ニーナはケンを抱きしめると、ゆっくり話しかける。
「ケンはそのままでいい。辛いのは私が癒す」
以前のニーナならありえない行動だった。衆目の中で人に抱きつくなど、恥ずかし過ぎてできなかった。これも偏に、ケンと一緒に過ごすことが増えたのが、要因となる変化だろうか。
「ありがとうございます……」
ニーナの行動にティナがむくれる。ケンを癒そうとする前に、ニーナに役を取られたからだ。
いつもならティナが癒して終わりだが、ここ最近、ニーナの行動力が増したせいで、独占していた癒し権の一部を奪われる形となった。
「ニーナばっかりズルいわよ。私もケン君を癒してあげたいのに」
「早い者勝ち」
ニーナはティナに向けて、フフンッとドヤ顔してみせる。その行動にティナは、ギリギリと歯ぎしりするのであった。
「2人とも仲良くしてくださいね。本気でないのはわかりますが」
「大丈夫。ティナが控えれば問題ない」
「ニーナも控えなさいよ」
「はぁ……」
2人のやり取りに辟易するケンであったが、先程よりも落ち込み具合がなくなったことに、少しだけ感謝するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガルフがやる気をなくして1ヶ月が経過した頃、ようやく本調子を取り戻したガルフが、夕食時にメンバーに向けて謝罪した。
「いやぁ、迷惑かけたみたいで、すまなかった」
「調子が戻って良かったですよ」
「ホントよ。いつまでこの街に居続けなきゃいけないのか、先行き不安になってたんだから」
「ケンの旅が滞った」
「わりぃ、わりぃ。お詫びと言っちゃあなんだが、こっからは馬車を使って、急いで次の目的地を目指す」
「馬車ですか?」
「あぁ、あまり移動の期間が長くなると、次の街でも同じ迷惑掛けちまうだろ? だから、移動の期間を短縮することにした」
「“することにした”って、僕は初耳なんだけどね」
「私たちだってそうよ」
ガルフのワンマンプレーに、他のメンバーから非難が上がる。
「今、話したからな。そりゃあ、初耳だろ」
悪びれもなくガルフが言うと、メンバーは頭を抱え呆れ返る。
「ガルフは、昔からそういう所があるよね。僕はもう慣れているけど」
「それにしても馬車って……普通の街馬車を使うのよね?」
「そのつもりだ」
「何でそんな考えに、至ったんだい?」
「さっきも言ったが、街と街の距離があり過ぎるんだ。俺としては、出来る限り村には立ち寄らずに行きたい。俺たちは商人じゃないから、流通目的なら村も歓迎するが、冒険者は金は落とすと言っても、ただ消費していくだけにすぎない。街寄りの村ならそれもありだろうが、離れたところにある寒村に至っては迷惑極まりない」
「確かにそうだね。まぁ、寒村に立ち寄らなければ、済む話ではあるけど」
「俺がケンの旅を、安請け合いしちまった責任はあるが、ここまで苦労するとは思わなかった。その苦労の原因が、移動手段に徒歩しかないってことだ。それにこれから寒さが厳しくなる中で、野営するわけにもいかないだろ?」
ガルフが言うこともご最もだと思い、ケンは賛成の意を示す。
「確かに凍死はしたくないですね。まぁ、テントがあるから、最悪凍死はないでしょうけど」
「私も寒いのは嫌だわ」
「それで俺が考えたのは、ソレイユまで各街を経由しながら一気に行って、そこで数ヶ月過ごした後、野営しても問題ないぐらい暖かくなったら、再開するっていう計画の予定だ」
メンバーは、ガルフの立てた計画の予定を、吟味するように沈黙した。確かに今の時期に野営は、季節的に厳しいものがある。
場所によっては、雪に埋もれることもあり、いつも以上に体力や精神に負担がかかるのだ。
「俺は、ガルフさんの意見に賛成ですけど、皆さんはどうなんですか?」
「私はケン君中心だから、ケン君がいいならそれで構わないわ」
「右に同じ」
「僕もそれでいいかな。ぶっちゃけると早く交易都市に行って、魔導具店巡りをしたいんだよね」
各々賛成の意見を出すと、ガルフが一同を見回しまとめに入った。
「よし、それなら決まりだな。ケンには時期が悪くて、ここから先は、街道と街しか見せてやれないけど、この時期に無理する必要もないだろ」
「構いませんよ。別に今だけしか見れないわけでもないですし。まだまだ人生はこれからですからね」
「それならいいんだ。出発は明日の朝一の便だ。馬車での旅だから野営用に色々買い込む必要もないだろ。すぐ次の街に着くことになるし」
「えぇー……朝一なのぉ?」
「ティナは、気合いで起きてくれ」
「大丈夫ですよ。自分が責任もって起こしますから」
「明日の出発は、ケンに掛かっているということだね」
「絶対起こす」
それから各自部屋に戻って、明日の出発準備を始めた。俺は、必要な物は全部【無限収納】にしまい込んであるので、ほとんどすることがなくて、ティナさんの出発準備を手伝った。
ティナさんは意外と適当なところがあるので、忘れ物がないかニーナさんと2人で確認して、問題なかったので準備は終了となった。そのあとは、寝るまで世間話をして時間を潰すことにした。
「ケン君、ありがとう」
「ティナは甘えすぎ」
「このくらい別にいいですよ」
「でも、これでケン君に、私の下着を全て把握されてしまったわね。サプライズ的に見せることが出来なくなったわ」
「いやいや、そこは普通に見せないでおきましょうよ」
「嫌よ、ケン君の慌てる姿が見たいんだもの」
ティナの言葉に、やれやれといった感じで、ケンは呆れ返ってしまう。
「エロテロリスト」
ニーナの言った一言に、すかさずティナが反応した。
「ニーナだって、ギャップ萌えっていうの持ってるじゃない! 効果は何よ! 私は聞いてないわよ!」
「教えない」
「ズルいわ! ケン君は知ってるんでしょ? 付いたのが自分のせいって言ってたし」
「まぁ、知っていますね」
「じゃあ、ケン君が教えて!」
「本人が嫌がっているのに、教えるわけないじゃないですか」
「2人だけの秘密なんてズルいわ」
「ふふん」
やらなければいいのに、ニーナさんはドヤ顔でティナさんを煽った。結果、2人のやり取りはヒートアップしていくことになる。
俺は、2人のやり取りを、手のかかる姉妹みたいだと思いながら、傍観していた。
「もうそろそろ寝ますよ。いつまでもじゃれあってないで静かにしてください。他のお客の迷惑になるでしょ?」
「だってニーナが……」
「だってティナが……」
「はいはい、そこまでです。やめないと一緒に寝ませんよ?」
「「それはヤダ!」」
「それじゃあ、静かにできますね?」
「「わかった」」
このやり取りもいつものことで、2人が言い合っていると、だいたいこの手で落ち着くことになる。
結局、2人とも本気で、相手を嫌っての言い合いではないので、ケンもそこそこ傍観してから、いつも止めに入るのだった。
「なんかケン君の方が子供なのに、お兄さんっぽい」
「お兄ちゃん……いい響き……」
「ほら、変なこと言ってないで寝ますよ。2人ともベッドに入ってください。明日は早いんですからね」
「「はーい」」
その後、2人はケンを挟みこむようにして腕に抱きつき、3人で川の字になって寝たのだった。
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